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第103話、葉月(広樹…生きて)

書きあがったので投稿します!

読んでくれると嬉しいです!

これからもよろしくお願いします!

「え……え?」


天乃は理解が追いつかなかった。


何故なら彼が喰われたからだ。

アッサリと、抵抗せず、一歩も動かず口の中に飲み込まれていった。


「何故…?」


その光景に天乃は予測すら叶わず、ただ事実に翻弄されていた。


そして、その事実を目で見て、翻弄されずに動く者がいた。


「広樹ぃいいい!!」


いや、暴れていた。












「どうしてどうしてどうして!?」


断続的な衝撃音をもたらしながら、鈴子は能力による攻撃を連続し放つ。


そして巨人はそれに抵抗せず、両腕を以前と下げ続けていた。

それによって胴体にグチュついたクレーターがいくつも生まれるが、巨人は再生能力を働かせていた。


「なんで!なんでなんでなんでっっ!!」


クールダウンや巨人の再生能力の事を思考から忘却し、有りっ丈の能力を行使し続ける。


だが無駄だった。

巨人の皮膚は攻撃を受ける度に強固なものへと進化していた。

はだけていた神経が皮膚で覆われ、更に甲殻類に似た外層が肌の表面に浮かび上がる。


それに鈴子は気づいていない。


それ程までに広樹が捕食された事が心を占め、真っ黒な怒りを奮起していたからだ。


「嘘だっ!嘘だぁああああ!!」


瞳の粘膜をうるおさせ、嗚咽おえつに似た悲鳴を巨人に叫ぶ。

だが、巨人は何もしない。

動く事すら、叫ぶ事すらもしなかった。


先程までの轟音の如き咆哮が嘘の様に消え、巨人はただそびえ立つだけの巨像となっていた。


「ああああああああああ!!」


冷静さも分析力も消し去った少女は、ただ目の前の醜悪の化け物に全てをぶつけ続けるしかなかった。












ネチョネチョネチョネチョネチョネチョネチョネチョネチョネチョネチョネチョネチョネチョネチョネチョネチョネチョネチョネチョネチョネチョネチョネチョネチョネチョネチョネチョネチョネチョネチョネチョネチョネチョネチョネチョネチョネチョネチョネチョネチョネチョネチョネチョネチョネチョネチョネチョネチョネチョネチョネチョネチョネチョネチョネチョネチョネチョネチョネチョネチョネチョネチョネチョネチョネチョネチョネチョネチョネチョネチョ──


「イィやぁああああ!?」


全身にネッチョリした何百本もの触手が、蹂躙するかの如く渦を巻いていた。

その一本一本が身体に纏わりつき、衣服の中へと侵入を図り続けていた。


え?誰得?

誰の得にもならないよ!?


「ちょっ!まっ!入ろうとしないでぇええ!?」


あと一歩のところで、触手は衣類の中に侵入して来なかった。

それは制服でありながらも、戦闘用に造られた特注品。

ギリギリのところで制服は、男の防衛線として役割を果たしていたのだ。


だが、


「ぉおおお!!まっ!チャックはやめてぇえ!!」


いくら頑丈な生地で作られていても、機能はそのままだ。

主に触手は、その部分を重点的に狙い動き始めていた。


勿論それだけではなく、


「ムッッ!?ンンン!!ムゥゥゥ!!」


触手は体内の蹂躙へと走った。


一方の触手は小型無線機インカムを押し退けて、耳の中をグチュグチュ舐める。

また別の触手は、口内を目指して唇をグチュらせた。


「チュブチュプ!?ムゥッッ!!」


身体を抱きしめながら、顎に限界までの力を入れる。

もしちょっとでも隙が生まれるものなら、即座に触手はR18指定の領域に触手あしを踏み入れるだろう。


それは男としてアウト!

女なら許せるが、男は絶対にアウト!


