8話 接触
駅前のカラオケに着いた俺は、深く息を吐く。
そう、俺は緊張しているのだ。
だって、人生初カラオケなんだよ?
しかも、伊藤さんの目の前。
絶対に失敗出来ない。
しかし、この事態も予測して、修行中にボイトレと流行のJpopなどを学んだ。
だから、準備は万全だと言える。
そして俺は、カラオケ店に入った。
廊下を抜け、少し開けた所に出ると、レジとドリンクバーがある空間に入った。
そこには、嬉しそうにメロンソーダ注いでいる、伊藤さんの姿があった。
ーー伊藤さんだ
俺は、緊張しながらも伊藤さんに声をかける。
「あっあの、………………」
未だに伊藤さんに話し掛ける事に緊張して、声が強張る。
お陰で、コミュ障の様になってしまった。
しかし、そんな事に気が付いていないかの様に、伊藤さんが俺に気が付き、声をかけてくれた。
「あっ!たしか~……そうっ、松田君だよね?」
くぅぅっっわっっ!!
可愛いなぁっ!
伊藤さんによって、脳をお花畑にされてしまった俺は、無意識に言葉を紡ぐ。
「おっおう、皆は何処の部屋にいるの?」
すると、コップにストローを差し込んだ伊藤さんがにこりと笑う。
「え~と、203号室だよ。私、伊藤 桃花って言うんだ。よろしくね!」
知ってます。
知ってますとも。
しかし、知ってるよと言ってしまうと、ちょっとキモい気がするの止めておく。
「へぇ~、そうなんだ。じゃあ行こ、伊藤さん」
「うんっ」
こうして、俺達はルームに向かった。
はぁ~幸せだ。
こうやって、今歩いているときも、伊藤さんの横顔を見ることが出来る。
最高だ!
そんな俺の視線に気が付いたのか、伊藤さんが首をかしげる。
「んっ?どうかしたの?」
反応がいちいちかわいいんじゃあ!
そう悶絶しながらも、言葉を返す。
「いやっ、何でもないよ?」
そして、ルームに着いた。
伊藤さんが何の躊躇いも無く、ドアノブを捻る。
よっしゃ!
俺も気合いを入れ、リア充への扉を開ける。
すると、中から歓喜の声が聞こえて来た。
「おっっ!桃花ちゃん戻ってきた!!」
桃花ちゃんだと!!??
「よっしゃ!一緒に歌お~」
やっやめろ!
「キャーー、松田くんだ!」
へ?
そんな感じで、ツッコミも追い付かない量の叫び声が聞こえた。
ー何人いるんだ?
そう思い、数えようとしたが、誰かが、俺をソファーに無理やり座らせようとしてきたので無理だった。
恐らく、10人は軽いだろう。
すると何処かの女子が叫ぶ。
「私、松田君の歌聞きたいー!!」
すると、それに便乗するように他の女子も叫ぶ、
「私もーーーー」
それに触発され、収集は不可能。
俺は渋々ステージにたった。
「何歌う?」
一人のギャルが訪ねる。
しかし、俺は最近の曲ならすべて歌えるし、何が歌いたいとかは無いので、ランダムにお願いすることにした。
すると流れて来たのは結構、表現が激しいラブソングだった。
もちろん歌えるけどね。
俺は、緊張しないように、伊藤さんを見ずに、カラオケの歌詞に集中した。
「キャーーーーーー」
「カッコイイイ」
「ヤバ、松田超うまいw」
歌を歌い終わり、目を開くと、そんな叫び声が聞こえてくる。
ーーやった!成功か?
俺は、達成感に浸ったまま、伊藤さんの所に向かう。
すると、伊藤さんはびっくりした様な表情で俺を見つめていた。
「すごい!!すごいよ松田くん!もう、感動しちゃった~」
そう言われ、俺まで感動しちゃった事を知らない伊藤さんは、両手を前に出してきた。
……これは、ハイタッチか?
「ありがとう!嬉しいよ」
そう言って、俺はハイタッチをした。
その瞬間だった。
カラオケ機からのリズミカルな音と共に、伊藤さんの柔らかい手が、俺の手のひらを包み込んだ。
「すごいっ、すごいすぎる!!99点だよっ見たことないよこんな点数!!」
そう言って、俺の手を掴みブンブンと振り回す伊藤さん。
今の俺に点数なんて、どうでも良かった。
ただ、俺は感じていたかったのだ。
伊藤さんの柔らかい手のひらを。
カラオケ後半はもう覚えていなかった。
伊藤さんの手を握れた事で、本当に記憶が曖昧だ。
あっ!もう一つ覚えている。
そう、カラオケの最後で、皆で連絡先を交換したのだ。
つまり、俺は伊藤さんの連絡先をゲットしてしまったんだ!
むふふ、これからが楽しみだ。