【第75話】使命と不安と
誠に勝手ながら、タイトル変更しました。
話は一旦戻り、野盗団を官憲隊に引き渡した次の日の朝。
レグノス神殿の中庭に面した廊下を進み、ミリアムは中ほどにある階段を上がった先にある、神殿長執務室のドアを少し緊張した面持ちでノックした。
「ジャンパオロ神殿長、勇神官のミリアムです」
「ああ、待っていました。どうぞお入りなさい」
穏やかな男性の声が執務室の中から答えた。
「は、はい。失礼します」
ミリアムがドアを開き中へ入ると、白髪の混じった長い髪を後ろで束ねた神殿長が、執務机の椅子から立ち上がり、応接用のソファーに向かって歩きながら手招きをした。
「さあ、そんな所に立っていないで、こちらに掛けなさい」
「あ、はい」
ミリアムはぎくしゃくと少し硬い動きで、テーブルを挟んだ向かいの席に座った。
普通、新人の神官が、神殿長に直々の呼び出しを受ける事は無い。ましてや、こうして向かい合って座り会話するなど、到底考えられない状況だ。
それは、ジャンパオロの気さくな性格のためというだけでなく、ミリアムが教団においても特殊な、そして極秘の任務を帯びている事が理由であった。
「貴方の無事な姿を見て、安心しましたよ。大変な目に遭いましたね」
ジャンパオロは穏やかに目を細める。
「はい、ある冒険者の方に、助けて頂きました。その方のおかげで、今私は此処にこうしている事が出来ます」
実際にもし、あの時、シリューがいなかったら……。それは考えたくもないもう一つの結果になっていた事だろう。
2日たった今でも、あの時の記憶が突如としてよみがえりフラッシュバックする。動悸が乱れ、息が苦しくなり、どうしようもない不安に襲われる。
いや、まだ2日しかたっていない、と言うべきかもしれない。
「……その人がいなかったら私……わたしっ……」
ミリアムは自分でも抑えられない感情の高ぶりに、神殿長の前であるにも関わらずしゃくり上げてしまった。
泣きじゃくるミリアムを見守るように見つめ、ジャンパオロは立ち上がり傍にたって、ミリアムの肩にそっと手を添えた。
「その方は貴方の傍にいました。きっとそれが全てなのです。ミリアム、この世に偶然は無いと言います、ならば貴方自身の行動の全てが、貴方を救ったのですよ」
「はい……」
ミリアムは顔を上げて涙を拭った。
偶然ではない……。確かに、根拠は無いがそう思えてならない。
あの夜。星の瞬く下で語り合った時から、ミリアムの心にずっと残り続けている想い。
「落ち着きましたか?」
「はい、取り乱してしまって、申し訳ありません」
ジャンパオロは全てを包み込むような笑顔をうかべて頷き、もとの席に座った。
「では、早速本題にはいりましょう。……ジャネット聖神官の消息は掴めましたか?」
ミリアムは神妙な顔で首を振った。
「いいえ。野盗団に誘拐されたのは間違いないと思います。でも、洞窟にはもういませんでした……」
「そうですか、どこかに移されているのでしょうね……」
膝に置いた手を固く握り、ミリアムは小さく震え俯く。
「連中は……私の事も商品だと、言って……いました……だから、ジャネットさんは、もう……」
最期は言葉に詰まり声にならなかった。
「……そうですね、最悪の事態は我々も覚悟したほうがいいのかもしれません。ミリアム、貴方が気に病む事はありませんよ」
「……はい」
ミリアムは自分の身にも起こり得た事を、ジャネットと重ね合わせているのだろう。顔を上げないミリアムにジャンパオロが少し明るい声で問いかける。
「そういえば、その冒険者の彼は、孤児院の子供たちも助けてくれたそうですね?」
不意な質問に、ミリアムは思わず顔をあげた。
「はいっ、あの、孤児院から出したクエストを受けてくれて、それでっ」
ジャンパオロはにっこりと微笑んだ。
「行方不明の子供の捜索を受ける冒険者は、ほとんどいないと聞きます。成功率も低く、ほぼ見つかる事は無いと。よく受けてくれましたね?」
「動物や人の細かい痕跡を見つける、特殊な能力があるそうなんです」
嘘にならないギリギリのところだろう。シリューからは能力について、特に口止めされてはいないが、本当の事をそのまま喋るのは、相手が神殿長でも気が引けた。
