第176話、コアラ子「私の名前はコアラ子じゃなくて──」山本「俺の広樹なのにっ……斉木ィイ!」葉月「早く…見つけないと…」
書き上がりましたので投稿します!
どうかよろしくお願いします!
トレーニングジムの窓際にあるランニングマシン。
その一台の上を走る小さな影に、
「うわぁ、なんかシュールだね」
「確かにな」
後ろから歩いて来た少女達が、それを見て苦笑いを浮かべる。
何故ならそこを走っていたのは人間ではなく、小さなコアラの縫いぐるみだったからだ。
「コアラ子ちゃん。調子はどう?」
一人がそう声をかけると、コアラの縫いぐるみは動く道から抜け出してゆっくりと微光した。
縫いぐるみは徐々に大きくなり、その姿が人型になったところで、
「絶好調…と、言いたいところだけど…」
微光が消えて現れたのは小さなポニーテールを結んだ小柄な女の子。
コアラ子と呼ばれた少女は頬についた汗を拭きながら、表情を下に向けて言う。
「やっぱり、コアラの縫いぐるみじゃないと動けないみたい…」
「……ははは」
「え〜と……その、だな……」
なんとも言えない顔を見せる二人に、コアラ子は小さく微笑んで、
「でも、早い成長だって先生が褒めてくれたんだ。あの日まではちょっとしか動けなかったから」
「あの日?…ああ、イベントか」
思い出すのは少し前に参加した新入生歓迎イベント。
「あの日まではピクリってくらいだったもんね。変身状態のコアラ子ちゃんの動作って」
「だな。それを思い返すと凄い成長速度だ」
うんうんと少女達は頷く。
「それにあの時はよく勝ち残れたなーって思うよ。コアラ子様様だね」
暗雲が空を覆う屋上で彼女達は戦い、そして敗れ、コアラの縫いぐるみに変身していたコアラ子だけがその場から生還した。
いや、正しくは縫いぐるみと認識されたまま、最後の舞台まで連れて行かれたのだ。
そしてイベントは終わりを迎えて、コアラ子達のチームは二位入賞を納めた。
「コアラじゃないと駄目な理由って、もしかしたらコアラ子があの時に味わった経験がトラウマになったからなんじゃないか?」
友達のふと出た憶測に、コアラ子は汗が染み付いたタオルを落とす。
「ああ〜!確かに!リプレイでも見たけど、あれは映画じゃないと中々見られないよね。それを生で見ちゃって、コアラの縫いぐるみが心に染み付いちゃったのかも!」
その言葉を否定出来ないコアラ子は、身体の内に力を込めて能力を発動する。
微光を見せて変身したのは『パンダの縫いぐるみ』だった。
ふん〜〜!!ん!ん!ふんっー!!
「声に出てなくても何となく分かるね。コアラ子ちゃんの必死な声が」
「頑張り過ぎるなよコアラ子。別にいいじゃないか、コアラの縫いぐるみでも」
動けず転がったままのコアラ子に、二人は優しく励ます。
だがそれをコアラ子は良しとしなかった。
姿を人間に戻してコアラ子はおでこの血管をピクピクさせながら、怒り笑顔を作って二人に向く。
「コアラ子コアラ子コアラ子……ねぇ、私の名前っていつからコアラ子になったの?」
「うぇ…」
「あっ…」
沈黙する二人の少女に、コアラ子は瞳を鋭くさせて言った。
「あの日からずっとコアラ子コアラ子コアラ子。みんなから呼ばれているんだよ。同級生だけじゃなくて先生達からも」
登校の時に偶然会った友達から『おはよーコアラ子ー!』と。
出席確認の時には先生から『次は…コアラ子!良い活躍だったぞ!』と。
授業中の時でも『次の文章を…コアラ子さん。読んでもらっても良いかしら?』と。
コアラ子、コアラ子、コアラ子…
あれ?私の本名はコアラ子だったっけ?
