第201話、榛名「今夜は一緒にいて下さい!!」灯花「ネットゲームは初めてですね」夜織「よくも私の部屋を踏み荒らしてくれたわね」
大変お待たせしました!
書き上がりましたので投稿します!
これは現実逃避。
犯してしまった罪の意識を少しでも和らげようと選んだ、一つの手段だった。
「榛名さん!早く治療室に向かってください!じゃないと体内からエイリアンが!」
事実、彼女達は熱中していた。
エイリアンを切り裂きながら叫ぶ灯花。
その先にはエイリアンに寄生され、腹部を押さえて顔を歪める榛名がいた。
「わ、私はここまでのようです…」
アバターと本人の表情が一致する。
二人は見事にゲームの世界にのめり込んでいた。
「諦めないで下さい!治療室に行けば摘出できます!ここから一番近い場所は─!」
灯花がマップを開く。だが俺は知っていた。榛名の言う通り、彼女はここまでなのだと。
何故なら、
「さっき榛名が治療室を爆破してたな」
「何やってるんですか榛名さん!?」
「だってエイリアンが天井からドンッて現れたんですよ!そりゃあバズーカくらい撃っちゃいますよ!!」
「それで治療室ごと爆破するって馬鹿ですか!?」
ようやく灯花さんも気づいてくれたようだ。
そう、榛名は本当に馬鹿なのだ。
「とりあえず回復キッドを使って下さい!そうすれば少しは時間が稼げ─」
「さらにバズーカの自爆ダメージで死にかけて、最後の回復キッドも使ってたな」
「そうでしたね!確かに至近距離でバズーカなんて撃ったら自分にもダメージがありますよね!!本当に何やってるんですか榛名さん!?」
「くっ…言い訳をできませんっ。本当に私はここまでのようです…」
「諦めないで下さい!くっ、広樹さん!彼女の体内からエイリアンを摘出する方法は無いんですか!」
「無駄ですよ灯花さん。広樹に聞かなくても、説明を一緒に聞いたアナタが一番分かっている筈です」
そして榛名は不気味な笑みを浮かべて、灯花さんのアバターに近づき始める。
「だから皆さんでリタイアして、もう一度やり直しましょう。ね。それが一番です。だって私達は仲間なんですから。一緒に死んでくれますよね?ねぇ?」
「ちょ、ちょっと榛名さん?どうして爆弾を握ってるんですか?その上でなんで近づいてくるんですか!?」
「ウヘヘヘ」
ゲスに堕ちたな榛名…。
「怖いです!?嫌です近づかないで下さい!せっかくレア素材がドロップしたのにこんなのあんまりですよ!」
「私だけ素材を失うなんて酷いです!一緒にエイリアン・ハンターを始めた仲じゃないですか!私だけ死ぬなんて絶対に差がつきます!そんなの仲間って言えるんですか!?また同じスタートラインに立ちましょうよ!!」
「爆弾を持って一緒に死のうとする人なんて仲間とは言いません!」
悲鳴を上げて逃げようとする灯花さんだが、その前に俺のアバターが榛名に近づきナイフを振り上げた。
「腕がぁああああ!?」
腕ごと切り裂いて、エイリアンの群に蹴り飛ばす。
そしてうまく握られていた爆弾が爆発し、エイリアンを吹き飛ばす事に成功した。
「よし。逃げるぞ」
「よし──じゃないですよ!?」
榛名が何か吠えている。だが無視。自業自得だ。
そして尽かさずもう一本、
「え?」
再びサバイバルナイフを振り上げて、もう片方の腕も斬り飛ばす。
「どういう事ですかぁああ!?」
「だってまた爆弾握られると怖いし。さらに両足も切って人間サンドバックにするまで考えてた」
「それが人間のやる事ですか!?」
「とりあえず別の治療室に着くまでこのままで」
「私のHPがどんどん減っていってますよ!?」
「出血状態だな。止血剤と布で」
榛名のHP減少が止まるのを確認し、足元に落ちていたドロップアイテムを拾う。
『【新鮮な生肉】を手に入れた』
ログが流れ、アイテム欄に榛名の腕が追加された。よし。これさえあれば、
「灯花さん。調理セット持ってましたよね。これを」
「焼く気ですか!?私の腕をこんがり焼く気ですか!?アナタそれでも人間か!?」
「食べれば体力が回復するシステムなんだよ。治療室まで保つには食うしかないんだ。」
