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【第86話】やっぱりぽんこつ!!

 昼食を済ませたあと暫くの休憩をはさみ、付近の捜索を続けてみたものの、これといって新しい発見は無かった。


「……やっぱり、さほど目ぼしい物はないな……」


「そうですね」


「ま、転移魔法陣って分かっただけでも、来た甲斐があったかな……」


「そうですね」


「……そろそろ、帰ろうか……」


「そうですね」


「……」


 あれから、ミリアムは終始この態度だった。無視するわけではないが、帰って来る返事はたった一言、それもどこか冷めた感じで妙によそよそしい。一瞬目があってもすぐに顔を背け、全く会話が続かない。ミリアムがこんな態度をとるのは初めてだ。


 ……気まずい……。


 シリューはあれこれと、ミリアムが怒っている理由を考えてみた。


 料理は、褒めた。そもそも非の打ち所がない。膝枕は……謝っただけで、ありがとうと言っていなかった気がする。でもその後は普通に接していたから、それが原因とは思えない。あとは……。


「……ぽんこつ……?」


 あの時ミリアムは、真っ赤な顔でシリューを睨みつけて言い放った。


 『ポンコツ』少女に、『ぽんこつ』扱いは納得がいかず、理由を問い詰めようとしたが、ミリアムはぴしゃりと一言。


「自分の胸に聞いて下さい」


 と、取り付く島もなかった。


「……じゃあ、行くぞ。あの、嫌かもしれないけど……」


 これ以上気まずくなる前に、とりあえず街に帰る事にした。謝るにしても、街に着いてからの方が無難な気がしたのだ。


「別に……嫌じゃ、ないです」


 ミリアムはトコトコと近づいて、俯いたまま囁いた。


 そして、不意に顔をあげ、潤んだ瞳で訴え掛ける。


「ちゃんとっ、優しく抱いて下さいねっ……は、初めてだったのに、あんな、あんな……」


「うん、ミリアム。誤解を受ける言い方、やめようか」


ミリアムは、空を飛んだ事が無かった。それに高い所は苦手だった。


「じゃあ、ゆっくり行くから……」


 来た時と同じように、お姫様抱っこで抱き上げる。ミリアムは、少し戸惑いながらも、シリューの首に手を回し、目を閉じてその肩に顔を伏せた。


 さっきの爆弾発言のせいだろうか、やけに意識してしまい、シリューは自分の鼓動が早くなるを抑えきれなかった。


 耳元に感じるミリアムの浅い息づかい。ぴったりと身を寄せる、艶めかしいほどの柔らかさ。そして、鼻腔をくすぐる官能的な甘い香り。


 シリューは気持ちを落ち着かせるため、一度大きく深呼吸をする。


「……いいか?」


「……いって……」


 小さく頷いたミリアムの身体は、小刻みに震えていた。


 シリューはなるべく怖がらせないよう、ゆっくりと『翔駆』で駆けあがった。







「おう、来たなお2人さん」


 冒険者ギルドの支部長室では、ワイアットが相変わらず葉巻を燻らせ、2人を待ち構えていた。街に戻ったシリューとミリアムは、その足で冒険者ギルドへと報告に出向いたのだ。


「それで……何か分かったか?」


 1秒も無駄にしたくないといった体で、ワイアットは単刀直入に切り出す。


「期待通りのものかは分かりませんけど、あの地面の抉れ……」


 シリューはそこで一旦間を置く。


「転移魔法陣を使った跡でした」


「なっ……」


 ワイアットは大きく目を見開き、言葉に詰まるが、その反応も当然の事だろう。転移魔法となれば、著しくその使い手が限られてくるのだ。


 はじめは、報告するかどうか悩んだシリューだったが、個人では対応出来ない事態に発展する可能性がある。公にするかどうかの判断は、ワイアットやこの事件に関わる人達に委ねた方がいいという、ミリアムからのアドバイスに従う事にした。


「それにしても、転移魔法か……アルフォロメイを含めた三大王家の関係者か、でなければ魔族か……どっちにしろ、面倒な事になってきたな……」


 ワイアットは、頭を抱えて溜息をつく。


「公表するかどうかは任せます。どっちにしても、俺達は口外しませんけど」


「ああ、それは教団とも話してみる。が、おそらく公表はしないだろうな」


 当然そうなるだろう、シリューは納得したように頷く。公にすれば、うわさがうわさを呼び、収集がつかなくなった挙句、根拠の無い嘘がまかり通るようになる。そうなれば要らぬ横やりが入る可能性もあり、結局真相は闇の中、犯人に逃げる隙を与える事になってしまう。


「何か……仕掛けてくると思うか?」


 机に頬杖をつき、ワイアットがシリューを見上げる。


「どうでしょう、何とも言えないですね……。野盗に金を払って誘拐させてたのも、出来るだけ繋がりを希薄にして、自分に官憲の手が及ばない為でしょうから、わざわざランドルフ達を助けに来たりはしないと思います」


