第183話、メリル「これが私の必殺です!」
書き上がりました!
どうかよろしくお願いします!
「その脳は一体っ…!?」
老人が疑問を漏らした直後、男の足元がゆっくりと沈み込んだ。
『やはり制御が難しいね』
「お前まさかっ!?」
その小さな変化を見て老人は叫ぶ。
「行方不明になっとった理由はソレか!」
『気づいたかい?だがもう遅い。これからお前達は──「ふんっっ!!」ほお?』
男に投擲したのは引き千切られた樹木。老人は即座に動き出した。
「メリルっ!受け取れぇ!」
「え!?ほわぁ!?」
メリルに投げ渡されたのはサラである。気づけば老人の姿は男の真下にあった。
「距離を取れ!このsoldierと接近戦をしてはならん!」
「せ、先生は!!」
「ワシが抑える!今のうちに一歩でも下がるのじゃ!」
『抑えられると思うのかね?』
樹木の中心が塵となって、そこから男の上半身が現れる。
「くっ!?その能力の持ち主を知っておるぞぉ!よくも奪いおったなぁ!」
老人は樹木を蹴って、ジョウソンとケニーの下に着地すると、二人の身体を掴んで林の奥へと躊躇なく投げ入れた。
『つくづく戦闘学は甘いねぇ。他人の命を優先するとは』
「メリル!遠距離戦じゃ!奴の能力はお前もよく知っておる!」
男と向き合いながら老人はメリルに伝えた。
「先代の第一位!『結合破壊』じゃ!」
「っ!?え、だってそれは、サラ先輩の…!」
老人の言葉にメリルは困惑し、震えた瞳で確かめるように男を見た。
『情報によると親友だったかね?そこにいるサラ・ホワイトとは』
男を中心に周囲の木々が溶解し、塵に姿を変えていく。その現象にメリルは記憶にある人物を思い出した。
「そんなっ……」
「メリル!急ぐのじゃ!」
「!?」
老人の声にメリルは己を取り戻し、詩織と鈴子に振り向いた。
「距離を取ります!リリーちゃんも私に捕まって下さい!」
メリルの指示に従ってその場から駆け出す少女達。そして芝生の外に出たところで、
「鈴子!」
詩織は銃器を鈴子に渡し、その銃口が男へと向けられた。
────ッッッッッッッッ!!
連続する銃声の嵐。銃弾は旋回して老人と木々を躱し、全方位から男に襲い掛かる。だがその身体に命中する直前に、銃弾は消滅した。
「効かないっ…」
銃弾を物ともせずに、男は老人と戦闘を繰り広げ始める。だがその戦いは一方的であり、老人は回避のみを余儀なくしていた。
「あれは周囲にあるもの全てを破壊するんですっ。本来であればサラ先輩の能力と対峙関係だったんですが……」
メリルは腕に抱えたサラを見る。脈拍はあるものの、意識は失い、呼吸も安定していない。
腹部から流れ出る出血に詩織は手を置いた。
「代わりの細胞を移植して止血するわ」
黒い細胞で傷口を塞ぎ、荒々しかった呼吸が落ち着きを見せる。
「鈴子、『誘導改変』で作った謎の玉。あれで『結合破壊』を突破できないの?」
鈴子がMaryと戦っている最中に見せていた攻撃手段。それを鈴子に提案するが、
「あれは悪いモノを収集して生み出した凝縮体。でも構造は本当に緩い」
鈴子は片手にソレを作って男の背中に放つ。だが接触する直前で消滅した。
「あっちは破壊の専門能力。やっぱり敵わない…」
「敵の力を誘導改変で操作するのは?」
「それこそ無理。分析に時間が必要…」
「くっ……メリル、そこの先輩と対峙関係だったって聞いたけど、どういう事なの?」
詩織の疑問にメリルは過去を思い返した。
「何もかもを破壊する『結合破壊』と、何もかもを完全にし固定化する『万全到達』。あの脳の持ち主は、サラ先輩と競い合っていた親友だったんですよ…」
