【第34話】そのテンプレ、すみません。
「ニンゲンは乱暴なの……」
ヒスイがポケットの中で、小さく呟いた。
さっきのひったくりの事なのか、それとも神官少女の事なのかシリューには分からなかったが、ヒスイにとってはどっちも同じなのかもしれない。
「ごめんねヒスイ。皆が皆、そうじゃないんだけど……。怖かったよね」
シリューは申し訳ないという感情と、情けないという感情が入りまじり、眉をひそめ謝罪を口にした。
「ご主人様は悪くないの。ご主人様は凄く激しいけど、凄く優しいの。ヒスイはとろけてしまいそうなの、です」
「うん、ヒスイ。相変わらず誤解を生む言い方だね」
シリューは手に持った果物を齧った。
ちなみに、ヒスイにも勧めてみたが、ピクシーはマナを直接体内に取り込むため、食物を摂取する必要がなく、食べるという行為自体経験がないと断られた。
「それにしても……」
神官少女の蹴りが掠って千切れ、短くなった前髪の一部を指で弄ぶ。
「あの紫……」
思い返すと、徐々に怒りが沸き上がってくる。
相手の勘違いとはいえ、初対面でいきなり理不尽な暴力を向けられた。
しかも、その蹴りの鋭さとパワーはこの世界の常人の域を大きく超え、一撃でも喰らおうものなら、頭がきれいに吹き飛ぶほどの威力だった。
「楽にあの世まで行けるぞ、運が良ければ……か、ふざけるな」
〝女の子じゃなかったら、ボコボコにしてやりたいけどなぁ……〟
それがシリューの本音だった。
「まったく、かわいい顔して…………あれ、かわいい顔?」
シリューは少女の顔を思い出そうとした、が、全く、少しも、いや完全に思い出せない。
「……てか、顔見てない……」
いくら思い出そうとしても、目に浮かぶ光景は紫のパンツ。
さっきの出来事イコールパンツ……。
シリューは激しく頭を振った。
「や、やばい、やばい、やばいっ。もう少しで色んなものが崩壊するとこだった!」
そんなシリューの様子に驚いたのか、ヒスイが心配そうな顔で見上げた。
「ご主人様? 大丈夫、です?」
「あ、うん、大丈夫。悪魔の魔力に囚われるところだった……」
違う意味で凄まじい破壊力。
「恐るべし、紫パンツ変態神官娘……」
勿論、そんな不名誉なあだ名で呼ばれているなど、神官少女本人が知る由もないが……。
〝とにかく、二度と会わない事を祈ろう〟
絶対に関わらない。
シリューは、そう固く誓った。
「ご主人様、これからどこへ行くの?」
「冒険者ギルドだよ。登録しとこうと思ってさ」
ヒスイはちょこん、と首を傾げた。
意味は分かっていないらしい。
「冒険者に登録して、素材集めをしたり、魔物を狩ったりしてお金を稼ぐんだよ」
ヒスイは納得したように、何度も頷く。
「お金は大事なの。ご主人様なら、いっぱい魔物を狩って、いっぱいお金を貰えるの、です」
「ははは、多少ゆとりがある位の生活ができればいいんだけどね。ほら、あれがそうだよ」
シリューは、通りの向かいの角に見える建物を指さした。
石造りの三階建てで、周りの商店に比べ四倍近い建坪がある。
建物の角には、盾をモチーフに剣、槍、弓が炎を背景に描かれた看板が掛けられ、一目でそこが冒険者ギルドと分かるようになっていた。
因みに冒険者ギルドの基礎を築いたのは、三大王家を起こしたのと同じ四代目勇者で、彼はその他にもこの世界最大の宗教、エターナエル神教を組織した。
その目的は明白で、四代目勇者の時代以降も幾度となく訪れる、未曾有の大災厄に対処する為、召喚される勇者をサポートするシステムを構築する事であった。
かなり悲惨な戦いを強いられた三代目勇者に比べて、戦闘における能力だけに留まらず、四代目勇者は政治、経済の分野においても、類まれな才能を持っていたようだ。
「……なんか、四代目ってかなりの天才だよなぁ……」
