【第92話】銀の髪の英雄
「ああ、すまないね神官のお嬢さん。でも、此処にいると巻き込まれてしまうよ」
腰に届く美しい銀の髪を、きらきらと風になびかせ男が振り返る。
白を基調に、碧いラインと金で縁取られた、テールコート調のスーツに身を包み、双剣を手にした優雅な立ち姿。
首元から顔を覆うフェイスカバー。シルバーメタルのマスクが、日の光を受け宝石のように輝く。
「だ……だれ……?」
ミリアムは不躾にも思わず尋ねてしまった。
「名前は、そうだね好きに呼んでくれて構わない。それよりも、さあ」
行きなさい、と男が手を向ける。
「ダニエル、ここをまっすぐ行けば、ハリエッタさんがいるから、止まらずに走って!」
ダニエルはうんうんと何度も頷き、ごめんなさいと呟いて立上り、ミリアムの言いつけ通り振り返らず一心に走って行った。
「さあ、お嬢さん、君も」
ダニエルを見送ったミリアムは、傍らに立つ男を振り向き見上げた。
「あのっ、魔力を使い過ぎて……もう……」
最期の力を振り絞って此処まで走ったミリアムには、もう立ち上がるだけの体力が残されていなかった。
「ああ、なるほど。それは僕の配慮が足りなかったようだ」
「危ないっ後ろっ!!」
ミリアムが叫ぶ。
怪物が左腕の1本を構え、振り下ろしてきたのだ。
「全く礼儀知らずだね、まだ話してる途中だよ?」
だが男は振り返りもせず、左の剣で事もなげに止めた。
「それに頭も弱いのかな? 4本同時に攻めていれば、何とかなったかもしれないのに」
男は怪物の腕を軽く弾くと、風のように間合いを詰め、その腹に回し蹴りを入れる。
「グゴァァァ」
3m以上もある怪物が、まるで風船のように浮上り苦悶の叫びをあげて転がる。
ミリアムは目の前で起こる信じられない光景に、全身の力が抜け、ぺたんっと腰を落としてし両手をついた。
「ああ、お嬢さん……」
歩み寄った男が、申し訳なさそうに口ごもる。
「その、何と言うか、足を閉じて、スカートの裾を直した方がいいと思うよ」
「え?」
視線を落とし、ミリアムは自分の姿を確認する。膝を立てたまま、両足を開いている。更にスカートは、太腿の付け根付近まで捲れ上がって……
「みぎゃああああ!!!」
慌てて足を閉じ、スカートを押さえるが、既に遅い。確実に、しっかりと、見られてしまった。
「すまない、少し急いだ方がよさそうだ」
背後で、怪物が起き上がろうともがいている。男は失礼、と声を掛けミリアムをそっと抱き上げた。
「ふぇ?」
「少しの間我慢して」
そう言って男は宙に舞い上がり、100m程離れた場所に着地し、抱き上げた時と同じように、優しくミリアムを降ろした。
「さて、今度こそケリをつけますか」
男は銀の髪をなびかせ、再び戦場へと戻って行く
「あ……」
混乱してお礼も言えなかったミリアムは、伸ばそうとした手を止め、ただ静かに見送った。
戦場に舞い戻ったシリューは、再び怪物と対峙する。
「憐れだね、人生の最後がそんな姿なんて」
誰かに利用されたなれの果て。
「ま、同情する余地はないけど」
すべてはメビウスの言った通り、この男が自分で選択した道の結果だ。
「なあ、お前さん一体誰だ?」
声のした方を見ると、少し離れた位置でワイアットが膝をつき、肩で息をしている。
「ああ、おっさんは邪魔だから、さっさとあっちへ行ってね」
シリューはしっしっと手を振って、冷めた声であしらった。
「おいおいっ、嬢ちゃんとはえらく違うじゃないかっっ」
シリューは何も答えず、怪物に向き合った。時間の無駄だ。
「無視かっっ!!」
ワイアットが何か喚いているが、シリューは完全に無視する事にした。今はそれよりも、目の前の元ランドルフだ。
【解析を実行します】
種族 人造魔人
固有名 不明(生存時ランドルフ)
魔力 不明
魔力量 不明
スキル 不明
特殊技能 超再生
状態 死亡
「人造魔人? って誰かが作ったって事か?」
それに状態が死亡となっている。つまり目の前の怪物は、事実上死体という事だ。
色々と疑問が噴出するが、
「とりあえず、後回しだな」
「グルァァ!!」
元ランドルフの人造魔人が、唸り声を上げて背中の棘を振るう。
「早撃!」
襲い掛かる8本の棘を、次々と撃ち落とす。だが、即座に再生して攻撃を繰り返してくる。
「ガトリング!!」
毎分6000発の弾丸が怪物の身体に無数の風穴を開ける。
しかし、めり込んだ弾丸が体の中から押し出され、瞬く間に傷を塞いでゆく。
「それならっ、フレアバレット!」
ラグビーボール大の白炎が尾を引いて飛び、人造魔人の頭を焼き尽くす。
「どうだっ」
僅かによろけたものの、人造魔人は4本の腕を力の限り振り降ろす。
シリューは翔駆で瞬時に後ろへ逃る。衝撃波を伴った爆発音が響き、今までシリューが立っていた地面が爆ぜ、クレーターとなる。
「あ、あれはやばいな……」
さすがに今のをまともに喰らったら、怪我では済まないだろう。
「あいつ、頭を潰しても死なないのか、いや死んでるけど」
すでにその頭も再生している。
「どうするかな……」
強さ自体はポリポッドマンティスと同等か、僅かに上。だが、この異常な再生能力はかなりやっかいだ。
「シャァァァァ!!」
人造魔人が新しい頭を確認するかのように、雄叫びをあげ首を振る。
シリューはその様子をじっくりと観察していた。
再生を繰り返しても衰えることのない身体、凄まじいパワーを持った4本の腕。そして背中に生えた、遠距離攻撃用の8本の棘……。
「ん? 8本?」
今見えているのは5本だけ、3本は何処に?
