第202話、鈴子「誰の許可をもらって一緒にプレイしてるの?」榛名「い、いやっ、まだ死にたくない!」灯花「助けて下さい!」天乃「もう許じでぐだぁじゃいい!!」夜織「許すわけないでしょ」
書き上がりましたので投稿します!
部屋に戻って、真っ先に言う。
「なぁ、これで本当に大丈夫なのか?」
「大丈夫です!問題ありません!」
榛名の計画の下で俺達は偽装工作を図った。資料室で俺とスリーショットを撮り、あたかも俺に誘われ急に予定が入ったと言い退ける為である。
「でも良いのか?最初の約束をほっぽり出して、俺の誘いを選んだって言ったら怒るんじゃないか?」
「ああ、それについても大丈夫です。相手が荻野広樹なので」
軽く言い切る榛名。
相手が相手……姫路夜織?
姫路夜織さんは優しいという事なのか?
「でもこれで解決だな。じゃあ俺は部屋から出て──」
「さぁゲームの続きをしましょう!」
「そろそろ超大型級エイリアンも倒せる筈です!」
逃げられなかった。
君達ほんとゲームにハマったね。
新しい世界が新鮮だったのか、彼女達は揺るぎもなくのめり込んでいた。
「装備も整いましたし!レベルもそこそこ上がりました!ならばもっと上を目指しましょう!」
ネトゲの世界に招いて本当に良かったのだろうか…
なんか目の色が据わっている気がする。
「やりましょう!レア素材もたくさん手に入れて、新装備をどんどん作り、そして新たなエイリアンを狩りに行くんです!」
あれ?ちょっとまずくない?
考えてみたら、ゲームは恐怖心を和らげる為に用意した手段だった。
まさかとは思うが、彼女達は恐怖心を忘れる為に、ゲームに依存してしまったのではないだろうか。
ちょっと……いやかなり嫌な予感がしてきた。
「な、なぁ、次はゲームじゃなくて、別の何かを──」
「「何言ってるんですか!?」」
ヒィ!?
「馬鹿ですか!私達が戦わないと人類は滅びるんですよ!そこのところ分かってるんですか!?」
「そうです!今も私達の助けを待っている人類は大勢いるんです!早く助けに行かなければ!」
や、やばい!本当にやばい!完全に染まってらっしゃる!第二、第三の鈴子を生み出したかもしれない!?
いやまだ灯花さんなら!
責任感が強く、生真面目なこの人なら!
もう一度ショックを与えて引き戻せる筈だ!
「と、灯花さん。ちょっとだけ現実に目を向けませんか…?い、言いにくい事を出しますが、マンション倒壊の事とか」
「あれは天乃に押し付けたので問題ありません!さぁ広樹もログインしてください!早く超大型級エイリアンを狩るんです!さぁさぁさぁ!」
ついにクソ呼ばわり!?
おい何を吹き込んだ榛名!!
あの丁寧な灯花さんの口からクソだよクソ!?
ま、まだ!まだとっておきが!
「姫路夜「「さぁやりますよ!」」ッッ!?」
避けただろ!?今明らかに拒絶したよね!?
確定だ。この二人は現実から逃げてゲームにどっぷり浸かる気満々だ。
もう心に刻み込むレベルである。そうして今日あった事を全て忘れるつもりなのか。まさか自己暗示なんて事も!?
鈴子以上の存在になろうとしてないよね!?ねぇ!?
「さぁやりますよ!やらなきゃいけないんですよ!!」
お構い無しで強制的に座され、パソコンを見ろと威圧された。
駄目だ。逆らえない。どうしてこうなったんだ。怖すぎて悲鳴も上げられない。
「さぁ指定のエリアに直行しますよ!」
「そろそろ出現する時間ですね!誰よりも早くに見つけて独占しますよ!」
独占。エリアで他のプレイヤーと鉢合わせした際、先に目標エイリアンと戦闘を開始していた方が、その狩りを独占する権利を得られる用語である。
ついにここまで理解する程に、彼女達はエイリアン・ハンターに呑み込まれていた。
「見つけました!まだ誰もいません!」
「さぁ開戦の初撃を轟かせましょう!」
四つ足の巨大エイリアンに向けて、少女達は開戦の号砲を放った。さぁこれから決戦だと言わんばかりに、彼女達は走り出す。
それに俺も続こうとするが、
──フレンドからのメッセージを受信しました。
ん?ログにメッセージが…。誰からだ?
