【第343話】俺たちだけじゃない!
「シリュー! クリスティーナさん! 下がって!!」
ハーティアの声が響く。
シリューとクリスは魔法の射線を空けるため、群がる翼竜を躱し切り伏せながら左右に分かれる。
「全てを葬る慈悲の炎、天を焦がし邪なるものを灰塵に帰せ。葬送の業火!」
「静寂を貫く凛冽たる凍気、清き鈴音に導かれ白銀へ連なる扉を開け。氷結!」
ハーティアの放った業火がイロウシュットの外殻を焼き、その直後、ミリアムの氷結魔法によって赤熱した部分が急激に冷されてゆく。
その間、僅かながらイロウシュットは動きを止め、体中の外殻の隙間から赤い光を発する。
膨張と収縮の作用により、一瞬亀裂が走ったようにも見えたのだが、氷が解けた後の外殻には何の変化もなかった。
「アンチマテリエルキャノン!」
高硬度、大比重の弾丸が雷鳴にも似た轟音を響かせ、衝撃波さえ置き去りに撃ち出される。
だが、音速のほぼ5倍で飛翔し、あらゆる物体を破壊するはずの30mm砲弾をもってしても、イロウシュットの外殻を打ち破る事ができない。
「今の……」
シリューはそこに微かな違和感を覚えた。
「クリス、もう一度!」
「ああ! 陽炎斬!」
高熱を帯び大気を歪ませるクリスの斬撃は、イロウシュットに命中したものの傷を負わせるまでには至らない。
「ガトリング! アンチマテリエルキャノン!」
すかさずシリューが弾丸の雨を降らせる。
直人たちの経験から考察すれば、この攻撃はイロウシュットをすり抜けるはず。
だがその予測に反して、全ての弾丸と砲弾がイロウシュットの外殻に突き刺さってゆき、ミリアムたちの魔法が当たった時と同じように赤く発光する。
一瞬だけ動きが止まるのも同じだ。
「偶然? じゃないよな……」
覇力による技や物理的な攻撃は通ったり通らなかったりを繰り返すものの、魔法攻撃は確実にイロウシュットを捉えている。
〝魔法の集中攻撃はちゃんと当たったよね……〟
そう言っていたほのかは、その攻撃がダメージを与えられたのかに疑念を抱いていた。
現状、魔法がイロウシュットのダメージになっているようには見えない。
外殻が硬すぎて中位の魔法程度では歯が立たないとも考えられるが、そうだとしてもおかしな点が幾つかある。
魔法攻撃が当たると動きが止まり、命中した部分だけでなく全身の外殻の隙間が赤く発光していた。
これは、クリスの剣技の際には見られなかった現象だ。
もう一つ、ガトリングの銃弾もアンチマテリエルキャノンの砲弾も、弾かれたり砕かれたりする事なく、まるで外殻の表面から飲み込まれるように消えていった。
「もしかして……」
シリューは空中からミリアムたちを振り返る。
「ミリアム! ハーティア! 最大火力の魔法を喰らわせてやれ!!」
二人が同時に頷く。
シリューとクリスは、詠唱の間ミリアムたちを守るため、群がる翼竜を切り伏せてゆく。
「荒れ狂う氷の龍よ、我が行く手を阻む者をその牢獄に捉え、数多の汚濁を破滅へと導く咆哮をあげよ。冬の滅び!」
「波状する無数の火種よ、霧中へと誘い、早暁に瞬く風となり猛威を振るえ。爆轟!!」
氷結の上位魔法が、イロウシュットの下半身を瞬時に青白い氷で覆い尽くす。
爆炎の上位魔法が灼熱の炎を吹き上げ、大爆発を起こした。
災害級のワイバーンですら仕留められる程の威力。
それでもイロウシュットには掠り傷さえ負わせる事ができない。
「ごめんなさい、シリューさんっ」
ミリアムは自分の力の足りなさに唇を噛む。
「気にするな、どっちにしろ……」
シリューは答えを見つけたような表情を浮かべて、もう一体のイロウシュットと戦う日向たちへ目を向けた。
「ねえ……コレって、詰んでないよね?」
幾度か攻撃を仕掛けてみても、前回と全く変わらない状況に陥っていまい、有希は少し自信を失いかけていた。
「まだ始まったばっかりだろ。作戦と、明日見の言葉を思い出せ」