「私に自分の腕を食べろと!?気狂いにも程がありますよ!?」
────。
────。
遡ること一時間前。
急遽、榛名の旧開発室に泊まる事になった。深夜にも関わらず、建物内には今も働くスタッフ達がいる。
お泊まりは榛名からの提案であり、灯花さんも賛同した。
そして理由はと言うと…
「夜織先輩怖い夜織先輩怖い夜織先輩怖い──」
「私の所為じゃない私の所為じゃない私の所為じゃない──」
これである。
疑心暗鬼に溺れる榛名と灯花さん。
あのマンションの倒壊はメディアを通じて戦闘学中で知れ渡っていた。
そして調べたところ、偶然にもマンションの住人達は全員外出していたらしい。それは奇跡に等しかったと報道が伝えている。
透視能力を用いての調査においても、怪我人や死者は一人も発見されていないとの事だ。
そう、一人も発見されていない
その事実がある意味で、俺達が怯える原因となっていた。
報道では、まだ一人だけ連絡が付いていない住人がいるらしい。
だが他の住人達から証言では『彼女なら朝早くに出かけていた』伝えており、更に現場で発見されていない事から、まだ外出していると推測されている。
その事実を聞いて、嬉しさ半分、恐ろしさ半分が俺達に重くのしかかっていた。
そして今もテレビには彼女の顔写真が映し出されている。
絹糸のような艶ある長い黒髪に、凛とした黒い瞳をする若い女性。詩織の姉である姫路夜織だ。
彼女に最も恐怖を植え付けられたのは、今も頭を抱えて蹲っている榛名である。
完全に自業自得過ぎて、慰める気持ちにならない。虎の尻尾を踏むどころか、虎の顔面に野糞するくらいの事をやり抜けたからなコイツ。
そして灯花さんに至っては完全に巻き添えである。その場に流され流されて、結果的にマンション倒壊の片棒を担ぐ形となった。
その果てに──
「私の所為じゃない…私の所為じゃない…ごめんなさい姫路さん…」
うん怖い。そしてごめん。
あの真面目な灯花さんが、疑心暗鬼に押し潰されそうな状態となってる。
ほとんど榛名が原因だと思うのだが、責任感が強いのか、灯花さんの罪の意識が凄いことになっていた。
そしてこんな状態で一人夜は明かせないと、少女達は今夜だけでもと気を紛らわせる為にお泊まり会を開いた。
だが男子が一緒にいるのは……うん、やっぱりアウト。
特に榛名と一緒の部屋にいるのは危険な臭いしかしない!またフラグを立てるに決まってる!
確かに自分も今回の事で恐怖が頭から離れていない。正直、今夜眠れる気がしなかった。
でも流石に一緒の部屋は(特に榛名が)マズイと思い、並べられた布団の一つを持ち上げて、扉に向かう。
「博士に頼んで俺は別の部屋に──んっ?」
背後から服を引っ張られ足を止める。振り返ると暗い眼光を震わせる二人がいた。
「貴重な戦力がいなくなってどうするんです!?もし夜織先輩が来たら……か、考えただけで恐ろしいですよ!」
いや、俺は戦力にならない。
そして来るとか言わないでほしかった。もう夜一人でトイレに行けなくなったかもしれん。
そして誰の所為でこうなったと思っているんだ。お巡りさんこの人ですって名乗り出ていいかな?
「男だからと気を遣っているなら心配無用です!アナタの任務履歴は閲覧済み!任務で見せた活躍を期待しています!」
プロフィールとは?
どうしてそんなものを灯花さんが読んでるの?
そして任務で見せた活躍って?失敗を繰り返した俺に何を期待するというんだ。
「それに広樹は既に気づいていると思いますが、この部屋には私を監視する為の隠しカメラが何台も仕掛けられています。不審な事が起こればすぐに誰かが駆けつけます。なので変な気は起こりません!ねぇ!だから今夜だけは一緒にいましょう!修学旅行気分で恋バナしましょう!」
危機迫った顔で恋バナしましょうって初めて言われたぞ。
そして榛名で変な気には絶対ならないし起こさない。灯花さんには万が一あったとしても、お前には絶対無い。保証するし断言もする。
それに駆けつけますよ…?
いや、知らなかった。私を監視するカメラって?
