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【第81話】謀略

 湿りを帯びた風が緩やかに都市を吹き抜け、道行く者もない静かな夜の帳の中。僅かな足音さえたてず、夜と調和した闇色の外套を羽織った男は、レグノスの街はずれにある拘置所へ続く道を歩いていた。


 男は途中、何人かの酒に酔った者たちとすれ違ったが、誰も男に気付いた者はいなかった。


 男の進む前には、拘置所の高い壁がそびえていたが、男は気にした様子もなく、そのままひらりと舞い上がり、何事もなかったように壁を越えた。


 現在、この拘置所には、官憲の取り調べを終え刑の執行を待つ者たちが、十数名ほど収容されていた。全員がランドルフを含め、先日捕えられた野盗たちだ。


 壁の内側に降り立った男は、外套の懐から皮表紙の古い本を取り出すと、暗闇の中にも関わらず、ある頁を開き左手に乗せた。当然読むためではない。その頁に描かれているのは一つの魔法陣で、男はその魔法陣の上に右手を添え、囁くように呪文を唱えた。


 長い詠唱を終え、男が右手を拘置所の建物に向かってかざすと、本に書かれていた魔法陣が空中に現れ、徐々にその径を大きくしながら、最終的には建物全体を包み込んで消えた。


 男はにやりともせずに歩き出し、迷わず建物に入っていった。


 拘置所には当然ながら宿直の見張りの兵がいた。だが彼らは今、先程の魔法によって全員が眠りに落ちていた。


 男は眠りこける見張りを横目に、ゆうゆうと、迷いもせずに地下牢へと降りていく。


 目的の相手は、その一番奥の牢で鎖に繋がれていた。


「こんばんは、さあ起きて下さい、ランドルフ」


 男はがっしりとした体躯に似合わず、か細い声でランドルフに呼びかけた。


「ん、あ、ああ、あんたか……いったいどうやって入った?」


 ランドルフが男の顔を見上げるが、顔全体を覆う金の仮面をつけた男の表情を窺う事は出来なかった。


「……まあ、いろいろと方法はあるものですよ」


「ああ、だろうな……」


 男が話すつもりの無い事を、ランドルフもわかっていた。いつもの事だ。


「せっかく来たんだ、さっさとここから出してくれ」


 男は指を立てて左右に振った。


「おい、どういう事だ、それじゃ約束が……」


 怒気を含んだランドルフの言葉を、男が遮った。


「どうせなら、もっと派手に行こうじゃありませんか」


 そう言って、男は懐から闇を切り取ったような、真っ黒な光を放つ石を取り出した。


「おい、何だそりゃあ……」


「あなたに力を与えてくれる、素晴らしいモノです」


 男が檻の隙間から手を伸ばすと、そのモノはゆっくりと浮き上がり、男の手を離れ、ランドルフの胸の位置で空中に止まった。


「……魔石……?」


 ぱちん、っと男が指を鳴らす。


 空中の魔石が白と黒に明滅を繰り返しながら、ゆっくりとランドルフの中にめり込んでゆく。


「がああああああ」


 身動きの取れないランドルフが、絶叫をあげる。


「少しの間、我慢して下さいね」


 男は全く声音を変えず、落ち着いた様子で囁く。


 やがて魔石は、完全にランドルフの胸の中に納まり、その痕跡すら一切残していなかった。


「お前……何をしやがったっ!」


「まあ落ち着いて下さい。先程も言った通り、あなたに力を与えてくれるモノですよ」


 ランドルフは魔石が入っていった、自分の胸を見下ろした。傷痕もない、今は痛みも全くない。


「力……?」


 ランドルフの脳裏に1人の少年の姿が浮かぶ。どのみち、あの少年を倒さなければ逃げる事は叶わないだろう。


「その時が来れば、ソレはあなたに強大な力を授けてくれるでしょう」


 この街を出る前にあの少年を殺して、序に派手に暴れてやるのも悪くない。ランドルフはその光景を思い浮かべ、口角をあげた。


「間違いないんだろうな……」


 男はゆっくりと頷く。


「なら、ありがたく貰っとくぜ」


「どうぞ、そうして下さい。ではまた連絡します」


 踵を返し出口に向かう男に、ランドルフが声を掛ける。


「……ありがとよ、礼を言うぜ」


 男は立ち止まって振り返る。


「いえいえ、あなたにはまだまだ役立って頂かないと……」


「ああ、任せときな」


 男は頷いて歩き出す。


「……生きているうちに役に立たなかった分、たっぷりとね……」


 マスクの下で顔を歪めた男の声が、ランドルフに聞こえる事は無かった。






「おはようさん、今朝は1人か?」


 シリューが支部長室に入ると、ワイアットはいつものように葉巻をくゆらせていた。


「おはようございます。ヒスイならここにいますけど?」


 ヒスイが胸のポケットから、ぴょこり、と頭を出して笑った。


「ははは、いや、まあいい。ほら、これが資料だ」


 ワイアットは椅子に掛けたまま、綴った紙をシリューに渡した。


「何か分かりました?」


