第80話、詩織「次の獲物は誰?」
書きあがりました!
よろしくお願いします!
「先輩っ、あのっ、リーダー達が!?」
「もう遅い」
薄暗い廊下を歩き進んでいた。走れなかったのは、天井に付いた緑色の非常灯のみが空間を照らし、それのみしか視界を助けてくれるものがなかったからだ。
床が崩れる最中に、私達は突然と背後から雲馬先輩に抱えられ、あのホールの地獄から助かる事が出来た。
そして今はどこに向かっているのかも分からないまま、高波先輩の誘導で私達は進んでいる。
助かった後になっても、私はあの部屋での出来事を拭い切れないでいた。
高波先輩はそれを否定する。
「あの崩落は姫路詩織って言う序列者の仕業だ。そんなのを相手にして勝てると思うか?」
「それは……」
「そういう事だ」
言葉を詰まらせた私に、彼は一瞥して前方に向き直る。
勝てる訳がない。
あの光景が一人の力だけで起こされたんだ。
そんな相手に勝てる想像は、私には全く出来なかった。
「あれは私達と同じ……人、なんですか?」
震えた声でそう聞いていた。
あれを起こせる存在が、本当に私達と同じ人なのか。
私は怖くて結論を出せない。
「人だよ」
それを答えたのは最後尾で歩く雲馬先輩だった。
彼は場違いな明るい声で、答えを続けた。
「普段の生活風景なんて、女子高生そのものだよ。みんなから慕われて、尊敬されて、強くて可愛い。述べれば完璧女子高生だね」
「女子高生……?」
崩落を起こした彼女を、簡単な言葉で片付けられた。
受け入れられない事実が、下級生達の耳を大きく叩いた。
「今はまだ受け止められないだろう」
それを言ったのは高波先輩。
「だが、彼女に近づけばきっと分かる筈だ。彼女がみんなに慕われている理由が」
「……はい」
か細い声で私は返事をした。
疑問と混乱が入り混じり、それを受け入れるまでには時間が必要だと思う。
そう思っていると、突然と隣からど突かれた。
「何怖がってるのさ!先輩達が説明するならそうなんだって!あの崩落も予測していたんだし、疑う余地はないでしょう!」
それを言ったのは、同じチームメンバーの一人で、明るい天然キャラが目立つ友達だ。
「だから今は何も考えなくていいんじゃない!とにかくゆっくり考えていこうよ!──コアラ子ちゃん!」
「それはやめて」
前言撤回。
人の気持ちを考えないド天然キャラだった。
それは私の出来たばかりのあだ名。
オーストラリアに生息する灰色の哺乳類動物──コアラ。そこから私の呼び名が生まれたのだ。
私がそう呼ばるきっかけになったのは、開会式の出来事。一つの行動が原因だった。
「コアラ子?……コアラ……そう言えば、開会式の時に、荻野広樹の奴がそう言ってたな」
「俺も知ってる。確か質問して、それに答えた女子もいたな」
「この娘ですよ!」
「「えっ!?」」
「やめてぇえ!」
先輩達が驚いて注視してくる中、私は我慢と恥ずかしさの限界で顔を両手で覆ってしまった。
「よ、良くあの場で答えられたな…」
「床の崩落よりも、こっちの方が驚いたぜ…」
驚かれるのも当然。なぜなら、それを言った本人でさえも、自分がした事に今でも驚いているからだ。
どうして私はあの時『好きです』って答えたのだろう。
コアラが好きだから?──うん、好きだよ。今もコアラの顔が付いた輪ゴムで、髪を束ねてるし。
でも関係ない。
本当に特別な感情はなかった。
ただ、何か答えないとと思っただけ。
いわゆる空気を読んだ行動。
だって誰も答えなかったじゃん。
だから私が答えてあげたの。
「誰も答えてあげなかったから私がみんなの代わりになって答えたんです!ええぇ文句ありますか!無いですよね!言われる権利は誰にもありませんよ!もうこの話は終わり!!いいですね!!」
「「おっ、おおう…」」
私の激しい言葉に、先輩達は声を揃えて反応に困った声を漏らす。
ただの偽善心から生まれた行動。だだそれだけ。
「君は私達の英雄だよ!すごくかっこよかったもん!誰にも真似出来ない!それにコアラ子ちゃんにはすごい能──」
「もうやめてぇえええーー!!」
友達からの悪意の無い褒めちぎりに、私は本気で吠え泣いた。
もう思い出したくない。
自分の偽善心が今ではとても憎い。
「まぁ、気にするな」
高波先輩が慰める。
「たぶん伝説になるぞ」
慰めではなく、煽りでした。
「イベントが終わった後には祭り上げられるんじゃないか?勇気ある行動をした勇者として」
「先輩……後輩を虐めて楽しいですか?」
「おっ…おう、すまん」
私がドスの入った声を呟くと、先輩は狩られる寸前のウサギの様な反応をしてくれました。
ずっとそのままでいて欲しいです。
「まぁ、虐めたのは、詫び金だと思ってくれ」
「詫び金?」
高波先輩が意味不明な単語を出した直後、その歩行は停止する。
そこは非常階段に入れる扉の前。
「俺達にはお前達を助けられる力は無い……簡単に言ってしまえば、お別れの挨拶だな」
お別れ?