「榛名が用心して付けたカメラじゃなくて?」
泥棒に入られた時の為にと思ったが。
「私を監視する為のカメラですよ。最近ミサイルを勝手に打ち上げてしまった所為で、施設にいる間は二十四時間体制で監視される事になったんです」
ん?ミサイル?打ち上げた?
お、俺の聞き違いだよね?ねぇ、そんな人と一緒に寝るとかゴメンだぞ!!
「とにかく今夜は一緒にいてください!華弱い女の子達が助けを求めているんです!ここで漢を見せないでいつ見せるんですか!」
いや俺に漢を期待しても困る!
この中で一番弱いただのモブだぞ?ザコだぞ?カス野郎だぞ?
何を勘違いして俺に期待するんだ?
そして勝手にミサイルを打ち上げるようの女を華弱いとは言わない。
「で、では私達が眠るまで一緒にはどうですか!?寝た後なら出て行っていいですから!!」
今夜は寝かさない気だ。
そんなギラギラした網膜を見せられたら、いくら寝ようとしても寝れない事くらい分かる。
まるで眠気覚ましドリンクをバケツで飲んだような瞳をしているぞ君達。
「「……………………」」
「うっ」
む、無言の圧力。てか瞳が真っ黒で怖い。
え、なんなの?俺が悪いの?俺がいけない感じなの?
どうしてか、ここで彼女達を置いていったら、後々何かしらの報復をされそうで怖い。そんな瞳の色を彼女達はしていた。
「っ……」
でも一緒の部屋で眠るのは覚悟がいる。
正直言って(榛名を我慢すれば)嫌ではない。
だが何故か、謎の悪寒がする。
もし彼女達とお泊まりをしたら、後で恐ろしい目に遭ってしまう予感が何故かするのだ。
この嫌な予感の正体は一体…。
だが…。
「……二人が眠るまでなら」
無言の圧力には勝てなかった。二人を敵に回したら逃げられる気がしない。てか本当に怖い。目に殺気があった。
理由のない悪寒を棚に上げ、諦めて彼女達の言葉を聞き入れる事にする。
そして、
「とりあえず目を酷使する何かをするぞ」
早く眠ってもらう為の提案をした。一秒でも早く榛名から離れる為に。
「何かとは?」
「目を疲れさせるのは勿論、集中力と思考力を同時に使って、眠気を引き起こすものと言えば?」
「受験勉強ですね」
確かに眠くなるよね…。
「答えが複数あるクイズをした俺が悪かった」
持ち主の許可を得ないまま、俺は榛名のパソコンを立ち上げた。
「気を紛らわせるのにも丁度いいし、とりあえずコレで…」
そこから俺は、最近再び始めたオンラインゲームをインストールさせ、少女達をゲームの世界に誘い入れた。
これでゲームに夢中になれば、恐怖も和らぐかもしれないし一石二鳥である。
────。
────。
「眠くなってるかー?」
「全然です」
「私もですね」
榛名の予備パソコンを操作しながら少女達を見た。眠気無し。むしろ前より瞳孔が大きくなっている。
まさか逆効果だった?元気になったのは良かったが…
「榛名。ちょっと聞くが、睡眠薬とか持ってない?」
「諦めて無理やり眠らせる気満々ですね。ですが持っていないです。薬品系は私の分野では無いので」
「じゃあ貰いに行くのは」
「私の信用が地に落ちている事は知っていますよね?」
睡眠薬を何に使うんだ?と怪しまれると。
確かに貰える気がしない。
「まぁ薬品系の責任者に直接頼むなら、ちょっとは貰えそうな気がしますが」
「まさか博士とか?」
「博士からの信用も地に落ちてますよ」
憔悴しきった顔で笑う榛名。
ミサイルの件でかなり怒られたみたいだ。
「責任者は博士の奥さんです。妻ですよ妻」
「妻?もしかして夫婦で働いているのか?」
「ええ。博士は機械系全般で、奥さんは薬品系全般を扱っています」
知らなかった。
そしてつまり、博士の奥さんは榛名に優しいと?
