第173話、ア○ル・バンカー「殲滅よ」テロリスト「生きろよ。ボウズ」
本当に大変長くお待たせしてしまい申し訳ありません!
書きあがったので投稿します!
どうかこれからもよろしくお願いします!
メリルが消えた。
怪物としてメリルを食べてしまえば、テロリスト達への誤認は継続出来る。
そう考えてメリルを救い出そうとした筈なのに、メリルは何処かへと消えてしまった。
いや、違う…『連れ去られてしまった』のだ。
微かに流れる触手からの意識が、その結果を詩織に伝えていた。
テロリストが彼女を攫った理由──それ自体は明確に出来ないが、ロクな理由ではない事だけは分かる。
メリルが消えて、下着もなくし、広樹に会えないままテロリスト達に防戦を強いられた。
その状況の全てが脳の中で駆け巡り、苦悩と絶望を糧にしてたった一つの道筋が、怪物の中にいる二人の脳裏に生まれた。
「ボスを倒して、全てを片付けるわよ」
「うん」
有象無象はほっとけばいい。
その主格を根絶やしにしてしまえば、その有象無象は勝手に滅びてくれる。
そうすれば後からメリルは救い出せる。
彼女は仮にも序列五位。その実力を信じて、先に根元を断とうと決める。
その為にはまず、その主格がいる場所を突き止める事が先決だ。
だったらと詩織は細胞に新しい命令を出した。
『このテロリスト達の中で、最も立場の高そうな者だけを捕らえなさい』と。
その者を捕らえ、情報を吐かせようと詩織達は考えた。
「でも、今は防戦一方…どうするの?」
「簡単よ」
詩織は天井の肉壁に手を置き、
「柔らかい触手が駄目なら、硬くて大きくて鋭いのを用意すればいいのよ」
────。
────。
幾度と伸びる触手を削ぎ落としながら、怪物に銃弾を撃ち込んでいる最中に、その瞬間は巻き起こった。
「「「「「「ァアアッー!?♂」」」」」」
「お、お前らぁああああ!?」
俺はその光景に絶叫する。
「黒い…棘っ…?」
突如と生えたのは黒い棘の山々。
その棘先が仲間達の股を貫き上げ、無残な骸畑を作り上げた。
「どうする!?もう俺達三人しか残ってねえぞ!」
仲間の一人が震えながら次の指示を仰ぐ。
「くっ!ああ分かってる!後退だ!」
銃弾を撃ち続けながら、彼等は背後の出口へと下がった。
「ボウズ達が向かった方とは逆の方に走る!いいな!」
────。
────。
「エリス」
銃声の届かない静かな一室で、エリスに向き直って言う。
「メリルを頼む」
「広樹くん?……まさか君は」
ベッドにメリルを寝かせて、俺はスーツを脱ぎ捨てる。そして白シャツの上に着込んでいたショルダーホルスターを剥き出しにした。
「ジッとしていられないんだ……一度は逃げたけど……それでもメリルを見るたびに……俺は……」
メリルは今も魘されていた。
汗をかき、息を荒くさせながら、ベッドを上で唸っている。
きっとそれは、あの触手の怪物が原因だ。
あの怪物はメリルに一生消えない傷を残した。
取り返しのつかない、失ったら永遠に戻らない最悪の傷痕をだ。
俺に優しくしてくれて、俺が見捨ててしまったメリル。
そんな健気で優しかった彼女は、苦しみの果てに意識を失い、今もベッドに倒れている。
そんな結果を作ってしまった全てが、悔しくて憎くて堪らない。
その原因は怪物にあり、そしてそれは、きっと自分にもある。
あの時、あのメールを受け取った瞬間から、メリルと一緒に問題と向き合っていれば良かった。
そうしていれば今の状況には巡り合わなかった筈だ。
メリルがどうして此処にいるのかは知らない。
だが俺がメールから逃げずメリルを一人にしなかったら、きっとこんな未来は訪れなかっただろう。
その根源を質せば、今のメリルに辿り着いてしまった理由、それはきっと…
「俺の所為だ……」
勝手な俺の『逃げ』が、メリルを傷つけてしまった。
優しいメリルを一人残して、俺はのうのうと娯楽を楽しもうとしていたんだ。
後悔だ。馬鹿だ。クソ野郎だ。
苦しめると知っておきながら、俺はメリルの善人性を利用して、俺が抱える筈だった詩織達の問題をメリルに擦りつけた。
最低のド屑野郎じゃないか。
「俺がもっとしっかりしていればっ…」
自己嫌悪しかない。自分が招いてしまった罪の意識に心が押し潰されそうになる。それが苦しく堪らない。
「俺はっ……」
この苦しみから逃げたい自分がいる。
ならどうすればいい?
