【第77話】少女の想いは……
「ほほう、同伴出勤とは、なかなかやるねえお2人さん」
冒険者ギルドの3階にある、支部長室に入って来たシリューとミリアムに、ワイアットはからかうように言った。
「同伴?」
「出勤?」
言われた2人は、何の事か分からずに首を捻る。
「ああ、すまん……何でもない、気にしないでくれ」
未成年相手にも、神官相手にも、使うのはまずかったな、とワイアットは申し訳なさそうに頭を掻いた。本人は気付かなかったが、一番まずいのはすべった事だ。
「まあ、立ち話もなんだ、そこに掛けてくれ」
応接用のソファーにシリューたちが並んで座り、ワイアットも2人の向い側に掛けた。
「まずはお疲れさん、今回はよくやってくれた」
ワイアットはシリューに向かい、軽く会釈をした。
「いえ、はい、ありがとうございます」
「事情は大体わかってるが、軽くでいい。かいつまんで説明してくれると助かる」
シリューは官憲隊での聴取と同じ内容を説明した。その際、ミリアムの件はあえて話さなかった。
時々頷いたり、目を閉じて考えたりしながら、ワイアットはシリューの話をじっくりと吟味するように聞いていた。
「それで……例の神官の件は何か掴めたか?」
「え?」
予想していなかった言葉に、ミリアムは驚いてワイアットを見た。
「ああ、大丈夫。シリューには事情を話して、情報を集めて貰ってたんだ」
目を丸くしながら、今度はシリューを見る。シリューは軽く頷いた。
「ランドルフはもう売ったと言ってました。多分相手は森で会っていた奴でしょうね。ただそいつが、モンストルムフラウトを渡した奴かどうかは分かりませんけど」
「ちょっ、シリューさんっ。なんで、いつの間にそこまで?」
ミリアムは隣に座っているにも関わらず、問い詰めるようにシリューに身を寄せた。
「近いよ! ってか、洞窟でっ、お前に子供たちの縄を解いてもらってた時だよ。見てたろ? って近いって!」
ぷにゅんっ。
本人は気付いているのかいないのか。ミリアムは、まるでその柔らかなメロンを押し付けるかのように、シリューの顔を覗き込む。左腕に感じる水風船のような弾力に、シリューは顔を真っ赤にして離れようとするが、狭いソファーにはもう逃げ場は無かった。
「そ、そんな事……ありましたっけ?」
「あったろっ、忘れたのかっっ」
ごほんっ、と一つ、ワイアットが咳ばらいをする。
「なあ、嬢ちゃん……そういうのは2人っきりの時にしてくれると助かるんだが……」
「ほぇ?」
ワイアットの指摘に、ミリアムは間の抜けた声を漏らし、自分の姿を見下ろした。
しっかり押し付けていた。シリューの左腕に、形が変わる程、しっかりと……。
「みやああああ!!」
ミリアムは大慌てでシリューから離れ、腕を組んだ。
「ちょっ、い、言って下さいっっ」
「言ったろっ。ってか俺のせいかっ!?」
瞳を潤ませ真っ赤な顔で抗議するミリアムに、シリューは同じくらい赤い顔をしてツッコんだ。
「いやあ、若いねえ」
ワイアットのしみじみとした呟きに、2人はようやく落ち着きを取り戻す。
「……すみません……」
「いやいや、なかなかいいものを見せてもらったよ、お2人さん。話を戻しても構わんかな?」
「はい……」
2人揃って頷いたのを見て、ワイアットはにっこりと笑った。
「一つ疑問があるんだが……なあシリュー、お前さんどうやってあのランドルフの口を割らせたんだ?」
ランドルフは冒険者時代、ある事件を追っていて敵の手に落ちた事がある。だが、過酷な拷問に最後まで耐え抜き、一言の情報も漏らさなかった彼は隙をついて脱出し、逆に敵のアジトの情報を冒険者ギルドに持ち帰り、その組織を一網打尽にするきっかけを作った。
その頃のランドルフを見知っているワイアットには、僅かでも情報を引き出したシリューの手腕が気になったのだ。
少しの間うつむいて逡巡したあと、シリューは思い立ったように顔をあげた。
「ヒスイ」
「はい、です」
シリューが声を掛けると、姿消しを解除したヒスイがポケットから飛出し、シリューの肩に降りた。
「お、おい……ピクシーじゃないか……一体どうなってる……?」
長らく冒険者を続けてきて、さまざまな経験を積んだワイアットにしても、ピクシーを付き従えた人間を見るのは初めての事だった。
「ヒスイは、友達です」
シリューはごく自然にそう言ったが、ヒスイがそれを即座に否定する。
「それは違うの。ヒスイはご主人様にお仕えしているの。……でも、嬉しいの……」
否定してはみたものの、友達と言われたのが余程嬉しかったのか、ヒスイは薄く朱に染まった頬に両手を当てて身をよじる。
「なるほど……美女だけじゃなくピクシーにもモテまくってるって訳か。あやかりたいもんだねぇ」
「ち、違いますっ!!」
シリューとミリアムが、ワイアットの一言を息もぴったりに否定する。
「ご主人様はモテモテなの。ヒスイはもう、ご主人様の身体なしには生きていけないの、です」
「うん、ヒスイ。誤解を受ける言い方、やめようか」
シリューとヒスイのやり取りを眺め、ワイアットは首を振り深く溜息をついた。
