第186話、メリル「愛は人を変えるんデス!」
書き上がりましたので投稿します。
どうかよろしくお願いします。
『き、貴様はあの時の!?』
機械を通じてジョン・マイヤーの驚愕が響き渡る。そして憎悪を矛先を広樹に向けた。
『貴様の所為で私の面目は丸潰れに──なっ!?』
軋む音を鳴らして、銅色の拳が握り潰れる。
「俺のだぞ?……お前が好き勝手に……していいものじゃないんだ」
淡々と呪詛を漏らしながら、広樹は人形に近づいて、
「まず…一発だ」
『!?』
砕け散る装甲板。腕から拳までを輝かせた一撃が、人形を眼前から吹き散らせた。
「まだだ…まだ済まさ──っ!?」
「「っ!?」」
液体が漏れ落ちる。背中と足、そして見えない正面から溢れんばかりの出血。それが誰の血であるかは少女達には一目瞭然だった。
「……くっ!」
歯を食いしばって姿勢を起こす広樹。そして身体に纏った光が負傷の証拠を消し去った。
「それ、は…『万全到達』…?でもそれは──」
詩織の瞳が下を向く。そこには今も眠り続けるサラ・ホワイトがいた。
「まさかっ…!?」
「っっ!?」
詩織と鈴子は事実を察し、声を失う。
その最中にも広樹は歩き出し、目の前に拳を握った。
『貴…様…だけは…決して…許さん…!』
「許さないのはこっちの台詞だ」
────。
────。
「うぅ…ん…わ、私は」
意識を取り戻して声を漏らすメリル。最初に目にした詩織の胸に、彼女の膝に寝かされているだとすぐに分かった。
「詩織…無事だったんデスネ」
「エエ、無事ヨ」
……アレ?声の色がおかしいデスヨ?
「ソレヨリモ」
「ウン」
う、ううう内守谷さんまで!?
二人とも何かが変デス!目覚めて早々に何が起こっているんデスカ!
「ヨクモ騙シタワネ」
「出シ抜カレタ」
「な、ななな何を言ってるんデスカ?騙しタ?身に覚えがないデスヨ!」
その弁明に詩織は遠くを指差す。
「な、何が…………なっ!?」
そこを見ると考えられない光景が起こっていた。
それは広樹と殺戮機械がしのぎを削る激闘。自分が気絶している間に何が起こり今に至ったのか。それを聞こうとするも、その前に解決しなければいけない事がメリルにあった。
「し、詩織?そんな目で見つめられると…」
「ン?」
怖いデス!完全にホラー映画に出てくる目をしてマス!どうしてそんな目で私を見るんデスカ!?
「わ、私が騙したトカ…そんな事する訳ないじゃないデスカ!私達は仲間なんデスヨ!」
裏切った覚えなんて本当にナイ!どうしてそんな誤解が生まれたんデスカ!
「広樹ヲヨク見ナサイヨ」
詩織の脅迫紛いの指示に、メリルは逆らわず素直に視線を向ける。そして気が付いた事に目を疑った。
それは断続する閃光。すぐに消える雷。
広樹の身体に帯びた不条理な光に、メリルは見覚えを感じてその正体を悟る。
だがあり得ない。もしその推測が正しければ、側で眠っている憧れの先輩によって、納得できる説明ができなくなる。
能力は発動者が意識を失えば、その効果は維持し続けられず自動で消滅してしまう。
だがあの光の色は紛れもなくサラ・ホワイトの『万全到達』。本来の輝きがなくても、その力を何度も見てきたメリルが自分を証人に仕立てた。
信じられない光景を目にして、メリルは震えながら懇願する。
「サ、サラ先輩を、起こしてくれまセンカ?」
「何のために起こすの?」
「もう起こす必要なんてないよ」
「必要ありマス!彼の状況を説明させるためニ!」
「どう思う鈴子?今のメリルを見て」
「黒だよ。話題を逸らそうとしてる。純粋という名の皮を被った大嘘付き。猫被った泥棒猫とも言える」
「上手い事を言うわね。猫被った泥棒猫なんて。でもええ合っているわ。反論の余地がないわね」
二人が通じ合った会話を!?
私が眠っている間にほんと何があったんデスカ!そして会話の内容的に、二人の敵が私に固定されてマスヨネ!?敵の敵は味方って事デスカ!?
でも今はそんなの関係ないデショウ!!