 受け取った紙をめくり、目を通しながらシリューは尋ねた。


「いや、そこにも書いてあるが、特に何も……。まあ、何か所か地面の抉れた跡があったが、それだけだ」


 ワイアットは肩を竦め手を挙げる。


「地面の抉れ? この、最後の頁の絵にバツ印の場所ですか?」


 簡単に描かれた地図上に、3か所バツ印がうってある。3か所とも比較的近いようだ。


「……何か、気になるか?」


「分かりません、これ、借りてもいいですか?」


 シリューは綴りを閉じ、ひょいと上げた。


「構わんよ、何か見つけてくれりゃあ御の字だ」


「どうも。あ、そうだ……」


 ガイアストレージに綴りを収納し、立ち去ろうとしたシリューは、不意に昨日の出来事を思い出した。


「貴族のお茶会に招待されたんですが……、どんな格好で行けばいいんですかね?」


 貴族とも付き合いのあるらしいワイアットなら、そのあたりにも詳しいのではないかと思ったのだ。


「お茶会……? その恰好じゃまずいのか?」


 逆に質問された。


「悪い、俺も依頼とかで呼ばれる事はあるんだが、そういう会は経験がないんだ……」


 ワイアットはすまなそうに肩を竦めたが、シリューも特に期待していたわけではない。


「すみませんでした、他をあたってみます」


「ああシリュー」


 ドアに向かうシリューを呼び止め、ワイアットは指に挟んだ葉巻を向ける。


「嬢ちゃんと、仲良くな」


 シリューは何も答えず、ドア開けて出て行った。


「素直じゃないねぇ」


 ドアを見つめ、ワイアットがぽつりと呟いた。






 早朝の大通りを、シリューは神殿に向けて駆け抜ける。丁度朝食の時間なのだろう、建物の陰が長く石畳に延びる街には、未だ道行く人もまばらで、シリューは周りを気にする事無く全速で走る事が出来た。


 神殿の正門の近くで速度を落とすと、それに気付いたミリアムがぱっと笑顔を向けた。


「シリューさんっ、おはようございます!」


「おはよ、ってお前それ……?」


 ミリアムは身体の前に垂らした両手で、一挺の戦鎚を握っていた。細身で柄の長さは160cm程度、打撃部分は円筒形で両端が平らな両口型と言われるタイプ。柄の部分も含めて全て金属製で、細身ながら重量はかなりありそうだった。


 ミリアムはその戦鎚をくるくると回し、地面に突き立てた。


「一応護身用ですっ。シリューさんに、迷惑ばっかり掛けられませんから」


 ミリアムは笑って、ちょこんと首を傾げる。かわいい仕草だが、突き立てられた道路の石畳が、派手に砕けているのをシリューは見逃さなかった。


「お前……また給料から差し引かれるぞ……」


「え? みやぁぁぁっっ」


 無残な姿になった足元を見るなり、ミリアムは泣きそうな顔で悲鳴をあげた。


 シリューはあたふたと取り乱すミリアムの腕を掴み、勢いよく引き寄せる。


「走れっ、逃げるぞ!」


「ええ!?」


 意味が分からず躊躇するミリアムを、なかば強引に引っ張り一気に走り出した。


「ちょっ、し、シリューさんっ」


「いいから走れ!」


 2人は神殿の門が見えなくなるまで全力で走り、通りの角を曲がった所で立ち止まった。


「はぁ、はぁ……ばれたら、はぁっ、私、怒られ、ちゃい、ますっ、んっ……」


 ミリアムは膝に両手をついて、喘ぐように息を切らす。


「ばれたら、だろ? 大丈夫、誰も見てないよ」


 相変わらず、シリューは全く息が乱れていない。


「ほ、ホントですかぁ?」


 不安そうに見上げるミリアムに、シリューはあっけらかんと笑って見せる。


「ホントだって。お前さ、もっと要領よく生きろよ?」


「ちょっ、シリューさんっっ。神官の私にそれ、言っちゃいます?」


 ミリアムは背筋を伸ばして、ぽんっと胸に手を置いた。


「あ、お前一応神官だったな。ポンコツだけど」


「ポンコツじゃないですもんっ! もう行きますよ!」


 ミリアムはとことこ歩き出す。だが、その方向は今来た道。


「お前、そっち逆だぞ……」


「みゅっ」


 ミリアムは真っ赤な顔で、回れ右をしてシリューのもとへ戻る。


「ちゃんと、案内してくださいぃ……」


 ふくれっ面で拗ねた表情が妙にかわいく見えて、それ以上はからかう気にならなかった。


「ほら、それよこしな」


「あ……」


 シリューはミリアムの戦鎚をとり、ガイアストレージに納めた。


「とりあえず、森に入るまではいらないだろ。預かっといてやるよ」


「は、はい……ありがとうございますぅ」


 2人は並んで、街の東門へと向かった。


「馬か馬車を借りなくてよかったんですか?」


 もっともな疑問だった。あの洞窟まで、馬車でも半日以上はかかる。歩きだと、今日中には帰って来られないだろう。


「考えがある。馬より早いから心配するな」


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