「ムゥゥゥ!?ムムムム!むチュッ!?」


必死に触手の侵入を拒み続けて数十秒。


下半身から触手の感触が消えた事に気付いた。

それだけじゃない。下に空洞があるかの様にブラーンと垂れ下がる感覚があった。


「ムチュゥゥ!?ムゴォオオ!!おっ!ゥオ!おえ!ゥォオオオ!?」


間一髪、歯茎と下着に触手が触れた瞬間。


吐き出されたかの様に下の空間に落とされた。


ムチャッと音を鳴らして尻餅を突く。

瞳を開くが何も見えない。

感じるのは、床にある生暖かい感触と、吐き気を催す臭いだけ。


とにかく明かりが欲しいと、基本装備として身につけていたポーチの中から、貸し出されていたヘッドライトを取り出す。


「っっ……これは」


赤い血管が浮かんだ肉質の黒い壁。

そして辺り一面には小さな触手がしげっていた。


「もういやだ……帰りたい」


自暴自棄しかない。

もう助からないと思える程に、目の前の現実が胸を強く抉っていた。


「こんな事になるんだったら、戦闘学に転校して来なければ良かった……元の学校に転校し直したい……いや、いっそ親父達のところへ……」


全てから背け、逃げたくなる。

今度こそ死ぬかもしれない現状に、絶賛鬱全開になる。


「此処は詩織の中なんだよな……あれ?詩織の中って表現、何かR18指定っぽい言葉だけど、今は別のR18指定になりかけてるよね……ハハハッ」


精神が崩壊しかけ、現実逃避をしながらの独り言を呟き出す。


そして適当に腰掛けて、側頭部のライトで辺りを適当に照らす。


「痛っ、お尻か?」


さっきの触手地獄で、お尻を痛めていた。

両手で急所デリケートゾーンを庇うばかりで、背後は無残にネチョネチョされたからだ。

特に柔らかい場所を狙われたのか、お尻がとにかく重点的にヤられて痛かった。


「なんで男の俺がこんな目に?これは普通だったら女の──へ?」


それを見て呼吸が止まる。

ライトで照らした場所にある一つの光景に意識が思考が停止した。

そこにあったのは、


「詩織──の下半身?」


ブラーンと垂れ下がった制服少女の姿があったからだ。


「…………怖」


本当に怖い。

胸から上半身にかけて黒い肉塊で埋まっていたからだ。

ホラー映画さながらの光景に、心臓がドキッと震え上がる。


「し、詩織さ〜ん?」


近づきながら声をかける。

だが、彼女は何の反応も示さない。


「詩織?」


「…………」ブラーン


返事が無い。ただのしかばねの様だった。


だがそんなのは関係ない。

今は詩織の存在がとても大きく見えた。


鈴子の独り言解説を聞いたが、半分も分からなかった。

だが、この現象に関わっている重要人物が詩織だとは明確に分かる。


「すっごくヤバイ状況なんだけど……何とか出来ないか?」


「…………」ブラーン


「お前だけしかいないんだ……頼むから返事をしてくれ」


「…………」ブラーン


「っ……触っても大丈夫か?起こす為にだぞ」


「………」ブラーン


目線の高さに詩織の腹部がある。

下心を微塵みじんも考えていないので大丈夫。


と、自分に言い聞かせて……


「…………」


「…………」


なんか恥ずかしい!

胸から下の位置を触るのって何か抵抗ある!


「詩織、本当に触るぞ」


「…………」ブラーン


震えた男心を持ちながら、両手で詩織の腹部に触れる。


「っん」


「…………」ブラーン


なんか罪悪感が半端無い!

無抵抗の女子の身体に触れる感覚がヤバイ!


「起きてくれ詩織!お前しかいないんだ!」


とにかく身体を揺らして起こしにかかる。

ブラーンブラーンと胴体が揺れるが、以前と返答は帰ってこない。


「叩くぞ!揺らしても駄目なら、手段を選ばずに起こすぞ!」


「…………」

ブラーンブラーンブラーンブラーン


上半身が柔らかい肉塊に繋がっている事により、ブランコみたく揺れる詩織。

もう駄目だと、新たな手段を模索する。


そして思いついたのは、



「ヌくか……」



それを綱引きの様な姿勢で思いっきり引っ張った。


「グォオおおおお!!」


主にスカートの中を見ない事を心掛けながら、とにかく全体重を込めて引っ張りまくる。


「ファイトォオオオオ!!」


「…………」ブッラ〜〜ン!