「そ、それと加勢も必要デス!いくら広樹でも一人では危険デスヨ!」
「その心配は無いようだけど?」
突如と飛んできた影を、詩織は驚く素振りを見せずに受け止めた。
「広樹は求めなかった。きっと援護なんて必要ないのよ」
そこにあったのは銅色の左腕。
目を離していた隙に、その激闘は終局を見せていた。
満身創痍となった破損だらけの殺戮機械と、冷淡な瞳で終わりを見据えた荻野広樹。
それは彼を知っている者なら誰もが納得する光景だった。
「『万全到達』。その力のお陰で今も広樹は戦えている。相変わらず見惚れる無敵さだわ」
「っ!?」
詩織は笑う。まるで感動に打ち震える子供のように、他意のない純粋な気持ちがそこにあった。
「どうして広樹は『万全到達』を帯びているの?どうして広樹は今も『万全到達』を帯びていられるの?──はっきり言うわ。そんな質問はこの際どうでもいいのよ。全てこの子から聞いて、サラ・ホワイトの説明は必要なくなったから」
詩織は空いている手でその子を撫でる。それはサラ・ホワイトが保護していた大臣の娘だった。
「広樹はこの子をsoldierから庇って負傷したみたいよ」
「なっ!?広樹が負傷デスカ!?」
あの無敵を感じさせる彼が怪我を。その経緯を真っ先に問いたかったが、詩織の言葉はまだ続いた。
「でも広樹が倒れた直後にサラ・ホワイトが現れた。まるで計算していたみたいにね」
「ま、まさか、サラ先輩が見計らったと言う気デスカ?広樹の力を調べるために」
否定できないメリルがいた。サラ個人では考えられないが、命令で実行したなら肯ける。
「そんな訳ないじゃない」
だがメリルの浮かべた推測に、詩織は笑って否定した。
「広樹は能力で戦わなかったみたいよ。人体強化も使わずにね」
「っ!?」
「察したわね。ええ、広樹は全てを予期していたのよ。あの瞬間にサラ・ホワイトが目の前に現れる事をね」
「ど、どうしてそんな遠回りを?怪我をせず、その時から先輩と一緒にイレバ…………っ!?」
ある可能性に肩を震わせる。だがそれは正しく詩織が辿り着いた答えだった。
「全てって言ったでしょ?サラ・ホワイトの参戦だけじゃなく、最後に『結合破壊』が私達を窮地に立たせる事も広樹は見抜いていたのよ」
「だ、だったら尚更!」
「もっと楽な手段があった筈。そんな事を言いたげだけど、今の広樹を見ても同じ事が言える?」
促され、メリルは再び見た。
そして気づく。そこには既に死を覚悟して戦う広樹の姿があった事を。
「もし楽な手段があれば、あんな重症を態々負わないわ。広樹にはソレを避けられなかった理由があったのよ」
彼が蹌踉めいた一瞬に、隠された真実が露わになった。それは死を予感させるほどの大怪我だ。夥しく漏れ出た出血が、広樹のワイシャツを真っ黒に染めていたのである。
覚悟を決めて怪我を負ったとしても、広樹のソレは許容の限度を超えている。その覚悟を当たり前のように持ち合わせている人間など、メリルは知らなかった。
「敵がどこにいるか分からない。だから負傷してでも能力を隠したかった。手の内を見せた後に油断すればどうなるか、それは私達が痛いほど思い知った筈よ」
そうだ。戦いが終わったと安心しきった瞬間を狙われた。そして自分達が辿り着いたのは、第一位の戦闘不能と逃げられない危機に立たされた結果である。
だが広樹は違う。彼は死に繋がりかける重症を負ってでも、手札を一枚も明かさなかった。敵も含めて味方すらにも自分の力を隠し通したのだ。
「でも一端を見せた。いえ、見せてしまっているわ。あの『万全到達』の持続こそが、広樹の秘密なのかもしれない」
サラ・ホワイトが広樹を能力で治療していた事実。それを根拠に、広樹が『万全到達』に手を加えた事は明白だった。
故に『万全到達』を維持し続けられる。不安定ながらもその力は広樹を『結合破壊』から完璧に守り抜いていた。
「そう。敵に一端を見せたのよ……合同任務でも、イベントでも見せなかった広樹の秘密を…………ねぇ?どうしてだと思う?」
「わ…分かりマセン」
その返答に詩織は表情を暗くする。そして再び問うた。
「メリルにとって広樹は何?」
「と、友達…デス」
