【第73話】エピローグ~出会いは……~
次の朝。
まだ夜が明けきらないうちに、シリューは出発の準備を始めた。
洞窟の傍で巧みに隠されていた馬車の中から、四頭立ての物を選び、更に一頭立ての小型の車体をロープで連結させた。これは、大型の車体に野盗団を詰め込み、小型の方に子供たちを分けて乗せるためだった。
街に近づいたら野盗たちは馬車から降ろし、歩かせるつもりだが、さすがに森の中まで歩かせる訳にはいかないだろう。野盗たちの体力が尽きようが知った事ではないが、それでは時間が掛かり過ぎ、夕方までに街に着けなくなる。それだけの理由でしかないが。
準備が終わり空が白み始めた頃、シリューはミリアムを起こしに洞窟へ入った。
「あ、んっ、……シリューさん、おはようございます。もしかして、一晩中見張りをしてくれてたんですか?」
ミリアムは目を擦りながら尋ねた。
寝起きの為かいつもより声が低い事に、シリューは少し可笑しくなり自然と笑みが零れた。それに何というか……、寝ぼけまなこで、後ろに纏めた髪が少し乱れたミリアムは、正直、そう正直可愛かった。
「ごめんなさい、私だけぐっすり眠っちゃって……。起こしてくれたら良かったのに」
空気が乾燥していたせいか、ちょっとしゃがれ声にもなっている。
「気にするな、俺は二、三日眠らなくても平気だから」
実際は二、三日どころか三十日は休息・休眠・補給無しで活動できるが、今それを言う必要もないだろう。
「子供たちを起こす前に、朝食の準備をしよう。手伝ってくれ」
「はい、わかりました、任せてくださいっ」
ミリアムは別人のような低くしゃがれた声で、ぽんっと自分の胸を叩いた。
朝食の準備が終わる頃には、すっかり元の声に戻ったミリアムが、すやすやと安心して眠る子供たちを優しく起こした。
「さあ、みんな起きてぇ、朝ご飯できましたよぉ」
それからみんなで最後の食事を囲んだ。勿論野盗たちは無視だ。
何人かは、『俺達にも食わせろ』だの、『服を返しやがれ』などと騒いだが、シリューがその都度、早撃で鼻や耳を撃ち抜くと途端に大人しくなった。
「うざいなぁ、ここで埋めていってもいいんだぞ。殺すのも面倒だから生きたままな? どっちがいい?」
シリューの強さを身をもって実感した野盗達は、それから一切騒がなくなった。
馬車の扱えないシリューに代わり、ミリアムが御者を務め、一行は朝食の後すぐに出発した。
ミリアムにとっても、子供たちにとっても、未練の残るような場所ではなかったので、一刻もは早く離れたかったのだ。
途中休憩をはさみ、計画通り夕方前にはレグノスの街近くまでたどり着いた。勿論、吊るしておいたカミロを回収し他の連中と同じようにロープで繋いだのは言うまでもない。
「ほら、さっさと降りろ!」
街の傍で全員を馬車から降ろし、シリュー自ら数珠つなぎの野盗たちのロープを持ち先導した。シリュー自身はなるべく目立たないよう、深くローブを被って。
「お、おいおい、一体何事だ?」
門を守る衛兵が、裸で後ろ手に縛られ、首を繋がれて連行される異様な様子に、先頭でロープを引くシリューに詰め寄った。
「俺は冒険者です。行方不明の子供を探してたら、たまたまエラールの森に巣食う野盗団を見つけたんで、全員こうして捕縛しました」
シリューは冒険者カードを衛兵の目の前に提示しながら、いきさつを説明した。
「エラールの森の野盗団だって? ほんとうかっ?」
「いや待て、あれは賞金首のランドルフじゃないかっ。おいザルツまでいるぞ! 他にも……」
衛兵たちがにわかに活気づく。
「この連中が野盗で、君が冒険者というのは分かったが……この状況は一体……」
衛兵のリーダーらしき男が、裸の一団を指差し尋ねた。
「こいつらさんざん暴れ回って、この街の人たちも随分迷惑してたんじゃないかって。だから……」
シリューは野盗たちの方へ顎をしゃくり、思いっきり悪い笑顔を浮かべた。
「それにふさわしく、大恥かいてもらおうかと思って」
「なるほど……こいつらに家族や同僚を殺された者も少なくない。面白いじゃないか、見せしめには丁度いい。ちょっと待っててくれ、今許可を貰ってくる」
そう言ってくるりと踵を返し、弾むような足取りで詰所へと入っていった。
