第198話、榛名「詩織大好き詩織大好き詩織大好き詩織大好き!!」灯花「もっと大きな声で!」榛名「はい!」灯花「もっと情熱的に!」榛名「はい!」灯花「もっと心を込めて」榛名「はい監督!」
書き上がりました!
よろしくお願いします!
「うぉおおおお!な、何ですかコレ!?おかしい!明らかに普通の扉じゃないですよコレ!」
端末を壊しそうな勢いで、高速タイピングを打ち鳴らす榛名がいた。
「変態の所業です!この扉を制作したのは誰なんですか!?絶対常人じゃないですよ!」
自分を天才と自称する彼女が、汗まみれになりながら必死さを露わにする。
先程まであった余裕は既に消え、そこには全身全霊を燃やす少女がいた。
「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおッッー!!」
…………ああ、榛名。
そこまで必死になれるお前が理解できない。
はっきり言って不法侵入に心を燃やしてどうするんだ。
帰りたい。もう諦めて帰ろうと肩を叩いてやりたい。だが止められる雰囲気ではない程に榛名が燃え上がっているのだ。
もうどうすればいいんだ。
──あ、そうだ。いっその事。
「灯花さん。ちょっとお願いが」
「呼び捨てでいいですよ。それで何でしょうか?」
「『透過』?それで部屋の中を確認して、榛名に教えてくれませんか?」
部屋の中をネタばらしすれば、流石の榛名も落ち着くだろうと思った。
「敬語もやめてほしいのですが……んー、そうですね……」
灯花は少し考える素振りを見せ、
「……分かりました。では駄目元でやってみます」
「駄目元?」
疑問を浮かべる最中に、灯花の手が壁をすり抜けていく。
そして肘まで入り込む──その時だった。
「ッッ!?」
呼吸を崩し、ズバッと手を引き抜く灯花。
そして少女は己の腕を見ながら、理解した顔で呟いた。
「扉がここまで厳重なら、壁にも何らかの細工があると思っていました。……が、これは恐ろしいですね」
ポタポタと腕から何かが落ちる。
それは濁った透明な液体。
ジュワァ〜〜と落ちた跡から煙が上がる。そして床が泡を吹いて溶けだした。
「吸わない方がいいですよ。たぶん煙も有毒ですから」
「な……ぇ……!?」
「分からないって顔をしていますね。ええ、大丈夫です。私にも分かりませんから」
少女は瞼を閉じ、息を研ぎ澄ませる。
そして徐々に身体は透明になるが、その腕に付着した液体だけは宙に浮かび上がり、絡み付いたままだった。
「亜種三次元に入ったのにも関わらず、落ちず私の身体に纏わりつきますか……。この物質は一体……」
ハンカチを取り出し、液体を拭う。
腕に血の痕を残しながら、灯花は懐から出した鉄瓶にハンカチをしまった。
そして尽かさず人体強化を発動し、自然治癒力を高めて腕を治療する。
「治りました。それと床ですが……もうバレますね。流石の私でも隠蔽しきれません」
っ!?
腕が元通りになってる!?
でもさっきまで確かに傷が!?
「何驚いた顔をしてるんですか?自然治癒力を強化すれば、多少の傷は治ります」
自然治癒力を強化?
え、聞いた事がない単語なんだけど…
「それで榛名さん。進行状況は?」
ごくごく世間話を始めるように灯花は聞いた。
「うぅ、無理ですね。今回ばかりは私の手に追えません」
榛名が白旗を上げる。
そして端末を見せながら、
「本当に何なんですかこれは!一分間に【詩織大好き】を千回も打ち込むなんて無理です!指の骨が粉砕骨折しちゃいますよ!!」
へ?
一分間に【詩織大好き】?
何を言ってるんだ榛名さん。
「何を言っているんですか榛名さん?」
俺の代わりに問いただす灯花。
そして榛名が訳を語り出した。
「この扉のセキュリティーですが、正直言って制圧できません。なので本来あった【予備の解錠方法】で開けるしかないんです。それが─」
「【詩織大好き】を一分以内に千回ですね」
「その通りです」
どんな解錠方法だ。
確かにこの扉を作った人は変態かもしれない。てか狂ってる?