いや違う!断じて違う!
悪気が無いのは知っている。寧ろ称賛する様にその名を呼んでいる。
でも!コアラ子と呼ばれるのは違う!
宣言しなければならない!本来の私を取り戻す為に!
「改めて言うけど!私の名前は──「コアラ子。それに二人も。どうして集まっているの?」…」
「あ、そっちは終わったの〜?」
「まだよ。ただ三人が集まっていたから、何となく来ただけ」
横から輪に入って来たのは、イベントでチームを組んでいたメンバーの一人だった。
彼女はタオルで汗を拭いながら、コアラ子の方を見る。
「それにしてもコアラ子。どうしてそんな目で私を?……汗が目に入ってしみちゃった?」
鋭くなった瞳を指摘され、
「コアラ子って呼ぶからだよ…」
「え?何かいけなかった?」
無自覚に疑問を持つ彼女に、コアラ子はぷるぷる震える。
「いい!?私の名前はコアラ子じゃなくて──「コアラ子さん。それに皆さんも。どうして集まっているのですか?」…」
言葉を遮ったのは、またもやチームメンバーの一人だった。
スポーツドリンクを片手に、彼女はコアラ子に顔を向ける。
「その…コアラ子さん?…眉間にシワが…汗が目に入りましたか?よろしければ目薬を」
「目薬の問題じゃないです」
何か見えない力が働いている気がする。
いや、みんなが仕組んでいる線も。
「ねぇ、ちょっと私の名前、呼んでみてくれない?」
「コアラ子さん」
「アダ名じゃなくて本名の方!」
「本名ですか?……」
下顎に手を置き、彼女は視線を泳がせた。
え?そんなまさか…
「ねえ…冗談だよね?」
「…………」
「真剣な顔で考えないでよ!本当に忘れたの!?」
「い、いえ忘れてませんよ!……こ……こ……虎挙羅川…」
「誰!?そんな名前じゃないよ!それといい加減にコアラを引きずるのは止めて!」
忘れてる!間違いなく忘れてる!
私は肩を掴む勢いで、答えを彷徨わせている彼女に近づいた。
「いえ!よくよく考えてみて下さい!私とコアラ子さんが友達になったのはつい最近の事です!確かイベントが始まる数週間前でしょうか!だからです!」
「新入生歓迎イベントだったしねー。入学して出会ったばかりだから、名前が記憶に馴染んでいなかったのかも…………うん、ほんとゴメン」
「まだ強い思い出とかもなかったからな。あのイベントが最初の大きな思い出になった…………ごめんな」
「コアラ子の顔を見ると、どうしてもコアラの縫いぐるみを先に思い出してしまうのよ。私の中でコアラ子とコアラは切っても切れない関係になっているわ…………ごめんなさい」
み、みんな忘れてる!?
そんなのって無いよ!友達が友達の名前を忘れるって、まるで私がぞんざいに扱われているみたいだよね!
もしかして本当に扱ってたの!?
「でもコアラ子ちゃん!これはもう仕方ない事なの!」
そう言って彼女は端末を取り出し、操作してすぐに画面を差し出した。
「もうコアラ子ちゃんは公式的に色々とデビューしちゃってるから!もう色々とコアラ子ちゃんで通していくしかないの!」
その言葉の意味が分からなかった。
だがすぐに私は息を止めてしまう。
画面に映し出されているモノは、コアラの縫いぐるみに変身した私だったのだから。
『初参加にして新入生史上初の二位入賞』
『序列者二名と多重能力者がいる中で、最後まで隠れきった伝説の新入生!』
人間の私ではなく、コアラになった私が大々的に貼られていた。
しかも記載されている名前が何故か、
『スーパー新入生!コアラ子ちゃん!』
あれ?私の本名が何処にも載ってないよ?なんで?ねぇなんで?