「お前、このままで済むと思うなよ……」
僅かな時間に集まってきた大勢の市民の目に晒されながら、数珠つなぎの先頭を歩くランドルフが、怒りの籠った目でシリューを睨んだ。
「まだ分からないのか? お前たちは終わりだよ。あとは吊るされるか、首と胴が分かれるか……ま、選ばせてくれるとは思わないけど」
シリューは振り向いてランドルフを睨み返したが、すぐに興味を無くし前に向き直った。何を言おうが、所詮は負け犬の遠吠えでしかない。この男にはもう何も残されていないのだ。
だが、ランドルフが後ろでニヤリと笑ったのを、シリューは気付かなかった。
「ご苦労だった。ここからは我々官憲隊が引き継ぐ。賞金は冒険者ギルドで受け取ってくれ」
中央広場まで進んだ一行を、官憲隊の中隊が迎え、シリューは野盗団を引き渡す。
「宜しくお願いします」
官憲隊の隊長は軽く頷き、部下に号令を出して隊列を組ませシリューの前に並ばせた。
「シリュー・アスカ殿、でしたかな」
隊長はそれまでの厳しい表情を崩し、柔らかな笑顔を浮かべた。
「我々は、貴方に感謝いたします。本当にありがとう。これで、死んでいった仲間たちも浮かばれます」
そう言って隊長は部下に向き直り、大きな声で号令を掛けた。
「総員! シリュー殿に敬礼!!」
一糸乱れぬ動きで、全員が敬礼をする。
シリューは少し戸惑ったが、ゆっくりと相手と同じ敬礼を返した。
「……何か、凄くかっこいいです……」
その光景を見ていたミリアムが、進んでゆく官憲隊を見送りながら呟いた。
「ああ、あの人たち、ずいぶん悔しい思いをしたんだろうからなぁ……」
何度か派遣された捜索隊は、誰も生きて帰らなかったと聞いていた。
「えっと、はい。そうですねぇ」
そうじゃなくて……とは、ミリアムは言えなかった。
「さてと、仕事に戻るか」
シリューは大きく伸びをして言った。
「仕事?」
「ああ、子供たちを親元に帰すのが、今回の仕事だからな」
ミリアムは微笑んで頷いた。
「そうですね、みなさん待ってますね」
「そういう事」
シリューは子供たちを乗せた馬車に向かい歩き出す。
「あ、でもでも、野盗団の件は?」
シリューの背中に向かってミリアムが投げかける。
シリューはそっと振り向いた。
「通りあわせ、かな」
涼やかなシリューの笑顔に、ミリアムはふと、今までの事を思い返してみた。
はじめの頃はいつも不機嫌で、怒ったような顔ばかり向けられていたと思う。
それから、少しづつ笑顔を見せてくれるようになった。冒険者ギルドの前で堪えきれず大泣きしてしまった時には、優しく涙を拭ってくれた。
そして、あの洞窟で、大切なものを引き裂かれそうになった時……。
「……通りあわせ、ですか……」
ミリアムは誰にも聞こえない声で、シリューの背中に語り掛けた。
もし、あの最初の出会いの時、勘違いしていなかったら……。二人は言葉を交わす事もなく、ただすれ違っていたのだろうか。
ミリアムはそっと目を閉じて、心の中で神に感謝を捧げた。
「おい、何してんだ、置いてくぞ」
シリューが立ち止まり振り返った。いつものぶっきらぼうな言い方だが、その顔には笑顔が浮かんでいる。
「あんっ、待って下さいっ」
ミリアムは髪を揺らしトコトコとシリューの隣に並んだ。
「シリューさん……」
「ん?」
「シリューさんは、やっぱり優しいです」
ミリアムは桜色にほんのりと頬を染め、そして右手でそっと髪をかきあげ、そのまま耳を覆うように手を止めた。
「お前、それ……」
「あっ、えっと、これは、そのっ……癖です、ただの癖ですよ……」
沈みかけた夕日に、二人の影が長く長く石畳の道に伸びて、やがて黄昏の薄闇に寄り添いながら溶けてゆく。
〝僚ちゃん、私を探して〟
心に聞こえた美亜の声に、シリューはそっとミリアムを見つめた。
召喚の日、あの交差点で見た美亜の幻が囁いた言葉。
「あの、シリューさん……?」
あの日吹くことを止めた風が、今また再び吹き始める。
この出会いがただの偶然でない事を、二人はまだ知らない。
活動報告でお約束した通り、第5章の前に閑話として、パティーユと勇者、それぞれのエピソードを入れます。
次話は、パティーユのエピソード『いつかの世界どこかの未来(前編)』
9月1日土曜日に更新予定です。




