【第345話】正体
「Aの出現?」
Aと同時にBも出現したのだから、当然Bの魔素収束も同時に起こっていたはず。
【検知可能な魔素の収束地点は、A出現点の一か所のみです】
「一か所……? もしかして、Cの魔素収束も検知できないのか?」
【BおよびCの個体の出現地点に、魔素収束の痕跡はありません】
現実に三体のイロウシュットが存在し、それぞれの箇所に魔素の反応が出ているのに、魔素の収束は一か所、一体分しか起こっていないとはどういう事だろう。
「シリューさん!」
ミリアムが叫ぶ。
考えに集中していたシリューの頭上へ、直人たちと守備隊の攻撃を逃れた翼竜が襲い掛かってきたのだ。
「魁偉の風刃、阻害の敵を断罪せよ。ストリームラーミナ!」
シリューを庇うように前へでたパティーユが、気流の刃を繰り出し接近する翼竜を次々と屠ってゆく。
「此処は……貴方は私が守ります」
決意に満ちた表情で、パティーユが振り返る。
「ああ、しばらくの間、頼むよ」
こくんっ、と頷いたパティーユの顔に、ほんの一瞬だけ満足そうな表情が浮かんだのは、けっしてシリューの気のせいではないのだろう。
一緒に戦う仲間たちが今、全力で時間を稼いでくれている。
それでも、あまり長く待たせるわけにはいかない。
「絶対、見破ってやる。思考加速!」
シリュー自身を含めた周りの景色が、まるで時間を止めたかのようにゆっくりと流れる。
通常時間の50倍となる思考速度。
仲間が作ってくれた機会を無駄にはしない。
「初めから考えろ……何が分かってる?」
龍脈からの瞬間転移には、もう疑う余地はない。
次に、三体が全く同じ魔素と形状を持つ理由。
これは、イロウシュットがブラエタリベルトゥルバーと同じように人間の感情を喰らうのなら、ヤツはその分成長を遂げ一体から二体へ、二体から三体へと増殖を重ねたとは考えられないだろうか。
それから、三体が出現したにもかかわらず、一か所にしかない魔素収束地点。
「実は三体同時に現れていて、一体は視覚化……いや実体化されていなかった、とか?」
シリューたちの魔法を吸収したイロウシュットは、自身の強化と三体目を実体化するだけの魔力を蓄える事ができた。
「けど何か……何か足りてない気が……」
と、そこでシリューはある違和感に気付く。
「そういえば……ヤツら、最初の位置から全然動いてない……?」
地上に残る足跡にも、それははっきりと記されていた。
三体のイロウシュットは、何故かそれぞれ一歩も進んでいない。
「どういう事だ?」
シリューはベナルートで調査した時の事を思い返してみる。
「そういえば……」
一体目の足跡が100mほど続いていたのに対して、二体目は今と同じように一歩も進む事なくその場で消えていた。
「偶々……じゃないのか……」
今まで気にも留めていなかったが、そこに何か重要なポイントが隠されているとしたら……。
「二体目が現れたと同時に、一体目も動かなくなった?」
いや、何か違う気がする。
「……動けなくなったのか?」
もしくはその場に留まる必要があるのかもしれない。
二体のイロウシュットが、何かの状態を維持するために。
そして今回も、二体から三体へと数が増えてはいるが、全く同じ行動をとっているのだ。
「動きを止めてでも、維持する必要のあるもの……。つまり、攻撃を受けやすくなるリスクがあったとしても、動かずにいる方が有利な状況を作れるって事かな?」
あながち間違っていないように思えた。
現にシリューたちはまだ、イロウシュットに効果的なダメージを与えられていない。
「当たったり、すり抜けたり、か」
吸収されてしまう魔法攻撃以外は、戦闘開始時からずっとそれの繰り返しだ。
しかも、当たるよりもする抜ける確率が高い。
「確率……待てよ、確率?」
シリューは視線の先で続いている、直人たちとイロウシュットCとの戦闘に刮目した。