「『万全到達』は『結合破壊』を切り抜けられたって事?」
「成功例はありました……きっとそこを狙われ、油断させてサラ先輩を……」
敵がサラを最初に倒した理由。それが己を唯一倒せる可能性の排除なのだと、今のサラの姿が語っていた。
「なら方法は一つしかないわ」
詩織は両手に肉塊を、周囲に黒い巨棘を生み出す。
「鈴子、サラ・ホワイトの脳に干渉して、覚醒を促せるわね?」
「了解…」
鈴子はサラの頭を両手ではさみ、脳の調整に入る。だがその会話は精密に作られていた集音装置が捉えていた。
『それはいけないね』
男の右腕が一部変形し、そこに黒い銃口が現れる。それはサラに致命傷を与えた武器だった。
「なっ!?」
能力で草木を煙りに変化させ、老人の視界を奪った上で距離を取る。
そして銃口から一発の銃弾が火花を散らし──爆発
『しばらく邪魔しないでもらおう』
そこに起こったのは粉塵爆発。浮遊している可燃性の粉塵が、火花などにより引火して起こす爆発現象である。
『さて』
爆発に消えた老人の行方に構わず、男は詩織達の方へと走り出した。
「させると思う!!」
触手を男に振り上げるが、接触する直前で溶解。即座に黒い棘を増殖させて、正面にバリケードを築く。
「駄目です詩織!」
「メリルっ!?」
詩織の腕を掴むメリル。その反対の腕には鈴子達がいた。
強化した脚力で、その場を即座に離脱する。
その直後、──ッッ!!
バリケードは簡単に崩落し、残骸の奥から男が現れ出た。
『やはり情報を知る者がいるのは厄介だね』
「あの能力が本気になれば一切の時間稼ぎは許されません!」
メリルの忠告を聞いて、詩織はすぐに人体強化を脳裏によぎらせる。だができなかった。
「くっ……!」
詩織は能力でサラの傷口を塞いでいる。いやサラだけではない。ホテルの一室で眠っている一部のテロリストも同様で、今詩織が能力を解除すればただでは済まない。
サラの『万全到達』があってこそ能力と人体強化の同時発動が可能だったが、今では不可能である。
メリルは再び跳躍し、向かったのはホテルの方だった。
『逃さんよ!』
振り返った先には一直線に飛んでくる男の姿があった。
『愚かだ。空中では身動きは──やはり素晴らしいね』
詩織が地面に触手を伸ばし、自分達を引っ張り上げて着地する。その結果に男は歓喜した。
「ホテルなら身を隠せます。サラ先輩が目覚めるまで」
「人質がまだ残っているわ!」
「っ!?詩織が操っているテロリストに誘導を!」
気絶させ、触手を寄生させたテロリスト達がいる。それらに命令を出して、人質を逃すように考えるメリルだが、
「近くで命令を出すなら大丈夫だと思うけど、遠距離は……っ」
「っ!?」
詩織の険しい表情を見て、メリルは数時間前の事を思い出した。詩織が能力を暴走させ、敵も味方も危険な状況となってしまった悪夢の記憶。
それは詩織が無茶をした結果であり、今の彼女の表情からメリルは全てを察した。
『万策尽きたかね?』
「くっ!」
『ホテルに逃げ込もうと考えたみたいだが、それは許されんぞ』
男は行く手を阻みながら、サラを治療している鈴子を見る。
『やはり『誘導改変』の存在も厄介だね。サラ・ホワイトと同時に重傷を負わせるべきだったよ』
右腕に光る黒い銃口。それに詩織達は苦渋に顔を歪ませる。だがメリルだけは口端を吊り上げて、絞り出すように語った。
「『結合破壊』の有効範囲は約三メートル……それは銃弾に力を纏わせても同じだった筈ですが?」
それを聞いた詩織は迷わず黒い棘を出現させ、鈴子を守るように態勢を取る。その光景に男は嗤った。
『ハハハッ!いや、本当に厄介な娘達だ。サラ・ホワイトだけじゃない。流石は貴重な研究材料達だよ』
