第70話、榛名「詩織…別にそこまで大きな差は無いですよ」詩織「……」
書きあがりました!
少し長めです!
「ーー起きろ」
片付けられておらず、ファンタジーな小道具が散らかる部屋には、灰色を混ぜ込んだ緑髪の少女が寝ている。
精密そうな工具を手に握りしめ作業台に体重を預けている。彼女の閉じられた瞼の先には、紅い模様が彫られた二丁の黒い塊が光沢を放っていた。その状況から察するに、作業の途中で寝てしまった事が分かった。
「起きろ、榛名」
広樹が手で背中を揺する。未だ寝息を発し続けるのは、天才と馬鹿の両方を兼ね備える矛盾評価の持ち主、緑川榛名だった。
グゥグゥ寝ている榛名は、背中を揺すられた所為なのか、眠りが浅くなり口を小さく開けた。
「……詩織……勘弁しへ……くだはい」
……ん、何か悪い事でもしたのか?
「……私のおっ○いは……何もしへまへんよ……」
おっ○い?……まぁ、詩織と比べたら……うん。……断じて鼻の下は伸ばしてないからな!
「……大いくする機械……薬……欲ひい……作へまへんよ」
何を頼んでいるの?夢の中の詩織さん。
「……だったら……広樹とかに……揉んへ……もらへは……揉ひたい……っへ……言っへまひたよ……」
…………俺を頭部破裂にする気ですか?
「その汚醜が噴き出す剣とは」
少年が両手で構えたのは、生物学的危害の札が貼られた一本の中剣。
「売春、援交、悪戯、その他諸々に手を染める」
その名前とデザインの由来は、歴史に名高いアーサー王伝説の『聖剣』にあった。
「この世界にいる全ての悪い娘たちが」
本来なら魔法の力が宿るとされる聖剣だが、そこにあるのは本物ではなく、榛名が製作した偽物である。
「少年たちが掲げる理想の娘像を破壊する成れの果て」
魔法の力は無いが、それには誰もが顔を歪める悍ましき能力が宿っていた。
「取り返しのつかない汚醜な娘を、新たな汚醜で塗り直すために」
振り上げられた彼の剣、それを持つ者の瞳はただ一点、作業台で顔を青くして寝ている少女に向いていた。
「少年は、大きく掲げた聖剣の本懐を告げる」
警告に似た唄を紡いだのは、その少女の師であり、怪しさ振りまく一人の男。
長髪の隙間からは濃い隈を覗かせ、瞳の色を薄く鈍かせる彼は、イベント準備の末、既に数日間まともな睡眠を取っていなかった。
その腹癒せか、探し出した聖剣を広樹に渡し、この起こし方を提案したのだ。
その考えに乗った広樹は今、少女が作りし聖剣を握りしめ、ついにーー
「その聖剣の名は」
「エクスゥゥゥゥカリ「カリバー返しぃいい!!」アアアアアア!!」
聖剣から排出されたシュールストレミング液は突如、榛名の前に現れた紅色の壁に防がれ、床に向かって流れ落ちる。
役目を果たしたのか、壁は跡形も無く消滅し、残ったのは顔を真っ赤にした榛名だった。
「何なんですか一体!?」
「臭い」
「臭いねぇ」
「ちょっとぉおお!?」
異臭が充満する部屋で、鼻をつまむ広樹と博士に榛名が吠える。
その腕には紅い光沢を持つ太い腕輪があり、博士はそれに瞳を光らせた。
「頭が痛くなるよぉ、そんな物を作り出すなんてねぇ」
それを言う間に、その腕輪がプスプスと音を鳴らしながら火花と煙を上げ始め、顔を歪ませた榛名は急いで腕輪を投げ捨てた。
「やはり君の手でも無理なのかなぁ」
「無理にしたのは貴方でしょ!まだ試作段階だったんですよ!奇跡の産物をよくも駄目にしてくれましたね!」
実験や開発には稀に奇跡が起こる時もある。計算と偶然が数億分の確率で交わり、一つの産物が誕生する。
その腕輪がその産物だった。
「何でそれを肌身に持っていたんだい?それに使うなんてぇ」
「私のお気に入りだったからですよ!それに使わせたのは博士でしょ!ぁぁあ〜〜もう〜〜!」
数グラム分の質量しか防げない壁。弾丸はもとい、実戦段階に至れなかった代物だった事は榛名のみが知る事だ。
だが、まだ改良の可能性があったそれが、今や焼け焦げた屍。
榛名は一度広樹に視線を送るが、すぐに充満する臭いに口を覆い、クローゼットから何かを取り出す。
「作ってて良かった…」
それは消火器に見えるが色違い。赤色ではなく翠色をしたそれを榛名は持ち上げた。
白いホースを液たまりに向けると、その排出口から翠色の薬剤が噴出。
鼻をつませていたシュールストレミングの臭いは数秒で消え去った。
「売れそうだねぇ、それぇ」
「売りませんよ」
次に出したのは掃除機に見える代物。スイッチを入れて作動すると、榛名は液たまりに吸引口を向けた。