シリューは頭の中に、一口齧った林檎のマークを思い浮かべた。
僚たちの世界で、それまでの価値観さえ変えた人物。
更に、物理学の常識を覆した天才科学者や、人心を掌握し世界中を戦火に巻き込んだ政治家。
あるいは、産業革命のきっかけとなる技術を開発した人物等……。
そして、不意にある考えが閃く。
僚たちがこの世界に召喚されたように、他の世界から僚のいた世界に召喚された人物がいたとしたら……。
「まさかね……いや、それはないか……」
「……ご主人様?」
ぶつぶつと独り言を呟くシリューに、ヒスイはもう一度首を傾げた。
「ああ、ごめん。何でもないんだ」
冒険者ギルドの建物の前で立ち止まったシリューは、ここに二つの入り口がある事に気が付いた。
一つはガラス窓から、不動産屋のような受付が覗くドア。
もう一つは古い西部劇のサルーンのような両開きのスイングドア。
前者が角にある建物のシリューから見て手前側、後者が角の奥側といった具合だ。
果たしてどちらから入るべきか。
「おい小僧、そんな所に立たれちゃ通行の邪魔だぜ!」
立ったまま暫く考えていたシリューの背後から、野太く凄みのある声が響いた。
「あ、すいません……」
振り向いた先に立っていたのは、身長2mはあろうかという見上げるような大男。
目つきが鋭く、眉はほどんどないくらいに薄く、頬に残る大きな傷跡が、強面の顔をより一層凶悪なものにしていた。
こびり付いた返り血で、ドス黒いシミに染まった元は茶色の革鎧と、背中に背負った戦斧。
「あ……」
典型的な悪役……。
「ああ? 何ジロジロ見てやがる?」
これはアレだ。
シリューの頭に、美亜から借りて読んだ本の内容が浮かんだ。
「いえ、あの……」
この後絡まれるパターンは、なるべくなら避けたい。
「小僧、まさかそのナリで冒険者になるつもりか?」
やっぱり来た。これは……もう諦めるしかない。
「はい……そうです」
男の眼光が鋭くなる。
シリューは、男のどんな動きにも対処できるよう、一歩引いて肩の力を抜き、男を見据えた。勿論、構えた事を悟られないように、ごく自然に。
「ほう、無理なく動ける間合いを取ったか」
シリューの眉が僅かに動く。簡単に悟られてしまった。
暫しにらみ合い、牽制し合うシリューと大男。
と、男が緊張を解き、その表情がふっ、と緩んだ。
「オメエ、なかなかいい面構えしてるじゃねえか。若ぇが死線をくぐり抜けてきた目だ」
確かに、ポリポッドマンティスとの戦いは、一人ではなかったにしろ死線といえるかも知れない。
あと、普通に死んでる。一回。
シリューはそう思ったが、口には出さなかった。
「登録の受付はあっちの入口だ、入って右端のカウンターへ行きな」
男はこちらから見て奥側の角にある、スイングドアを指差した。
「困った事があったら意地張らず相談しな、それが長生きの秘訣だぜ」
ぽん、と男はシリューの肩を叩く。
「精々、死なねえようにな」
男はそう言って口角を緩め目を細めると、シリューが今来た方へ歩き去っていった。
いい人だった。
「……なんか……うん、普通にいい人だ……」
シリューは暫くその後ろ姿を見送った後、男の指示したスイングドアのある入口へ向かった。
「ヒスイ、念のため姿消し、掛けておいて」
「はい、なの」
ヒスイの姿がポケットから消える。
光の屈折率云々ではなさそうだ。重さ自体も感じないが、PPIスコープには表示されている。
因みに、裏取引の為にピクシーを拘束する場合、魔力を遮断する魔道具の籠を使うのだが、原理は牢獄に使われている技術を流用したものだ。
「じゃあ、入ろうか」
シリューは、西部劇のガンマン宜しく、スイングドアを左手で押し、中をじっくりと確認するように見渡してから、冒険者ギルドの建物に入っていった。