「博士の奥さんは榛名のヤバさを知らないんだな…」
「ちょっぴり頭にクる言い方ですね。でも奥さんは十分に私の事を理解していますよ。それでもあの人は優しいんです」
微笑みながら榛名が言った。
博士。優しい奥さんと結ばれたんだな。
「では頼みに行ってきますね。ダメ元ですが」
そう言い、榛名のアバターが安全ゾーンで待機モードになる。そして早足で部屋から出て行った。
「ちなみに灯花さんは博士の奥さんをご存知ですか?」
「タメ口でいいですよ。それと質問の答えですが、存じ上げません。ただちょっと奇妙な噂は耳にした事はあります」
「奇妙な噂?」
「ええ。奇妙な噂です」
人差し指をクイクイと己に向け、耳を近づけてほしいと瞳が言う。
監視カメラを気にしているようだ。音声も拾えるか分からないが、それを灯花さんは気にしているのだろう。
「序列第十位の専属である榛名さん。その師匠である博士…でしたか?本名では呼ばないんですね。私も合わせましょう」
ん、そう言えば博士の本名ってなんだっけ?
思い出そうと記憶を探るが出てこなかった。
「それで噂ですが。その博士の奥様は……」
一瞬、迷う素振りを見せる灯花さん。言い難い噂なのだろうか。
そう思っている最中、彼女の背後で足音が近づいてきた。
「無理でした!」
早々戻ってきた榛名がそう告げて、空笑いを浮かべる。
「前に博士の保管庫から拝借した爆発系の薬品が、実は奥さんから譲り受けた試験品だったみたいで……極端な話、薬品はもう駄目そうです」
奥さんからの信用も地に落ちていたらしい。
それと爆発系の薬品とは?
まさかミサイル?あの打ち上げたミサイルに使ったのか?
「さぁゲームの続きをしましょうか」
「あー、それよりも灯花さんの話が」
榛名の声を後回しに、噂の続きが気になった。
だが灯花さんは申し訳なさそうな顔で、
「ごめんなさい荻野さん」
「え?どうし─」
灯花さんの瞳が一瞬だけ榛名を見る。
「話って何のですか?」
「序列第二位が近いうちに葬られる話ですよ」
「第二位がですか!?」
どうやら灯花さんは榛名の前で噂を話したくないらしい。
だが確かに、博士達に関係する奇妙な噂を、教え子である榛名の前でするのは不謹慎だった。
「あの凡ゆる攻撃が効かない序列第二位ですよ!?そんな彼に本当にあるんですか!」
凡ゆる攻撃が効かない?
確か天乃さんの能力は、触れずに端末を操作できる力だったような。
それで連絡先を交換されたのを覚えている。
「意外といくつもありますよ。ですが今回はある人に頼る事にしました。言い方は悪いですが、人任せですね」
「序列第二位を倒せる人?まさか序列第一位に頼んだ訳では…」
序列第一位。まだ会った事のない一番の実力者。
今までに出会ってきた序列者から連想すると、嫌なイメージがどうしても湧いてくる。
「いえ、彼女には頼んでいません。それと頼んだというのは少し違いますね。正しくは仕向けたになります」
灯花さんが己の腰元を指差して言う。
「ここからある物が無くなっているのですが、何か分かりますか?」
その言葉で初めて気づいた。
「刀か?」
「正解です」
そして灯花さんは不敵な笑みを浮かべた。
「実は私が持っていた刀は、あの天乃が大切にしていた物なんです。今回の会議では持っていけないと金庫に預けていましたが、私の能力の前では意味を成しませんから」
「え…と。つまり…」
持っていた筈の刀が、気づいた時には無くなっていた。最後に覚えているのはマンション前で出会った直後。という事は。
「置いてきました」
その一言で分かった。
灯花さんが刀を置いてきたのは、あの恐ろしい姫路夜織の部屋であり、全ての責任を主人に押し付けたのだと。
「で、でも第二位、いえ、光崎天乃さんは集合会議に参加されています!アリバイが残りますよ!」
「大丈夫ですよ榛名さん。バレません。私を誰だと思っているんですか」
あれ、灯花さんの目って、こんなに濃かったっけ?
「何年も彼と一緒にいる私ですよ。あのバカの行動パターンは読めてます。まずは面白い事をやろうとバカな事を仕組んで周囲を振り回すでしょう」
薄笑いを浮かべながら、不気味げに少女は語り出す。
「そして証拠を残さない為に、あのバカは能力を使って監視カメラを無力化するんです。特に詩織さんを巻き込むような場面では、その姉である姫路さんにバレないように確実に消去するでしょう」
つまり記録が無いから、天乃さんは会議ではなく夜織さんの部屋にいた事になると。
だがそれでは不十分だと俺でも分かる。
会議に参加している他の序列者達が、彼の証人になってしまうからだ。
「ちなみに他の序列者達からの証言なら大丈夫です。あのバカは周囲に敵を作ってますから、利益が無い以上は誰も味方になりませんよ」
そ、そうなのか。だったら安心?