二発にぱつとか三発さんぱつとか続けて叫べやぁああ!どっかの宣伝CMみたいにさぁああ!!」


「…………」ブッラ〜〜ン!


「どうして引っこ抜けないんだ馬鹿!お前もこんなに引っ張られてるんだから起きろぉお!!」


「…………」ブッラ〜〜ン


引っ張っても叫んでも起きない詩織。

黒い肉塊からスッポリと抜ける気配もなく、やがて息切れして手を緩める。


「ハァハァ、もう無理だろコレ。どうすればいいんだよ」


忌々しい瞳を肉塊に向ける。

これが詩織を縛り付けているのなら、自分の命運の障害はこの肉塊だ。


「このままじゃあ……ああもう!」


羞恥心や下心も無い。

ただがむしゃらに肉塊にぶら下がった詩織に飛び付いた。


「起きろぉお!じゃないと全部終わりだぞ!」


魂からの叫びを詩織に聞かせて、肉塊をぶっ叩く。


「なぁ!お前も此処で終わるなんて嫌だろ!だったら起きろ!それでも序列者か!」


序列者に至れた詩織の今までの努力。

それがこんな事でにじられていい筈がない。

それは絶対に詩織が許さない筈だ。


「クッ!こんなところで──ッ!?」


ポトッと、何かが黒色の地面に落ちた。

それを見て、ゆっくりと詩織から身体を離し、それを手に取る。


「…………改造カスタマイズ、されてたよな?」


イベントのルール上、殺傷性の高い兵器には、参加者に対して致命傷を与えない改造が施される決まりがあった。

故にそれ以外の対象には、通常通りの威力を発揮する。


そしてソレは、この状況を打開出来る可能性に見えた。


「なんでいつも俺は……お前の武器おもちゃをあてにする事になるんだろうな!」


何故だか、嬉しい感情が顔に浮かんでしまう。


隠し傘を改造し、進化に至った新たな武装。

榛名の作った『折り畳み傘』。


巻き付けボタンを外し、仕様通りに握りしめ、照準を定めた。


「その肉塊がお前を眠らせているのなら、まずはそれを取り除く!!」


ッッッッッッッッッッッッ!!