「なに止まってるんですか!?広樹も参加して下さい!相手は強敵なんですよ!」
「お、おうっ」
メッセージを無視して戦闘に参加する。だが立て続けにメッセージが届き、気になってしまった。
「ちょっとメッセージを──」
「「そんなの後ですよ!!」」
圧がヤバイ。てか怖い。
仕方なくメッセージを無視して、俺も武器を敵に構えた。
────。
────。
一時間後……
【討伐達成】
「「っっしゃぁああああ!!」」
女の子が出しちゃいけない歓声だ。
もう怖いよこの娘達。初めて間もないのに倒しちゃったよ超大型級エイリアン。
「さぁ素材を剥ぎ取って帰りますよ!」
「家に帰るまでが任務ですからね!」
せっせとエイリアンの素材を剥ぎ取っていく少女達。
荷物が一杯になり、安全な帰還ルートを選び始める。
「ここでエイリアンに殺されたら素材がパーですからね。しっかりと安全なルートで帰りますよ!」
そう。もし今アバターが殺される様な事があれば、手に入れた素材が失われてしまう。
安全エリアに戻るまで緊張が続くゲームなのである。
そして榛名のアバターが、近くにあった四輪車に走り出した。
「アレに乗って帰りましょう!」
嬉々と喜びながら乗ろうとした。その時──
「うぇ?」
榛名の腕が吹き飛んだ。
鮮血を散らしながら弧を描き、地面に【新鮮な生肉】が転がった。
「っ!!四輪車の影にっ!いや離れろ!」
そう指示を飛ばすも間に合わず、四輪車の装甲板に風穴が開く。
火花を散らし、中のガソリンに引火して大爆発を起こした。
「なんですかコレ!?何が起こっているんですかコレッッ!?」
「狙撃だ狙撃!!完全に狙われてる!!」
足元まで転がってきたボロボロの榛名を担ぎ、瓦礫の影に隠れる。
「ちょっと待ってください!狙撃って…プレイヤーに狙われているって事ですか!?それはルール違反じゃあ─」
「それはあくまで暗黙のルールだ!」
エイリアン討伐後、そのプレイヤーを攻撃してはならない。
俺は榛名にエイリアン・ハンターの暗黙ルールを教えていた。でないと絶対に他プレイヤーと揉め事を起こす。そう思い叩き込んでいたが、まさか自分達が襲い掛かられるとは榛名も思わなかっただろう。
「襲ってはいけないってルールはあるが、あくまで暗黙の話で、システム上は問題ない」
「おかしい!せっかく倒したのにこんなのあんまりですよ!」
でも本当におかしい。確かに破れるルールだが、暗黙としている以上、それを守らないのは周囲から反感を買われる行為だ。目的がない限りは誰もやらない筈。
相手はアカウントが炎上する覚悟で俺達を狙っている?心当たりがない。素材だってエイリアンを倒せばいいだけだ。なのに何故、後々に影響するにも関わらずキルを狙っている。
「マップ上に敵プレイヤーが映っている筈だ。見つけて射線上を避けながら逃げるぞ」
狙撃者に狙われた際の逃げ方を説明し、三人で敵プレイヤーを探す。だが、
「見つかりません!い、いるにはいますが…」
「周囲で独占を狙っていたプレイヤーだけです。パーティー集団だけで、この中に狙撃者が紛れているのは…」
「絶対にない。パーティーでルールを破るなんて事したら悪晒しパーティーだ。このゲームにいられなくなる」
敵は高確率でソロの筈。でもマップを見た限り、周囲に単独でいるプレイヤーはいない。
でもそれだったら、誰が榛名を撃ってきたんだ?