「……それに……お人よしなんです……」
ミリアムは再び顔を伏せた。だが今度は少しだけ頬を染めている。
「なんとか、手伝って貰えるといいですね」
「は、はい」
恥ずかしそうに縮こまるミリアムを見て、ジャンパオロは終始笑顔のままゆっくりと立ち上がった。
「さあさあ、話が長くなりましたね。これから官憲隊の聴取でしょう?」
「はい。……あの、神殿長様……ひとつ窺ってもよろしいですか?」
ミリアムは立ち上がって、ジャンパオロの目を見たあと、すぐに顔を伏せた。気がかりな事をずっと胸にしまっている、そんな仕草だった。
「何でしょう?」
ごく自然に、それでいて促すように、ジャンパウロは答えた。
「……なんで、私なんでしょうか……。神学校を出たての私が……なぜ……」
ジャンパオロの目が光を帯びる。
「……それは、聖女様から賜った使命の事ですか……」
ミリアムは大きく頷いた。
聖女とは、エターナエル神教における最高位である教皇に並び称される存在で、精神的支柱でもあり、予言の巫女とも呼ばれる。
その聖女から直接与えられた使命。教団でもトップの数名しか詳細を知らず、神殿長といえどその全容は明かされていない。いや、当のミリアムですら、本当の意味はわかってはいない。
「不安ですか?」
「……はい……」
ジャンパオロの問いに、弱弱しく答えるミリアム。
「詳しい事は私にもわかりません。ですがミリアム。聖女様が貴方を指名したという事は、それが貴方にしか出来ない事だからです。大丈夫、急がずとも良いのです。ゆっくりと、一歩ずつ進みなさい。それが神の思召しなら、貴方は必ず答えに出会えるでしょう」
ジャンパオロは、父親が小さな娘を慈しむように、優しく優しく語り掛けた。
「……はい。ありがとうございます。では、もう行きます」
ミリアムは深くお辞儀をして、執務室を退出した。
1階への階段を降りながらミリアムはそっと呟いた。
「……慌てなくて、いいんだ……」
だがすぐ思い出したように、はっと我に返る。
「ああっ、でもでも今は慌てなきゃっ」
ミリアムは中庭に面した廊下を駆け出した。
これから官憲隊の本署で聴取を受けるのだが、それは勿論シリューも一緒だった。そしてどういう風の吹き回しか、シリューが迎えに来てくれるというのだ。おそらくもう、神殿の外で待っているはずだった。
はしたないとは思ったが、誰も見ていない事を確かめて、ミリアムは廊下の窓から飛び出し、息を弾ませて中庭を一気に駆け抜けた。
たった一晩離れていただけなのに、何故だか少しでも早く顔を見たかった。今のこの不安を全て吹き飛ばしてくれる、そんな思いにさせてくれる、その人の顔を。
ミリアムが神殿の門をくぐって外に出ると、期待通りその人はそこにいた。
壁に寄りかかり、街行く人々を何気なく眺めている黒髪の少年。
「シリューさんっ」
ミリアムが声を掛けると、シリューは表情を変えず左手を上げた。
「ああ…」
いつもの通り、ぶっきらぼうな態度。だがいつもと違う、少しだけ照れたような表情。
「なんだ、思ったより早かったな」
「はいっ、大急ぎで走って来まっ……」
駆け寄ったミリアムは、何故か足をもつれさせよろけた。
シリューは咄嗟に身を躱し、ミリアムの腕を掴んで支える。
「なんでこんな所でよろけるんだよ?」
「は、はい……ごめんなさい……」
姿勢を整えたミリアムは薄く頬を染め、シリューを上目使いに見つめた。
「……どうした?」
「……てか今、シリューさんって、避けましたよね?」
確かに、避けた。そしてロープを引くように無造作に腕を掴んだ。
「普通、そこはっ……優しく抱きとめるところですよねっっ」
きっ、とシリューを睨む。
「断る」
「いや、そんな、きっぱりと断らないでくださいぃ……」
「いいだろ別に。それとも壁にキスした方が良かったか?」
何食わぬ顔でシリューが壁を指差す。
「……シリューさん……いけずですぅ」
いつもと同じ日常。
「ほら、行くぞ」
「あんっ、待って下さい」
だが、今までとは少し違う日々の始まり。
「あ、そうだ。シリューさん」
「ん?」
ミリアムは目一杯に溢れる笑顔をシリューに向けた。
「おはようございますっ」
「ああ、おはよう」
ミリアムはさりげなく、シリューの隣に並んだ。




