【第93話】真昼の決闘!
「何を、手伝えばいいんでしょう?」
地中からの不意打ちは、知っていたから防ぐ事が出来た。だが、まともに戦う中で、自分が役に立てる事などあるのだろうかと、ミリアムは思った。
「氷結の魔法は使えるかい?」
それは、ワイアットたちを助ける為に使った魔法だった。
「はい」
「そうか、ではそれを連続で維持する事は?」
つまり、キャスケードウォールのように、発動後も魔力を流し続けるという事だ。
ミリアムはちょこん、と頷いた。
「出来ると思います、そんなに長くは無理ですけど……」
魔力回復薬で回復できる魔力は、精々3割程度、辛うじて魔法を使えるというレベルでしかない。
「十分だよ、君に無理をさせるつもりは無いからね」
シリューは人造魔人の左胸を指差す。
「やり方はこう。出来るだけ範囲を絞って、奴の胸、丁度心臓の部分を凍らせてくれ。それで再生の速度が落ちる筈だ。同時に僕が、穴を開けて奥にある魔石を壊す、いい?」
「はい」
ミリアムが理解したのを確認して、シリューは数歩横に移動する。お互いの射線が交わらないようにする為だ。
「では、いくよっ! ガトリング!!」
「静寂を貫く凛冽たる凍気、清き鈴音の誘いにより、白銀へ連なる扉をひらけ。コンジェラールっ!!」
呪文を唱えた直後、ミリアムは目の前に突き出した両掌を、上下に向かい合って広げ、その間隔を顔の大きさ程度に閉じる。そうする事で、氷結の魔法の効果範囲を出来るだけ狭くする。
「ん、くっ……」
ミリアムは眉根を寄せ、喘ぐような声を漏らす。範囲の調整にかなりの集中力を要し、魔力の消費も激しい。思ったより長くは持ちそうになかった。
弾丸の掃射により、穿たれた穴が再生する前に凍りついてゆく。更に、凍りついた部分を弾丸が破壊する。怪物の再生能力も完全には止まっていないが、徐々に穴は深くなる。
「もう少し!!」
人造魔人の胸に空いた穴の奥に僅かに魔石が覗き、金属の弾丸を跳ね返した。
だが、その刹那、
「ご、ごめんなさ、い……私、もう……」
魔力が枯渇し、魔法を維持できなくなったミリアムが、がっくりと崩れ落ち同時に氷結の魔法が途切れる。
「ありがとう! 後は任せて!!」
シリューはガトリングを維持したまま剣を構え、ミリアムの視線を遮る位置に入り、人造魔人へと突進する。
「コンジェラール」
シリューが小さな声で呟く
ミリアムの魔法を見た事で、たった今覚えた氷結魔法。
イメージは、凍り付き、ガラスのように砕ける薔薇の花。
氷を押し破り、瞬く間に半分程再生された穴が、今度は完全に凍りついた。
【氷結魔法コンジェラールが変化しました。凍結魔法アブソリュート・ゼロを発動しました】
絶対零度によって、完全に凍結した部分を弾丸が抉り魔石が覗く。
「さあ、ハイヌーンだっ!!」
シリューは空中へジャンプして身体を捻り、翔駆の足場をスターティングブロックに見立て、全力で蹴り出す。激しい爆音を伴い音速近くまで加速、一気に人造魔人へと強襲する。
人造魔人の踏み込んだ足で地面が爆ぜ、その超高速の拳がシリュー迎え撃つ。
常人で捉える事の出来る領域を遥かに超えた瞬間の攻防。
シリューは、人造魔人の拳より僅かに早く、その全速の剣を剥き出しになった魔石へ叩き込んだ。
「ゲェァアアアアアアッッッ……」
剣に貫かれた魔石が、人造魔人の背を突き破り、そして砕けた。
シリューは剣を引き抜き、ゆっくりと数歩下がる。
「グシャャャアアア」
魔石を砕かれた人造魔人は、悲鳴にも似た叫び声をあげ、苦しそうにもがきながら、仰向けに倒れる。
痙攣を繰り返すその異形の躰は、やがて完全に動きを止め、色を失い、まるで燃え残った灰のようにほろほろと崩れ落ち、通り抜ける風に運ばれ無へと帰ってゆく。
シリューは、日に照らされた石畳の上に、砕けて散った魔石を見つめた。
遺体さえ残さずこの世から消え去った男の、それはまるで人生の痕跡。
「……お前は、それで満足だったのか……?」
何故そんな言葉が漏れたのか、シリューは自分でも分からなかった。
もしかすると、自ら滅びの道を選んだ男への、せめてもの手向けだったのかもしれない。
それとも、シリュー自身が選ぶ未来への、戒めなのか。
「……さて、と」
シリューは、砕けた魔石の欠片を集め、ポケットから取り出したハンカチに包む。
昼間とは思えない程の静寂の中、シリューの靴音だけが響く。
「すまないねお嬢さん、随分無理を押し付けてしまったようだ」
ミリアムはそっと顔をあげ、声の主を見つめた。
「いえ……そ、そんな」
マスクとフェイスガードで顔は完全に隠れているものの、一瞬きらきらと涼しげな笑顔が見えた気がして、ミリアムはすぐに顔を背けた。
「ところでこの魔石、いろいろと調べてほしいんだけど、どうすればいいかな?」
「あ、それなら、私が神殿にっ……んっ」
ミリアムは包みに手を伸ばし立ち上がろうとしたが、足に力が入らずへたり込んでしまった。
「おっと」
そんなミリアムを、シリューは倒れる前に抱きとめる。
「大丈夫?」
