第116話、榛名「何故、広樹がそれを…」
書きあがりましたので投稿します!
よろしくお願いします!
「今なんて?」
「三○○万円です」
「二桁くらい間違えてないか?」
「これでもかなり譲歩してるんですよ。最新式のAIを内蔵して使用者の声質を完全にコピー。聴き取りと発声の翻訳化は、喋りながらでも高速演算で算出して、言い終わり一秒以内に出力……まぁ他にもありますけど、この作品に見合わない程の低価格だと思いますよ?」
「こんなのがか?」
「こんなのとは何ですか!?せっかく懇切丁寧に説明してあげたのに!」
確かに分かりやすい説明だった。
だが、この片耳ワイヤレスイヤホンに似た機械にそこまで出来るとは思えない。
「じゃあさ」
「ん?」
「ちょっと体験してみていいか?」
「いいですよ。操作は─」
ほい装着。
そして、
「誰か助けてくださぁぁぁぁい!!」
「Heeeelp!!」
おおうスゲェ。完全に俺の声真似だ。
しかも、言い終わり直後に喋ったよこの機械。そして機械が発したとは思えない肉声だ。
「Why did you ask for help?」
「どうして助けを求めたんですか?」
またまたスゲェ。機械から聴こえて来た声質が榛名の声質そのものだ。
そして翻訳もされてる……と思う。正直分からない。
満足しながら機械を取り、榛名の疑問に簡単に答える。
「基本俺、助けを求める側の人間だから」
「へ?広樹がですか?」
「何かおかしいか?」
「はい。滅茶苦茶おかしいです」
コイツは俺を何だと思っているんだ。
俺は誰かを助けられるほど、強い力なんて持ってない。
──詩織!なんの力も持ってない俺が、お前を是が非にでも救い出す!
あぁぁぁぁ〜〜俺の黒歴史ぃぃ〜…
なんで思い出すんだこんな時にぃ〜…
「何を悶えているんですか?」
「思い出したくない事を思い出した。あの時の俺は本当に痛かった」
「ふむふむ……思い出したくない事とは─」
ポチッと榛名がテレビのリモコンを操作した。
そして映し出されたのは…
『ズダダダダダッッ!!』
黒い枝の道を走り抜ける少年の姿だった。
「コレの事ですか?」
「違うぞこのシーンの数分前の出来事だからって事でどうやってこの映像を手に入れた!?」
「とある掲示板に張り出されてましたよ〜。タイトルが『女性の夢』で私も悶えました」
「笑い悶えたんだろ馬鹿!マジなのかコレ!これ拡散してるよな!!」
「当然拡散してますね。そして笑い悶えましたが、それと同時に背中が無性に痒くなったんですよ〜。痒くて痒くて悶えました〜」
顔をフニョらせて下卑た笑みをする榛名に一発拳を入れたい。
だが、そんな事よりも目の前にある現実が精神に重くのしかかった。
「スタジアムでのPV映像で終わりだと思ってたのにっ……」
「詩織をお姫様抱っこしての全力疾走。さすがに閉会式で留まる映像ではないですよ。拡散されるのは必然的です」
それを聞いて完全に気力を失った。
鈴子とのカップル疑惑の次は、詩織とのお姫様抱っこ映像の拡散……
でもマシな方だ。救助活動だぞ。
褒められる事をしたんだ。
まだ退学をする程の羞恥ではない。
だが!だがせめて!
「せめて可愛く真面目で普通の女の子だったら…」
「呼びましたか?」
「呼んでない」
コイツは可愛いが、真面目と普通とは正反対だ。
そうだな…………葉月は、
「犯罪だな」
「何が犯罪なんですか?」
「十歳くらいの女の子を恋愛対象に見る事がだ」
「え?広樹ってロリコンだったんですか」
「否定したよな。犯罪だって言ったよな」
詩織と一緒に落下してドボンした時、確かに葉月がいた……やっぱり助けてくれた的な感じだよな?