「榛名、ちょっと鎖で縛るぞ」
「え?何をするつもりですか?」
「大丈夫だ、俺の腕を信じろ」
「何を信じろと言うんですか!?やめて下さい!絶対に変な事をする気でしょう!?」
察しがいいな榛名。だがもう遅い。片腕を失った榛名の抵抗など羽虫のごとくだ。
「よし!それじゃあ行ってこぉおーーーーい!」
「この仲間殺しぃい!!」
鎖で縛った榛名を遠くに投げ飛ばすと、片足が血飛沫と共にぶち撒かれた。
「っ!?」
すぐさま鎖を引いて榛名を回収する。その間にも、もう片方の足も吹き飛んで、片腕だけとなった榛名が帰ってきた。
「片腕だけになってしまいましたよ!?」
「頭もあるだろ?」
塩対応をして現状を確認する。撃ってきた方角を見る限りそこにプレイヤーはいない。このゲームにはマップ上から自身を隠蔽するスキルもなければ、アイテムも存在しない。その中で榛名に致命傷を与えた。とすると、考えられる方法は一つしかない。
「ヤバイっ。完全にランカークラスの狙撃専だ。マップ範囲外から撃ってきてやがる」
俺達が感知できるマップよりも、遥か遠い位置から狙撃している。
そんな事が出来るのは、世界に数人しかいない上位プレイヤーだけだ。
「マップ範囲外って…え?そんな事できるんですか?」
「システム上は出来る。でも常人には出来ない芸当なんだよっ」
ちょっとの誤差も許されない、風速と到達時間を計算した上に、数マイクロ単位での照準合わせ。更に標的の動きも読んでいる。つまり超気狂い級のエイムを敵はこなしているのだ。
「方角は分かった。背後のビルに向かって走るぞ。どんなに凄くても狙撃には変わりない。中に入って見つからなければ大丈夫だ」
それをフラグと気づけたのは走り出した後である。
ビルを目前にした瞬間に、灯花さんのアバターから血飛沫が上がった。
「なッ!?」
空から降ってきた透明の刃が、灯花の右肩を両断したのである。よく見ればそれはビルに張られていた窓ガラスだった。
「おいおいおいッッ!?こんなのチートだろぉおおおお!?」
空を見上げれば、無数に落ちてくる窓ガラスが視界を埋めていた。
敵プレイヤーは狙ったのだ。ビルに張られていた窓を。それを俺達を殺す為の凶器に変えたのだ。
灯花と共に榛名を担いでその場から逃げる。そして待っていたのは敵プレイヤーからの狙撃だった。
「なんで狙われているんですか!?私なにか悪い事でもしましたか!?」
「いっつもしてるだろ!」
「ゲームでの話ですよ!ルールを守って楽しくゲームをしていた筈です!それなのに何なんですかこの仕打ち!?」
泣き言を叫び散らす榛名。だが今回、彼女は何も悪い事はしていない。ならば狙われる理由はない筈だ。それは灯花さんも同じである。
なら敵の狙いは…………俺?
「「…………」」
「お、おい?な、なんだその目は…?」
「「…………」」
二人も同じ結論に至ったらしい。いや勘弁してくれ。俺は今まで普通にプレイしてきた筈だ。
「「…………」」
「っ、ああ分かったよ!じゃあ俺が一人で殿してみるから、その間に逃げてくれ!!」
もうヤケクソと動けない榛名を灯花さんに押し付けて、あえて敵プレイヤーの狙いやすいように自身を見せつける。
別に死んでも構わない。俺はそこまでゲームに染まってない。レア素材は確かに惜しいが、現実で二人を敵にするよりはマシだ。
今の彼女達はゲームに染まり過ぎている。ここで二人が死んだらどうなるか……くっ!考えただけでも恐ろし過ぎる!
「…………ん?」
撃たれない?こんな狙いやすい場所にいるんだぞ?
「撃たれてます!私達が狙われていますよ!?」
敵の狙いは榛名達か!?
でもそれじゃあ理由が思いつかないぞ!!