傘の先から擬似塊フェイクで造られた銃弾が乱発する。

傘の構造によって、その銃弾のサイズは小さかったが、威力は確かにあった。


出来る限り詩織の本体から逸らすように、肉塊へと銃弾を撃ち込み続ける。


「とにかくボロボロにした後に千切ってッッ!?ッッアア!?」


ブンッと、身体を壁に叩きつけられた。

肺の空気が無くなったと錯覚させられながら、その原因を瞳に捉えた。


「触手……か?……ハハハハッ!そうか!だったら話が早い!」


足首に巻き付けられた触手を見て、一つの活路かつろを予感し、歓喜で心を震わせる。

巨人の触手が詩織を守った。それは今の詩織を守る理由がある事の証明だった。


じゃあその理由はなんだ。

考えるまでもない。


「ぁぁ!?クッ!舐めるなぁああ!」


足首に巻き付かれていた触手に銃弾を撃ち込み、引き千切る。


「こっちも命懸けだ!だから容赦なんかしないからなぁああ!!」


爆走しながら、伸ばした折り畳み傘を振り回す。

撃ち込み、ぶっ叩き、傘を開いてガードする。

榛名の作った折り畳み傘は、ボタン三つで全ての機能と変形を可能とした。


そして触手との攻防を繰り返しながら、詩織に縛っている肉塊に銃弾を撃ち込み続ける。


「まさか、こんなゲームみたいな事をリアルでやるとは思わなかったよ!」


九十年代に発売された古いゲームを思い出す。


立体的ではなく表面的な操作が主流だった時代のゲームだ。

そんな時代にあったゲームの中で、ボスキャラの攻撃を単純に避けながら、本体に攻撃を当てる攻略法はテンプレである。


今まさに、そんな気分をこの身に味わっていた。


「このまま──カハッ!?」


だが、これはゲームではなく現実だ。

ゲームキャラみたいに数メートルジャンプも出来なければ、無尽蔵の体力を持つわけではない。


現実だからこそ、主人公の様にはいかなかった。


「チクショぉ、俺はアニメに出てくる様な主人公じゃないんだ。能力も無ければ、必殺技も持ってない、ただの一般人なんだよ」


実感した。

ゲームではなく、これは現実だと。

だからこそ、空想の世界にいるキャラの様にはなれないと、今味わった痛みが教えてくれた。


だが、それでも、目の前で縛られている少女に対して、心を燃やす意思があった。


「でも、なんやかんやでお前を助けたい俺がいる。一度慰められた事があったからな……え?ストックホルム症候群だって?ああ、もうそれでいいや」


独り言だ。

傷ついた自分を助けてくれた詩織への感謝の気持ちをただ呟いて、今の気持ちを再確認しただけだ。


「俺はお前が怖い!すっごくすっごくスッッッッゴォックゥ怖い!……でも、もう逃げられない状況なんだよぉお!」


助けられた思い出もあれば、恐れた思い出もある。

だが、今になっては関係ない。


自分が助かる願望。

詩織に恩を返す願い。

その二つを火種にして、心臓を熱く響かせる。


「今だけはお前の為に勇気を振り絞ってやる!」


折り畳み傘を握りしめ、血液が沸騰するほど身体を廻っている感覚をイメージする。

今この時の為だけに、自分と言う存在を使い切ろうと決意を固めた。


空想じゃない現実で。

コンテニューの効かない、ノンコンテニューで戦うのだ。


「お前を助けるのに能力も必殺技も必要ない!俺みたいなカス野郎で十分だ!」


主人公はいらない。

意思があればそれだけでいい。

モブだろうが、カスだろうが、雑魚キャラだろうが関係ない。


主人公なんてものは、最初は何処にでもいる一般人Aだ。

だったら、一般人Aである自分が主人公の代役になっても文句は無い筈。


「詩織!なんの力も持ってない俺が、お前を是が非にでも救い出す!」


そして爆走する。

飛び越え、ぶつけ、撃ち込み、踏み抜く。


主人公に至る前の一般人Aが、主人公らしい設定を持っていないモブ設定者が、そのちっぽけに持っている設定ものだけで立ち向かう。


だが彼が一般人Aだったのは、今や過去となった。

何故なら彼の願望は今、主人公が持つものだったからだ。



──お前を是が非にでも救い出す



これを一般人Aが言っていいのか?

いや、言ってはいけない禁句である。

故に設定をくつがえさせられた。

彼は今、一般人Aを超えた存在に成り得たのだ。



一人のヒロインを救う為に戦う『準主人公きゅうだいてん』に。



赤点あかてんだった彼は、ようやく及第点きゅうだいてんと至った。

一人のヒロインを救う為の、物語が開始された。


「でもやっぱり!もしこれで俺に何かあったら一生恨み続けるぞぉおお!!」


物語の中で締まりのないセリフを叫ぶも、彼の設定はもう覆らない。


だが及第点に至った彼が、平均点を勝ち取るのは遠い先だと考えてしまう。


だが、今はそれで十分だ。


今この時だけは、今の広樹以上の存在を用意させる必要は無いのだから。


「ぉぉおおおおおお!!」


辿り着き、強く抱きしめ、力を振り絞る。

ギチギチと音を鳴らして、肉塊に隠れていた上半身があらわになる。


服が少し溶解したかの様にボロボロだったが、そこには傷の無い少女の顔があった。


そして見てしまう。

最後の最後に障害が現れた。


詩織の右手にソレがあった。


「結晶?ぁぁあああもう!!詩織からいい加減に離れろ!!」


黒く光る結晶体。

詩織の右手と肉塊の繋ぎ目。


その正体が何なのかは知らない。

だが、それが詩織を縛り付ける存在であるならば、答えは既に自分の右手にあった。


「詩織を返せぇえええええ!!」


ッッッッッッッッッッ!!