そんな有希に、直人はしっかりとした口調で答える。
イロウシュットが二体現れるのは織り込み済み。
二手に分かれ、牽制しながら力を温存し時間を稼ぐ。
その間に効果的な攻撃方法を見出し、全力で殲滅する。
「ごめん……」
今は焦る必要はない。
攻撃を躱し、攻撃を仕掛け、敵の動きをじっくりと見極めればいい。
幸い二回の戦闘を乗り切った事で、ある程度イロウシュットの攻撃パターンは読めている。
次々と湧き出てくる翼竜も、追尾してくる火球も、油断さえしなければ直人たちの脅威とはならない。
青い一つ目のレンズから発射される光球は、その威力故に魔力の消費も大きいのだろう、今のところ一発も撃ってきていない。
そしてここは草原の真ん中。
守る必要のある人も物も存在せず、自由に動く事ができる。
「それに、俺たちだけじゃない」
直人は纏わりつく翼竜の群れを散らし、促すようにちらりと左のイロウシュットを見た。
空中を自在に駆ける白い姿。
有希の視界にも一瞬、その白い影が映った。
「うん、そだね」
有希の顔に自信の色が戻る。
「日向さんっ、一発でいい、光魔法を撃って!」
その時、シリューの声が響いた。
「了解!」
指示を出すという事は、シリューは何か掴んだのだろう。
「重き星々の光、今ここに集いて邪を焼き尽くす閃条となれ。レイ!」
幾筋のレーザー光が、次々とイロウシュットに突き刺さってゆく。
だが、全てを焼き切る光魔法も、イロウシュットの外殻を貫けない。
そして、それもきっと想定内なのだろう。
「さあ、これで何が分かるんだ」
直人はイロウシュットを睨んだまま、にやりと笑った。
光の線条がイロウシュットの外殻に当る瞬間。
シリューはその一瞬を見逃さなかった。
ほぼ真横から観察できたお陰で、今まで見えていなかったものをはっきりと目にする事ができた。
魔法はイロウシュットの手前僅か十数cmの所で、見えない壁に吸い込まれるかのように消えていったのだ。
「やっぱり、そういうコトか」
おそらく、いや十中八九間違いない。
魔法だけがすり抜けない理由。
イロウシュットは魔法を吸収しているのだ。
動きが止まり体中の外殻の隙間が赤く発光するのは、吸収した魔法を自分の魔力へと変換しているためだろう。
「皆聞いてくれ! ヤツは魔法を吸収してる! 自分の魔力にしてるんだ!!」
シリューは大声で警告する。
「ええ!?」
「マジか……」
「魔法を……」
皆一様に驚きの表情を浮かべたが、ほのかとハーティアの二人はそれだけで済まなかった。
覇力を使って戦う他の六人や主に支援役のパティーユと違い、彼女らは魔法しか攻撃の術がない。
つまり、イロウシュット本体の攻撃には加われないという事だ。
「また、私だけ役立たずのようね……」
ハーティアの小さな呟きが、風に乗ってシリューの耳に届く。
「いや、そうでもないさ」
魔力を使い果たせば、イロウシュットは再び姿を消してしまうはず。
ここで倒し切るには、そうさせないよう常に魔力を供給してやる必要がある。
「餌を与え続けて、ここに縫い留めておくというわけね!」
「そういうコト!」
シリューとハーティアのやり取りはしっかりと全員に聞こえようで、ほのかも任せろとばかりに親指を立てて見せた。
しかし、解決しなければならない問題はそれだけではない。
もう一度解析を試みたシリューを、イロウシュットの放った火球が襲う。
一発をユニヴェールリフレクションで防いで、二体のイロウシュットと距離をとり、一発はガトリングの弾幕で散らす。
三発目を翔駆で躱し、迎撃のため爆光球を撃ったその時。
「シリューさん! 後ろ!!」
ミリアムが悲痛な叫び声を上げた。
「え!?」
咄嗟に対処しようと振り向いた直後。
シリューの目に、高速で迫る巨大な鋏が映る。
「ぐはっ」
激しい衝撃と痛み。
何が起きたか分からないまま、シリューは地面に叩きつけられた。




