第184話、葉月「思い出して…」
書き上がりました!
どうかよろしくお願いします!
身体が重たい……意識も霞んでく……
瞼が開かないのはなんでだ?
「お願─、─兄ちゃ──助け─!」
誰の声だ?いや、知っている。
そうだ、あの少女の声だっけ…
泣いているのか?なんで……
──ああ、そうだ。
刺されたんだ。そして気を失っていた。
ヤバイ、思い出したら感触が強くなってきた…
でも不思議と痛みがない。それよりも冷たいぞ?
胸の下に氷があるみたいだ。ああ、気持ち悪い…
ん?あれ?身体が持ち上げられた?
「心臓は──微か──動いて───────これなら─」
声の音色が変わった?少し大人びた声だ。
そうか、誰かが助けにきたんだな…
いや、もう遅いか…
本当に重たいんだ。手足の感覚もない。
あるのは脱力感だけだ。
ああ、どうしてこうなったんだろう…
「治る?」
「大丈─よ!───、もっ─元気─なるわ!」
あれ?なんか安心感のある声音が…
んん?おいちょっと待て、なんか少女の喜ぶ声が聞こえるぞ。
どういう事だ?目の前に死にかけのお兄ちゃんがいるんだぞ?
…………ん、身体の重みが……消えていく?
お腹の中が暖かい。重たかった意識が嘘のように軽くなる。
まさか……いや、ザックリ刺されてたのを覚えている。
なんで?どうしてだ?いや、まさか……
不思議と声がはっきり聞こえてくる。
冷たかった感触も、痛さに変わって──
あれ?待て、本当に痛い。
え、ちょっと待てっ!冗談抜きで本当に──
死ぬぅぅッ!内臓に焼き鉄を押し付けられてるぅぅウウッ!助けてェエエッッ!こんなの耐えられないぃいイイ!!なんだこの痛みはァアアッッ!?
そしてなんで喜ぶ声が聞こえるのォオオオオ!?
泣きながら笑ってませんか!?どうして!ねぇどうして!
どうして俺がこんな目にあって笑いに溢れるのォオオオオ!!
きゃっきゃうふふって笑ってるよォオオオオ!?
助けて!あの少女、サイコパスだったァアア!!
最初からおかしかったんだよ!どうしてテロリストがいるホテルで走り回れたのかがな!
そんなのサイコパス以外にあり得ないよ!あの少女!絶対にサイコパスじゃないかぁああ!?
「彼を今からシンデレラにするからね!」
……WHY?
あれ?今変な英単語が聞こえたぞ?
笑顔溢れる声音が耳に入ってきたぞ!
Cinderella?
スィンダィレェラァ?(ネットの再生音)
シンデレラ?
え?この女性、人が死にかけているのに何言ってるの?このタイミングでシンデレラ!?
聞き違いだよね!俺英語できないし!きっとそっくりな英単語だ!
いやそれよりも痛い!本当になんだよこの痛みは!
「Cinderella!Cinderella!Cinderella!Cinderella!Cinderella!」
何か連呼してるぅうう!?
怖いよぉお!誰か助けてぇええ!!
あっ…ヤバイ…コレ死ぬ…本当に…意識が遠退く…
痛過ぎて死ぬよコレ……
俺が最後に聞く声が、少女の笑い声なんて……
そんなのっ……おかしすぎるだろっ……!
