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【第37話】東の果てから来た男?

 ギルドの建物の裏にある倉庫の隅で、支部長のワイアットと受付嬢のレノは、その光景をただ茫然とした表情で眺めていた。


「……なあ……。あいつ……最初に何て言った……」


「……確か、少し量が多いですが、驚かないで……下さいと……」


 呟くようなワイアットの問いに、何とか声を絞り出して答えたレノは、少しだけ涙目になっていた。


「お前さん……どう思う?」


「……事実を、受け入れましょう……」


「そうだな、受け入れるしかないな」


 確かにナディア嬢はオチを用意していた。


 だが笑えない。が、笑うしかない。


 倉庫いっぱいに並べられた、動かぬ魔物達。


 二十体のグロムレパードは、心臓を貫かれたと思われる一体を除き、身体の一部が抉られた様に損傷しているものと、何かに貫かれたようなもの。


 貫通したその傷は、片方が小さく、もう片方が大きく開いていた。


 ハンタースパイダー一体は、脚が千切れて腹が裂け、一体は胴体の半分が吹き飛び、もう一体は頭が無い。


 極めつけに意味不明なのは、下半身だけのゴブリンらしきもの……。これは傷痕が炭化している。


「こりゃあ、何からツッコむべきかな……」


 何を使って倒せばこんな状態になるのか。中には未だ血や体液を垂れ流しているものまである。


 すべてに共通しているのは、傷はそれぞれたった一つだけという事実。


 それはつまり、一体残らず、僅か一撃で屠ったという事だ。


 Gランクのゴブリンやアルミラージならともかく……。


「とんだオチを用意してくれたもんだぜ……」


「え? なんです?」


 ワイアットのぼやきに、レノは聞き返した。


「ナディア嬢さ。手紙には、グロムレパード()()を瞬殺って書いてあったんだが……」


 レノが目を大きく見開きワイアットを見た。


()()? これが? 表現がおかしくないでしょうか」


「だよな……俺も五、六頭だと思ってたわ」


「それでも十分異常です……」


 ワイアットの疑念はますます強くなる。


 勇者でない事ははっきりしている。


 だが、実力は同等だろう。


 ガイアストレージの中身をすべて出し終えたシリューが、呆けた様に佇むワイアットたちのもとに歩み寄る。


「これで全部なんですけど、買い取ってもらえますか?」


 シリューはこういう反応になるだろうな、と思いながら遠慮がちに尋ねた。


「……全部出せとは言ったがな……」


 ワイアットは一旦言葉を切り、葉巻を燻らせる。


「どうなってるのか……聞く権利はあるよなぁ」


 クリスティーナたちの反応から、この手の質問が来るのは想定していた。


 隠していてもいずればれる。ならば、最初から説明しておいた方が面倒を省けるだろう。


「それ程難しい事じゃありません。マジックボックスが空間魔法の一つと言うのは知ってますよね?」


 ワイアットとレノが頷く。


「魔力によって作られた仮想空間をマジックボックスと呼ぶのですが、これはいわゆる位相空間と同一のものなんです。ですから、一つの位相空間に幾何学的関数を加える事により、そこに無限次元ベクトルが発生し、さらに代数幾何学で表されるザリスキ位相に、不変数を用いたリーマン面の制限を取り払う事で、直観的な開集合の概念を定式化させ、最終的に多重構造の位相空間を同時発生させ、マジックボックスの容量を飛躍的に拡大しているわけです。ね、意外と簡単でしょ?」


 シリューはにっこりと笑った。


 勿論、大嘘。


 思いついた難しそうな言葉を、それらしく適当に並べただけなので、もう一度説明しろと言われても、既に覚えていない。


 二人がどう反応するのか……。


 先に口を開いたのはワイアットだった。


「あ、ああ、そうだなっ。うん、いや確かに、意外と簡単だ、うん、うん」


「この技術は、まだ研究段階なんで、核心部については話せないんですが……」


「そ、そうだろうな、いや、かまわんよ」


 笑顔を引きつらせながら、ワイアットが頷く。


 そのワイアットの腕を取り、レノがシリューに聞こえない位の声で囁く。


「……支部長、あんなのよく理解できますね……」


 ワイアットはレノの顔を見ず、小さな声で答える。


「全く分からん」


「え? でも……」


「分かった振りしとけ……」


 レノはこくこくと小刻みに頷いた。


「そ、そうですねっ。意外と簡単ですねっ」


 二人の反応を見て、シリューは満足げな表情を浮かべる。


 どうやら、はったりは成功したようだ。


「理解が早くて助かります。ところで、買い取りは……」


「ああ、そうだったな。いや、素材は全部うちで買い取る。ただ数が多いんでな、見積もりに時間が掛かる、そうだな……明日の午前中には終わらせとくから、それでいいか?」


 買い取ってもらえるのなら、シリューに文句などあるはずがない。


「構いません、特に急いでるわけじゃないんで」


「じゃあ明日、金もその時用意しておく。ああ、それともう一つ質問だ。ナディア嬢の手紙にも書いてあったしな、疑うわけじゃないんだが……」


 ワイアットは葉巻を持った手で、ずらりと並べられた魔物達を指す。


「これ全部、お前さんが一人で?」


「そうです。ただ方法については今のところ話せません」


 シリューはきっぱりと答える。これも聞かれる事を想定して、予め用意していた対応だ。


 もっとも、数日を掛けて小出しにしていく方法も考えてはいたが、それでも不信感を持たれる可能性はある。


 それなら、下手に誤魔化さず、全部出し尽くした方が面倒も一度で済む、はずだ。


「えっと、とくに信じて貰わなくてもいいんですけど……」


「ああ、いや、そうじゃない。ただ、どうやって倒したのか、それを聞きたかったんだが、まあ無理に答える必要は無いさ」


 そう簡単に手の内は晒せない、か……。こいつ、新人ながらなかなか大物じゃないか……。


 ワイアットは心の中でそう呟き、思わず頬を緩めた。


「引き留めて悪かったな、もう行っていいぞ。金額は明日のお楽しみだ」


「ありがとうございます。あ、それと、当分はこの街で活動したいんで、泊まる所を探したいんです。少しくらい高くても、持ち合わせはあるので……」


「それなら、お薦めの宿がありますよ。地図を書きますから、こちらへどうぞ」


 シリューは、レノに案内され倉庫をあとにした。


 一人残ったワイアットは、もう一度並べられた魔物達を眺め、ゆっくりと葉巻をふかす。


「……東の果てから来た男か……一体何者なんだ……」



シリューが説明しているマジックボックスの理論は

位相空間の理論を使ってはいますが、完全に出鱈目です。

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