……ん?それよりも気になる事があった。
「じゃあマンション倒壊の責任は全て、天乃さんに押し付けられたんじゃあ…」
「それでも怖いんです…もしバレた時の事を考えると、鼓動が早くなって……もう苦しくて」
自身を抱き締めて震える少女。
「……いえ…もう自首した方がいいかもしれません……その方がきっと……本来は私達が背負うべき罪なんです……嘘は絶対に暴かれるんですから」
押し潰されかけた灯花さんが、諦めの言葉を口にする。そして誰かに連絡を取ろうとスマホを握るが、その手はもう一人の手に止められた。
「刀を置いてきた……物的証拠を……ほぉほぉ」
「は、榛名さん?」
「灯花さん。アナタは何故、あの死を隣り合わせにした窮地の場面で、咄嗟に刀を置くという選択を考えられたんですか?」
「そ、それは……」
沈黙する灯花さんに、榛名は肩に手をかけ抱き締める。
「許せなかったんですよね。アナタの主人が。あの面倒ごとばかり起こす馬鹿な序列第二位が」
「ぁ……」
榛名の胸の中で、灯花さんは涙を零した。
「アナタの選択は決して褒められるものではありません。なにせ人に罪を擦りつけたんですから。それは人として最低な事です」
「そうですっ…わ、私は最低な事を…っ」
「でも私だけは許します」
聖母のような優しい瞳で、胸元にいる少女に囁く榛名。
「何度も酷い扱いを受けたのではありませんか?そして何度も泣いて、反省しない彼がどうしても許せなくて、あの場で悪魔の囁きに乗ってしまったんですよね?」
「……はい…私は…」
「いいんですよ。アナタは何も背負わなくていいんです。アナタは何も悪くありません」
そして胸元から顔を離して、榛名の微笑みが涙に濡れた灯花を照らした。
「今から私の言う通りにして下さい。そうすれば全部うまくいきます。もし何かあれば、私が全ての責任を取りますから。アナタは何も恐れなくていいんです」
その言葉を聞いて、俺は榛名の背後に悪魔を見た。
「さぁスマホを貸して下さい。あとは私がやります」
────。
────。
瓦礫で一部崩れた円卓部屋。そこに鳴り響くコール音。
「もしもし」
端末を耳に当てるのは、ボロボロ姿の少女。天乃と争った後の詩織がそこにいた。
「っ!?……うんっ…いる。代わる?……そう、すぐに…うん。じゃあね」
通話を切って顔を起こす詩織。目の下に赤みを残しながら、視線はのんびり椅子で寛ぐ青年に向けられた。
「私は何も言わないから…」
「ん?いきなり何かな?」
詩織の掴めない言葉に迷う天乃。
「どんなに阿鼻絶叫を上げても、私は何も思わないし、むしろ心の底から喜ぶわ」
「え……え?」
出荷直前の家畜を見るような暗い瞳。そんな詩織の表情と声に、天乃は背筋に寒さを覚えた。
「ま、まさか……そんな事─ッッ!?」
──直後。部屋に激震が走った。
まるで直上から重い物が落下し、地面に打ち鳴らされたような轟音だ。
その先に視線を向けると狭い瓦礫道がある。天乃が詩織を追いかける最中に破壊した、地上に続く大筒穴があるホールまでの通路があった。
どかされ広げられた瓦礫道。その奥から一人の影が現れる。
そこから何かが投げられ、天乃の眼前にグチャと何かが潰れ、転がる異音が鳴り響いた。
「っ!?……は…ハハハ…え、?え?え?」
思考が追いつけず、壊れた表情をする天乃。
その瞳に見たのは、首だけとなった彼の協力者。
序列第四位の生首が血だるまとなって転がっていた。
「うわ……」
両手で目を覆い、顔を伏せる鈴子。
葉月は何の反応も示さず。
降磁は汗を流している。
そして詩織は立ち上がり、瓦礫の奥に駆け寄った。
「姉さん!」
少女が抱きつくのは、顔に血の跡を見せる女性。
片手に巨大な立法長方形の箱を持った姫路夜織がいた。
「……詩織……その傷……服も」
大きく見開かれた瞳には、愛する妹の痛々しい姿が写っていた。
その事実に夜織の眉間に血管が走る。