────。
────。
「見つけた」
「っ!?」
主人の漏らした声に、さやかは立ち上がって不休で作動し続けていたパソコンを見る。
「オーストラリア支部の序列第一位ですね」
肩まで伸びたブロンドの髪に、透き通るような青い瞳。明るい雰囲気を彷彿させる容姿に、さやかは小さく好印象を浮かべる。
「『万全到達』……ん?これは」
「完璧な状態に戻す力…」
ふと呟いた声に、さやかは瞳を見開いた。
「まさか、いえ、でも…」
「怪我や負傷、後遺症を全て完治。唯一、不可能だったのは」
画面をスライドさせて、ある一部に視線を向ける。
「喰われた戦闘力」
大多数の大人達が戦闘力を失った大事件があった。その事情を知るさやかの顔に、小さく嫌悪感が浮かび上がる。
だが今はその事情よりと、目を向ける情報があった。
「それ以外は絶対に治る。……むしろ、余計良くなる」
「余計?それは一体…」
再びマウスを動かして、別の文面にポイントを当てる。
「政治会談の記録…」
「『今までの記憶を全て覚醒させ、完璧な情報量での会談。また、判断能力の向上により、最大の成果と結果を……』ですか」
記録を読み上げて、さやかは主人の言葉の意味を知る。そして分かった。
「彼女の能力を広樹に使わせる。そう言いたいんですね。葉月」
「……」
無言は肯定。葉月の反応から返事を察し、さやかは小さく溜息を漏らした。
「取引きの準備を致しますか?貴女には手札があります。校長にも得しかありませんから、きっと可能でしょう」
「…………駄目」
葉月の否定。その声にさやかは息を飲んだ。
「意外です。すぐに飛びつくと思っていました」
「バレる」
「っ…ああ、そうでしたね」
さやかは気づいた。
葉月が懸念しているのは、自分が抱えている秘密の漏洩である事を。
だがそうだ。もし広樹を名指ししてしまえば、確実に葉月の思考がバレてしまう。
序列第二位の光崎天乃が興味本位で怪しんでいる上に、もし葉月が直接動き出せば、洗いざらい調べ尽くされるかもしれない。
それだけは絶対に許さない。
幼い顔からそう聞こえた。
「……そういえば、広樹は今オーストラリアでしたね」
「…………」
「偶然の出会いが起こったら、どんなに嬉しい事か」
「…………」
「ん?葉月?」
何も言い出さない主人に、さやかは瞳を向ける。
そこには小さく震える少女がいた。
──重症。
さやかはそう思って、その小さな肩に両手を置く。
「もし……」
葉月が漏らす。
「能力を使っても……思い出さなかったら」
「っ!?」
「思い出しても……私だけ……忘れていたら」
「そんな筈ありません!」
さやかは感情を震わせる。それだけは本人の口から言って欲しくなかったと、さやかは激情に駆られていた。
「葉月だけを?そんな事があれば私がぶん殴りに行きますよ!思い出すまで殴り続けます!そして必ず思い出させます!」
「…さやか」
肩に添えていた手が弱々しく握られる。そこには葉月の小さな手が握られていた。
「葉月…………ん?あれ?ちょっと痛いですよ?」
ギチギチとキツく締まる少女の手に、さやかは苦笑いを浮かべた。
「……さやかだけを思い出したら?」
「っ!!?無いです!それこそ絶対にあり得ません!そんな事があれば、……あ、あれば……」
さやかの声に恐怖心が宿る。
見てしまった。パソコンに反射する葉月の顔を。
そこに見えた少女の『瞳』に、さやかは心臓を凍らせた。
「あれば?」
「……しょ、消去だけは」
人工知能が絞り出した涙声。それに葉月は手を離し、
「何もしない」
絶対に嘘だ。瞳が本気だった。
さやかに内臓されている基板に主人の情報が更新される。
重症じゃない。転移を繰り返した悪性腫瘍だ。
既に集中治療室に運び込まなければいけない状態にまで発展しきっている。
きっと広樹が転校してきてから大きくなったのだ。
詩織とチームを組んだり、鈴子とイベントで入賞したりなど、葉月を揺さぶる要因は山ほどある。
このままでは爆発する。あと一つ、何かが起これば葉月は走り出す。
躊躇も見境も捨てて、自分の欲望のままに動き出すだろう。
それこそ主人のお終いだ。
それだけは阻止しようと、さやかは備わっているコミュニケーション能力を全力稼働した。
「いやー!それにしても凄いですね!『万全到達』!よくよく読んでみれば、常人に使ったら人体強化に近い力が出せるようになるみたいですね!」
葉月は序列に強い独占欲を持っていない。それが海外であれば尚更だ。
誰を褒めようとも、それが広樹と密接な関係がなければ悪い話には転じない。
「壊れない肉体と共に、個人の可能性を限界まで引き出せる能力!さすがはオーストラリア支部の第一位ですね!」
「…………さやか」
「はい何ですか!」
「私は駄目だった」
「っ!」
さやかの笑顔が硬直した。真っ黒な雰囲気から転身しない主人に、脳の基板が熱くなる。そして長年付き添っていたから分かる。
今日の葉月は久しぶりにまずい。
