4話 オワコン
誰かに起こされる事もなく、俺の目蓋は自然に開いた。
まだ、目覚まし時計がなってないとすると今は何時だ?
俺は重い体をゆっくりと起こし、ベッドの木枠に寄りかかった。
手探りで目覚まし時計を探すが、中々見つからない。
「……あれぇ?目覚まし時計は……?」
寝ぼけたままベッドから抜け出して、部屋の電気をつけようとドア付近のスイッチまで歩み進めた瞬間、俺の右足に激痛が走った。
「いったああっっ!!」
え?
なんなんだ?
俺は暗闇の中、右足に激痛を与えた原因となる物体を拾い上げる。
「……時計かよぉ~」
てか、なんでこんな所に時計があるんだ?
確か昨日、アラームを6時にセットして……
「今……何時だ?」
俺は目を凝らして、時計の針を見つめる。
…………8時……半……
「入学式が8時半からだから……」
……
やっちまった……
オワタ。
完全にオワタ。
俺は首席で合格していたため、入学式で新入生代表の挨拶をしなければならなかった。
恐らく、どんなに急いでも挨拶には間に合わないだろう。
自業自得ではあるが、こんな不甲斐なさ過ぎる自分にため息が出る。
「取り敢えず学校行くか…………」
俺は、速攻で準備して家を出た。
ちなみに、トーストをくわえた伊藤さんと曲がり角でぶつかることはなかった。
トーストをくわえた伊藤さんとぶつからなかった俺は、何のハプニングもなく学校に到着した。
学校までの道のりにサクラが咲いていて、春を感じさせてくれる。
俺は、校門を抜けてクラス表の前に立った。
指を指しながら、何百人と居る中に自分の名前を探す。
「えぇっと~、俺のクラスは1ーAか……」
伊藤さんがどこのクラスかも確かめたい所ではあるが、今は急ぎだ。
俺は校舎の中に入ると、靴を履き替えて自分のクラス(1ーA)の前に直行した。
ドアの前に立つと、クラスの中から楽しそうなガヤガヤした声が聞こえてきた。
自己紹介でもしてるんだろうか……?
ヤバいな~、めっちゃ緊張する……
なんて言って教室に入ればいいんだろう?
パシリの時は、いっつも無言だったし……
俺は一息つくと、意を決して教室のドアを開けた。
「遅れました……松田です」
瞬間、賑やかだった教室はシーンと静まり返り、クラス全員の視線が俺に突き刺さった。
めっちゃ見られてる……
なんかミスったか……?
そう思った瞬間、クラスがどよめいた。
歓喜に満ちた表情で、胸を踊らせる女子達。
呆気に取られ、固まって動けない者。
表面には出さないが、嫉妬に身を焦がし、殺意を圧し殺している偽善者・・・……。
教室中に様々な歓声が飛び交う中、時が止まったかの様に一人の少女を見つめている少年がいた。
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俺が教室に入った瞬間、全員から向けられた視線の中に、一際輝いて見える少女を見つけた。
俺は、一度目が合ったその少女から視線を外す事が出来なかった。
胸が熱くなるのを感じた。
心臓の音で他は何も聞こえない。
手は震え、とてつもなく胸が痛い。
俺の心の底に眠っていた感情が一気に溢れだす。
暗闇の中にいた俺に、唯一手を伸ばしてくれた存在。
絶望の底から、一筋の希望を与えてくれた存在。
どんなに辛い修行も、彼女の事を思い出せば苦にもならなかった。
俺の心の支えであり、初恋の人。
「…………伊藤さんだ…………………………」
俺の瞳から、涙がこぼれ落ちた。