考えろ。どうして狙われてる。それもランカークラスの狙撃専。
そもそも明確な理由がない限り、絶対に襲われる筈がないんだ。
くっ、考えつかないっ。
だったら出来る事は!
「隠れてろ!俺が行ってくる!」
榛名達を置いて攻撃が飛んでくる方へと走り出す。
最初は狙ってくると思っていたが、一行に攻撃を向けられない。
むしろ榛名達への攻撃がより一層激しさを増し始めた。
「マズイです!?ミサイルまで飛んできちゃってますよ!!」
「広範囲攻撃に切り替えられました!なんでこのタイミングで!?」
まるで躊躇を捨てたように、敵は榛名達を殺しに来ている。
これで分かった。敵は間違いなく、俺を殺さずに、榛名達だけを殺そうとしている。
そして思考に一人の影が浮かび上がった。
俺を撃たず、榛名達を狙い、この長距離スナイプを可能とする異常なまでのゲーマー。
俺は知っていた。だから相手も俺を知っている。
故に指先が震えてしまう。そして後悔した。
どうして届いていたメッセージを読まなかったのだと。
今更読んでも意味がない。何故ならもう着いてしまっていた。狙撃手がいる高層ビルに。
そして上階まで駆け上がると、そこには見覚えのあるアバターが一人立っていた。
…………。
「広樹!敵の攻撃が止みました!倒せたんですか!?」
「い、いや、ちょっと……とりあえず帰還しろ。今なら行ける」
狙撃銃を携えている敵アバターが俺を見ている。
うん。見間違う筈がない。そのアバターには軽くトラウマがある。どんだけ困難なクエストをやらされたか。
【何をやっているんだ?】
……………………。
え、怖い。なんで無反応なの?
何か怒らせる事したかな俺?
【確か今は会議だったよな?そこに詩織もいるのか?】
……………………。
だからなんで無言なの!?本当に怖いよ!!
どうしちゃったの!?凄く嫌な予感がするんだけど!!
ちょっと何か答えてくれませんかね!鈴子さん!!
【えっと、何かあった?】
【ねぇ、なんでいるの?】
こ、答えてくれた!でも会話になってない!
【なんでいるの?って。ゲームをしているからだろ】
【なんでいるの?】
ん、なんでまた同じ質問を?
【だから、ゲームをしているからだろ】
【なんでいるの?】
通じてない?まさかバグが発生してる?
【なんでいるの?】
【なんでいるの?】
【なんでいるの?】
【なんでいるの?】
【なんでいるの?】
【なんでいるの?】
これなんてホラーゲーム?
え…す、鈴子だよね?
【私だよ】
心読まれた!?
【そこは私だけの場所なんだよ】
え、違う?心を読んだ訳じゃない?
でも意味は分からないままだ。
このゲームは鈴子だけの場所?いやいや、ゲームはみんなの場所だろ。
【なんでいるの?】
【なんでって…】
何を答えれば会話が成り立つんだ。
会話のキャッチボールがどこにも無いぞ!
【なんでメッセージを無視したの?】
頭をバットで殴られた気分だ。
ヤバイ、とにかく理由を説明しなければ。
俺だって無視するつもりはなかったんだ。
【いや、仲間が戦い集中しろってさ。だから仕方なく】
【なんでいるの?】
だからキャッチボールどこいった!?
そして怒ってるの?だって仕方ないじゃん!超大型級エイリアンだぞ!榛名と灯花だぞ!ゲームも現実も強敵に挟まれてたらモブは逃げられないんだよ!?
【もういいよ】
あれ?なんか許してくれた。
【分かった。何も悪くないんだよね】
た、確かにそうだが、やはり俺も。
【俺もメッセージを無視してすまなかった】
【いいよ】
は、初めて会話のボールを取ってくれた。
さっきまでのが嘘みたいだ。
【いいよ。広樹だけは】
ん?俺だけは?