そして男はゆっくりと歩き出した。結局は銃弾から身を守るための一時凌ぎ。接近されれば、男の能力から身を守る術はなかった。
『さぁ、とどめを刺させてもらうぞ──ん?』
「…………」
黒い棘を潜り抜けて、少女は武器を持たずに立ち塞がった。
サラを治している鈴子よりも、その鈴子を庇う詩織よりも、メリルは前に身体を出して、全てを塵と化せる男と相対していた。
『序列第五位。君の能力も大変貴重だ。安心しなさい。その脳は私が責任持って管理してあげよう』
「……………………私の能力は『振動粒子』です」
メリルは囁くように呟いた。
「粒子って、実は二種類に分類されるんですよ」
光り輝く粒子を生み出し、石床を削るほどの大渦を両手に保つ。
「物質を作っている小さな粒子を『原子』と呼び、原子が結び付いている粒子を『分子』と呼ぶ。つまりどう細かく切り刻んでも、それが粒子である事には変わりないんですよ」
『……面白い持論だ。だから前に出てきたのか』
「アナタはオーストラリア支部が産んだ『殺戮機械』です。ならば、その責務を果たすのは私です」
メリルと男の会話を聞き、詩織は今から起ころうとしている事を予感した。その予感が正しければ、今の詩織に選択肢は一つしかない。
「やめなさいメリル!それは絶対に駄目!危険過ぎる!」
「詩織……大丈夫デス!」
メリルは笑って、癖のある日本語で詩織に言う。
「相性は良い筈デス!あんなブリキ人形!すぐに細切れにしてやりマス!」
「確証が無いわ!」
詩織はすぐさま反論を言い、離れぬようメリルの服を握り締めた。
「思いつきの仮説でしょ?そんなの不確定よ。それに戦うなら長距離戦、そう言ったのはメリル、アナタの筈よ…それなのに、どうして歩き出そうとしているのよ…」
「威力が落ちるんデス。避けられても嫌デスシ、ぎりぎりまで近づかなイト…」
「そんな危険な挑戦なんて許さないわっ…!」
「……詩織」
耳が痛くなるほどの怒声。自分を心配してくれる純粋な思い。それを間近で聞けたメリルの顔には、この上ない喜びが生まれていた。
「嬉しいデス。私の知っている詩織が戻ってきマシタ」
その手を台風の目にして、荒れ狂う光の渦が激しさを増す。それはより強く、より輝き、より嵐を吹き荒らす。
メリルの指から血が滲み出すほどに、それは限界を超えた破壊力を生み出していた。
「では行きマス。そろそろ維持するのも限界デス」
「待ちなさいメリル!」
詩織の訴えに振り向かず、ゆっくりと一歩踏み、その青瞳で男を見る。
息を大きく吸い込み、詩織の手を振り切って、メリルは最後の疾走に挑んだ。
「メリルッッ!!」
背後から聞こえる親友の声。
それはメリルにとって背中を押してくれる何よりの声援だった。
守るべき少女達が後ろにいる。勝たなければ守れない親友がいる。倒すべき存在が目の前にいる。
内側から湧き上がる思いの連鎖を火種にして、メリルはその一瞬に全てを込めた。
そして男の姿を目前にした時──、
「これが私の必殺です!」
瞬間──光の奔流がメリルと男の姿を飲み込んだ。
その空間に響き渡るのは、全てを砂塵と化させる崩壊の轟音。
その凄まじい閃光と衝撃波に少女達は目を覆った。
「メ…リルっ…!!」
口から漏れた彼女の名前。
詩織は嵐に逆らって踏み出した。
「くっ!このっっ!」
光の嵐に触手を伸ばす。
だがすぐに肉片となって視界に黒塵を散らせた。
「鈴子!」
「っ!」
詩織の呼び声に、鈴子はその背中に手を添える。
「いいよっ…!」
次に伸ばした触手は肉片とならず、光の中へと芯を食い込ませた。
「っ!見つけたっ!」
