第174話、パンデモニウム「拷問の時間」テロリスト「ァアアアアッッヴゥゥギャィギイイ!!?」メリル「こんな酷い事をシテ、アナタ達は何も感じないんデスカ!?」
お久しぶりです!
長くお待たせしてしまい申し訳ありません!
書きあがりましたので投稿します!
どうかよろしくお願いします!
「アガァッーー♂!?」
「ウホォッーー♂!?」
「お、お前らぁあ!?」
仲間が貫き上げられ、嗚咽の篭った悲鳴が廊下に響き渡った。
「一体っ、一体なんなんだお前はっ!」
涙を薄く滲ませながら、目の前にいるソレに恐怖を抱く。
目の前にいるのは『未知の力』を持つ怪物。
力を持っている『だけ』ならまだ良い。知恵の無い獣だったら、皆が散って逝く事はなかっただろう。
棘を使っての接近妨害と移動阻害。
近づくどころか、今は立ち回る事すらも許されなかった。
数分前まではそんな戦い方は見せてこなかったが、怪物は少女を取り上げられてから突如と戦い方が正確になったのだ。
「まさか……お前は…っ」
無知ではない。その怪物には確かな知識を持っている。
そう確信して勝ち目の無い未来が明確になった。
ただ暴れ回るだけではない。相手は考えて動ける知能ある怪物なのだと、改めて身体が震わされる。
自分に勝機はない。そう思い、小さな素振りで背後を見る。
「くっ……」
逃走し、次の場でチャンスを作ろうと考えた。だがもう遅い。
既に怪物が作り出した黒い棘が、背後の廊下を塞ぎ止め、既に自分は袋の鼠にされていた。
逃げ道を断つその思考。既に自分はヤツに詰まされているのだと理解した。
だが、だからといって……
「散って逝った仲間の為に……俺は……俺はぁああああ!」
命を捨てた特攻に打って出る。
退路もなく、走り出せるのは怪物がいる一路のみ。
ならばと逃げも恐れも捨て、銃口に火花を散らせながら走り出した。
「お前だけは絶対にぃッッ!!」
『ソウ…ソレジャア…』
「っ!?」
突然と聞こえたのは無機質な声音。
それに反応するよりも先に、怪物はありったけの触手を伸ばし自分を捕まえた。
『ヨウヤク…捕マエタ…』
「お、お前はっ…」
『教エテ貰オウカ…オ前ノ知ル全テヲ…』
知識があるどころか会話も出来る。
こんな未知の怪物を相手に俺達はっ!!
「お前に教える事など何一つない!」
狙いは分かっている。きっとあの少女を飲み込む事がヤツの狙いだ。
それだけは絶対に口にしないと、縛られた右腕に力を込める。
「くたばれ…っ!」
ゼロ距離からの小銃射撃。それに怪物は、
『無駄ヨ…』
「ッッ!?ァアアアア!!?」
生えた黒い棘が銃口を塞き止め、小銃が暴発した。
『残念ネ…素直ニ教エテクレレバイイモノヲ…』
怪物は黒いモヤの塊を触手の上に浮かび上がらせる。
『貴方ニハマズ…教育ガ必要ミタイネ…』
そこからは強烈な悪臭が滲み臭わせ、空気中にも関わらず泡が噴き出ていた。
この世に現れる筈のないソレは、きっと怪物が持つ最悪のナニかなのだと悟らせる。
『殺シワシナイ…デモ…』
触手の縛りが強くなり、身動きを完全に封じられる。
逆さ吊りにされ、そのモヤを頭の下に置かれた。
『死ンダ方ガマシダッタト…素直ニナッテイレバ良カッタト…貴方ハ何度モ後悔スルデショウ』
怪物には表情はない。
だがその瞬間だけは、声音の裏で残酷な微笑みを浮かべたと言葉に彷彿させた。
『味ワイナサイ』
「ァッ!?ガガァアアヴアアアァアナギャッッーー!!?」
被せられたモヤに、呼吸も思考も何もかもが許されない。
許されるのは悲鳴と嗚咽の叫びのみだった。
「アアァァァアアアアアッ!?ガァアアアアッ!?アガァアアァァァアアッ!?」
『ソロソロ…』
『エエソウネ…』
触手を引き上げ、モヤから頭部を解放させる。
そこから引き抜かれた顔には、焦点の合わない瞳が小刻みに震えていた。
『喋ル気ニナッタ?…』
「ァァ……ァァ…………た……れっ……」
『ン?』
男は口端を吊り上げ満面の笑顔で──
「くた……ばれっ……クソ触手野郎…」
そう言って怪物に唾を吐き捨てた。
『…………ヘェ、ソウ』
唾で頬を濡らす怪物は無機質な息を漏らし、
そして再び──
────。
────。
ァアアアアアアアアアアアアアアアッ!!