「俺はっ……何かをしたいっ!」
自己満足だ。勝手な罪滅ぼしだと理解している。だがそれをしないと耐えられない。
今も危険な場所で戦っている彼等の側に立つ。こんな自分でも、出来る事の一つくらいはある筈だ。
それが俺がメリルを見捨てた代償なのだと、その償いが今も戦う恩人達の隣に立つ事だと──俺は覚悟を決めた。
「だから俺は─」
「もういいよ」
自分の声がエリスの声と重なる。
「スーツを脱ぎ捨てた君の姿は、まるでアクション映画に出てくる主人公だね」
エリスは興奮を宿した瞳で、俺の姿を見て言った。
校長が用意してくれた非殺傷用武装と、博士がくれた能力擬似再現化武装。
それを俺はショルダーホルスターからいつでも引き抜ける状態になっている。
どちらも怪物を倒すには至れない、破壊力のない武装だが、使わないよりはマシだと俺は今出来る完全な武装を固め上げた。
「まだ私は君の事を掴めないでいる。慌てているのか策士なのか。本物なのか偽物なのか」
「俺はよく慌ててるし、本物だぞ」
エリスの謎の言葉に、俺は何となくと答える。
その答えにエリスは口元に手を置いて、
「いや、どうだろうね」
子供のような無邪気笑いをしながら、エリス笑顔で手を振った。
「じゃあ頑張りたまえ。君は君の成したい事をすればいい。メリルちゃんは私に任せろ」
「ああ、行ってくる」
────。
────。
エリスとメリルを部屋に残して、俺は元いた場所へと向かう。
廊下には特に変わった変化はなく、依然と薄暗い明りが道を照らしている。
人影もなければ音もしない。
そろそろ目的の部屋なのに、不可解までに静かだった。
(銃声がしない…………まさかっ)
思考に過ぎる可能性に表情が歪む。
(どうかっ!無事でっ!)
足音を立てないようにしながらも、急ぎ足で部屋へと向かった。
そして開け放たれた扉の影まで辿り着き、そっと部屋の中を伺う。
そして──
(っ!?)
絶句した。言葉を失った。
そこで見たのは、黒い棘で貫き上げられていた恩人達。
さっきまで一緒に戦い、勇敢な姿を見せてくれた彼等が、残酷卑劣と言わんばかりの晒し者にされていたのだ。
その光景に俺は目を真っ直ぐに向けられなかった。
「ぉ……おい……なんでっ……戻って…来たんだよ……」
消えかけた語り声に咄嗟に上を向く。
そこに見えたのは、痙攣で顔を震わせた一人の男が、苦笑いで此方を見る姿だった。
それに反応する間際。ボロっと黒い棘が欠け落ち、黒い破片が瓦礫に転がる。
一破片だけじゃない。次々とボロボロに崩壊を始める黒い棘の群れ。
黒色から灰色に変色し枯れ落ちて、まるでそれは雪崩のように加速を増し、刺し貫いていた彼等を瓦礫へと落とした。
「ぁぁっくぁぁ…!」
「あ、あの!」
「くっ!どうして…来たんだ…お前は…」
英語だ。だが意味が分からずとも、彼が何を伝えようとしているのかは、その表情から読み取れた。
苦笑いから呆れ顔になった彼は、ゆっくりと起き上がろうとする。
だが次に彼は表情を歪めて、膝が瓦礫に崩れ落ちた。
「はぁ、はぁ、くっ…すまねえ…俺は此処までのようだ」
彼の声音が徐々に枯れていく。
その姿に我慢出来ず、意味が無いと知りながらも俺は肩を必死に揺すった。
「俺の身体の事は…俺が一番よく知っている……変な励ましはよしてくれ」
彼のズボンからは赤い血が流れ出ている。
一つの水溜りが生まれそうなまでに、その出血は酷い有様だ。
「胸ポケットから…煙草を取ってくれ……手が震えてうまく取れねえんだ…」
