【第80話】令嬢は仕掛ける
「どうなってるんだ……」
コンプレッションウェアのインナーに、上下のスーツ、テールコートとベルト。更にフェイスカバーとマスク。『白の装備』一式を取り敢えず試着して、改めて疑問に思った。
肩幅、袖、胴回りにウエスト。裾、グローブの指の長さからブーツの作りまで、全てがシリューの身体のサイズに合致している。
きつくもなく、ゆるくも無く、全く動きを阻害しない。
不思議なのは、マスクの目の部分が開いていないにも関わらず、しっかりと見える事だ。
【この装備を、ガイアストレージオプション、〈換装〉に登録しますか? YES/NO】
「換装……? なんか中二っぽい言葉出て来たっ」
本来、PCのHDDやSSDを交換する意味に使われる事の多い言葉なので、特に中二的という訳ではない。あくまでもシリューの主観である。
【換装 ガイアストレージのオプション機能の一つ。音声、若しくは思考による起動で、登録された装備一式を、現在着用中の物とタイムラグゼロで入れ替える。『還元』で元の装備に戻る】
「……YES……」
【装備を登録しました。装備名を付けて下さい】
「え?……じゃあ、白、で」
【装備名『白』、登録しました。脱いだ装備をガイアストレージに収納する事で、〈換装〉を使えるようになります】
シリューはセクレタリーインターフェイスの指示通り、元の服に着替え、白の装備一式をストレージに収納した。
「なんか……ちょっとわくわくしてきた……」
シリューは姿見鏡の前に立ち、まるでスタートラインに立った時のように、軽くジャンプした。
「よし……換装」
その言葉がキーワードとなり、ほんの一瞬全身を眩い光が包んだ。
そして、その光が消えた時……。
「おお……」
鏡に映った、白の装備を装着した自分の姿があった。
一連の流れは特撮ヒーロー宛らだが、これは非常に便利な機能だ。
「あれ?」
もう一つ、重要な事に気付いた。先程試着した時は無かった事だ。
「か、髪が……」
日の光を反射して、きらきらと輝く銀の髪。しかも前髪は顎に、後ろは腰に届く程伸びている。
「なんだ、こ、これ……まるっきり別人じゃないか……」
シリューは、肉眼で確認しようとマスクを外す。するとまるで風にあおられるように銀の髪が揺れ、唐突に消えて元の髪に戻った。
「え……?」
一体どういう原理でこんな事が起こるのか。だが考えようによっては、これはこれで都合がいいかもしれない。正体を隠せる上に、完全に別人になれる。シリューはもう一度マスクを着け、変化の様子を確認した。
「ご主人様……素敵なの、です……」
ヒスイが自分を抱きしめ、頬を染めて身をよじる。
そんな時、ばたばたと慌てたような足音が響き、激しくドアをノックする音と、カノンの焦った声が響いた。
「シリューさんっ、シリューさんっっ! 大変ですっ!!」
「わ、ち、ちょっと待って! 『還元』っ」
シリューは大慌てで装備を元に戻す。伸びて色の変わった髪も、すっかり元に戻ったのを確認して、シリューはドアを開けた。
「あ、シリューさんっ!!」
カノンは目を潤ませてシリューを見上げた。
「どうしたの? カノンちゃん」
「と、とにかくっ下へ!!」
少し時間は戻り、カノンがシリューの部屋へ駆け込む前。
「カノン、そろそろシリューさんに紅茶をお持ちして」
「はーい」
ティーポットとカップをトレイに乗せ、厨房から出て来たロランが、食事処でテーブルを磨くカノンに声を掛けた、丁度その時だった。
入口のドアが開き、立派な身なりをした一人の女性騎士が入って来た。
「失礼いたします。こちらに、アルヤバーンからお見えになられた、シリュー・アスカ様がご滞在と伺いました。是非ともお取次ぎをお願いいたします」
正装に派手な装飾品、儀礼剣まで身に着けた騎士は、平民であるロラン相手にも慇懃な態度で接し、終始穏やかな笑みを浮かべている。
貴族との接点など殆どないロランは、一瞬何の事か分からず、硬直してしまう。カノンに至っては、緊張しすぎて震えていた。
「あの、女将? よろしいでしょうか?」
「は、はいっ、し、シリュー様ですね。い、今呼んでまいりますので、そこでお待ち下さい」
女性騎士の問いかけに、ようやく我に返ったロランはカノンに向かって、シリューを呼んでくるよう声を掛ける。
「いえ、此処で待つのはお邪魔でしょう。私は外でお待ちします故、何卒シリュー様にその旨お伝え下さい」
騎士は一礼して外に出て行った。
「シリューさん、早くっ早くっっ!」