(っ……)
遠くから悲鳴が鳴り響いた気がした。
だが、それは果たして本物なのか……
それが今の自分には、判らなくなっていた。
「どう……して……」
自分がどうして此処に立っているのか……
記憶がぼやけていて、鮮明に思い出す事が出来ない。
視界には煙を上げる入場口。緑の庭と石畳の道を徘徊するのは、以前に見た事のある黒いロボットと、顔を隠した武装集団達。
ガラス窓から外が一望出来る廊下で、自分は何も考えずただ歩いていた。
判らない。どうして自分は此処を立っている。どうして歩いているんだ。
なんで─
「……使えないのに」
彼から託された小銃を握っているんだ。
そうだ。俺は見たんだ。
彼の──彼等の屍の山々を。
そこからの記憶が無い。
あるのは彼の血に濡れた小銃と、流れ切った涙の跡だけだ。
窓ガラスに薄く映った自分の顔には、赤く腫れた瞼と、染み濡れた頬があった。
…………怖い。
初めて見た。
怪物も。人の屍も。
何もかもが空想の中だけの話で、自分には縁もゆかりも無かった筈の出来事。
それが一斉に自分にのしかかり、恐怖でまともに思考する事が出来なくなっていた。
ただ一つ思い浮かぶ言葉がある。
それは『恐怖』。
何もかもが怖い。
一つ失敗すれば、その瞬間には自分の命は消えてしまう。
それ程までに、自分は周囲に敏感になっている。
彼等の屍が自分に新たな恐怖を植え付けた。
勇気も、葛藤も、決心も、決意も、全てが彼等の死と同時に消え去った。
仇を取りに行く?
無理だ。俺一人にそんな力は無い。
メリルとエリスの元に帰る?
俺が帰っても意味がない。寧ろ、今の顔を二人に見せたら、余計に心配されるだろう。
「何もない……」
何も無かった。
力も。やるべき事も。
追いかけたかった彼等の背中も、既にこの世には無い。
何もかも無くなった。
自分が動き出す理由の全てが。
「…………」
腰を下ろして膝を抱える。
物陰のある壁に背中を貼り付け、窓ガラスから見える空を見上げた。
ああ、駄目だ。
此処では簡単に見つかる。
隠れるんだ。
警察や特殊部隊みたいな、政府の組織が来るのを待つしかない。
俺には何の力もないんだ。
詩織や鈴子と違って、特別な力を持っていないただの学生なんだ。
だったら隠れるしかない。
怯えながら、息を潜めて、何もせずにジッと隠れるんだ。
それだけが唯一自分に出来る行動だった。
────。
────。
「なかなか強情ね。悪者ながら立派だわ」
「後遺症を発症する一歩手前なのに……凄い」
怪物の中にいる詩織と鈴子は、外で縛り上げているテロリストの意思に僅かながらの感心を贈る。
拷問を開始して十分。
彼は気絶と悲鳴を繰り返しながらも、口を割らずに耐えていた。
きっと彼は口を割らない。
そう思わせる強い精神力を、彼の瞳の奥に垣間見た。
「埒が明かないわ。順序を変更しましょう」
「変更?何をするの?」
「先にメリルの元に向かうわ。彼の仲間が連れて行ったのなら、ソイツらを捕まえて拷問にかければ情報が割れるかもしれない」
詩織は触手に指示を送り、捕まえていたテロリストの首を絞め落とす。
殺しはせず気絶させた。
「吊るし上げた状態にして、相手に恐怖を伝播させるわ」
テロリストを逆さ吊りにしたまま、怪物は動き出した。
「でも、何処にいるか分からないよ」
鈴子の疑問に詩織は周囲の黒い皮膚を触りながら言う。
「この子が覚えているみたいなのよ。メリルの臭いを。だからそれを追いかけさせるわ」