胸ポケットを指すジェスチャーを見せられ、彼の胸ポケットを探る。
そこにはクシャクシャになった煙草箱と、銀のライターが入っていた。
「口に咥えさせてくれ……それと火も頼む」
分かる。言葉が分からなくても何をすればいいのか。
「ああ……やっぱ……この味だ……」
消え入りそうな声で彼は呟く。
瞳には正気がなく、今にも閉じられそうな震えた瞼。
もうその命は長くはないのだと、その顔色を見て察した。
「なぁ……お前はどうして……此処に戻って来たんだ?」
「っ……」
「ああ……言葉が通じなかったな……ジェスチャーとか……めんどくせぇ……な」
彼は笑って、ボロボロの手で肩に掛けていた紐を外す。
その留め具には黒色の小銃があった。
「そんなチンケそうな拳銃だけじゃ……心細いだろ」
俺の身体に身につけていた武器を見て、彼は自分のショルダーホルスターの金具を外し、それを床に落とした。
「只者じゃないとは薄々思っていたんだよ……武装した俺達を見て…恐れずに笑っていて……だが、今はそれが良かったと思える」
彼は下に視線を向けて、それらを指差して言う。
「マガジンと…手榴弾……後はナイフくらいだな……お前が、使ってくれ」
震えた右手で小銃のハンドガードを握る彼は、そのストックを俺に差し出して笑う。
「お前が何者かは聞かねえ……だから」
なんでこんなにも、言葉が分からない筈なのに、彼の言いたい事が頭に入ってくるのだろう。
だがそれは受け取れない。
受け取ってしまったら、彼の命が消えてしまう。そんな予感が彼の瞳から感じた。
「受け取れ……早く……」
「ノ…ノォ…」
「っ……チクショウが…」
舌打ちと共に彼は最後の力を振り絞る。
小銃を強く握って俺の胸へと押し付けた。
「お前はきっと……立ち向かう筈だ……あの怪物に……だから」
「っ……」
「お前は……本当に」
依然と小銃に手を出さない姿に、彼は歯を食いしばって身体を伸ばす。
その血濡れた左手が頑固な頭を掴み、その硬い胸へと押し付けた。
「俺はもう……長くねぇ……もう出来る事なんて無いんだよ…」
力強く押し付けながら、その口を耳元において彼は言う。
「だがな………残す事くらいは出来る……」
小銃が胸に押し付けられる。
「これがお前に残せる唯一の物だ…………受け取ってくれねぇと、あの世にいる仲間に顔向け出来ない……だから」
耳元から声が離れ、掴まれた頭を上げられる。
そこから見えたのは男の晴れた笑顔で──
「最後まで……お前を……助け…………アッ♂」
「っ!?」
ドサッと床に重々しい音が鳴り響いた。
(……………………ま…まだ)
彼の身体に手を伸ばす。
まだ生きている筈だ。
叩いて起こせば意識が戻ってくる。
そう信じて。
信じる事しか出来ず。
彼の背中にそっと触れた。
────────。
だが起きない。
まるで深い眠りについたみたいに、彼の瞳は閉じたままだった。
(そん…な…)
そしてようやく理解した。終わりを遂げたのだと。
その命が尽きる瞬間まで、彼は他人を想い続ける立派な戦士だった事を。
そんな彼に、俺は何も言い出せなかった。
現実味がない。非現実だ。これは本当に起きた出来事なのか。
────いや、全て現実だ。
あの怪物が全てを蹂躙した。
メリルも。彼等も。そして俺の心すらも。
何もかもをあの悍ましい怪物に奪われたんだ。
(……なんで……こんな……俺は……)
読んでくれてありがとうございます。
これからもよろしくお願いします。