「誰ガ…ヤッタノ?」
地獄のそこから出たような底深い声音に、三人の序列者が人差し指を向ける。
鈴子、降磁、葉月はただ一点、あんぐり口を開けて固まっている天乃を指していた。
「そう…やっぱり……その四位の最後の遺言は、天乃に唆されたって言ってたわ…」
夜織が指を向けるのは首だけとなった序列第四位。
山吹色の長いツインテールは荒れに荒れ、開いたままの瞳孔には怯える天乃が写っていた。
「夕流恋…」
鈴子が呟いたのは序列第四位の彼女の名前。
四弦夕流恋。
前回の序列者会議で夜織に酷い目に遭わされ、その仕返しの為に天乃と手を組んだ少女である。
「近くの高層マンションにいたのよ。しかも双眼鏡を持ってね。そして私のマンションが倒壊したわ。そんな偶然あり得る?問答無用で拷問してやったわ」
奥にゆっくり近づいていく夜織。その先にいる天乃を除いた全員が、道を開けるように背後に退く。
「ま、待ってくれ夜織先輩!僕じゃない!マ、マンションが倒壊?何のことかさっぱりだなハハハ!でも僕じゃない!信じてくれ!」
「へぇ、じゃあ誰がやったのかしら?」
へっぴり腰になりながら天乃は叫んだ。
「と、灯花ちゃんはどうしたんだい?確か今日!夜織先輩に会いに行くって言ってたよ!!そう!予定があった筈だ!」
「来なかったわ」
「じゃあ灯花ちゃんだ!」
部下を売る最低のクズがいた。
震えた声音で戯言を吐き出す天乃を前に、夜織は溜め息を落として表情を伏せた。
「今日は来れなくなったってメールがあったの。それと同日に来る筈だった子も、急に予定が入って来れなくなったわね」
「っ!?そ、そんな筈ない!灯花ちゃんは絶対に夜織先輩の家に行く筈だ!もう僕に我慢できないって顔を彼女はしていたんだから!」
自覚がありながら、その上で部下を貶めるクズが言う。
そんな命乞いの先で夜織は端末を天乃に投げ渡した。
「ちゃんと写真付きでメールが来たのよ。灯花ちゃんともう一人、今日会う筈だった子は、偶然にも逃げられない相手に捕まったみたい」
そこに映し出されていたのは、資料室らしき部屋で何かを調べている三人の写真。
灯花と榛名、そして戦闘学が重要人物に置くイレギュラー。
「確かに私を後回しにしても納得だわ。彼に、荻野広樹に声をかけられたら、当然逃げられないわね」
その写真が何よりもの証拠になる。それだけの要素を荻野広樹は持っていた。
「戦闘学に興味を持ったのは、その資料が目当てだったのかしら?自分が持つ力をより向上させる為、戦闘学が持つ情報の利用を狙って来たのかもしれないわね」
夜織の推測が、天乃の思考をぶち壊した。
「序列第二位の側近である黒衣灯花と、開発部門が誇る天才少女、緑川榛名。これほどに良い情報人材は他にいないわ」
そして鋭い眼差しが天乃に向けられる。
「彼女達は無罪。そしてアナタは有罪。よくも土足で私の部屋を踏み荒らしてくれたわね」
「え?…え?ちょ、ちょっと待って欲しい!?君の部屋を踏み荒らした!?僕はずっとここにいたよ!?」
「アナタの能力だったら瞬間移動くらい出来る筈よ」
「確かにできるけど!?それでも僕は無実だ!僕じゃない!」
天乃の弁明に夜織は敵意を下ろさないまま問う。
「じゃあこの部屋の監視カメラの記録を見せてくれるかしら?」
「!?」
天乃の表情が青く染まる。何故ならその記録は、天乃が全て消去していたからだ。
いつも厄介事を撒く張本人は、その生き方を続ける為に能力を活用していた。
監視カメラのハッキング。天乃はそれを実行し、自分の行いの全てを消していたのだ。
「見せられないの?じゃあ─」
「ま、待って!?証人がいる!?この部屋にいる全員が証人だ!」
「って言ってるけど?誰か言いたい事はあるかしら?」
夜織の問いに序列者達の目が泳ぐ。
そして泳がせた先にいたのは、生首だけとなった序列第四位の四弦夕流恋である。
「「いえ何も」」