乱発した銃弾が結晶体を撃ち鳴らす。

削れ、ひび割れ、破片が飛び散る。


そしてそれは、詩織の手から離れた瞬間、液体となって弾け飛んだ。


「ハァハァハァハァ!……今度こそ起きれるか?詩織」


床に倒れ、胸元に置かれた頭に視線をやって言葉をかける。


「…………」


「…………ハハ、もういい加減にしてくれよ。この寝坊助ねむりひめ


目覚めない少女に笑みを浮かべてしまう。


初めて誰かを強く抱きしめたが、心臓の音がこんなにも感じるとは、思いも寄らなかった。


「さて、これからどうしたもの──ッッ!?また何か起こるのかよ!?」


その異変にいこいの時間が即座に消える。

肉質の地面が突如と凝固し、次にボロボロとなって崩れ始めたのだ。

身体が地面に沈み込む前に、眠っている詩織を背中に担ぎ、そこから飛び退く。


「崩壊していく?……あれ?これってまさか……」


気づいてしまった。

改めて思い出した。


触手が詩織を守っていた事実。

それは此処にとって、詩織は絶対に欠かせない存在だったからだ。


その結果、詩織を失った此処の末路とは……


「チクショぉおお!最後の最後でどうしてこんな目に遭うんだ俺はぁあああ!!」


足場となった場所が崩壊する中、沈み込まない様に立ち回って辺りを見回す。


「ッ!?此処にいてもしょうがないよな!!」


瞳の先には崩れた肉壁がある。

その穴の奥に続く道に希望を託し、走ろうとする。

したが、


「ぉお!?あ、ごめん詩織!!」


おんぶの所為か、詩織の意識が無い所為か、太腿ふともものみを両腕で固定していることにより、詩織の胴体が背後に下がり落ち、踏み抜けた後のかかとで強打してしまった。


「これでも起きないとか、本当に大丈夫か?……とか言ってる暇じゃないよな!!」


かかとで蹴った事を棚に上げて、今は最善の姿勢を考えて詩織を持ち直す。


いわゆる、お姫様抱っこの姿勢だ。


「くっ!これしか無いんだから、我慢しろよ詩織!そして俺!」


恥ずかしくて死にそうだ。

だが、詩織をこの場に置いていく選択肢は持ち合わせてない。

今だけは全力を尽くすのだ。


「よっしゃ!とにかく突き進むぞ詩織!!今の俺は誰にも負けない自信がある!最後までお前を離さないで走り続けてやる!!」


晴れやかな顔。

生き生きとした声。

絶賛ハイモード。

恐怖を忘れて、現実を捨てて、思考も置き去りにして、身体を加速させる。


そこに折り畳み傘を残して、広樹は全力で走った。
















「鈴子ちゃんもそろそろ限界か…」


死にそうな表情をしながらも、鈴子は能力で攻撃を繰り返していた。


だが、群を抜いた持続力は、巨人の再生能力に敗北をきっした。


「そろそろ僕がやらないと…」


巨人は徐々に陸地を目指して進んでいた。

鈴子を無視して背中を向けて、自分の方向へと進み続ける。


「それにしても…」


解けない疑問が依然とあった。


「どうして彼は喰われた?彼だったら逃げるのは容易かった筈だ…」


仮想空間内の戦いと、合同任務の功績。

それらがあれば、あの場を凌ぐだけの実力は絶対にある筈なのだ。

だが彼は何もしなかった。


何もせず、ただ喰われた。


「一体どうして…詩織ちゃんに同情した?」


彼が彼女に恋愛感情があったとしたら、その理屈は通るかもしれない。

ショックのあまりに精神が壊されれば、あの場では動けなかっただろう。


「鈴子ちゃんとの関係も疑いの範疇はんちゅうだし……分からない事だらけだな……」


本当に謎が多かった。

だがその分だけ、彼が魅力的な存在に見えていた。


「色々と楽しみにしていたけど……とりあえず序列者としての責務を果たそうか」


拭いきれない気持ちはあるが、今は目の前の脅威に意識を向けるしかない。

あの巨人が陸地に侵入して仕舞えば、大きな被害がもたらされる。

だから此処で仕留めるのだ。


序列二位に至らしめた力で。


「まずは──っ!?」


それは突如と起こり、目を見開いた。


なんだアレは?