「あぁ〜……」
瞳を横に泳がせながら、鈴子は少し前の記憶を掘り返した。
怪物はメリルの色んな場所でウニョらせ、求愛に似た動きを見せていた。
たぶんそれがマーキングに近い行為だったのだと、可能性ながらも悟る。
故に怪物の向かう先には必ずメリルがいる。疑う理由もなく、鈴子は怪物に移動を委ねた。
────。
────。
「ぅ……ぅぅ〜」
ベットの上で彼女は小さく身じろぎ、そして瞼を開いた。
「わ…たし…は」
「っ、起きたかい?」
「ん?…エリス?」
「そうだ。いや本当に良かったよ。無事に目覚めてくれて」
エリスはペットボトルを差し出して笑う。
「飲めるかい?」
「ハイ…頂きマス」
意識が目覚め切っていないのか、メリルの身体が揺れ動く。
受け取ったペットボトルに口を付けて、ようやくと意識が定まった。
「私は……そうデス!今はのんびりしてはいられまセン!」
慌てながら立ち上がり、メリルは周囲に首を回す。
そこは小さなホテルの一室。
そしてその場にいるのは、白髪赤目の小さな幼女だけだった。
「エリス!どうして貴女が此処にいるのかは聞きまセン!でもきっと広樹と関係があるのは確実デス!教えて下サイ!今広樹は何処にいるんデスカ!!」
肩を強く握って問い詰めるメリルに、エリスは両手を振って言う。
「身体を揺らさないでくれっ。言う。言うからまず両手を」
エリスの言葉にメリルは両手を離し、耳を幼女に傾けた。
「広樹くんならあの怪物を倒しに向かったよ」
「っ!?」
「心配する事はない。きっと彼なら」
次に肩に手を置いたのはエリスだ。
背伸びをして、震えたメリルを抱き締める様に腕を伸ばした。
「食べられていたメリルちゃんを取り戻したんだ。もう怪物に容赦する必要はない。広樹くんは本気になって怪物に立ち向かうだろう」
「それは駄目デス!!」
発狂する様に、メリルは口を大きくして叫んだ。
「広樹が本気でっ…!それだけは絶対に駄目デス!彼の矛先が向いたら二人がっ!!」
「お、落ち着いてっ。どうしたんだ急に?二人が?」
質問するエリスに、メリルは震えた声音で言う。
「勘違いなんデスっ。全部っ、お芝居だったんデス」
「お芝居?」
「あれは怪物じゃなくて、私達だったんデスヨ」
『私達』─その言葉を聞いて、エリスの中で一つの推測が浮かんだ。
少女が使った『達』の意味。
それはつまりメリルは一人でいた訳じゃない事だ。
それに『お芝居』と言う言葉を合わさって、良くも悪くも、現在において最悪の可能性が生まれた。
「まさか……あの怪物の正体は……っ」
「ハイ、それは──」
答えが呟かれる瞬間に、それは起こった。
壁の奥から聞こえる破壊音と衝撃波。そして人の声とは思えない咆哮を上げながら、ソレは勢い強く近づいて来ていた。
そして部屋の床に亀裂が走る。
ピキピキと肌色の壁紙が膨れ上がり、終いに壁紙を破って見えたのは、黒い触手の塊と──
「…………」
目と口が半開きになった、勇敢に戦ったテロリストの彼だった。
その光景を見た瞬間にメリルは大きく答え叫ぶ。
「詩織ストップデス!能力を消して下サイ!私は無事デス!」
その名を聞いてエリスは固まる。
『まさか、本当に…』と幼女は震えた瞳でその現象を見た。
黒い怪物はテロリストの彼を床に落とし、蒸発する様に黒い皮膚を消滅させていく。
そして中から現れたのは、両手でスカートを抑えた少女達だった。