「これじゃあもう…なぁ」
「無理ですね…既に『コアラ子さん』で定着しています」
「もう難しいわよ…色々と」
諦めをチラつかせる友達に、コアラ子は瞳を潤ませながら膝をついた。
「どうして…どうして……私が……」
自分に言い聞かせる様に、その声音を深く、強く唱え続ける。
「私はコアラ子じゃない、私はコアラ子じゃない、私はコアラ子じゃない、私はコアラ子じゃない…………」
一度沈黙し、そして空気を大きく吸い込んだ。
「私の名前は─「おいおい!ニュース見ろよ!!」なんでぇえ!?」
再び邪魔が入った。
(私の名前を言わせてよ!!)
憎しみを宿した眼光でその声の主を探すと、そこにはテレビを指差す男子が立っていた。
「オーストラリアでテロだってよ!」
「おい、オーストラリアって確か……」
「ああ、あの二人が……」
ざわつく群衆の言葉を聞き、友達の一人が「あれ?」と首を傾げる。
「これって偶然かな?」
「いやいや、偶然に決まってるだろ」
「考えるだけで怖いですね…」
少女達が思い浮かべたのは、今回のイベントで一位入賞を勝ち取った二人の男女。
「あれ?コアラ子ちゃん?顔が怖いけどどうしたの?」
一人が自分に疑問を投げ掛けるが、今そんな事はどうでもいい…
いくら名前を言おうとしても、見えない力が声を妨げるのだ。
もう嫌だ。頭にムンムンとした感情が沸き上がる。
「お、お〜いコアラ子〜、だ…大丈夫か〜」
コアラ子と呼ぶ時点で大丈夫じゃないよ。
私の名前は動物めいた名前じゃない。
もっと普通の女の子らしい名前なのに。
なのに、なのに、なのに……
「お願いだから……私の名前を言わせてよぉ……」
────。
────。
声が混雑する学生食堂で、
「あぁぁぁぁ……」
「や、山本ぉ?」
「あぁぁぁぁ……」
「これは駄目だな」
項垂れ続ける山本に、彼はお手上げだと吐息をつく。
「なぁ山本、お前荻野広樹と同じ学校だったんだろ?何か面白いエピソードとか無いのか?」
「あぁぁぁぁ…………ぁぁ?エピソード?」
「そうそう!エピソード!」
死んだ魚の目をしながらも、反応を返してくれた山本に彼は嬉々と耳を傾ける。
「エピソード……お前が求める様なのは無いぞ……」
「いやいやあるだろ!あんな凄い事をやりきったんだから!」
彼はイベントでの出来事を思い出して言う。
「あの姫路詩織をお姫様抱っこして、崩れる巨人の中を走り抜けたんだぞ!そんな凄い男に何も無いってのは無いだろ!」
「姫路詩織……お姫様抱っこ……あぁぁぁぁ……」
「お、おーい……あ、また項垂れちまった」
「広樹に……お姫様抱っこ……あぁぁぁぁ……」
「お前が広樹にご執心なのは分かるが、そこまで来たら病気だぞ」
まだしばらく時間が必要なのだと、テーブルに顔を伏せる山本に彼は頭を掻いた。
と、そんな時、
コトっとテーブルに置かれたクッキー。それを置いた主は小さく微笑んで言う。
「よろしければどうぞ」
「あっ、えーと、また、いいんでしょうか?こんな良くしてもらって」
「サービスです!皆さんに配っているので、どうか遠慮しないで下さい」
「でも自分達が来る日は毎日貰っている気が…」
「偶然ですよ。それでは」
「あ、はい、ありがとうございます…」
ささっと歩き去る女性店員。
「あぁぁぁぁ……クッキーの匂い?」
「ああ、また貰ったぞ」
「あのショートカットの女性か?」
「そうだ。あのスーツエプロンのな」
山本は顔を上げないまま、手探りでクッキーを手に取る。
「あぁぁぁぁ……名前は確か…」
「さやかさんだ」
「そうだ。さやかだ…………さやか……さやか?」
「ん?どうした?」
山本はガリガリとクッキーを頬張りながら言う。