【でもあの二人はいらない。だから終わらせる】
手にあった狙撃銃を背負うと、懐から小さなスイッチを取り出す鈴子。
【一度、味わうといいよ。大切なものを奪われる気持ちを。せっかく手に入れたのに残念だね】
【な、何をしようとしてるんだ?】
【何って、頑張った苦労を水の泡に変えてあげるんだよ】
そう言ってボタンが押されると、近くで悲鳴が響いた。
「「いやぁああああッッ!?」」
パソコンを突き飛ばして倒れる二人。
「ど、どうした!?」
「「ぅぁああッ!!わぁああ!!やぁああああッッ!!」」
よ、幼児退行してる…!?
本当に何が起こったんだ!?
二人の画面を確かめようにも、突き飛ばした衝撃で画面が真っ暗になっていた。
【帰還ルートに爆弾を仕掛けておいたんだよ】
鈴子ぉおお!?お、おま、お前ぇ!?何やってくれてるの!?
お前の身勝手な行動が女子二人をオギャアよろしく赤ちゃん化させたぞ!?
【じゃあ広樹、これから一緒にクエス──】
「おぎゃぁああああ!!」
榛名のボディープレスが俺のパソコンをスクラップへと変えた。
「何やってるのぉおおおお!?」
ブラックアウトした画面に、俺は榛名に掴みかかる。
「こ、これお前っ!もう取り返しがつかなくなったぞ!?」
「おぎゃああッッ!!」
「痛い痛い痛いッッ!?引っ張るな!なんで俺が責められてるんだ!?」
ヤバイ!早く鈴子に何か伝えないと、あとで絶対に厄介なことになる!
メッセージを無視してアレだったんだ。クエストに誘われた直後にブッチしたらどうなるか……怖すぎる!
せ、せめてスマホで連絡を。
「おぎゃあぁああ!おぎゃぁああああ!?」
「ちょっと離して!?本当にまずいんだよ!?」
榛名に邪魔されてスマホが取れない!
なんでこうなってるんだよ!たかだかゲームの話だろ!?
鈴子に言ったらブチギレられそうだが、お前らはまだ平気な筈だ!
「くっ、ちょっ、ちょっと灯花さん!榛名を止めてくれませんか!?」
榛名とは違い、灯花さんの声は聞こえない。赤ちゃん化は最初だけで、今は冷静さを取り戻している筈だ。
「と、灯花さん!?俺の声聞こえてませんか!?」
反応が返ってこない。しがみつく榛名を無理矢理に退かして灯花さんの方を見る。
「ぁ────」
よ、涎が出てる!?涙も!?目も死んでる!?
ちょっと待って灯花さん!?これ絵面がヤバい!?まるで真夜中に襲われた女子高生だよ!?
襲ったのは鈴子だけど!!
くっ!鈴子!お前の所為でとんでもない事になってるぞぉおおおお!!
────。
────。
そこにもスクラップへと成り果てたパソコンが転がっていた。それは鈴子が持ち込んでいたゲーム専用パソコンである。
「う、内守谷?」
戸惑った声で語りかける降磁。その先には髪を乱して暴れ狂った後の鈴子が立っていた。
「…………」
無言。
今の鈴子は近寄りがたい雰囲気を漂わせている。
現に今近づけば、破壊されたパソコンの二の舞いだと思わせた。
だが詩織は躊躇もなく近づいた。
「どうしたのよ」
「……何もないよ」
いじける子供のように拳を作る鈴子。
もう聞かないでほしいと、声音が言っていた。
「そう。じゃあ何も聞かないわ」
詩織も詳しく聞くほどの興味はなく、すぐに見る方向を変えた。
「姉さん。遅いわね」
詩織達は地上へ繋がるホールで待機していた。
今も会議室の方からは、激しい断末魔が聞こえている。