御礼もまだ伝えてない訳だし、久しぶりに連絡でもするか。
「一人で考え耽っていますが、どうしますか翻訳機。私なりの超底プライスですよ」
おっと忘れてた。
だが三〇〇万円……この価格は……
「この前の任務報酬がまだ残っている筈ですが、やはり迷いますか?」
「買わないと思ってたが、ここまで性能が凄いとなぁ」
「お〜!最高の褒め言葉ありがとうございます!良かったらオマケも付けますよ!」
「オマケ?」
「ジャジャジャジャ〜ン!『エクスカリバ〜〜』」
「それはいいや」
懐かしのエクスカリバーが出されたが、そこまで欲しいとは思えない。
シュールストレミングのエキスを噴射するだけあって、誤発したらヤバイ事になって怖い。
「じゃあ…………え〜と」
棚をゴソゴソし、分厚い本を手に取った。
「中等部にいた頃の『詩織の写真』は如何ですか?」
「それを手に入れて、俺に何のメリットがあるんだ?」
「かなりのレア物だと思いますよ。なにせ序列十位の若い頃の写真ですから」
「却下だ」
「中々難しいですね〜。詩織の生写真って結構レアなんですよ。制服、体操服、スクール水着、寝巻き、バスタオル……私服が無いのが唯一悲しいところです」
「お前は詩織の追っかけか?」
正直引いた。
バスタオルで引いた。てか盗撮しただろお前。
「詩織の写真が駄目なら〜〜……もう無さそうですね。私の匂いが付いた何かでも要りますか?」
「じゃあな〜」
「冗談です!冗談ですからクローゼットの下にある隠し扉を開けようとしないでください!」
次ふざけたら絶対に出て行ってやる。
そして博士にありのままを伝えて去ってやろう。
「はいはい!じゃあ物々交換でも良いですよ!何か価値あるモノを私にくれたら、その分だけお安くします!」
「物々交換?でも、お前が欲しがりそうな物なんて、俺は持ってないぞ」
「物に限らず、モノですよ。物体ではなく、情報でも良いんです」
「情報?」
榛名は何か下心がある表情で、
「あるじゃないですか。広樹がずっと隠し持っているモノが」
俺が隠し持っているモノ?
そんなモノあったっけ?
と、チャックに触れて、
「…………下ネタじゃないよな。確かにずっと隠してきたけど」
「社会の窓から出てくる物じゃないですよ!?そして物体じゃないですか!モノです!情報です!」
「情報か?…………そうだな」
これか?
「俺の両親さ、俺が一人暮らしを始めてから直ぐに海外に出たんだ。仕事仕事って言い張ってるけど、絶対に旅行だと思うんだよな」
「広樹の家庭事情じゃないですよ!広樹自身の情報です!」
俺自身の?
その中でも価値がある情報なんて、思い浮かばないんだが……
「ラーメン屋散策が趣味だ」
「違います!」
「スマホアプリ『俺の彼女はこの娘だけ』で、俺の恋人はエルだ」
「違います!」
「最近買った夏物のブランドは─」
「全然違いますよ!ワザとですか!?」
そうは言われても。
隠し事とかあまり無いぞ俺。
「だったら単刀直入に言います!」
「お、おう」
榛名は踏ん張った声でそれを言った。
「広樹の能力を教えてください!」
「…………」
…………絶対に教えられない情報が飛び出てきました。
これはマズイ。とんでもないくらいマズイ。
言ったらどうなる?
え、本当にどうなる?今頃だぞ。
任務で大勢の仲間を危険に晒して、数十万円の武装を購入したりした後だぞ。
これは本当にマズイやつだ。
「…………なぁ榛名。能力ってモノに価値なんてあるのか?能力はその人の魂であり──」
「適当にカッコよく言い直しても〇円の価値もありませんし、私の探究心は消えませんよ」
「その探究心を一八〇度回転させて、別の方向に目を向けてみようか」
「さらに一八〇度回転させて戻りました。さあ教えてください!」
「えぇ〜〜……」
絶対に教えられない。
教えたら本当の終わりまであり得る。
たぶん命の危機になる事態までは、墓場までこの口を閉じ続けられる自信がある。
「他の情報じゃあ駄目なのか?」
「広樹の能力に匹敵するモノだったら文句はありませんよ」
「俺の能力なんて、大した価値にもならないぞ」
「それは人の感じ方次第です!」
適当に汗が大量に分泌される能力とでも言ってやろうか。
手掌多汗症ぎみだったし、新入生の女の子の身体を汗まみれにした黒歴史もあるし。
駄目だ。さらにおかしくなる。
だが、他に差し出せるモノなんて……
あっ。
「なあ、モノじゃなくて、物でも良いんだよな?」
「は、はあ。大丈夫ですけど、私が欲しいと思える代物を持っているんですか?」
「いや、割と、もしかしたらなんだけどな」
ソファーの隣に下ろしておいたミニバッグから、一つの塊を取り出す。
「本当は博士に渡そうかと思ってたんだが、コレで吊り合うか?」
「コレは…………っ!?」
「丸っこい水晶だ。最初に拾った時はガラスの破片で、いつの間にか丸く変形したみたいなんだ。不思議だろ」
出したのは『黒い水晶』。
詩織を助けた後に尻で踏んづけた黒いガラスの破片。
鈴子からの呼びかけに反応し、無意識にポケットしまい、そのまま家に持って帰って来た。
そして朝起きたら丸い水晶に変形。
結果これは博士案件だと思い、ついでとして持って来た。
「なぁ、榛名。コレはお前の欲しいィィ痛い痛い痛い!?」
「どうして広樹がコレを持っているんですか!?それに肥大化して!いえ増殖っ!?五ミリだったのがどうしてこんなにも大きく!?」
早口で何を言っているのか分からねぇ!?
