2話 散髪に行こう
今、俺の腕を掴んでいる少女は、学園の誰もが知っているであろう人物、伊藤 桃花さんだ。
艶やかな黒髪のロングヘアーにパッチリとした二重。
肌は雪のように白く、胸はダイナマイトだ。
そんな彼女が俺の腕を掴んでいる。
「どうして……おっ俺なんか」
女子の前で泣きじゃくる。
そんな哀れな俺に伊藤さんは優しく話しかけてくれた。
「んー、悲しそうな顔してたからかな?泣いちゃう位痛かったんでしょ?」
俺はしゃべる事なく、ふるふると首を横にふった。
「ふふふっ強がらなくてもいいんだよ、・・・ハイッ、これで大丈夫」
そう言って伊藤さんは俺の頬に絆創膏を張ってくれた。
ありがとう……そう言いたかったけれど、涙と嗚咽で声がでない。
「じゃあねっ、松田 拓未くん」
そう言って伊藤さんは立ち上がって走り去っていった。
名前、覚えてくれてたんだ……
その後、神崎に「遅い‼」って言われてぼこぼこにされたけど痛くも痒くも無かった。
その日俺は決心した。
こんなやつに負けない位自分を磨いて、伊藤さんと付き合ってやろう!ってね。
~現在~
「はぁ~入学式か……大丈夫だよな、俺」
トレーニングを終えた俺は山小屋に入り、シャワーを浴びる。
3ヶ月前、俺は自分を磨く為にこの山に来た。
家はお金だけは有ったからトレーニング用具や食糧に困る事は無かったがしばらくの間、髪を切っていなかった。
「受験の時、髪切っとけば良かったな~」
受験の時に一度しか街に降りていなかったから、既に髪は肩位まで伸びていた。
ちなみに、俺が受けた高校は私立長沢北高校だ。
勿論、伊藤さんも受けている高校だ。
どうやって調べたかって?
……まあ、いいじゃないそんなこと。
そして、俺は無事にその狭き門を通る事が出来たのだ。
首席でね。
「よし!髪を切りに行くか」
そう呟いて、俺は山をおりていく。
「は~久しぶりだなぁ……」
山を降りてきた俺は、久しぶりの街に少々感動してしまう。
前髪が延びすぎていてあまり目の前が見えないが、俺は歩道を歩き、近場の美容院に寄った。
「いらっしゃいませ~」
若い女性の店員さんが話しかけてきた。
俺は修行中に身に付けたコミュニケーション能力によって、問題なく人と会話が出来るようになっていた。
「こんにちは~、受験勉強中ずっと髪をきってなくて……髪型はおまかせします」
「はーい、わかりました、こちらへどうぞ」
あれ?髪が伸びすぎてて、嫌な顔されると思ったんだけどな~
まぁプロって事なんだろう。
俺は案内された椅子に座ってカットしてもらう。
なんだろう?
まったく緊張しない。
昔なら、若い女性にカットをしてもらうなんて、とてもじゃないが無理だった。
しかし今は全く緊張しない。
目の前に映る美容師さんの話にも無理なく答えられてるし、たまに目が合っても微笑みを返せる位に余裕がある。
自信がついたって事なんだろうか?
そんなことを考えているうちにカットは終わっていた。
髪はばっちりセットされていて、これを明日からもセットしないといけないとなると少々めんどくさいな……
俺はお金を払って帰ろうとする。
すると店員さんが慌てて近付いてきた。
何だろう?
「あっあの、これ!」
そう言って俺に一枚の紙切れを渡してきた。
既に店員さんは目の前にいない。
俺は紙切れを開いて文字を読んでいく。
「また、来てね!090……」
なにっ!!
電話番号だと?
これが、逆ナンか?
いや、お客様全員に渡している可能性がある。
落ち着け、俺には伊藤さんがいる。
うん、大丈夫。
俺が心を落ち着かせると、自宅までの帰路についた。
すると、その途中で、オシャレな男の人に、声をかけられた。
「ねぇ~君、カッコいいね、モデルやってみない?」
独特な喋り方に戸惑いながらも、必死に対応しようと口を開く。
「ええっと~」
俺が戸惑っている中、男の人はどんどんこちらに詰め寄って来る。
「大丈夫、大丈夫一枚写真とるだけだからさ~」
本当に大丈夫だろうか?
詐欺?いや写真一枚取るだけって言ってたからな。
俺は勝手に納得し、
「じゃあ、はい大丈夫です」
そう、返答した。
「おっいいね~、まじサンキュだわ~」
チャラそうな男の人は俺を撮ると満足そうに帰っていった。
なんかの雑誌に載るって言ってたけど……何だっけ?
まぁいいか、かえろ。
帰宅中に沢山の視線を感じたが……髪、似合って無いのかな?
家に到着した。
久し振りに見たわが家は、とても広く見える。
無駄にでかい家だなぁー
俺は久しぶりに帰る我家にそんな感想を持った。
……確か、入学式前は母さんと父さん帰ってるって言ってたよな~
俺の母親と父親は二人ともエリートとして商社務めである。
したがって、いつもは海外を転々としているらしい。
俺も最後に会ったのは、中2の終業式何だがな……
「別にどうでもいいか……」
俺は久しぶりに握ったカギを握り、ドアを開けた。
「ただいま~」
あっ母さんだ。
俺と母さんは玄関先で鉢合わせして目を合わせる。
あれ?
どうしたのかな?
なにも言ってこない……
「あの……どうしたの?」
俺がそう呼び掛けると、母さんは呟いた。
「……えと、すみませんがどちら様ですか?」
え?