まだまだ彼へのお仕置きは続くのだと、誰もが思っていた。
特にやる事もなく、地上に繋がる天井の穴を見た時、小さな影が近づいている事に詩織が気づく。
「あれは…?」
見覚えのある人影だ。それはパラシュートを使って、ゆっくりとホールまで降りて来た。
そして綺麗な着地を見せ、背負っていたパラシュートを外し、周囲に一瞥する長髪の少女。
「お久しぶりです。そしていきなりで申し訳ありませんが、ここに─」
「いるわよ。でも死んでるわ」
「問題ありません。遺体でも回収できれば処理が楽なので」
そして彼女は会議室に繋がる瓦礫道を見た。
そこに轟くのは、大の男が泣き叫ぶ悲鳴である。
「…………」
「今行くと危ないわよ」
「そのようですね…」
諦めて彼女も待つ事にした。
「それにしても久しぶりね。昼愛倫」
切り揃った霞色の長髪に、晴れた真昼を想わせる明るい瞳の少女に、詩織は微笑んで名を呼んだ。
「詩織も健在で何よりです。あのイベントから経ちましたが、お身体の調子は大丈夫ですか?」
「問題ないわ。能力も格段に成長して、むしろ最高過ぎて怖いくらいよ」
「それを聞けて安心しました」
詩織の身体を軽く観察して、昼愛倫は曇りのない笑顔で喜びを見せる。
「アナタの方はむしろ劣化してないかしら?今回のやり過ぎよ」
「夕流恋ですね。あの娘は私達の中でも精神が能無なので仕方ないです」
そして昼愛倫は詩織に頭を下げた。
「身内が迷惑をかけて申し訳ありませんでした。この謝罪は、また日を改めて─」
「そういうのはいいわ。悪いのは夕流恋とあの天乃で、真面目なアナタは何も悪くないもの」
「そう言ってくれると、私も気持ちが楽になります」
ホッと安心を吐き出す昼愛倫。
「それにしても不思議ね。どうしてアナタは凄く真面目なのに、夕流恋は馬鹿なのかしら。アナタ達、元は一人なんでしょ?」
「そうですね。昼愛倫と夕流恋、朝歌梨に夜音里。元は一人の人間ですが、やはり独自の自我が育つのか……はい、特に夕流恋は……ハハハ、もう笑うしかないですね」
何もかも諦めていると、昼愛倫は空笑いを詩織に漏らした。
────。
────。
「【四位一体】、それが序列第四位、四弦さん達の能力です」
「身体と精神を分裂させ、分裂体同士で念話や記憶共有、感覚共有はもちろん、他にも分裂体の間で様々な事が出来るんですよ」
俺は榛名と灯花さんに序列者達の話を聞いていた。
さっきまでの幼児退行が嘘みたいに消えている。正確に言えば忘れていた。
暴れて、泣いて、疲れて一旦眠り、そして起きてみれば何も覚えていないのだ。たぶん心が耐えられなかったのだろう。もしくは自己暗示がおかしな方向にねじ曲がって記憶を消したかだ。
またはアバターが殺されたから、その時に自分達も殺されたと錯覚に陥って……考え過ぎだな。
だがゲームの名前を出すだけで、二人の肩は大きく揺れた。
記憶に残らなかったとしても、精神に染み付いたトラウマが残っているのだろうか。
もう触れないでおこう。せっかくゲーム依存から抜け出せたんだ。良かったじゃないか。
「四弦さん達って。下の名前は何なんだ?」
「朝歌梨さんと昼愛倫さん、夕流恋さんに夜音里さんですね」
「ん?本体はどれなんだ?」
いきなり四人分の名前を挙げられても頭に入る気がしない。とりあえず本体の名前だけでも覚えるつもりだったが。
「全員が本体ですよ?」
え?