そして痛い!握力で俺の手がめちゃ痛い!
「ちょっと離れろ!渡すから!渡すから一旦手を離せ!」
榛名に水晶を渡して、握り潰されそうだった手を撫でる。
本当に潰されるかと思った。
「──コア──でも──そんな筈──やはり増殖──確か詩織の能力は──」
自分の世界に入った榛名。
声をかけたいが、かけちゃいけない雰囲気が榛名の周辺にあり近づけない。
「──という事は、まさか……」
目が合った。
推理が終わったのか、榛名はズイっと近づき瞼を大きく開いた。
「広樹。此処だけの話にしてください。今から話す事は、生涯共に墓場に持って行ってください」
「お、おう」
榛名の異様な雰囲気に声を漏らす。
今日までに榛名の人間性をいくつも見たが、今回のは初めてだ。
「コレは何処で手に入れましたか?」
「あ、あ〜たぶん…巨人化した詩織の体内でだ」
「たぶん?どういう事ですか?」
「その水晶さ、少し独特な黒色を持っているだろ。それを俺は巨人の体内で…てか、詩織の片手に張り付いていた結晶と同じだと思ったんだ」
「詩織の片手……ガラスの破片と言いましたが、もしかして本来の大きさって」
「人間大はあったと思うぞ」
「にっ、人間大ですか!?」
榛名が驚きの声を上げる。
え、そんなに驚く事なのかコレって。
「つまり、まだ破片があると!」
「いや、たぶん無い。正直どうしてコレだけが残っているのか不思議なんだ」
「不思議?」
「詳しく話すと──」
詩織の片手が繋がった結晶体を銃で撃ち砕いた。
そして片手が抜けた結晶体は、黒い液体になって飛び散ったと説明する。
「そう言う事、でしたか…………」
「なあ榛名、もしかしてお前、何か隠してないか?」
「ギクっ!」
「おい。絶対にヤバい案件を隠してるだろ。もしかしてお前─」
「あーあー!何も聞こえないー!これは私が預かりますので!翻訳機はどうぞ!じゃあ私は急用が出来たので!」
水晶をポケットにしまって出て行こうとする榛名。
だが、それを容易く流すほど、俺の心は優しくない。
「博士にそのまま伝えるぞ」
「っ!?」
榛名は止まった。
「身体ですか!私の身体が目当てですか!身体は好きに出来ても心までは!」
「言い訳で誤魔化すな!そしてお前は発育は良いが精神が駄目だ!そして説明してもらおう!今回の件はお前のソレが大きく関わってるだろ!」
榛名のポケットを指差して、強い声音で言い詰める。
だが、
「……………………本当に」
「っ!?」
暗い声を漏らしながら前髪をたくし上げる。そして見えたのは、冷々たる雰囲気を纏った表情だった。
「ふざけ過ぎました……今回は冗談ではありませんよ」
弱々しくも重々しい声。真剣な声音は淡々と事実を並べた。
「あの日から、詩織は目覚めてません。ずっと眠ったままなんですよ」
「は?目覚めてない?」
「はい。現在も精密検査を続行していますが、未だ意識を取り戻していません……」
確かにイベントが閉会してから今日にかけて、詩織とは一度も会っていない。
連絡も無ければ、隣の部屋から物音さえもしなかった。
その理由が眠っているからだと、榛名の言葉でようやく気付いた。
「この水晶には、詩織の意識を戻す可能性があるかもしれないんです。この水晶に入っている成分を分析すれば……だから」
「…………ああ、だったら──」
「じゃあ行って来ます!それと今回の会話の内容はどうか秘密でお願いします!じゃあ詩織を救って来ます!」
騙された?いや、もういいや。
ドタドタと扉から出て行く榛名。
アイツの口車に乗せられた気がしたが、もうどうでもいいと思った。
それよりも詩織への心配が頭に浮かぶ。
「今度見舞いに行くか……」
いつ目覚めるのか分からない。
だったら目覚めた後に会いに行こう。そう決めた。
榛名が残した翻訳機を持って扉から出る。
「あっ」
そして思い出す。気付いてしまう。
「途中で榛名の翻訳機を諦めて、博士に頼めば良かったじゃん…」
そうすれば、榛名からの要求は簡単に断れた。
それに気づき、今になって心にドッと疲れが生まれた。
読んでくれてありがとうございます!
今回は第104話で出した『黒いガラス』の伏線を一部回収しました!この先の展開で詩織と大きく関わりますので、どうか期待していてください!
それと第23話で詩織からの逃走に用いた『クローゼット床の隠し扉』も使いました。広樹が何故、その扉の事を知っていたのかは、第23話で使った事が理由です。よろしくお願いします!
前まで物語の展開がかなりスローペースだったので、今後は順序よく走るようなペースで進行できたらと思います!出来る限り面白い展開を考えるつもりなので、どうかよろしくお願いします!