「そう……じゃあ質問を変えるわね……広樹にとってアナタは……どんな存在に考えていると思う?」
「え、ええ?…それは本人に聞いてみないト」
「ッッ!」
メリルの無頓着さに、詩織は声を震わせた。
「……一体っ…どんな手を使ったのよっ…」
「し…詩織?」
苦渋に満ちた涙声。そこには嫉妬心を剥き出しにした詩織がいた。
「私が誰よりも求めていた筈なのにっ…どうしてアナタなのよっ…」
「ア、アナタって…私の事デスカ?…い、言っている意味が……」
詩織の言葉に理解できず、隣にいる鈴子に視線を向ける。
「…………別に……私はまだ軽傷」
軽い口調で言うも、その瞳は薄く潤んでいた。
「私よりも詩織が重症……能力を暴走させるくらいの……想いがあった……だから」
気持ちを隠すように溜め息を吐き出して、鈴子は右手で自分の顔に触れる。
「詩織……その涙……止めようか?」
「……いい」
「そう」
潤んでいた瞳が消え、鈴子は真顔で向き直る。
「さっきは激情に駆られてた。泥棒猫なんて言って……ごめん。……本気で戦ってくれたのに」
「そ…それはもういいデス……あの、本当に分からないのデスガ……その〜」
ようやく会話が成り立つと、メリルは気になっていた疑問を問いただす。
「泥棒猫って?どうしてそんな単語が?」
「メリルが広樹の心を奪ったから」
「……………………What!?」
身に覚えのない事実にメリルは反論を叫んだ。
「無いデス!そんな事をした記憶は一切ありマセン!」
「でも広樹が敵に言ってた……俺の大切なメリルに何をしてるんだ?って、すごい剣幕で」
「なっ!?お、お、俺のぉ!?た、たたた大切なっ、大切なメリルゥウウ!?」
「そうよ……言ってたわよ……」
詩織も同じく聞いていたと、涙を拭いて事実を語る。
「今まで見せなかった能力を……この瞬間に使っているのよっ……どれだけアナタが大切だったか分かるでしょ?」
「そ、そそそそんな事っテッッ!?」
頬を赤く染め、我慢できずとメリルは両手で顔を覆い隠した。
「き、きっと勘違いデスヨ!そんな事ある訳ないデス!」
「じゃあどうして能力を見せているの?」
その質問に返せる言葉が見つからず、
「そ、それはっ…………は!?」
「?」
ある事に気がつき、メリルは破顔で詩織に詰め寄った。
「そうデス!詩織!その感情デス!今の私にどんな気持ちを抱いていマスカ!」
「……質問を質問で返す気?」
「良いから答えて下サイ!」
「はぁ、嫉妬よ」
本心を語る詩織に、メリルは胸を熱くした。
「その嫉妬こそが恋から生まれた恋愛感情デス!否定なんてさせまセンヨ!」
「恋愛感情?」
溜め息を吐き出して、詩織は冷えた目でメリルに言い返す。
「昨日そんな話をしたわね。なら何度でも否定するわ。それだけは違う。私が嫉妬しているのは──」
「私がもし男だったラ?」
「…っ!」
「きっと違った筈デス。嫉妬しても、あの強い詩織がそんな顔を見せるわけありマセン」
詩織の濡れた頬に、メリルは優しく手を添えた。
「涙を流しているのは、私が女で、広樹が男だったからデスヨ」
「……」
「認めて下サイ。この言葉に反応すれば、詩織の想いは恋に間違いないデス…」
言葉を返せない詩織に、メリルはトドメと言わんばかりの禁句を唱えた。
「ねぇ詩織?大切な男を奪われた気持ちはどうデスカ?ねぇねぇ?どうなんデスカ?」
挑発。まごう事なき奪った女の挑発だ。
メリルは日本アニメで見たイジワル女子生徒と同じ台詞を吐き出して、詩織の本音を曝き出そうと試みる。
そして肩がぐっと掴まれ、殴られる事を覚悟した。
その瞬間──
『ねぇ詩織?大切な男を奪われた気持ちはどうデスカ?ねぇねぇ?どうなんデスカ?』
「…………へ?」
耳元に聞こえた自分の声。
そこには鈴子に握られた端末があった。
「言質、取レタワネ?」
「ウン、自分カラ吐イテクレルナンテ、馬鹿」
「広樹ニ聞カセナキャネ」
「大事ニ保存シテオク」
読んでくれてありがとうございます。
メリルが詩織に持ち出した恋愛話ですが、第129話での伏線を回収しました。このまま詩織が広樹への愛に目覚める展開も考えましたが、ごめんなさい!もう少し後にすることにしました!どうか期待していてください!
これからもよろしくお願いします。