ここまで助けてくれたのに、ここで終わる?
じゃあどうして私達をここまで…。
「この非常階段を使って上に登れ。どうせ下に行ってもバリケードがあって出られない。だったら、屋上に向かって…………まぁ、後は自分達の自由に動け」
「先輩達は?」
「最後まで足掻いてみるさ。この扉の前で詩織を待ち構える」
捨てるんじゃない。時間をくれたんだ。
軽い口調で言っているが、その瞳には覚悟を宿した光があった。
高波先輩に続き、雲馬先輩も笑顔を向ける。
「怖いと思ったら敗退しろよ。じゃないと、怖い怖い序列者がやって来るからな〜」
そう言い残すと、雲馬先輩は鉄扉を開いて、私達を外の空間に押し出しました。
「ほい!じゃあ後悔のしない道を歩めよ」
雲馬先輩の言葉を最後に、扉が閉まる。
…………。
…………。
「じゃあ行こうか!」
「え、でも…」
「先輩達がアレでいいなら、私達は何も言えないよ!だったら、先輩達が言ったアドバイス通りに、屋上に行ってみようよ!」
「はぁ〜〜やっちまったなぁ〜〜」
「お前が蒔いた種だ。無駄口を叩くな」
「へぇ〜〜い」
背中を丸めて項垂れた雲馬に、高波は自分の武装を確認しながら小さく叱る。
彼が項垂れた理由は、数分前に別れた後輩達にあった。
「一度は助けた後輩達を放り出して、自分達だけ助かるのは後味が悪いだろ」
「分かってるっつ〜の」
本来であれば、高波と雲馬はこのビルを脱出する事が出来ていた。
だが、それは四人の後輩達を助けた事によって不可能になったのだ。
「身体機能を限界まで強化して、三、四階辺りから跳び降りようと思ったが、あの四人を担いで飛び降りるのは危険過ぎる」
「ほぼ未教育生だからな〜、人体強化もまだ微弱。下手をすれば着地した瞬間に俺達の腕が胴体を圧迫して……考えたくねぇ」
お姫様抱っこで着地が出来れば、衝撃で掛かる負担が分断され、少しはマシになったかもしれない。
だが四人もいれば、一人で二人を担がなければいけない。それだと支える腕が少女達を圧迫して大怪我を負わせてしまう。
往復や役割分担など、少女達の負担を大きく減らせる手段もあったが、それでは時間が大幅にかかった。
外の敵に見つかり、挟撃に遭う可能性が高まったのだ。
「はぁ、仮想空間の中でだったら挑戦出来たんだが、ここは現実だしな」
「危険な行為をさせない為に、現実世界でやってんだろ」
イベントを仮想空間で行わなかった理由。それは危険な手段をとらせない為の、予防線を張る為だった。
彼らが少女達を救う手段として、確実なものでなければならないと、戦闘学は伝えていた。
つまり、六人で助かる方法がないのだ。
一度は助けた少女達を置いて、自分達だけが助かる。それは彼らの選択肢にはない。
だからこそ、残された道はたった一つ。
「来たか……」
「おいでなすったなぁ……」
緑色の非常灯が照らす廊下の奥。
その薄暗い空間から、紅い瞳を光らせる影が姿を見せた。
スゥ──スゥ──
スゥ──スゥ──
一定の呼吸音を発する黒い頭蓋。
それが現れたという事は、ホールにいた連中は全員終わったという事だ。
「やっぱり、序列者だな…」
「見せつけてやがる…」
詩織の両手には何もない。武器を持たずに堂々と歩いていた。隠れず、急がず、無防備に。
その行動はただの的でしかなかった。
だが、それが序列者なのだ。
それをして、それを乗り越えられるからこそ序列者なのだと知らしめている。
詩織は行動によって、自分の存在の大きさを伝えているのだ。
圧倒的な力の差に、詩織は現在の行動を持ってハンデを与えた。先手だけが、彼らに与えられた勝利の可能性。
故に、この場の戦闘の開始の合図は自分達にあった。
「心の準備は出来たか?」
「高波よりは出来たつもりだよ」
「そうか。それだけ言えれば十分だ──行くぞ!!」
覚悟を決めた二人が放つ、同時発砲、一点集中の二発の弾丸。狙うは前方を歩く少女の黒い頭蓋。
その銃声が戦闘の開戦の号砲となった。
読んでくれてありがとうございます!
そろそろクライマックスです!