「いやぁ……違和感があるんだよ……」
「違和感?」
「感じる雰囲気が似てるんだよ。あの泥棒犬に……」
「泥棒犬?」
「…………斉木だよ。俺から大切なものを奪った男に」
────。
────。
「どうぞ」
「…………」
「根を詰め過ぎでは?」
「…………」
「……そう言えば、先ほど山本くんにお会いしたので、また差し上げて来ました」
「っ。……そう」
パソコンに視線を向けながら、少女はクッキーを頬張る。
「…………」
「葉月、別に今急ぐ必要はないのでは?」
「…………ねぇ…さやか」
キーボードから手を離し、葉月は感情の無い顔で言う。
「山本だけなら……許せた……ぎりぎり……ぎりぎり……妥協して……苦汁を舐める気持ちだった……」
「顔には出していませんが、声音から苦虫を噛む様な気持ちを感じますね」
葉月から感じる黒いオーラに、さやかは頬に微汗を滲ませる。
「私だけの居場所だったのに……」
「そ、そうですね」
「それが今……山本以外にも……」
「遂に山本くんを『アレ』呼ばわりですか……別に彼は何も知らないでしょう。葉月の気に触れる事まではしてない筈です」
「…………言い切れる?」
「彼がソレを知っていれば、次に起こす行動を簡単に読み取れます。しかし彼はそうしなかった」
「…………」
葉月は再びキーボードに指を走らせる。
その反応にさやかはフゥと吐息を漏らした。
「それに彼には恩があるかもしれないでしょう。それを考えれば、彼をぞんざいに扱うのはどうかと思いますよ」
「…………分かってる」
それだけは認めていると、葉月はさやかの言葉を否定しなかった。
「でも」
色褪せない瞳に小さな炎がこもる。
「あの二人だけは絶対に駄目……だから急ぎたい」
「…………そうですか」
さやかは心の中で二人の少女の姿を思い浮かべた。
「詩織さんと鈴子さん。彼女達はまだ何も知らない様ですが」
「知られてからじゃ遅い」
そう言いながら葉月はキーボードを打ち続ける。まるで瞬きする時間も惜しいのだと、その小さな姿から強い必死さが伝わってきていた。
「私に出来る事は……ありませんね」
「IDカードは一枚しかない」
機械に差し込まれているカードを見て、さやかは諦めた様に目を閉じた。
それは校長の目を盗んで奪って来たIDカードであり、その事はまだ校長にはバレていない。
今葉月は限りなく危ない橋を渡っているのだと、さやかは心配しながらもその姿を見守った。
「フランスにもいない……」
確認が済んだファイルを閉じ、次のファイルを開く葉月。
「次は何処をお調べに?」
「……オーストラリア」
そこに映し出されたのは、オーストラリア支部に存在している戦闘力者の『能力リスト』だった。
「……早く……見つけないと……」
読んでくれてありがとうございました!
作品の章設定を行いました。よろしくお願いします!
第1章、転校編
第2章、日常編(1)
第3章、海外任務編
第4章、日常編(2)
第5章、新入生歓迎イベント編(準備編)
第6章、新入生歓迎イベント編(開幕編)
第7章、新入生歓迎イベント編(閉幕編)
第8章、日常編(3)
第9章、オーストラリア編(出発編)
第10章、オーストラリア編(ゲームイベント編)
第11章、オーストラリア編(日常編)
第12章、オーストラリア編(テロ編)
それと今回に出てきた『山本くん』と『コアラちゃん』なのですが、久しぶりの登場だったのでちょっとだけ情報を書こうと思います!
山本くん『広樹と同じ学校から転校してきた一年生』
コアラ子ちゃん『新入生歓迎イベントに二位入賞した新入生』
どうかこれからもよろしくお願いします!