「一人だけが本体という法則が【四位一体】には無いんです。四人全員が本体であり、他三人が死んだとしても、一人が生き残っていれば生き還れます」
「病院で産まれた直後に能力を発現させたみたいで、ご家族と医者達も大慌てだったらしいです」
そりゃあ大慌てだ。産まれたばかりの子供がいきなり四人に増えたんだから。
「戦闘学関係者でも本体を見分けられず、結局全員が本体になりました。なので国籍も四人分あり、しっかり人権もあります」
「でも、能力ってずっと使い続けられるようなものなのか?」
「いい質問ですね。ええ、もちろん出来ません。ですが四弦さん達はやや特殊みたいで」
「先に体力の尽きた三人が消えて、最後に一人だけが残るんです。ですがその一人が本体という訳ではありません。他の三人の内の一人が残った例もあり、結局四人の誰かが必ず残る法則になっています」
「かなり曖昧だな」
「戦闘力は未だに未知の部分が多くありますからね。それを研究する機関が、この戦闘学な訳ですし」
「序列者達の能力は大概全てが未知ですよ。あの天乃の能力も、面倒な事にぶっ飛んでますから。その所為でいつもいつも…」
己の主人の不愉快さに頭を抱える灯花。
「まぁこれが序列第四位の能力です。ちなみにですが、広樹さんは彼女達と会った事がある筈です」
「え?」
「もう既に四弦さん達に出会われているんです。任務の報告の際に偶然お会いして、広樹さんの話題が何度か出ていました」
いや、いやいやいや。え、会った事あるの!?
一体いつだ?
「話では、広樹さんの転校初日に、校門で朝歌梨さん、職員室で昼愛倫さん、廊下で夕流恋さん、トレーニングルームの出入口で夜音里さん、でしたか。皆さんアナタの隣を通り過ぎたと言っていましたよ」
初日にして序列第四位をコンプリートしていた。
え、どういう確率?まったく気付かなかった。そんな凄い面々とすれ違っていたなんて。
「これで序列第四位の話はほとんど終わりになりますが、任務の経歴とか聞きますか?」
「いやいい」
もうお腹いっぱいだ。情報量が多すぎて覚えられん。
「名前を覚えるの大変じゃないか?」
「それならコツがありますよ。身嗜みと、名前にある漢字を頭に入れておけば覚えやすいです」
身嗜みと漢字?
「四人の名前に朝、昼、夕、夜とあるでしょう?朝から真面目で、夜にかけて不真面目に人間性が下がっていくんです。身嗜みもかなり差があって、とても覚えやすいんですよ」
「顔も似ている訳ではないので、一度しっかり会話をすれば分かります」
いや、もう会う機会はそうそうないんじゃないか?なにせ相手は序列者。任務も大変な筈だ。
詩織と鈴子は何故か会っているが…
「会ってみたいなら、間を取り持つ事も出来ますよ」
「いやいいです」
灯花さんの提案にきっぱり断る。うん、だって序列者ってだけで怖いから。
序列第二位は周囲に迷惑をかける異常者で?
序列第三位は殴って欲しいと言語する変質者で?
序列第九位はゲームに依存する引き篭もりで?
序列第十位は部屋に不法侵入するけど優しい優等生で?
序列第零位は衣類を鍋で煮込むお姉さんで?
序列者=何かある。
それが俺の結論だった。
「では序列第四位の話は終わりですね。次は第何位を聞きますか?」
「いやそれもいい。もう疲れた」
キャパが追いつかないし。
そして疲れた流れに乗って、
「もう寝るわ。話ありがとう。お休みー」
布団を持って自然と扉に向かったが、突然と視界がシャッターに埋め尽くされた。
「おい、俺の道をシャッターで阻むのは何回目だ?」
「そんな昔の事、もう忘れましたよ」
最近だろ。まだ会って二ヶ月も経ってないぞ。
「大丈夫です。何もしませんから。一緒の部屋で寝てくれるだけでいいんです。絶対に何もしませんから」
それは悪い男の台詞だ。いや何もしないけどね。
とにかく榛名が怖いんだよ。
部屋にミサイルが隠されていて、いきなり暴発とかしない?そんな事を想わせるのは榛名くらいだぞ。
「お菓子とジュースもあります!楽しいナイトパーティーを過ごしましょう!」
ああ、これは逃げられないパターンだ。
だからせめて祈ろう。
榛名がまた変な事を起こさない事を。
読みにきてくれてありがとうございます。
今回はゲームデータを削除されたり、ゲームを捨てられたりした時のゲーム依存者の反応を想像して、榛名と灯火の爆発っぷりを書いてみました。
次話もどうか楽しみにしていてください。