「下です!!」
ミリアムの叫び声とほぼ同時に、足元の石畳を粉砕し、2本の棘が飛び出してくる。ギリギリで身を捩り躱したシリューの背後から、もう1本の棘が迫る。
これは躱せない。
そう思った瞬間。
「はあああああ!!!」
ミリアムの振るった戦鎚が、跡形もなく棘を破壊する。
「油断禁物ですよ、白の騎士さん」
「本当だね、ありがとう」
残った2本を切り伏せ、シリューはミリアムを振り返って頷いた。
「身体はもういいのかい?」
「騎士団の人に、魔力回復薬を頂きましたっ」
空になった青い小瓶を見せ、ミリアムが笑顔で答える。だが、顔色は青白く額にはうっすらと汗が滲んでいた。
「まったく、本体から離れて地面に潜るなんて、よく気付いたね」
「さっき、騎士団の人たちがそれでやられるのを見たんです」
ミリアムは、シリューの隣に並び、戦鎚を構える。
「そうか、ん……待てよ……本体?」
シリューは広場での光景を思い浮かべた。処刑直後、黒い霧状の瘴気がランドルフの死体に集まり取り込まれていった。しかし、よく思い返してみれば、その瘴気は身体全体に取り込まれていた訳では無かった。
それは丁度心臓の位置。
【探査が変化します。走査モードが追加されました。スキャンを実行しますか? YES/NO】
「YESだ、実行しろ」
シリューの視界に緑の光るラインが表示され、人造魔人の頭から足元まで、地面と平行に移動する。そして、シリューの予測通り、心臓の部分に矢印が点滅し拡大される。そこにあった物は、
「魔石……?」
【解析を実行します。人工の魔石と断定します。この魔石に魔力と瘴気を取り込む事により、任意の対象を人造の魔人、又は人造の魔物へ変化させる作用が確認されました】
「成る程ね、じゃあその魔石を砕けば、元の死体に戻るって訳か」
問題はその方法だ。
「ガトリング!!」
弾丸の雨を怪物の左胸に集中して叩きこむ。手の平サイズの穴が穿たれはするが、魔石に届くまでに再生されてしまい、一向に埒が明かない。
「毎分6000発でも無理か……」
他の部位より遥かに再生スピードが早い。
「それならっ!!」
シリューは翔駆を使い、一気に間合いを詰める。しかし、そのままの勢いを乗せて突き入れた剣は、弾力のある鱗に阻まれ、僅かに切っ先が刺さったところで止まる。
防御力も遥かに高いようだ。
「単独の攻撃じゃ、鱗も貫けない、か」
鱗の状態に気を取られ、シリューに一瞬の隙が生まれる。
人造魔人はその機会を見逃さなかった。剣を突き入れた状態で無防備になったシリューの右脇に、音速を超えた強烈な左腕の一撃が衝撃波と共に叩き込まれる。
「くっ」
手の甲に付いた刃は辛うじて躱したものの、拳の直撃を受けたシリューは大きく吹き飛ばされ、建物の石の壁に叩きつけられる。
「騎士さんっ!!」
ミリアムが叫んで走り出す。
石壁がボロボロと崩れ、埃を舞い上げる。たとえ身体強化していたとしても、あの衝撃には耐えられるはずがない。
だが。
「うわ、凄いな。ほとんど痛みを感じない……」
シリューは、立ち昇る土煙を払い、全くの無傷で立ち上がった。
「さずが神話級アーティファクト。ナンパ用ってだけじゃなかったんだ」
特殊効果は意味不明だが、防御力に関しては恐ろしく高い。更に、まったく汚れてもいない。
人造魔人が、何事も無かったように立つシリューに、若干の警戒を見せ半歩下がった。
ただこのままでは、お互いに決定打に欠ける。
「……あの超再生を、何とか遅らせる事が出来れば……」
斬っても、撃っても、燃やしても効果は無かった。後は……。
「そうかっ」
シリューは、駆け寄ってきたミリアムにそっと囁く。
「お嬢さん、少し手伝って貰えるかい?」
そして、人造魔人を見据えた。