どうして【詩織大好き】をチョイスしたんだ製作者…。
「ではキーボードを貸してください。私がやります」
「全て手打ち入力ですよ?」
「問題ありません」
平然とした瞳で腰を下ろし、指に人体強化を巡らせる灯花。
そして榛名がエンターキーを押すと同時に、灯花の手元から激しい打音が奏でられた。
────。
────。
「アァアアアアアアッッ♂!!」
「防げ!防ぎ切るんだ降磁!」
「き、貴様ぁああ!?天乃ォオオオオ!!ブフォッ!?」
降磁を盾にしながら一歩一歩踏み出す天乃。
その先には触手を振るう詩織がいた。
「仲間を盾にするなんて相変わらずの外道ね!このままじゃソイツ潰れるわよ!」
「真守義降磁を舐めないでもらおうか!真守義の『真』は『マゾのM』!つまり『M過ぎ』さんは叩かれて喜ぶ最強の肉盾なんだ!」
「ァマァノォッッ…!?グボォッッ!?」
弾け飛ぶ白いワイシャツ。
露わになるのは筋肉を絞り上げた亀○縛り。
そこに黒い触手が鞭の如く振われ続ける。
「アヒィッッ♂!?」
亀○縛りと黒い鞭。
誰が見ても酷い絵面である。
「さぁ詩織ちゃん!その起爆スイッチを返すんだ!じゃないとM過ぎさんが大変な事になってしまうぞ!」
「グヒィッッ♂!?」
「返す訳ないでしょ!姉が殺されそうになっているのに、それを止めない妹がどこにいるのよ!」
「ガハァッッ♂!?」
筋肉の上で鞭が踊る。
だが鉄壁の肉盾は悲鳴をあげるだけで、それを持つ天乃の足は止まらない。
徐々に接近する変態達に、詩織は彼らの足元に視点を絞った。
「まさか!?尻穴を締め上げろ降磁ぃいい!!」
降磁の両肩に体重をかけ、身体を宙に上げる天乃。そして体重をかけられた者は逃げられず、床から突き出た突起物を避ける事は不可能だった。
「ァアアアアアアアアアアアアアッッ♂!!??」
「降磁ぃいいいいいい!?」
黒棘によって下半身が押し上げられ、上半身が天井と合体。
完全な惨殺現場が完成した。
「よくも降磁を!!君には人の心がないのか!?」
「元はと言えばアナタが原因でしょ!それとよく見なさい!あのドM野郎は無事よ!あの亀○縛りの紐がギリギリ急所を塞いで守ってくれたわ!ちょっと食い込んだだけよ!」
「ん……あ、確かに。よく見たら食い込んでるだけだね…」
足先をピクピク震わせる降磁の真下で、天乃はせせら笑いを浮かべる。
「亀○縛りも役に立つんだね。彼じゃなかったらアウトだったけど」
尻に食い込んだ紐が棘先の侵入をギリギリ防いだ。だがそれは普段から亀○縛りをしている降磁だからこそ成せる防御法であり、彼以外であれば大変な事になっていただろう。
「まぁ、盾が無くなったとしても僕に隙はない。さぁ詩織ちゃん。無駄な抵抗は止めてスイッチを──あれ?」
目を離した隙に詩織が消えていた。
そして横から鈴子が言う。
「詩織なら逃げたよ。通路を塞ぎながら」
「!?」
唯一の出入口に目を向けると、肉塊と黒棘で塞がれた扉があった。
「なんで教えてくれなかったの鈴子ちゃん!?」
「どちらの味方をするのが正解か分からないから…」
恐怖の根源である姫路夜織を抹殺する事は賛成だが、その過程で他人を犠牲にするのは流石の鈴子も看過できなかった。
「くっ……じゃあ仕方ないね。なるべく後輩に乱暴はしたくないんだけど」
天乃は振り返り、円卓の奥に座る少女に頼み込んだ。
「葉月ちゃん。何か刀っぽい武器を出してくれないかい?」
「ん、そう言えばいつものはどうしたの?持ってない姿、初めて見た…」
天乃の腰を見ながら鈴子が質問する。普段そこに下げている筈の刀がなかったのだ。
「ああ、今回ばかりは武器の持ち込みを禁止されてね。前回の序列者会議が原因かな。ハハハ」
寂しそうに腰を撫でる天乃。
「僕のお気に入りだから、きっちり金庫にしまってきたよ。盗まれたら涙を通り越して、血涙を流すかもね──って、それよりもだよ葉月ちゃん!」
円卓を叩き、再びお願いを口にする。
「刀があった方が手加減しやすいんだ!普通に能力を使うと部屋が崩壊してしまうからね!なるべく穏便に済ませる為にもどうか頼むよ〜!」
両手を合わせて頼み込む天乃に、葉月は反応を示さず虚空を見つめるだけだった。
その無言の返答に、天乃は合わせた両手を少女の耳元に近づけ、ひたすら擦り合わせ始めた。
スリスリスリスリスリスリスリスリスリスリスリスリスリスリスリスリスリスリスリスリスリスリスリスリスリスリスリスリスリスリスリスリスリスリスリスリスリスリスリスリスリスリスリスリスリスリスリスリスリスリスリスリスリスリスリスリスリスリスリスリスリスリスリスリスリスリ!