「エリス?どうして此処に?」
「昨日ぶり……どういう状況?」
昨日一緒にスポーツをした二人の顔に、エリスは視界が眩んだ様に頭を揺らす。
そして一言。
「嵌められた……」
エリスの中で一つの結論が生まれた。
これは荻野広樹の策略だったと。
あの戦いの全てが広樹によって作られたお芝居。
彼の本来の狙いは怪物を倒す事でも、メリルを助け出す事でも、テロリストの心を改心させる事でもない。
たった一つの狙い。いやゴール。それが今の状況だ。
統括長の監視を掻い潜って単独行動になる。それ自体が荻野広樹の目的だった。
彼は状況を正しく把握していた。故に全てを利用したんだ。仲間も敵も、そして私自身すらも。
そして彼が離れた瞬間に全ての誤解が解かれた。
これが全て計算尽くであれば、彼の思考が底知れない。
あの表情と声音に嘘偽りはなかった。
統括長にも見破れない演技を彼は見せたのだ。
「……は…はは……私を……騙したのか?……十数年しか生きていない学生に?この私が…」
積み上げて来た人生が否定された気分だ。
立場も経験も、その価値の全てがズタズタに引き裂かれた気持ちだ。
全てが計算外。思考の一手先、いや終局までもが彼の中にあるだろう。
だが分からない。
ここからどうするのだ。
彼は一人の筈。
序列者の彼女達を頼らずに全てを成す気であるのなら、それは無謀と言える。
人質もいれば戦力差も大きい。
それを全て解決する手段が、彼の能力に備わっているのか?
「……いや」
考えるだけ無駄だと思考を止める。
彼の考えを先読み出来れば、今頃私は此処にはいない。
此処までやって見せたのだ。きっと彼は全てを成し得る。
深くは考えず、改めて今の状況を広く見よう。
今しなければいけない事はなんだ。
そうだ。まずは。
「状況を説明するよ。広樹くんと私が出会ってからの全てを」
カジノで彼と出会い、この部屋に行き着くまでの全てを彼女達に話した。
あくまで自分の立場を悟らせない為に、一般人から見た思考をそのまま口にして、彼の策略的な思考は喉元に噤む。
そして、
「「「…………」」」
みるみると顔色を青くする彼女達の瞳には、グッタリと倒れているテロリストの姿が映っていた。
彼はいわゆる、広樹のお陰で改心した正義の味方である。
それを捕まえた上に拷問にかけた詩織と鈴子は、メリルよりも大量に汗を流していた。
いや、状況を深く思い出していけば、メリルが連れ去られた時点から倒していった全員が、広樹の手によって生まれた善人者達。
それを倒したのだ。容赦を捨てて、全てを蹂躙し尽くした。
その結果の末が目と口を半開きにさせた彼なのだと、詩織と鈴子は瞳を震わせながら互いに見つめ合う。
「「……………………」」
そして突如と示し合わせた様に歩き出し、部屋の中を物色し始めた。
「し、詩織?内守谷さん?」
奇怪なものを見る瞳でメリルは声をかける。だが二人は手を止めないまま、この部屋の泊まり主が置いていたキャリーケースを開けた。
「あったわ」
「見つけた」
二人は躊躇もなくソレを取る。
詩織はスカートを脱いで女性用ジーンズに、鈴子はスカートの中にスパッツを履き込んだ。
「そ、それは泥棒なのデハ?」
「「緊急事態(よ)」」
詩織と鈴子が声を合わせて言う。
そして次に詩織はバックから赤い液体の入ったペットボトルを取り出した。
「希望はある?」
「脇腹」
そう言われ、すぐに赤い液体を鈴子の脇腹に付着させる詩織。