何が起こっているんだ?


「胸に穴が…」


胸が突然と弾け飛び、そこから有りっ丈の黒い液を放出する。

さらに変化は止まらず、巨人は徐々に黒色から灰色へと変色しだした。


「固まっていく?違う、崩壊か?」


巨人は助けを求める様に片手を伸ばし、身体は背後に倒していく。

そして活動は停止し、ただ崩れるだけの尸へと変化した。


「何が起こっているんだ?一体これは──っ、まさか!?」


一人の少年の姿が思い浮かび、心臓を高鳴らせる。

もしもこの予感が正しければ、とんでもない事実がそこにある。


「──ハハっ、ハハハハハハ!やった!やったんだね!この結果は僕も予想すらしなかったよ!!」


人体強化を成した瞳で、その光景を鮮明に捉えた。


崩壊し、所々が空洞になった黒い巨人。

それはまるで、巨人の形をした根っこの集合体。


そしてその根っこ上を走る一つの影。

崩れ続ける巨人の胴体を走り抜ける一人の少年がそこにいた。


「どうやったんだい!詩織ちゃんは確かに巨人へと変貌した!なのに何故そこに詩織ちゃんがいるんだ!」


興奮と疑問に満ち溢れ、声を高く伸ばす天乃の心は疾走する広樹に集約された。


崩壊する巨人と、広樹に抱かれている詩織。

そこには矛盾があり、到底理解が出来なかった。

だが目の前にある事実は本物だ。


広樹は詩織を抱きしめて走っていた。


「嗚呼!見ているか皆んな!見ているか戦闘学!彼は面白いよ!!」


見ている筈だ。

湖と巨人の光景を映し出す為に、能力を使って自分勝手の細工を施したのだから。


湖の上には大量のドローンが飛行している。

その一台一台には、戦闘学が開発した最新鋭のカメラが備わっている。


そしてそれは、広樹の姿を鮮明に捉えていた。


スタジアムと戦場を含めた様々の場所に設置されたモニター機器。

その全てに広樹の勇姿が映し出されているだろう。


「クールダウンかい?でも、君だったらなんとかするだろう」


戦闘力を使わずに、限界必死に走る少年の姿に心を踊らせ、天乃は手出しはしないと見守った。


これこそが、天乃の見たかった光景だったのだから。


「嗚呼、彼は本物だ」

















「ヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイ!?」


とにかく走らなければ終わる。

踏み抜いた場所から崩れていき、止まれば数百メートルの高さから紐無しバンジーをやる事になる。


え?下は湖だから大丈夫?

絶対に無理だから!素人がこの高さから飛び込んだら全身骨折であの世にダイブは免れない!


