1話 くっころ
静寂に包まれた森の中、一人の少年が粛々と腹筋運動に勤しむ姿があった。
その少年の肉体は、既に完成されたと言っても良い程にしなやかなだった。
その少年の黒髪が揺れる度に、汗が滴り落ちる。
「きゅうひゃくくうじゅうくうっ……せんっっ!!」
…………やっと、終わった。
まだ10セットしかやってないけど、明日は高校の入学式だしもう止めとくか……
「長かったな~この3ヶ月間」
そう、俺は3ヶ月間この誰もいない森で修行に勤しんでいた。
学校にも行かず、ただ無心に自分磨きに全てを捧げた。
何故かって?
単純なことだ。
俺は恋をしてしまったんだ。
~3ヶ月前~
「おい、そこのデブスっ!今すぐジュース買ってこいや!!」
金髪の少年が、一人の少年を怒鳴り付ける。
「……はい、分かりました」
俺はそう呟くとドアを開け、廊下に出ようとする。
その瞬間、右頬に衝撃が走った。
「もっと嬉しそうにしやがれや!この神崎 祥也様がお前をパシってやってんだぞ!!?」
古傷が裂けて血が溢れだしてくる。
…………もう…………止めてくれ…………
俺の瞳から、涙が溢れ出す。
もういっその事、先生にチクってしまおう。
今すぐにでも、殴ってやろう。
そう思った事なんて、何度もあった。
でも、できなかった。
そう、しなかったんじゃない。
出来なかったんだ。
何故かって?
それは、チクったりすれば、今の状況を改善する事は不可能で、今よりも、もっと悪い状況になってしまうからだ。
神崎には、表と裏の2つの顔がある。
一つ目は、優等生としての表の顔だ。
神埼は、先生や女子、スクールカーストの高い男子の前では、イケメン、運動神経抜群、成績優秀という、優等生の皮を被っているのだ。
そして、二つ目の顔こそ、神埼の本性である、苛めっ子としての顔だ。
だから、先公に言ったって俺のようなデブで凡人の言う事なんて信じてくれない。
だから、言えなかった……
「ごっごめん……」
俺は、流れた血を拭きながら頭を下げる。
「ちっ、もいい……はやくいけよ」
その、返事を聞いた後、俺は顔を上げ頷く。
「うん」
俺はその場から立ち去り、自動販売機までダッシュで向かう。
涙が溢れるのも、頬から滲み出る血も気にせず走った。
俺は泣きじゃくりながら自動販売機にお金を入れ、コーヒーのボタンを押す。
ピッっと音がなる瞬間に声が聞こえた。
「どっどうしたの?怪我してるよ…………痛くない?」
「えっ」
確かに声がした。
俺に話しかけたのか?
……そんなはずはない。
だって神崎から目を付けられてから一年間、誰からも声を掛けられた事なんて無かったのだから。
気のせいだと思い、俺はコーヒーの缶を手に取ろうとした。
その瞬間、白く艶やかな手が俺の腕を掴んだ。
「大丈夫……?痛くないの?」
え……?
俺はゆっくり手の伸びる方に顔を向ける。
そこに居たのは……
「いっ伊藤さん……」
この瞬間、俺は伊藤 桃花さんに恋をした。