【第41話】少女の名は紫……
シリューは、東区の武器屋『怒りの葡萄』を出たあと、今度は西区にある防具屋を訪ねる為、ロランに書いて貰った地図を手に、のんびりと通りを歩いていた。
腰には、武器屋の主人のギールが選んでくれた、鋼製のショートソードが二振り。
両側に剣を固定する、特製のベルトもしっかりと身体に馴染んで、動きを阻害する事も違和感もなかった。
剣は勿論新品で、一振りが700ディール、二振りで1400ディールのところ、ベルトも含めて1300ディールにまけてくれた。
この値段なら、それこそシリューの求めた、駆け出しの冒険者が持つのにふさわしい、そこそこの品、と言えるだろう。
「……えっと、この通りを左、かな?」
ロランの地図は、簡単に書かれている為、初めてこの街を歩くシリューには、少し分かりずらかった。
一つ一つ路地を確認しながら歩いていたその時。
「お兄さーん!」
通り中に響き渡る様な、女性の声が聞こえた。
思い当たる節のないシリューは、特に気に留めもせず振り返る事もなかった。
「おにいさーん! そこの、黒髪のおにいさーんっ。あなたですよーっ」
シリューは肩を竦めて振り返る。
「え? 俺?」
通りの反対から、こちらに手を振りながら駆けて来る少女が一人。
腰に届く目の覚める様なピンクの髪が、柔らかく風に揺れている。
「ピンクの髪って……ホントにいるんだ、さずが異世界……」
思わず溜息が漏れる。
「ああ、気付いてもらえたっ」
そして、笑顔で手を振る少女の胸にあるのは、揺れる、を通り越し、勢いよく弾む二つの……メロン。
そう、林檎でもスイカでも無く、メロンだ。
シリューの目が、そのメロンの動きに釘付けになる。
「マジで……男の理想……」
誤解がある。
あくまで、シリュー個人の理想だ。
「良かったぁ、やっと見つけましたっ」
息を弾ませる少女の白いブラウスを、どうだっ、と言わんばかりに押し上げ自己主張する、たわわに実った破壊力抜群の双丘。
はぁはぁと少女の息に合わせて、二つの果実が更に揺れる。
クリスティーナのそれが、たゆんたゆん、なら、この少女のは……。
「ばいんばいん…………って、や、やばい、やばいっ」
理性とキャラを、半分ほど破壊されそうになり、シリューは慌てて首を振り気を取り直した。
弓月の眉に、薄く蒼いアーモンドの大きな瞳。
鼻は高く、少し厚めの唇が無邪気な色気を演出している。
紛れもない美少女だ。
美少女なのだが……。
「あの……どなたでしたっけ?」
「へ?」
全く見覚えがなかった。
これだけの美少女で、しかもこれだけの巨乳。
一度でも会っていれば、人の顔を覚えるのが苦手なシリューでも、忘れる筈がない。いや、胸を、という意味ではなく。
シリューはあれこれと考えを巡らす。
このレグノスへは昨日着いたばかりで、話をした女性と言えば冒険者ギルドのレノ、宿屋のロランと娘のカノン、精々その三人くらいだ。
「……もしかして、エルレインにいた時…………」
龍脈に落ちたショックで、記憶が消えているのだろうか。
「あ、あの、お兄さん……?」
少女は、顎に手を添え、ブツブツと独り言を呟くシリューを、訝し気に見つめた。
「まさか……忘れちゃったんですか?」
「ごめん、全然覚えがないんだけど……人違いじゃない?」
「そんなっ、昨日会ったじゃないですかぁ」
「え? 昨日?」
昨日と言えば……。
「そうですっ、あの、ひったくりの騒ぎのっ」
シリューの脳裏に、はっきりと蘇る、あの時の少し大人びた紫。
「あーーっっ! 紫パンツ変態神官娘!!」
「長っ! どこからツッコめばいいんですかそれっ! てか、紫パンツって……まさかっ、み、見たんですかぁっ!?」
少女は顔を真っ赤にして、下腹部に両手をあてて身をよじる。
今更な感はあるが。
「見たって言うか、見せてたろっ、ばんばん。見ず知らずの男に、これ見よがしに股間を見せつけるのって、女としてどうかと思うぞ、紫パンツ変態神官娘」
「だから長っ。じゃなくてっ、変態ってどういう事ですかっっ」
両手の拳を胸の前に置き、少女は赤い顔のまま口を尖らせる。
「いやだから、初対面の男の目の前に、これでもかってくらい股間を晒す、恥じらいのかけらもない露出狂は、変態だろ」
「変態じゃないですもんっ! てか、恥じらいだってありますっ! 露出狂じゃありません!!」
「いや、なんかもう有るのか無いのか分けわからん」
興奮気味に捲し立てた少女が、肩で息をする度、そのメロンな胸がばいんっ、と弾む。
眼福……。
だが、それはそれ、これはこれ。
「じゃ、そう言う事で」
シリューは踵を返し、さっさと歩き出す。
これ以上、この紫パンツ変態神官娘に関わるつもりはなかった。
「あんっ、ちょっと待ってくださいっ」
少女はシリューの前に回り込み、腰を折って頭を下げた。
「あの、昨日は本当にすみませんでした!」
何となく体育会系のノリだ。
「あーはいはい。もういいからどっか行って」
シリューは立ち止まりもせず、面倒くさそうに手をひらひらと振った。
そんな態度のシリューに、少女は何とか振り向かせようと、必死に食い下がる。
「あ、いや、だから、ちゃんとお詫びをさせて下さい。ねえお兄さん、待って」
「別に、必要ないよ。それに俺、あんたのお兄さんじゃないし」
シリューは横目でチラリを少女を見ると、興味無さそうに吐き捨てた。
「ご、ごめんなさいっ。でも私、あなたのお名前知らないんですもん……」
「ああ、やっぱお兄さんでいいや」
名乗る気も、名前を聞く気もない、というシリューの頑なな態度に、少女はしゅんと肩を落とし、涙目になる。
「……やっぱりまだ、怒ってるんですね……」
シリューはこのまま無視して行こうかと思ったが、捨てられた子猫の様な縋る目を向ける少女に、さすがに言い過ぎたと少し気が咎めた。
あくまでも少し。
「……ああ、分かったよ。せっかく謝りに来てくれたのに、ちょっとガキっぽい対応だったかも」
そう言って少女に、ロランの書いてくれた地図を差し出す。
「……これは?」
「西区にある、その防具屋に行きたいんだ。俺はこの街に詳しくないし、案内してくれると助かる」
少女の顔が、雲の晴れ間からのぞく太陽の様に明るくなる。
「はいっ、任せてくださいっ!」
背筋をぴんと伸ばし、花のような笑顔で拳を握るポーズを取った拍子に、少女の胸がまたしても大きく弾む。
ばいんっ。
「じゃ行くぞ紫パンツ変態神官娘」
シリューは少女のそれから目を逸らし、さっさと歩き出す。
「ちょ、そこは変わらないんですかぁ? せめて……せめて変態は取ってくださいぃ」
少女は妥協した。
「ほらさっさと案内しろよ、紫パンツ変態神官娘」
「……もう、いいですぅ……」
少女は諦めた。
主人公初の塩対応、まだまだ続きます。
 