「つまり、使い捨てって訳か……」


 大きく頷いたシリューに葉巻を挟んだ指を向け、ワイアットは先を促す。


「誘拐についても、その対象になる人物の選別から、実行のタイミングまで、全てランドルフ達に任せていたと思います、今更自分の手を汚すとも考えられません」


 ただし、野盗団が一夜にして壊滅するなど、おそらく予想外の出来事だった筈。ならば、どんな目的があったにせよ、未だ達成されてはいないだろう。


 ミリアムや子供たちを引き渡す前に、計画を潰した。となると目的に必要な、高い魔力を持った人間の数は揃っていないという事だ。


「もし……まだこの街で誘拐を続けるとすれば……」


 ランドルフ達にかわる者を準備出来たとして、連中にとって最大の障害になるのは……。


「……深藍の執行者……」


 ワイアットとミリアムの声が重なり、全く同じタイミングでシリューに目を向ける。


「いや、ま、そうなんだけど……」


 2人揃ってその名を呼んだ事に、シリューは何となく納得がいかなかったが、今抗議しても話がややこしくなると思い、黙って受け入れる事にした。


「……つまり、お前さんが狙われる可能性がある、ってわけか……」


 葉巻を灰皿に置き、机の上で手を組み合わせたワイアットが、ぽつりと言った。あまり嬉しい意見ではないが、シリューも同じ考えだった。


「やっぱり、そうなりますかね……。でもまあ、ミリアムや子供たちが狙われるより、随分マシですけど……」


 さらりと言い放ったシリューに他意はなかったが、ミリアムの方は聞き流す事が出来ず黙って俯いた。


「しかし、俺なら当分様子をみるだろうなぁ……」


「……何故です?」


 訝し気に見下ろすシリューに、ワイアットは人差し指を立ててニヤリと笑う。


「考えてもみろ、相手は20人からの野盗どもを生け捕りにしたうえ、モノケロースを含めて、200以上の魔物を殲滅した男だぞ。いくら魔族でも、簡単に手出しは出来んさ。それに、お前さん、何て言われてるか知ってるか?」


「え?」


 恋人の為に云々と、レノが言っていた気がするが……。


「目的の為には手段を選ばず、歯向かう者には死よりも恐ろしい制裁を加える、冷酷無比な執行者……ってな具合だな。まあ、そちらのお嬢さんがたの間では、随分違った噂が広まってるらしいがね」


「え、あ、あのっ、そ、それはっ……」


 話を振られたミリアムは、耳まで赤くなった顔を背けた。街での噂はミリアムの耳にも当然入っている。

 曰く。捕らわれた見目麗しい恋人のため、たった一人野盗団と魔物の群に立ち向かい、これを殲滅。救い出した恋人と熱い抱擁を交わし、やがて二人は初めての朝を迎える……。


「こ、恋人……とかっ、も、盛り過ぎ、ですよねっ、ホント、イヤになっちゃう、は、ははっ」


 ミリアムは、恥ずかしそうに頬に手を添えそう言ったものの、口元は僅かに緩んでいた。


「そもそも、子供を助けに行ったのに、なんでそんな話にすり替わるかなぁ?しかも恋人とか、お前もいい迷惑だったろ、なんかごめんな」


「むぅ……」


 ほとんど本気で謝るシリューを、ミリアムは、これでもかっ、というくらいにねめつけた。


「って、そんなに怒る事ないだろっ」


「怒ってませんよっ……ばか……」


 ミリアムは、ぷいっ、と顔を背ける。


 そんなミリアムとシリューを交互に見やって、ワイアットがポツリと零した。


「なあ、すまんがおっさんの俺には、眩し過ぎて目が潰れそうだ……。話は大体分かったから、頼む、もう帰ってくれ……」


 訳の分からないワイアットの言葉に、シリューは首を捻りながらも、促されるままミリアムと連れ添って、冒険者ギルドを後にした。


 いつものお決まりとなった、ミリアムを送る神殿までの道すがら、シリューは森での事を思い返してみた。


「なあ、ミリアム……森での事だけど」


 シリューが立ち止まって振り返ると、ミリアムは無言でじっと見つめ返してくる。


「なんか、ごめん。いろいろと、その、折角弁当作ってくれたり、ずっと膝枕してくれたり……。なのにあんな事言って……」


「あんな事?」


「ポンコツ……」


 ミリアムは、そのずれた答えに少しムッとなったが、すぐに首を振り大きな溜息を零した。


「私、怒ってませんよ。シリューさんが優しすぎるから、ちょっと拗ねてみただけです」


「え?拗ねて……?」


 洞察力に優れたシリューだが、人の気持ちを察するのは苦手だった。ましてや女の子となると、美亜ぐらいしか親しく付き合った事が無いのだから、ほとんどお手上げ状態といっていい。


「ありがとうございました。神殿の門も見えてるから、ここで大丈夫です」


「ああ、お疲れ」


 数歩進んで、思い出したようにミリアムは振り返り、首をちょこん、と傾げて微笑んだ。


「シリューさん♪  今日は、デートみたいで嬉しかったですっ」


 それだけ言うと、髪を揺らして踵を返し、あとは振り返らずにトコトコと歩いて行った。


 両手で持っているのが戦鎚でなければ、ごく普通の女の子だ。


「……デート、みたい?」


 随分と野暮ったいデートだな、と思いつつ、シリューは重要な事に気が付いた。


「え? ってか、あいつが……俺を……?」


 一瞬頭をよぎった考えを、追い払うように手を振り否定する。


「いやいや、ないないないっ。あいつ、ちゃんと優しくしてくれる人いるって言ってたしっ」


 ……ぽんこつだった……。



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