そして自らの肩にも液体を付着させた。
「トマトの臭い消し──血の臭いを再現して付着させる事は可能?」
「材料が揃っていれば大丈夫……うん、足りる、それと染みの成分も少し弄って、色黒くする」
「出来る限り現実味を追求した方が良いわ。他に欲しいものは?」
「問題ない。この部屋に泊まっている人は、色んな化粧品を持って来てくれた」
化粧ポーチから出されていく高級感ある瓶を次々に開けていき、鈴子は服に作った赤い染みに手を加える。
色を赤黒く、臭いは血の臭い。
それを返り血または出血だと思わせる程に、その服は立派な血の衣装へと姿を変えた。
「上々ね。これで準備は整ったわ」
「うん、後は…」
詩織と鈴子の瞳が床に倒れている彼に向く。
その身体を持ち上げ、ゆっくりとベッドに寝かしつけ、鈴子はその頭に手を置いた。
「たぶん恐怖とストレスで起こした『神経調節性失神』だと思う。交感神経と副交感神経を調整しながら血圧と心拍を平均値まで誘導……たぶんそれで目覚めると思う」
両手の指を立てて、鈴子は彼の頭に線を引く様に指先を走らせていく。
「出際が良いわね。私の時もそうだったけど」
自分の額を触りながら呟く詩織に、鈴子は視線を離さないまま語る。
「研究で色々とやらされた……散々取られたよ。私の能力データ……ある難病を治す機械が作られるまでに」
世界中の研究機関が欲しがる存在。それが目の前で治療を行っている事を、改めて詩織は理解した。
「脳と身体を正常な流れに戻すなんて簡単」
軽い空気に言い切る鈴子に、何も心配はないと詩織は口を閉ざす。
だがその背後にいる二人は、そうはならなかった。
「あ、あの〜。詩織?一体何をやっているんデスカ?」
「うん。順序良く動いていたから反応が遅れてしまったけど、本当に何をしようと?」
メリルとエリスの疑問の声に、詩織は淡々と言う。
「私達の目的は変わらない。その為には彼の協力が不可欠なのよ」
「え、じゃあどうして服を汚シテ…」
新たな疑問が浮かび上がる中、その返答を詩織が返す前に鈴子が口を開けた。
「詩織…目覚めるよ」
「そう、じゃあ─」
息を合わせる詩織と鈴子の目の前で、男は重々しく瞼を開いた。
頭に手を置く素ぶりを見せながら、彼はゆっくりと起き上がる。
「こ、此処は……俺は確か……そうだ!あの怪物に!」
悲鳴を上げる様に叫ぶ彼に、詩織と鈴子は、
「大丈夫よ。心配しないで」
「もう安心だよ」
「き、君達は?」
彼は瞳を大きくしながら質問する。
その慌てた表情と打って変わり、詩織と鈴子の表情は笑顔に溢れていた。
「貴方を救い出すのは苦労したわ。あの怪物は私達が倒したから、もう心配する必要はないわよ」
「「え?」」
メリルとエリスが戸惑いを漏らす中、詩織と鈴子は会話を進めていく。
「あ、あの怪物を君達が!?そんな事が──」
「これが証拠」
鈴子が見せたのは黒いカード。
そこには二人の実力を証明する情報が記載されていた。
「戦闘学っ…序列者!?」
二人の素性を知った彼は、息を落ち着かせながら、ゆっくりと詩織と鈴子に向き直る。
「俺はテロリストだ。そんな俺なんかの為に─」
「テロリストなんて関係ない」
「っ!?」
鈴子の一言に、彼は肩を揺らして言葉を噤んだ。
そして詩織が言葉を続ける。
「殺されそうな人がいて、もしそれが悪人だったとしても手を差し伸べる。それが戦闘学よ」
「っっ!?」