「…………っ」
円卓の下に手を差し込む葉月。
そしてスゥーと一本の刀を引っ張り出した。
「ナイス葉月ちゃん!」
刀を受け取ろうと手を差し出す天乃。
だが、
ザシュ──と。
「こらこら葉月ちゃ〜ん、僕のお腹は鞘じゃないよ。普通に刺しちゃってるけど、僕じゃなかったら死んでたよ〜」
「…………」
無言のまま葉月は刀から手を離す。
「ま、いいか。これで刀は手に入ったからね。使わせてもらうよ」
天乃は両手で刀を握り締め、笑顔を浮かべながら能力を発動した。
刀身が青白い発光を見せ始める。
「臭い…それに熱い…静電気で髪の毛がゴワゴワする…」
「これでもかなり抑えてるんだけどね。まぁ、ちょっとの我慢だから」
「いいよ…私も能力を使うだけだから」
鈴子も能力を発動し、自分にとって有害なもの全てを他所に受け流した。
「よ〜し、そろそろ……あれ?」
天乃は刀を一目見て、葉月の方へと振り向いた。
「ちょっと葉月ちゃーん!これ手抜きしなかったかい!?かなり調整してるんだけど、今にも溶け出しそうだよ!」
「…………」
「くっ、やっぱり僕の愛刀じゃないとこれが限界なのか…」
急拵えの刀に限界を悟り、天乃は渋々と扉の前で構えた。
「ふぅ……それじゃあ始めようか詩織ちゃん。君のお姉さんの命を賭けた鬼ごっこを」
────。
────。
「さーて、部屋の中は一体どうなってるんでしょうか!ワクワクしますね!」
そう言って、榛名は我慢しきれないと扉に手をかける。
「榛名」
だが俺はその手を遮った。
「何ですか広樹?」
榛名は疑問顔でこちらを向く。
「なぁ、本当の話、この部屋だけは危ないと思うんだが」
「それは未来予知か危機察知的な能力を使ったからですか?」
「いや、そうじゃない」
まるで俺が能力を持っているかのような返答。
いや、これは能力ではなく純粋な直感だ。
本当に嫌な予感がするんだ。この扉の奥から。
「灯花も怪我をしたんだ。はっきり言って普通じゃないぞ此処は」
「普通だったらわざわざ開けませんよ」
聞く耳を持たず、榛名は扉に再び手をかけた。
「それによく考えてみてください。夜織さんは教師陣に深く信頼を寄せられています。そんな偉大な方が部屋に危ないものを隠す訳がありません」
いや、壁をすり抜けようとして怪我を負ったのだが?