「上に向かって走り続けるとか、なにこの絶望スパイラル!!」


下へと向かう為に進んでいたが、崩れていない道を辿れば何故か坂道が続いている。

不運にも、頑張って走った分だけ、恐怖は大きくなる一方だった。


「いっそ此処から落ちるか?絶対無理だ!確実に死ぬ!」


一秒でも延命したいと言う気持ちが勝り、とにかく走る。

ただ必死に、がむしゃらに、汗を流して死ぬ気で走る。


「てかドローンが邪魔だ!なんでそこら中に飛んでるの!」


監視カメラよろしく。ドローンが周囲に飛び回っていた。

正直うざったいの一言に尽きるが、轟音を響かせて落下する破片に撃墜される機体もあって、可哀想にも見えた。


「くっ!?おい詩織ぃい!ゴホォッ」


咳き込みながら、胸の中で眠っている少女に声をかける。

だが詩織に目覚める気配はなかった。


「起きろ!じゃないと起きた時にはあの世だぞ!」


詩織には人体強化がある。

それを使えば彼女はとりあえず助かる。

そしてあわよくば、


「お前が飛び込みサポートをしてくれれば助かる可能性が跳ね上がる!お願いだから起きてくれぇえ!!」


正しい姿勢で着水すれば、生存率は大きく高まる。

つまり、詩織の協力が自分の生命線を強く握っているのだ。


「ヤバイヤバイヤバイ!?おい!そろそろ本当にやばいぞ!?」


遂に終点が見えてしまう。

巨人が斜め上に伸ばした右腕の最奥。

その指先に辿り着いてしまったのだ。


「ああもう!世界記録達成だ!死ぬ気で飛んでやるよぉお!」


吹っ切れた意思を叫び散らして、身体を加速させる。

もうヤケクソだと、限界必死の全力疾走。

地獄への一本道にひたすら突き進んだ。


そして遂に、


「いっっけぇえええええええええええ!!」











少年は思いを叫んで空を飛んだ。

そして待っているのは、重力の法則に従った絶叫降下だった。


「ぁぁぁぁぁぁあああああああああ!?」


激しい空気抵抗に晒されながら、ただ真っ直ぐに水面へと落ちていく。


そしてその胸の中には詩織がいた。


離して仕舞えば詩織は適当な姿勢で着水してしまう。それは駄目だ。だから庇うのだ。

自分の胸元で詩織の頭を包み込み、出来る限りの力で抱きしめる。


「くっっ……何やってんだ…俺は」


「…………」


「絶対に痛いよな……我慢だ……」


頭から真っ直ぐに飛び込もう。

そうすればたぶん死ぬ事はない。

その可能性を信じて、真下の水面を見た。


「やっぱり俺って……ついてないな……」




──ギリギリ……セーフ……良かった……




誰かがそう思い、力を行使した。


「は?──っ!?」


最後に見えたのは、白く発光する着水地点。

着水する瞬間に瞼を閉じ、それ以降からは何が起こったのか分からなかった。


ただ分かるのは、身体に痛みが無かった事だ。

そして頭に柔らかい感触があった。


(何が起こって……?)


恐る恐ると目をゆっくりと開く。

身体に感じる感触は違うが、確かにそこは水中だった。


鼻から空気を出せば、泡が目の前に広がりを見せる。

じゃあ何故身体に痛みを感じなかったのか。


(どうして……っ!?)


その答えは、頭を包み込んでいる感触にあった。

抱きしめられた首を回して、その正体に瞳を向ける。

そして、






(────葉月?)



分からなかった。

どうして彼女が此処にいるのだ。

何故、彼女に抱きしめられているのだ。

そう思っている最中、葉月はゆっくりと動きを見せた。


頭に巻いていた両腕を離し、ゆっくりと距離を空ける。

そしてスゥと、自分に向けて手のひらを差し出した。


──、──、────


何かを伝えて、そしていきなり、


「ッッブォォオオオオオオ!?」


突如と強い重力に襲われて、身体は浮上を開始。

最後に見えたのは、小さく手を振る葉月の姿。


そして数秒も経たずに、身体は謎の力によって、空に打ち上がった。


「ちょっぉおおおおおおおお!?グヘェぇえ!?」


詩織を庇って背中を打ち付けたのは、残骸となって水面に浮かんでいた客船の広い木床。


背中に強い痛みを感じながらも、胸に抱きしめていた詩織に怪我が無い事を確認して、ホッと息を吐き出した。


そして疲れがドッと身体中に駆け巡り、強い眠気に襲われる。


「ハハハハ……ほんと……何やってんだろ……」


安心感に浸り、緊張と恐怖から解放され、ようやく終わったのだと、そう信じたい。

読んでくれてありがとうございます!

久しぶりに広樹の活躍が書けました!

ぜひ!これからも読みに来てください!

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