心を打たれた様に彼は瞳をベッドに落とす。そしてポタポタと白いシーツに染みが生まれ、そこには嗚咽と喉を鳴らすテロリストがいた。
「うぐっ…!…あ、ありがとうっ…どうして…俺は、こんな馬鹿なマネをして…っ!テロなんかにっ…!」
「確かにテロ行為は許されない重罪。でも──」
肩に手を置いた詩織は、まるで母性を思わせる暖かな声音で言う。
「今からでも遅くないわ。一人でも多くの人間を助ける為に、私達に協力してくれないかしら」
「っ!?……こんな俺でも……誰かを救う事がっ」
「『こんな』じゃないわ。貴方が立派に戦ってくれた事は、そこにいる彼女が教えてくれたもの」
そう言って視線を伸ばしたのは、『うぇ!?』と声を漏らす金髪の少女。
「あの娘が無事に生きているのは貴方達のお陰よ。その意思を、次は大勢の為に使って欲しいと私達は思ってる」
詩織は真剣な眼差しを作って願いを語る。
その言葉に涙ぐむ彼は、ゆっくりと首を縦に振った。
「っ…分かった!」
その言葉を聞いて、詩織と鈴子の口端が小さく釣り上がる。
それは外見だけでは純粋な笑顔に見えたが、一連の事情を知っているメリルとエリスからは、全く純粋な気持ちは感じられなかった。
「し、詩織……本当の事を」
「メリル。何を言ってるの?」
「でも彼の仲間が!あの後どうなっ─ぐぅえっ!?」
光の速さを持った正拳突きで、メリルの身体がくの字に折れ曲がる。
「そうだ!俺の仲間が!」
メリルの言葉を拾ったのか、彼が慌てる様に立ち上がり、扉の方へと向かう。
「まだ生きているかもしれない!すまない!急がなければ!」
「私達も行くわ」
詩織と鈴子が彼の肩を担ぐ。
「きっと大丈夫。生きていれば助けられる」
周囲の警戒を捨て、人体強化で加速させた脚力で廊下を駆け抜ける。
「す、すまない。気になったのだが、どうして場所を?」
「「……戦闘学が極秘にしている、秘密の追跡術(よ)」」
「そ、そうか」
戦闘学は機密にしている情報が多々ある。それは世界の常識であり、二人がどうして迷わずに目的地に向かえたのかも、戦闘学が作り上げた技術か何かだと、彼は迷いながらも納得した。
そして部屋に辿り着くと、そこには無残な姿に成り果てた彼等がいた。
「っ!?すまないっ、お前達っ……俺がっ…俺がもっとしっかりしていればっ…」
後悔を含んだ涙声。
そんな彼の背後で、詩織は人体強化を開始した。
そして一撃。
「ぁぁああああああああっ!!」
「「「っ!?」」」
鈴子以外がその声に心臓を跳ねさせた。
その咆哮と破壊音が鳴り響いた先には、拳で床を砕いた詩織がいる。
その表情には怒りと涙に満ち溢れ、ただならない覇気を感じさせていた。
「こんなっ……こんな残酷な光景をっ……あの怪物はっ……」
仲間を失った彼よりも、詩織は強い憤怒を込めた憎しみの怒号を曝け出す。
「これはっ、これは人のやる事じゃないっ!……許さないっ……許さないわっ!テロの首謀者っ!!」
「「え?」」
メリルとエリスが再び戸惑いを浮かべる中で、彼は咄嗟に詩織に声をかけた。
「人のやる事じゃない?テロの首謀者?き、君は一体何を知っているんだ!?」
「私達は戦闘学から情報を得ている」
怒りを床にぶつけている詩織と打って変わり、その隣で冷静な顔を作る鈴子が質問に答える。
「このテロを起こした首謀者、つまり貴方達のリーダーだけど。ソイツがあの怪物を闇企業から入手した情報が戦闘学に届いた。たぶんその怪物を暴走させたのだと思う」