葉月と詩織は無言を貫き、残りの二人がそう言い放った。
「なんで!?」
知らん振りをする鈴子と降磁に天乃は驚愕を示す。だが二人には自己の為の理由があった。
(もう関わりたくない…)
(追及されれば長引くんだろう?だったら早く終われる流れに俺は乗るぞ)
早く夜織が支配する空間を払拭したく、二人は虚言を選択したのだ。しかも生贄になるのは害悪にしかならない最低のクズ。味方をする理由は一つもなかった。
「確定よ。それじゃあとりあえず死になさい」
「雑!?とりあえずって何!?」
立ち上がって部屋の隅に逃げ出す天乃。
「ぼ、僕が侵入したって証拠がない!不十分だ!確実な証拠の提出を要求する!!」
まるで裁判所で苦言を叫ぶ被告人である。
だが次に夜織は天乃が求めていた物的証拠を差し出した。
「アナタが心底大事にしていた愛刀よ。これが部屋に残されていたわ」
「なっ!?」
「相変わらず斬れ味が良いわね。その四位の首も簡単に斬れたわ」
円卓に転がる生首に刀の切先を──
「可哀想な夕流恋。ちゃんと矯正できたと思ったのだけど、失敗したようね。せっかく妹のDNAを分け与えてあげたのに」
頭上で山吹色の髪を垂らしながら、掲げた刀身に赤い鮮血が流れ落ちる。
「やはりクッキーじゃ駄目ね。次は脳髄に直接注いだ方がよさそう。ええ、そうしましょう。そうするしかないわね」
「うっ…!」
鈴子が顔を歪めて伏せる。
「ねぇ、アナタもそう思うわよね」
「…………」
掲げる生首に語りかける夜織。だが生首は何も答えない。
「姉さん?何を言ってるの?」
「ただの巫山戯よ。そこにいる天乃を恐怖させる為にね」
「流石姉さん」
夜織の言った通り、確かに天乃の顔は恐怖に染まっている。瞳を震わせ、退がれない壁に背を当てて怯えていた。
「ねぇ詩織、ちょっと部屋の外に出ていてくれないかしら」
「?」
「これから激怒る私を、妹のアナタに見られたくないのよ。アナタは気にしないと思うけど、私が気にするのよ」
「姉さん…」
どんなに自分が大切にされているのか。その実感に胸を押さえながら、詩織は部屋を出ていく。
「待って詩織ちゃん!君がいなくなったら本当にマズイよ!!」
泣き叫ぶ天乃の声は届かず、一瞥もなく少女は姿を消した。
「じゃあ私も…」
「俺も…」
「…………」
次々と退出していく序列者三人。
部屋に残るのは、天乃と夜織の二人となった。
「…………か、考えてみたら、ぼ、僕は、む、むむむ無敵じゃないかっ!」
「…………」
「は、はは、はははは!そうだ!僕は強い!序列第二位の光崎天乃じゃないか!何を恐れる必要がある!」
「…………」
「夜織先輩!貴女はもう力を失った!そんな弱者が僕をどうにか出来ると思うのかい!!」
「…………」
「今なら逃げたっていいんだよ!じゃないと僕は本気で貴女をやってしまうかもしれないからね!」
「…………」
不敵に笑う天乃に見向きもせず、夜織は携えていた大箱を床に置き、指で外装をなぞった。
「呆れるわね。アナタが戦闘学に属する以上、戦闘学はその準備を常に用意しているのを知らないの?それとも考えないようにしていたのかしら?」
低く重い鈍音が箱から鳴る。開き、伸び、折れ曲がり、閉じ、忌々しく、禍々しさ溢れる形に姿を変えた。
その異様な姿に、天乃の心は再び怯えに染まる。
「大人達が頭無しに危険なアナタを抱えている筈がないじゃない。コレは序列第二位が裏切った際に備えて造られた保険」
「っ!?」
天乃は悟った。そこにある武器は間違いなく自分を殺す事が出来るモノだと。
すぐに逃走を図ろうとするが、その思考に至る間もなく夜織は眼前にいた。
「さぁ、始めましょう。マンションが倒壊して、怒った校長が本気になってくれたわ」
その武装はまさに、校長の怒りそのものだった。
「ぎゃああああああああ────────!!」
読みに来てくれてありがとうございます。
これからもよろしくお願いします。