「天才と馬鹿は紙一重ぇ」
「何か言いましたか博士」
埃を吸い込む事が原則の掃除機が、水たまりを跡形も無く吸い込む。その現象に博士は考えた事を漏らし、榛名がそれをジト目で睨みつける。
処理が終わり、掃除機と消火器をクローゼットにしまう榛名は、頭を掻きながら二人に顔を向けた。
「で、何の用ですか?」
「ああぁ、実はぁ」
博士が視線を向けたのは、隣にいる広樹だった。
何かを待っているその視線に、手に持っていた傘を榛名に差し出した。
「博士にイベント用に改造してもらおうと思ったんだが」
「構造が細か過ぎてねぇ、製作者本人に頼みに来たんだぁ」
「いやいやいや、どうして私よりも先に博士の方に向かったんですか?広樹の専属は私でしょ!」
話の内容に瞳を大きく開かせた榛名の言及に、博士と広樹は見合わせた。
「だって……ねぇ?」
「そうだねぇ〜」
榛名の人間性を知っているからこそ、最初に訪れるべきじゃないと思った。
手に持った武器がそう思わせる。
「このエクスカリバーといい、色々と怖いんだよ」
「怖いって何ですか!?」
未だ持っている聖剣に視線をやりながら、榛名に言葉を打つ。それに榛名は反発した。
「広樹は私の考えの理解者だと思ってたのに!そんな人だったなんて!」
思い出したのは初めて会った日の事。流れるままに武器を新調してもらった記憶を出して、榛名は言葉で攻めまくった。
「隠し傘もピコビリハンマーも選んでくれたじゃないですか!」
「隠し傘はともかく、ピコビリハンマー二号機であるEには助けられた。でも」
エクスカリバーを両手で掲げて、虚色な瞳で榛名を見た。
「この作品とお前に問題が……とりあえず、もういっちょいっとく?エクスゥゥ」
「どぉおおりゃぁああああ!!」
クロスチョップを打ち込まれた広樹は、飛び込んで来た榛名と共に倒れ、聖剣を頭上にもみ合いになる。
それに博士は一度息を吐き出して、背中を向けた。
「じゃあ私は行くから、後は若い者同士でねぇ〜」
「広樹を私色に修正してやります!」
「拳を振り上げるな!暴力で人が変わると思ったら大間違いだコノヤロー!!」
博士が消え行く中、広樹と榛名は激しいもみ合いを続ける。
既に聖剣は部屋の端に弾き飛ばされて、掴み合いの喧嘩へと発展、そして数分後には終息した。
「はぁはぁはぁ……馬鹿だ……馬鹿がここにいる……」
「はぁはぁ……馬鹿じゃないですぅぅ……世界が私に……追いついていない……だけですぅぅ」
広樹に向かって負け惜しみに似た言葉を放つ榛名。次に彼女は立ち上がり、作業台にあった黒い二丁の銃をケースにしまい込みながら、チラッと広樹を見た。
「で〜、隠し傘をイベント仕様に改良してほしい。でしたっけ〜?」
頭を掻きながら端末に触れて、過去の設計図を画面に映し出す。
徐々に瞳の色を変え、仕事モードと言える雰囲気を纏わせた。
「隠し傘の場合は銃弾の変更は可能ですが、構造の都合で刃が使えなくなります。確認いいですか?」
隠し傘の機能は別けて三つある。
発砲、刃、盾。
その中で刃が使えなくなるのは、特に気にする事でもなかった。
「近接嫌いだから、そうしてくれ」
だって危ないもん。詩織みたいな奴らと戦うんだぜ。目の前に立ちたくねぇよ絶対。
「分かりました。じゃあ隠し傘を貸してください。イベント仕様に作り替えます」
手渡した隠し傘を作業台に乗せて、作業を開始する。
分解された傘は、瞬く間に別の部品を中に入れられ、抜かれた部品は作業台の端に置かれた。
「意外でしたよ。広樹がイベントに参加するなんて」
精密な作業を行いながら、視線を向けずに疑問を挟む。
榛名の感が広樹の行動に触っていたのだ。
「詩織に追いかけられた時と校長に任務を依頼された時、その両方の態度を見る限りで、広樹は戦いが嫌いだと思ってました」
「俺も戦いたくねえよ。でもさ」
イベントに出る経緯を単純一言で説明した。
「友達に頼まれたんだ。オーストラリアに行きたいって」
手を止めて『はぁ?』と顔に出す榛名。それに広樹も納得と表情に出した。
「イベントでオーストラリアの旅行券を手に入れて、一緒に旅行に行く。そう頼まれたんだ」
一緒にイベントに出場して、もしも賞品選択権が手に入ればオーストラリアに二人で旅行。
それが鈴子のお願いだった。
考えれば断れる内容でもあったが、敗退する可能性を考えた末に承諾した。
「どうして引き受けたんですか?そんな色々と」
「断れない状況だった。それに……」