もう危ない臭いがぷんぷんするぞ。
「危ないものがあったとしても、エロ本くらいじゃないですか?」
いやいやいやいや。
エロ本を隠す為に、ここまで厳重なセキュリティーにする必要はないだろ。
「もしくは夜織さんが秘密裏に集めた、戦闘学の裏情報の数々とか。そっちの方が私はそそりますねー」
もう駄目だ。
榛名の好奇心は誰にも止められないのか。
「それじゃあ行きますよー!」
重い扉がゆっくりと開かれる。
そして目にしたのは、数メートル程の廊下だった。
「扉の先に廊下ですか。それにこの壁は……硝子かプラスチックでしょうか……」
その空間は今いる廊下とは大きく異なり、別世界を感じさせた。
そして榛名がゆっくり前へと進みだす。
そして俺は、
「あれ?どうして立ち止まってるんですか?」
「なぁ榛名。この廊下はヤバイ。嫌な予感が本当にするぞ」
足が重くて動かない。そして息を吸う度に苦しくなる。
ビビりと言われそうだが、それでもこの廊下に踏み入れるなと、警戒心が囁いてくるのだ。
「怖がり過ぎですねー。見損なっちゃいますよー」
いや、本当に行かない方がいい…
俺は止めた。止めたからな。
だってこの廊下、見た目的に絶対普通じゃない。
扉は厳重なセキュリティーで護られ、壁の内側には物体を溶かす液体が仕込まれていた。
確実に何かある。
次の刺客が必ず用意されている筈だ。
「残念です。では広樹は置いて、二人で行きましょうか灯花さん」
「いえ、私も非常に嫌な予感がするのですが……」
灯花も同じ考えのようで、隣で立ち止まっている。
その姿に榛名は苦笑いを浮かべた。
「え、ええ、と……二人共ですか?」
「ああ、本当に嫌な予感がするぞ」
「間違いなく何かに襲われますね」
その言葉を聞き、榛名の頬から微汗が流れる。
そして今さらかと気付いたように、広樹達の方へと走り出した。
だが瞬間に──ドシュッッと。
「なぁ!?」
重々しい突音を響かせて、榛名の眼前に透明色のシャッターが降ろされた。
榛名は閉じ込められたのである。
「あ、これはヤバイぞ」
「ですね。これは確実にヤバイのに襲われます」
「ちょっと何冷静に状況分析してるんですか!?」
いや、お前が怖いもの知らずな行動力を発揮した所為で、一周回って冷静になれたんだよ。
そして榛名の背後で、怪しい火花が落ちるのを見た。
「なぁ灯花さん。今、榛名の背後で…」
「ええ見えました。何かが燃えましたね。気をつけてください榛名さん。その廊下内で何かが起動しています」
背後を振り返る榛名は、突如と鼻に流れ込んだ焦げ臭さに瞳を震わせる。
そして震えた手で胸ポケットを探り、小さな眼鏡を取り出した。
「ま、まさかそんな危ないトラップ……ある訳ないですよね……」
独り言を呟きながら、眼鏡をかける榛名。
だが、榛名の願いは尽く撃ち砕かれる事となった。
「な、ななな、なぁああああッッ!?」
奇声を上げながら榛名の身体が大きく曲がる。
まるで何かを避けたように見えた。
「ひ、ひひひ広樹!?それに灯花さん!お願いします!どうにかして扉を開けてください!これは本当にヤバイ奴です!超高熱出力レーザーブレード的な何かが来ちゃってます!」
あ、やっぱり何かあったのか。
どうやら榛名が着けている眼鏡だけがそれを捉えられているようだ。
「早くしないと私の身体が真っ二つになっちゃいます!最悪ブロック肉になっちゃいますよ!」
次に榛名は宙を飛び、バク転して着地を見せた。
意外と運動神経が良いんだな。
「何を冷静に見てるんですか!?お願いです!どうにかして扉を!本当に洒落にならないトラップに襲われているんですよ!」
その言葉に反応して、灯花が端末の画面に視線を走らせる。
操作して、何か手立てを探しているようだ。
「ひ、広樹!?なんかのんびりしてませんか!?こういう時に使わないでいつ使うんですか!?」
「何を使えと言うんだ?」
意味不明な発言だ。
俺に出来るのは、ただ見守る事くらいなのに。
「広樹の戦闘力の出番ですよ!!こういう時こそ、使うべきなんじゃないでしょうか!!」
…………。フッ。
「榛名。俺はお前を信じている」
「え?……え、ちょっと待ってください!?何を言っているんですか!?」
「俺はお前を信じている」
「本当に何を言ってるんですかーーッッ!?」
だって。戦闘力無いし。
助けられないわ。
「見つけました!榛名さん!そのトラップの解除方法が分かりましたよ!」
「でかしました!それで解除方法は一体何ですか!?」
「【詩織大好き】と叫んでください!」
「またですかぁああああ!?」
もうヤケクソだと、榛名は腹の底から叫んだ。
「詩織大好きぃいいいいいいいいーーッッ!!」
空気を震わせる程の命がけの告白。
その叫びに機械が反応したのか、榛名の立ち回りは静まりを見せた。
「き、消えましたぁああ!灯花さんありがとうございます!!」
涙目でシャッターに縋り付く榛名。
その姿は安心そのものだったが、その先にいる灯花はまだ油断を許さない顔をしていた。
「まだです!背後を見てください!」
「ほぇ?まさか…………なっ!?三本線!?」
榛名の瞳がまたも絶望感に染まる。
まだ地獄は終わっていなかったのだ。
「【詩織大好きを千回】。それが開錠方法です…くっ」
「無理無理無理無理無理無理無理無理!?無理ですよぉおお!?」
「やるしかないです!詩織大好きを千回死ぬ気で叫んでください!」
「じゃ、じゃあこのシャッターを人体強化で破壊してください!それなら!」
「それは出来ません!システムを確認しましたが、無理にシャッターを壊そうとすれば、網目状でソレが現れます!」
網目状でソレ?現れます?