「ホント、スロー再生を見てるみたいだな」
風魔法『飛翔』を使い、空中から武器による直接攻撃を仕掛けようと、イロウシュットに迫る直人と有希。
1秒が50秒にもなる静かな世界で一瞬、イロウシュットの身体がブレたように見えた。
「何だ? 今の」
よく見ると、実際の1秒間に数回、雨天時のTV画面のようなちらつきが起こっている。
「もしかして……」
シリューは一旦思考加速を解除し、空に舞い上がった。
ある程度上昇して戦場を見下ろす。
「この高さなら、視線を動かさずに観察できるな」
三体のイロウシュットが視界に入るのを確認して、再度思考加速を発動。
シリューの感覚で数分、実際には僅か数秒間。
イロウシュットCに見られた現象が、シリューの予想通り他二体にも起こっていた。
しかも、ちらつきのタイミングはそれぞれ微妙にズレており、三体同時に起こっているわけではない。
「そうか……見えてきたぞ」
シリューは思考加速を解除する。
「ストライク・アイ起動。ターゲットはイロウシュットA、B、C」
網膜に投影されたPPIスコープに、イロウシュットを示す3つの輝点が映る。
だがストライク・アイの赤いマーカーは、3つの輝点上で点滅を繰り返すだけでターゲットを指定できない。
【ターゲットを捕捉できません】
同じような現象は以前、エラールの森の洞窟でミリアムを助けた時にも経験した。
あの時は、物の数が多すぎてシリュー自身に迷いや焦りがあり、ターゲットを絞り込めなかったせいだが今は状況が違う。
「みんなっ、一旦離れて!」
シリューの声を聞いて、全員が攻撃中のイロウシュットから距離を取る。
「ターゲット変更。イロウシュットA、B、C、真下の地面を狙え」
【ターゲット、ロックオン。魔法の発動が可能です】
「さあ、どれが喰い付くかな? レイ!」
三条の光が僅かの差もなく、同時に三体のイロウシュットへと降り注ぐ。
Bの個体が赤く発光し、AB二体直下の地面が抉れる。
「もう一発、レイ!」
今度はAが発光。
続けて発射。
またBが発光する。
「何だ!?」
「僚君、どうしちゃったの?」
直人も有希たちも、シリューの突然の行動が理解できずにいた。
「シリュー君……」
「何を思いついたのかしら」
「秘密主義にも、困っちゃいますね」
ミリアムたちはさほど気にした様子はない。
いつもの事。
決定的な何かを掴んだ、そういう事だろう。
当然、どんな魔法も吸収される事を理解した上で、威力を最小限に抑えての攻撃だった。
「次はどうだ!」
三体のうち、Cがビームを吸収。
間髪を容れず、連続でレイを発射。
C、A、C、B、B、A、それから……。
吸収する個体は次々に入れ替わる。
そこに規則性はなく、どれが吸収するのかは全く予測できなかった。
「完全にランダムか……でも、これで分かってきたぞ……」
一か所で起こった、転移のための魔素収束。
固定された位置に、同じサイズと魔素を持つ三つの個体。
すり抜ける攻撃と、命中する攻撃の確率。
点滅するだけで、ターゲットを指定できないストライク・アイ。
不規則に入れ替わり、魔法を吸収するのは常に一体のみ。
「まるでシュレーディンガーの猫……いや、その表現は違うかな?」
頭に浮かんだ言葉を口にしたものの、シリューはすぐにそれを否定した。
シュレーディンガーの思考実験を現状に当てはめるのは正しくない。
ただ、イロウシュットの存在が、何となく量子力学に共通しているように感じたのだ。
三体に見えてはいるが、それはおそらくブラエタリベルトゥルバーと同様の魔素による幻体で、イロウシュット本体は常にその三か所を移動している。
ストライク・アイが、ターゲットを捕捉できなかったのもそのためだ。
イロウシュットは、その存在を確率によって確定している。
「お前、本当は最初から一体だけなんだろ?」
シリューはイロウシュットの一体を睨みそう呟いた。