触手から伝わった感触が脳によぎる。掴み取った存在に歯を食いしばり、詩織は踏ん張って触手を引いた。
光の中から触手を覆って作られた大塊が現れる。
砕けた石床にぶつけながらも、それを手元まで引っ張り上げ、詩織は触手を解いた。
「っ!?」
全てを出し切ったメリルがいた。
身を削り切った少女がいた。
血に染まった序列第五位がいた。
呼吸はある。だが損傷が激し過ぎる。
それは本来なら有り得ようのない姿だった。
使い手を滅ぼすほどの限界。身を守るための抑制を二の次にした最大出力。それを超えたメリルは自分の力で自滅しかけたのだ。
それを対価にした結果が、今も巻き起こっている凄絶な光の暴風である。
能力者本人でもこの姿だ。つまり相対していた敵の方はその何千倍もの力を受けた筈。
「詩織……もう治る」
鈴子の小さな呟きに詩織は視線を上げた。
目が眩むほどの輝きに瞳を細めながらも、その轟音が鎮まり始めているのを確かに感じた。
『アッ……ア…ア…』
「なっ!?」
光が消える前にソレは姿を現した。人間の皮を失って、ボロボロの銅色が骨格を成した姿。
既に満身創痍。そう感じられたが──
ッッ!
鈴子が撃ち出した銃弾が塵へと変わり、能力が依然健在だとすぐに知る。
『まさか─ッ─ここ─まで─ッ─やるとは──』
途切れ途切れに発される男の声。機械が擦れる独特の音を響かせながら、銅色の脚がゆっくりと歩み寄ってくる。
「逃げるわよ!」
身体に触手を出現させて、その場にいる全員を抱え込む。そして男とは真逆の方向に触手を伸ばした。
『同じ手は効かんぞ──』
男の腕から伸びたワイヤーが棘を掻い潜ってメリルに巻き付き、詩織は咄嗟に動きを止めてしまう。
「鈴子!」
「分かってるっ」
鈴子はワイヤーに触れて能力を発動する。焦げ付いた悪臭を漂わせて、すぐに溶解し崩れ去った。
──だが、
『ようやく辿り着いた』
「「っ!?」」
醜悪な声音が耳元で聞こえ、少女達の時間が硬直する。
既に黒い棘は見る影もなく、男の接近を許してしまっていた。そこはもう『結合破壊』の有効範囲である。
『綺麗に回収しなければね──鮮度が大切なのだ──』
皮の剥がれた手が近づき、少女達の顔から色が消える。それに触れたら最後なのだと本能が叫んでいた。
『大丈夫──近くに輸送車を待機させている──脳死は決して──させんぞ──』
淡々と綴られる醜悪な宣告。指一本でも動かそうものなら、即座に頭部を残して葬り去られる。そう思い、そう感じ、少女達は震慄に支配された。
『さあ──私のsoldierに──』
そして訪れる『死の瞬間』。
男は少女達の首を刈り取ろうと指を伸ばし、胴体を消し去ろうとした──瞬間、
「──おい」
──凍りついていた少女達の頭上で、一本の腕が背後から伸ばされる。
気づけば白い袖が線を引き、迫っていた銅色の手を受け止めていた。
その声に詩織と鈴子が心を震わせる。知っていた。求めていた。ずっと探し続けていた彼の声音だ。
夢でも幻覚でもない。死を間際にして見た走馬灯でもなく、本物の事実がそこにあった。
「お前は、俺の──」
初めて聞いた彼の敵意。鈴子は疎か、詩織すらも聞いた事がないほどに、その声音は黒く染まっていた。
だが不思議と少女達には恐怖も畏敬も感じない。その声の理由を悟っていた詩織と鈴子は、より彼に心惹かれた。
止まりかけていた心臓が鼓動を鳴らし、今までにない歓喜に打ち震える。
ずっと待ち望んでいた彼がいた。私達を守ってくれる強い存在が──
「俺の大切なメリルに何をしてるんだ?」
読みに来てくれてありがとうございます!
これからもよろしくお願いします!