「は、はい……」
当然ながら、その男がシリューだとは気づかないミリアムは、恥ずかしさに頬を染める。
「あの、お嬢さん? 今からこの魔石を神殿に持って行くけど、一緒に来て説明するのを手伝ってくれるとありがたい。いいかな?」
「……それって、さっきみたいに?」
シリューはゆっくりと頷いた。
「わ、わかりました」
暫くはもじもじと逡巡していたミリアムだったが、意を決して顔を上げた。自分では立ち上がる事も出来ない、恥ずかしくても今はそれが一番合理的だろうと思った。
「では、失礼」
シリューが横抱きに抱き上げると、ミリアムはひゃう、と小さく声をあげ、両手を胸の前で結んだ。
「ゆっくり行くから、怖かったら目を閉じて」
ミリアムは何も言わず、ぎゅっと目を閉じる。
少し震えているのは、怖いからだけではなく、見知らぬ男に身を任せている警戒心もあるのだろう。
シリューが一歩踏み出し、踏み込もうとした時。
「ちょっと、なあ、ちょっと待ってくれ! お前さん一体何者なんだ!?」
ワイアットが、膝に手をついて立ちあがり叫んだ。
面倒くさいな、とは思ったが、此処で名乗っておかないと、また中二的な二つ名を付けられるかもしれない。それは勘弁してほしい。
「アリゾナ……アリゾナ・コルト」
シリューは咄嗟に思いついた偽名を口にした。
「別に、覚えておかなくて結構だよ」
ワイアットはまだ何か言いたそうだったが、シリューは無視して空へ舞いあがった。
「アリゾナ・コルト? 絶対偽名だろ……」
飛び去る2人を眺め、ワイアットはぽつりと呟いた。
「さあ、着いたよ」
神殿の上空で停止したシリューは、中庭らしき場所に何人かの神官が集まっているのを確かめて、少し離れた所にゆっくりと降りた。
「貴方は? おや、ミリアムではありませんか」
白髪混じりの長い髪を後ろで束ねた初老の神官が、抱えられたミリアムに気付いて声を掛ける。
「ジャンパオロ神殿長……」
ミリアムは所在無げに俯いた。
「神殿長さん、こんにちは。このお嬢さんが、怪物を倒すのに魔力を使い果たしてしまって、動けないんです」
ジャンパオロが、傍に立つ神官の1人に何やら小声で指示を与えると、その神官はさっと踵を返し、建物の中へ駆けて行った。
「暫しお待ちを。ところで、貴方は?」
「ええ、っと……」
言いあぐねているところを見かねて、ミリアムが代わりに応える。
「危ないところを助けて頂きました。この方があの怪物を倒してくれたんです」
「お嬢さんの協力があって、ですが」
シリューはミリアムを抱いたまま、軽く頭を下げた。
「そうですか、騎士団や官憲隊も苦戦していると聞いていましたが……貴方が……」
ジャンパオロは穏やかに目を細め、シリューの姿を精察するように眺めた。
「どなたかは存じませんが、この街の人々に代わってお礼を申し上げます」
そして深くゆっくりと頭を下げる。
「いえ、お礼には及びません。たまたま通り合わせただけですから。それより調べてほしい物が……」
シリューは魔石を包んだハンカチを、ミリアムに回した左手に取り出し、ジャンパオロへ掲げた。
「それは?」
「怪物の魔石です。人造のものらしく、魔力と瘴気を取り込む事で、人や動物を魔物にする効果があります」
ジャンパオロはここで初めて驚きの表情を見せ、その細い目を見開いた。
「……まさか……魔族……」
以前から、魔族が人工的な魔石の研究をしているとの噂はあった。実際に目にするのは、ジャンパオロも初めてだったが。
「ええ。おそらく、これを作ったのは魔族でしょう。ランドルフは魔族と繋がっていたようですから」
転移魔法陣の事もあり、まず間違いないだろうとシリューは確信していた。
「少し、きな臭くなってきましたね。エルレインで勇者召喚が行われて半年。ソレスでの災害も、魔族が絡んでいるとの噂もあります。大災厄を前に、魔族の活動も活発化しているのかもしれません」
そう言ってジャンパオロは包みを受け取る。
「まだ、魔力と瘴気が残っていますので、十分お気をつけて」
「分かりました。これは、責任を持って調べさせて頂きます」
ジャンパオロの言葉にシリューが頷いた時、建物の中から担架を持った神官たちが駆け寄ってきた。
「さあ、ミリアムを治療院へ運んであげて下さい」
ジャンパオロが指示し、神官たちが担架を地面に置いた。
シリューはそっと、ミリアムを担架の上に寝かせる。
「じゃあねお嬢さん」
そう言ってやにわに立上り、すっと背を向ける。
「あ、あのっ。ありがとうございましたっ」
ミリアムは片肘をつき、半身を起こしてその後ろ姿に向かい、ちょこんと頭を下げた。
シリューは振り返る事なく右手を振り、そのまま空へ舞い上がった。
風魔法による飛翔より、遥かに早い速度で空を駆ける姿に皆が驚愕する中、ミリアムだけは、何故か戸惑うような面持ちで見つめていた。
因みに。
マスクにも特殊効果が見つかった。
【ブライト:陽気になる】
「だから、なにその要らない効果!! それでテンションおかしかったのかっっ!!!」