もしかして榛名を襲っている何かの事か?
それにレーザーブレード的な何かとも言っていたような…
「そうなれば死は免れません!」
「そんなぁああああ〜!?」
「とにかく叫ぶしかありません!死にたくなければ告白してください!早く!」
「ウワァぁああアン!もうヤケクソぉお!!詩織大好き詩織大好き詩織大好き詩織大好き詩織大好き詩織大好き──!!」
頑張れ榛名。
廊下で何が起こっているのか分からないけど。
とにかく頑張れ榛名。
────。
────。
走り抜けながら黒棘と肉塊を出現させ、通路を塞ぎ続ける詩織。
能力の過剰使用で今にも意識を落としそうになるが、それでも限界を通り越しながら壁を作り続ける。
でなければ彼は来る。
戦闘学が誇る、序列第二位が。
「っ!?」
激しい衝撃音。突如と身を襲った強い風圧。
背後を振り向くと、そこには斬り刻まれた残骸が広がっていた。
「やぁ詩織ちゃん。さっきぶりだね」
「天乃っ…」
「せめて先輩は付けようよ。ハハハハ」
青白い閃光を靡かせる刀を手に、残骸を蹴って転がす序列第二位。
「未知の細胞とは聞いていたけど、ちゃんと斬れて良かったよ。ここを崩落させず、穏便に事を済ませられそうだ」
「くっ…!?」
「ねぇ詩織ちゃん。お願いだから諦めようよ。僕も手加減するのは大変なんだ」
「諦める?ふざけるのも大概にしなさい!アナタがやろうとしているのは──なっ!?」
詩織の声を止めたのは眼前に突如現れた天乃の眼光。
咄嗟に拳を振るうも、天乃は難なく受け流し、詩織の肩に触れ────ビリッ!!と電気を走った。
「ッッ!?」
「大丈夫、痺れさせただけだよ。でも自然治癒力で治されても厄介だから、脳の奥にも電流を流させてもらった。これでしばらく戦闘力も使えないだろう」
「あ、天乃っ…!?」
「ハハハハ可愛いねー。呂律が回ってないよ」
笑いながら天乃の手が詩織に伸びる。どこかに隠されたスイッチを探す為である。
「ちょっと我慢してね。おかしな真似はしないから」
そして詩織の上着に触れた──その時だった。
ザシュッッと、天乃の胴体が何かに貫かれた。
「なッッ!?」
「ふぃふぃ……うぃうぃ気味え!」
(※フフ……いい気味ね!)
身体の真ん中に刺さるのは、黒く伸びた触手である。
それは詩織の上着の影から伸びていた。
「くっ…まさか、僕が戦闘力を封じる前に仕込んでいたのかい?」
「ようよぉ!私はいうあえも弱いあああぁお思っあら大間違い!」
(※そうよ!私がいつまでも弱いままだと思ったら大間違い!)