「ボ、ボスがっ!?そんなっ……俺達はっ、ボスの失敗でっ…こんなっ…こんな事って…!!ぁああああ!!」
両手を地面に叩きつけて、彼は憎しみの感情をブチまける。
そんな彼の背中に鈴子は手を置いた。
「大丈夫。彼等は助かる」
「っ!?ま、まだコイツらは!?」
「うん。死んでないよ」
鈴子が周囲に視線を配り、転がった彼等の身体を見て言う。
「まだ心臓が動いてる。小さいけど、私の強化した聴覚がそれを聞き取った──詩織」
「っ!…んっ……ええ、分かっているわ」
詩織が涙を拭いて動き出す。
「この部屋の外で、怪物に襲われた仲間はいるかしら?」
「あ、ああ!いる!二人だ!」
「その二人を連れて来て。その間にこの場にいる全員を治療しておくわ」
「治療が出来るのか!?だが出血が大きいのにどうやって!?」
「戦闘学の力」
「っ!?」
鈴子が口元に指を立てて、その質問には答えられないと悟らせる。
「必ず助けてみせる。それは保証する」
「くっ!ああ分かった!頼む!俺はすぐアイツらを連れて戻ってくるから!」
そう言い残して彼は部屋から走り出した。
そして残されたのは事情を全て知る四人である。
「し、詩織!内守谷さん!アナタ達は一体どこマデっ!何も感じないんデスカ!?」
「感じてはいるわ。軽蔑してくれても構わない」
詩織はメリルと視線を合わせずに語る。
「それでも今は冷静に結果と向き合わないといけないのよ」
「何処が向き合っているんデスカ!?現実から目を逸らして濡れ衣を着せまくってマスヨネ!!」
「……………………」
「何か言ってくだサイヨ!!」
何も言わなくなった詩織に、メリルはズカズカと近づいてその肩を掴もうとした。
だがその手を鈴子が払い除ける。
「メリル……詩織の背中をよく見て」
「っ?……!?」
よく見るとその背中は震えていて、その姿から暗い感情が思い浮かんだ。
「まさか…詩織……アナタは…」
勘違いだったのかと胸に痛みが走る。
実は詩織は心の底で罪の意識と向き合っていて、それを表に出さない様に振舞っていたのかもしれない。
そう思わせる姿に、メリルは謝ろうと口を開く。
「し、詩織。何も考えず、勝手な事を…」
「私の知るお尻の構造をインプット…」
「え?」
その呟き声にメリルは瞳を開き、詩織の正面に移動した。
そこには瞼を閉じ、両手に黒い細胞の塊を作る彼女の姿があった。
「テロが終結するまで、彼等の出血は私の能力で止めるわ」
「詩織の能力で出血を?……え、それってまさか…」
「ちゃんと教育したわ。正常に機能する筈」
その黒い塊を床にブチ撒け、それは分散した。
スライムの様な姿と、ナメクジの様な動きを見せながら、それは彼等一人一人の下半身に向かって行く。
「彼等は死なせない。そう約束したもの。だから最善を尽くすわ」
黒い塊はジェル質のドリルを作り出し、そして詩織の命令に従って──
読んでくれてありがとうございます。
やってみたい展開を書いていたら、ヒロインのヤバさ滲み出る展開になって、投稿するか凄く迷いました。
ヒロイン達は何も知らずに戦っていたので……拷問も臭いによる攻撃だったので、ぎりぎりセーフだと願いたいです!
臭いのレベルで言うと、真夏に1カ月間脱がずに履き続けた靴下みたいな……
アニメで例えると、野原ひ○しの靴下を嗅がせたと思えば、ちょっとは優しく見えるかもしれません!
どうかこれからもよろしくお願いします!