「しかし驚いたな……人の言葉を話すピクシーとは……」
「問題、ありますかね? ピクシーをその、傍に置いてるって……」
シリューは慎重に言葉を選んで尋ねた。
「ん? ああ、不可侵対象ってやつか。いや問題ないだろ、明らかにそのピクシーは、自由意志でお前さんにくっついてるわけだからな。ただ、騒ぎになるだろうから、人前ではさっきみたいに消えてた方がいいだろう」
シリューとヒスイはお互いに頷きあった。
「それで、そのピクシーがどう関係するんだ?」
もっともな質問だった。ピクシーの能力については単に人を惑わすとか、気付いたら消えているとか、殆ど言い伝え程度のものだ。
「ヒスイがお話しさせたの、ですっ」
シリューが答える前にヒスイは堂々と胸を張り、腰に両手を添えて自慢げに宣言した。ワイアットが顔を向けると、シリューもそうです、と頷いた。
「……ピクシーにそんな能力があったのか……」
「若いピクシーにはムリなの。100年以上生きたピクシーだけが使えるの」
ついでに言えばヒスイは『エピスタシス・ピクシー』に進化している。
「なあ、お前さんいったい……いや、いい。聞かなかった事にしてくれ」
ワイアットの脳裏に再び思い浮かんだのは、エルレインの勇者の事だったが、彼らは今ソレス王国にいる。それこそつい先日、勇者の圧倒的な力により、災害級が殲滅されたと伝えられた。つまり、目の前にいるこの少年は勇者ではないという事だ。
「だいたい呑み込めた。それで話は変わるが……嬢ちゃん?」
「は、はいっ」
いきなり話を振られたミリアムが、居住まいを正す。
「行方不明の神官の件、正式にシリューに任せようと思うんだが、どうかな?」
「え?」
ミリアムはアーモンドの瞳をいっぱいに開いて、ワイアットとシリューの顔を交互に見比べた。
「い、いいんですか? あの、シリューさん?」
「ま、流れからそうなるよな。気になる事もあったし、乗りかかった船ってやつかな」
「ありがとうございますっ、ありがとうございますっっ」
ミリアムは何度も何度も、髪を揺らし頭を下げた。
なお、今回のクエストを依頼するにあたって、シリューはノービスのHからアンダープロのEへ、3ランクの昇格が決まった。ワイアットはDランクへの昇格を強く推したらしいが、さすがにそれはギルドの許可が下りなかったらしい。
また、押収した略奪品については、正式にシリューの所有とされた。ただし、3か月の間は処分出来ないのが条件で、その間に買戻しの希望があれば、任意に応じる必要があるとの事だった。
随分と都合のいい法律もあるものだと、シリューは思ったが、
「考えてみろ、もしその品を取り戻そうとしたら、どうすればいい? 討伐隊さえ何度も全滅させてる相手だ、Bランク以上のクランを雇うしかないだろうな。それこそ、相当な金を払って、な」
ワイアットは肩を竦め、両手を上げた。納得出来るような出来ないような話だが、確かに野盗を倒すなら普通は命がけとなる。ならばこの決まりも、それほど不条理ではないのかもしれない。と、シリューはそう思う事にした。
「出来たらで構わんが、リストを作っておいた方がいい」
売る事になっても、買い戻しに応じる場合でも、リストを作っておけば手続きが早く済むとの事だった。
それから、今回倒した魔物の死体を倉庫に預け、緑(E)のギルドカードと懸賞金を受け取ったシリューは、ミリアムと一緒に冒険者ギルドを出た。
「シリューさん、今日はお疲れ様でした」
もうすでに日は傾き、街は家路に急ぐ人々で溢れていた。
「ああ、お前もお疲れさん。すまなかったな、なんか後半は俺の事ばっかりで……。懸賞金も入ったし美味い物でも奢ってやるよ」
シリューはごく自然に、何気なくさらっとそう言ったが、ミリアムには気楽に流せる言葉ではなかった。
「あのっ、そ、それってぇ……ひょっとして、そのっ……」
「ああ、さっきは奢ってもらったしさ。今回はお前も大変だったろ? だから、ま、お疲れ会ってとこ」
「はぁ……」
屈託なく笑うシリューに、ミリアムはがっくりと肩を落とし大きなため息を零した。
「疲れたのか……?」
まったくわかっていない。
「……はい、疲れました」
別の意味での疲れだったが。
「じゃあ、今日はやめとくか。しっかり食べられる時の方がいいし」
「そうですね、私も今日は都合が悪いので」
いつもほんわかとしたミリアムの言葉が、今はすこし棘棘しいことにシリューは気付いた。
「あれ? どうした? 気分でも悪いのか?」
気遣いの気持ちはあるようだが、それが逆にミリアムには腹立たしかった。
「……なんでもありませんよ……朴念仁……」
ミリアムはきっ、と、上目使いにシリューをねめつけたあと、通りを左に歩き出した。
「ミリアムっどこ行くんだっ?」
ミリアムは立ち止まって振り返る。
「帰るんです、神殿にっ」
やはりその声音には若干の怒気が含まれていた。
シリューは優しく、だが、半ば呆れたように言った。
「お前、そっちは逆だぞ」
「ふみゃああっ」
結局、その後神殿までシリューが送って行く事になった。