「何を言っているのか分からないけど、君が成長した事だけは分かったよ。これは序列が入れ替わる可能性も視野に入れないとね」
触手に貫かれながらも、天乃は再び手を伸ばした。だが触れる間際に、動けない筈の詩織が立ち上がり、軽やかな足取りで回避する。
「糸状の触手を関節に巻き付けて動かしているのかい?でも脳に電流を流して、戦闘力は操作できない筈…だがここまで精度の高い操作となると」
詩織の現状を見て、天乃は一つの答えに辿り着く。
「その能力には予め命令を植え付ける事が可能で、本人が操作しなくても自動で動いてくれる…ってとこかな?」
「っ!?」
「当たりだね。まったく…厄介な能力に成長したみたいだ」
そして天乃の刀に、青白い発光が浮かび上がる。
「でもワクワクするのも事実だ」
楽しそうに笑って、刀の切先を詩織に向けた。
「それじゃあ遊ぼうか。今回の会議も変人達流に盛り上がろう!」
────。
────。
「し…おり…大好…き…」
『complete!』
無機質な声が鳴り響いた直後、シャッターが開く。
そして廊下にはボロボロとなった榛名が精魂尽き果てて倒れていた。
「灯花さん。実は榛名も戦闘力者だったりしませんか?」
「言いたい事は分かります。私も同じ気持ちですから」
ゆっくりと近づき榛名を抱き起こす。そしてトラップによって失った身体の一部に視線が泳いだ。
「イメチェンしたな…」
「背中まで伸びていたロングヘアーがショートに。これは起きた時が怖いですね」
散らばる榛名の髪を回収して、出来る限りの証拠を隠蔽する灯花。
周囲に舞う焦げ臭さは、榛名の燃えた髪が原因だろう。
「でもブロック肉は逃れました。これは奇跡です」
「それなんですが、ブロック肉とは?」
それがずっと気になっていた。
今も俺は榛名がどんなトラップに襲われたのか知らないのだ。
「分からないんですか?」
「え?まあ…。」
「…………」
なんだろう。凄く不思議そうに見られているんだけど。
「貴方なら分かる筈です。無知なフリなんてしなくていいですよ」
「…?」
あれ?いや本当に分からないんだけど。
なんか謎の信頼感を持たれてないか?
「それよりも早くここから消えましょう。姫路先輩がいつ帰って来るか分からない今、ここに長居する暇はありません」
榛名を背中に背負い、歩き出す灯花。
「扉を開ける為に時間を使い過ぎました。もう潮時です」
潜入のプロがそう言うなら従うしかない。
榛名がどんなトラップに襲われたのかや、俺に寄せる謎の信頼感も今は後回しだ。
とにかく賛成。一秒でも早くこの家から出たい。
榛名も眠っている。もう誰も俺達を止める事は──
ガシッ!
「「っ!?」」
おい、ちょっと待て。
何故お前が…
「ま、まだです……諦めたら…そこで潜入終了ですよ…」
廊下の角を掴み取り、背中の上で少女が笑う。
「榛名っ…お前は…」
「広樹…こんなところで…何をしているんですか?…前に進まないと、駄目じゃないですか……私達の努力を…無下にする気ですか?」
あれ?なんか嫌な予感するぞ。
雰囲気が戦場で勇ましく戦った兵士っぽいんだけど。
「私達はチームです……灯花さんが【詩織大好き】を千回タイピング……私が【詩織大好き】を千回告白……後は、広樹だけですよ」
なんか俺が行く流れにしようとしてない?
いや駄目だ。流されるな。一秒でも早くここから出るんだ。
「何を言われても帰るぞ。お前もボロボロで、髪なんてバッサリだ。髪は女の命なんじゃないのか?」
「その言葉…古いですよ…」
何を言われても帰る。
とにかく榛名を理由にして全部否定しよう。
「その髪を博士が見たら理由を聞かれるぞ。そしてバレて怒られるのが落ちだ」
「ハハハ…それは嫌ですね……ちなみにですが…髪が無事だったら…一緒に行ってくれたんですか?」
「ああそうだな。でも言っておくが、カツラを用意して誤魔化すのは無しだぞ」
「そんな原始人みたいな事……私しませんよ」
おお。ようやく諦めてくれた。
よし、このまま出口に──
「ところで灯花さん。私のバックはどちらに?」
「ここにありますが?」
「中を開けて【化粧】と書かれたケースを取ってください…………それです。それを開けると小瓶が何本かあるので、【髪ノビール】と書かれた物を私に」
髪ノビール?何かの薬だろうか…
髪ノビール…
髪のびーる?
髪のびる?
髪、のびる?
髪、伸びる?
…………ハハハ。
そんな漫画やアニメに出てくるような薬、ある訳が──
「伸びました!では行きましょうか!」
もうヤダこの子…
読んでくれてありがとうございます。
これからもよろしくお願いします。
ちなみにですが、【髪ノビール】という薬品が他作品で見たことがあった際はコメントを頂けると嬉しいです。すぐに名前を修正します^_^;(ちょっとありそうで怖いです…)