眉の間を抓りながら、広樹は鈴子が言った言葉を思い出す。
「コアラと友達になりたいって……先に人間の友達を作れよぉ……」
「ん?コアラ、人間」
「何でもない」
漏らした言葉を胸に留めて、過ぎた事をしまい込む。榛名もその考えが伝わったのか、再び作業に入り込んだ。
だが、やがてその口から一言。
「今回のイベントも詩織が出場します」
独り言の様に呟かれた榛名の言葉に、広樹は頭を痛くした。
彼女の実力を眼にした事から、その恐ろしさをよく理解していたからだ。
「もし広樹が出場すれば、確実に狙いに来るでしょう」
「へ?どうして……」
「理解していないのも怖いですね」
広樹が瞳を大きくするのを見て、榛名は手を動かしながら苦笑いを作る。
榛名が思い出したのは、シミュレーション訓練での出来事。
「詩織は再戦を望みます。まぁ、私の知っている詩織の場合ですがね」
「すまん、意味が分からない」
「詩織に気をつけろって事です。一度の結果で実力を決めつけていたら後悔します」
榛名の言葉に耳を向けるが、内容の一部に理解が難しかった。
再戦?結果?実力?ごめん、分からん。
「私は広樹が詩織に勝つ光景が見えない」
いや当たり前だろ。どうして勝つ光景を思い浮かべようとしたの?こっちはモザイクがある光景が浮かんだぞおい。
「詩織に勝てるのは序列者くらいでしょうね」
「序列者…」
久しぶりに聞いたその言葉に、改めて詩織の持つ立場を思い出した。
序列第十位、それが詩織の称号であり実力。
うん、どう考えても勝てません。
「なあ、他の序列者ってそんなに強いのか?」
気になった。あの詩織に勝てる実力者がどんな人間なのだろうかと。
その質問に榛名は知っている事を記憶から引っ張り出した。
「詳しく知っている訳ではありません。少し情報規制があるので、噂と公開されてる記録からですけど…」
榛名は暗い顔で言った。
「知る限り、序列外は絶対に勝てません。詩織も可能性は無に等しいです」
その答えに序列者の姿を想像する。
想像したのはドス黒いオーラを纏わせた九人の黒い人影。
その一人一人が詩織を超えた能力を持っている。
うん、絶対に会いたくない。
「あ、でも勝ち目は無いだけで、絶対に負ける事ではないですよ」
「……うん?」
「全員が戦闘に適した能力を持っている訳じゃないんですよ。使い様によっては恐ろしくもなりますが、言える事は確実に勝てないと言う事だけです」
訳すると、勝てないけど、引き分けには出来る。
その意味を理解して、広樹は少しだけ心が落ち着いた。
絶対に勝てないと聞いたら怖かったけど、引き分けを聞いたら恐ろしいイメージが和らいだ。
「最高でも引き分けか…」
「あ、でも今回出場する序列者は詩織だけだから、イベントに関してなら詩織だけに注意をしていれば大丈夫かも」
それは榛名が広樹の記録を知っているからこそ言えたが、その記録が実力とは異なるとは誰も知らない。
「でもそれが一番安心なんですよ。ぶっちゃけますと、序列者同士の戦いは……」
「ん?なんか嫌そうな顔だな」
何か恐ろしいものを知っている様な表情で、ゆっくりと重たい声で呟いた。
「忠告です。もし序列者同士が本気で戦う場面に立ち会ったら…………絶対に逃げて下さい」
…………ん?何この緊張感。榛名が真面目な顔になると怖いよ。え、本当に怖いんだけど…
「大人達が口々に言うんですよ、序列者同士の激突は、災害だと」
災害って?え、人間だよね?
「もし序列者が複数人参加しようとしていたら、登録完了前に教師陣から御達しするんじゃないですか?『序列者同士の戦闘は禁ずる』って。たぶんその暗黙を前提にして出場させますね」
榛名の言葉に広樹は拳を作って決意する。
……うん、絶対に逃げよう。
榛名の過剰評価かもと疑いたかったが、その真剣な表情を見て、本気で言っているのだと理解した。
そうこう思っている間に榛名の手は止まり、指の関節を鳴らしながら立ち上がった。
「終わりました。これでイベントでも使えますよ」
「ああ、ありがと……は?」
作業台に置かれたそれを見て、瞳を丸くしながら言葉を詰まらせた。
そこには数分前まで持っていた隠し傘の姿は無く、あったのは……
「榛名……これは?」
広樹の疑問に、榛名は瞳を輝かせて言い放った。
「隠し傘を進化させた新たな傘!その名も『折り畳み傘』!」
そこに置かれていたのは畳まれた折り畳み傘そのもの。
うん、とりあえずだ。
「これでお前を叩いていいか?」
これからも頑張ります!