情報を手に入れるために校長からIDカードを盗み出すほどだ。もしかしたら、さやかが思っている以上に重症なのかもしれない。
「だ、駄目とは?」
地雷を踏まぬよう慎重に真意を聞いてみる。
そんな従者の問いに、葉月は画面を見つめながら──思い出した。
「最初は私が治そうとして……駄目で……欠陥を作った」
数年前の記憶だ。その時は葉月も咄嗟だったとさやかは知っていた。
だが思い出すたびに何度も言おう。それは葉月の責任ではないと。ただの自暴自棄である事を。
「でも死なせなかった。もし葉月が手を施さなかったら、最悪の結果に終わっていたでしょう」
「……」
「それに欠陥と言っても、そこまで気にするものでは」
「『誘導改変』」
葉月が呟いたのは内守谷鈴子が持つ能力である。世界中の研究機関がその性能と多様性に惹かれ、特に内守谷鈴子の『誘導改変』は群を抜いて優秀過ぎていた。
その少女は今広樹の近くにいる。
それに何か影響があるのかと、さやかは葉月に耳を傾けた。
「もし、広樹の脳を操作したら……」
「っ…」
見えてしまった予想図にさやかは口を覆う。
いつもよりも余裕がなかったのは、広樹の近くに鈴子が現れたから。きっとそれが葉月を追い詰め、隠していた不安が浮き彫りになってしまったのだ。
「血流を操作して……欠陥で……血流が何百倍にも早くなったら……停止したら……逆流したら」
「そ、そんな事……っ」
声を詰まらせる従者に、葉月は椅子に座りながら顔を上げる。そこには暗く冷たい眼光が覗かせていた。
「それが私の作った欠陥……元に治せず、逆に壊した……私が奪った……」
「っ…葉月」
少女の周りに火花が散る。感情の昂りが現れるように周囲を傷つけ、
「謝りたいのに……何も覚えてない……全部、私が壊したのに…」
「葉月っ!!」
葉月の瞳を手で覆う。その結果、周囲に発生していた現象は収束した。
「少し休みましょう。もう貴女は限界です。『万全到達』の情報を得られただけでも大成果ですよ」
さやかは接続していたIDカードを抜き取り、それを懐に入れる。
「これは私の手で校長に返してきます。今はゆっくり眠ってください」
さやかは小さな身体を持ち上げ、近くのベッドに移動させた。布団をかけ、その幼い顔に手を添える。
「『万全到達』。もし情報が確かであれば、それは私達の希望になります」
「……」
「今の広樹でも、死に繋がる結果は起こりません。なら託してみませんか?」
さやかの静かな提案に、葉月はポケットを漁って、それを布団の外に差し出した。
「…そういう事でしたか」
差し出された端末にさやかは安心を抱く。
そこには葉月が考えていた予定が記されていた。
「『万全到達』が見つかった事によって条件が揃いましたね」
端末を受け取り、さやかは葉月に背中を向ける。
「交渉に参ります。ゆっくりお休みください」
ドアを開け、お辞儀をする姿を最後に、さやかは部屋から立ち去った。
そして葉月は、
「…………もし」
彼に言う。
そこにはいない彼に。
「もし……取り戻してくれたら……」
弱気な声で、微かな希望に託すように、葉月は望み続けた理想を謳う。
「私は行く……地球の裏側にいても……必ず……」
小さな手で空間を掴む。そこには何も無い。だが葉月だけには見えていた。
「一秒もいらない……呼んでくれたら……それだけで私は……」
それが葉月の願いだった。
「……呼んで、私の名を」
誰にも届かない言葉を呟いて、葉月は久しぶりに意識を落とした。
────。
────。
ベッドの上で、それはゆっくりと起き上がった。
かけられていた布団を取ると、そこには光の亀裂を帯びている。
本来であれば傷を負っていた腹部だけに覆われる筈の光が、血管のように網目を張り巡らせて、その光は頭部に走っていた。
まるで光が治療を終えていないと訴えるように、その輝きは失われる事なく、より輝きを放って彼に付き添い続けている。
それは治療者の意思を無視して、規格外という形で患者に何かを施していた。
──呼んで、私の名を。
声が聞こえた気がした。
自分を求める声が。
そうか……この声の持ち主は……
行かないと。会いに。触れに行かないと。
呼びたい。俺もお前に会いたい。
思い出した。どうして忘れる事ができたのだろう。
絶対に忘れないと心に誓っていたのに。どうして俺は忘れてしまっていたんだ。
行こう。立ち上がれ。
今すぐ会いに行くんだ。
そして握ろう。全てを取り戻すんだ。
あの頃の日々に。あの幸せな時間に。
ああ、思い出したよ。
お前は俺の大切な──
「宝くじ…」
宝くじの声に応えるために、俺は行こう。
読んでくれてありがとうございます!
今回は第71話、榛名「私の何がいけないんでしょうか」での伏線を回収しました!
色々と巻き込まれ過ぎた影響か、宝くじの存在を忘れてしまってた広樹でしたが、サラの能力によって思い出しました!
どうかこれからもよろしくお願いします!