カノンに手を引かれ、シリューが1階に降りて来ると、そこには蒼ざめた顔のロランが立ち尽くしていた。
「ロランさんっ、何があったんですか?」
シリューは辺りを見回したが、特に荒らされた様子もなく、暴漢に襲われたような形跡も無かった。
「ロランさん……?」
「あ、あの、シリューさんにっ、お、お客様っ……貴族様がっ……」
ロランは震える指でドアを指した。
「客? 俺に? 外、ですね?」
とにかく確認してみない事には埒が明かない。シリューはいつでも動けるよう、心の準備をしてドアを開けた。
「な……」
シリューの目に飛び込んできたのは、宿のまえに停められた、豪華な装飾の施された4頭引きの儀装馬車だった。
つないだ輓馬の前後2頭に、正装した御者が騎乗し、これも正装した騎士の騎乗する、前騎2頭が前に立てられている。同じ様に後ろにも2騎。
まるで、昔テレビで見た何処かの国の王室のパレードのようで、シリューは目を丸く見開いて息を呑み込む。
あまりにも場違いなその様子に夕暮れの街は騒然となり、家路を急ぐ人々は皆足を止め、何事が起こるのかと見入っていた。
「シリュー・アスカ様。ご無沙汰しまして申し訳ありません」
1人の女性騎士が歩み寄り、シリューに対して深々と頭を下げた。
「え?」
肩に掛かる金髪に丸く大きな目、身長はシリューよりもやや低いくらいで、ささやかな胸。クリスティーナの部下で、エラールの森の事件で生き残った1人。
「あれ? えっと、たしかブレンダさん……?」
「覚えていてくださいましたか、光栄の至りでございます」
なぜか妙に仰々しく感じた。前はもう少し砕けた敬語だった筈だ。
「あの、これはいったい……」
ブレンダはシリューの目の前に進むとさっと片膝をつき、懐から取り出した白い封書を両手で差し出した。
「シリュー・アスカ様。我が主、ナディア・アントワーヌよりの招待状をお届けに上がりました。どうかご査収くださいませ」
やけに大きな、よく通る声で、ブレンダが口上を述べる。その畏まった態度に周りの人々が息を呑む。
シリューには、招待状の受け取り方のマナーなど分からなかったが、とりあえず両手で受け取り封を開けて中を確認した。
緊張で心臓が早鐘を打つ。査収、という事は確認してくれの意味の筈。この世界でもおそらく同じ意味だろう。
「あ、あのっ。はい……。えとっ……承りました」
「ありがとうございます。主もさぞ喜ぶ事でしょう。それでは、私はこれにて失礼させて頂きます。シリュー様におかれましてはご機嫌麗しゅう」
ブレンダは片膝のまま一礼し、ゆっくりと立ち上がってもう一度お辞儀した後、踵を返して馬車へと乗り込んだ。
シリューは一行が号令と共に進み始めるのを、茫然と眺めていた。
「いったい……何だったんだ……」
馬車は夕暮れの街に、長い影を引きながら遠ざかって行った。
「し、シリューさんって、ホントはすっごい偉い人だったんですね……」
カノンが目を丸くして呟いた。
「カノンっ、失礼でしょ!」
ロランが青い顔で、隣に立つカノンを諫める。
「シリュー様、今までのご無礼、どうかご容赦下さいっ……」
「いや、あの、何か勘違いしてますよ2人とも……」
それから、2人の誤解を解くのに、たっぷり小一時間ほどはかかった。
一方、ブレンダの乗り込んだ馬車の中では……。
「あれでよかったのでしょうか……?」
ブレンダが困ったような表情で、馬車の主に尋ねた。
「上出来ですブレンダ。見ましたかクリスっ、シリュー殿の、あの顔っ」
ナディアはお腹に手を当てて、笑い転げている。
「は、はいっ、あの冷静なっ、し、シリュー殿がっ、シリュー殿がっ……」
クリスティーナも向かいの席で、笑いながら蹲っていた。
2人とも先程の一部始終を、窓のカーテンの隙間から覗いていたのだ。
「あ、あれこそ、鳩が豆鉄砲を食ったような顔、ですね……」
何がツボにはまったのか、ナディアは設えられたテーブルを叩いて大喜びだ。
「は、はい……」
クリスティーナは笑い過ぎて声も出せない。
2人の様子に、ブレンダは少し心が痛んだ。個人的にあの少年には感謝しか無い。それはナディアにしろ、クリスティーナにしろ同じはずだ。
驚かされてばかりの意趣返しなのだろうが、ここまで派手ないたずらはやり過ぎでは、と思う。しかも、いたずら好きのナディアは兎も角、隊長のクリスティーナまで。
「さっきの事を思い出すだけで……3年は笑えますっ」
そんなにかっ!! ブレンダは心の中で盛大にツッコんだ。




