【第335話】共有の感覚
二体目の足痕を調べ終えてシリューは、何やら和やかな雰囲気でお喋りをしているパティーユたちに一声掛け、町から少し離れた場所で上空に舞い上がった。
「ご主人様、どこに行くの、です?」
胸のポケットで居眠りをしていたヒスイが、まだ寝足りなさそうに目を擦る。
「何処ってわけじゃないんだけど、ちょっと確かめておきたい事があってね」
空から見渡すと地上には延々と穀倉地帯が広がり、改めてこの地域が肥沃な大地であるとわかる。
ここから西が壊滅したザグナ。
東に進めば地平の向こうにレジールという大きな都市があるらしいが、ここから見える距離ではない。
「もう少し行ってみるか」
シリューは空中を更に東へ10分ほど進んだ。
ここまで町から離れると、麦や野菜の畑も無くなり緑の草原に代わっている。
東の地平線に目を向けると、低木の茂る小高い丘がいくつか点在しているものの、レジールの街はまだまだ先のようで、建物のらしきものは一切見えていない。
「ご主人様?」
ポケットから顔を出したヒスイが、不思議そうな表情でシリューを見上げる。
もちろん、シリューがここまで来たのは景色を堪能するためではなく、疑問の一つを解消するためだ。
ザグナの町を完全に破壊した後、イロウシュットはそのターゲットをベナルートへと定めた。
地下の龍脈を移動しながら、イロウシュットはどんな方法で町を見つけたのか。
シリューも経験した事だが、龍脈の中でははいくつもの違う場所、違う光景が同時に見えてしまううえに、自分が何処にいるのかもわからず一つの正確な場所を探るのは非常に難しい。
ただ、イロウシュットには龍脈からでも町を探知できるような、特殊な能力が備わっている可能性も十分に考えられる。
それとも、町自体にイロウシュットを引き寄せる何かがあるのか。
「……引き寄せる……ん? まてよ……」
一瞬、頭の中を光が駆ける。
「人……?」
魔物が人を襲う主たる理由は餌とするためだ。
魔物の種類によって捕食の方法に違いはあるが、ほとんどのものは直接人肉を喰らうか体液や養分を吸い取る。
ただ、イロウシュットの場合、どうやら別の方法を取っていると思われる。
例えば、ブラエタリベルトゥルバーが人の感情を餌としていたように。
地中の龍脈に潜み、餌となる地上の人間や生き物を探す。
そちらの方が、より可能性は高そうだ。
「匂い、はないか……じゃあ、音? 振動? それとも……」
どちらにしてもベナルートを壊滅させた場合、次にイロウシュットが狙うのは同じ龍脈の流れにある町だろう。
「壊滅……」
もちろん、そんな事は決してさせない。
「セクレタリー・インターフェイス、レジールの正確な位置はわかるか?」
【レジールの座標を表示。一時の方向、距離22.4Kmです】
視界の中、東の地平線と重なる位置に赤い矢印が光る。
「次は、ベナルートとザグナだ」
西の地平線上に、青でベナルート、黄色でザグナの方向に矢印が表示された。
一直線とまではいかないが、三つの街はほぼ同じ帯の上にあるといえる。
問題はここからだ。
「ザグナとベナルートを結ぶ龍脈が、更に東へと伸びていた場合、その流れを予測する事はできるか」
分析のための要素は、地中の養分、水分と酸素。植物、生物の分布状況。
それらに加えて、魔力とマナの揺らぎ。
「アクティブモードで探査しろ」
【探査角60度、探査距離7Kmで360度の探査開始】
数分後。
【探査完了。データの分析を行います】
更に数分で分析が終了した。
【龍脈の予測地点を視界に表示します】
シリューの視界、地面を照らす光の道のように、薄い緑の帯が西のベナルートから東のレジールへと、蛇行を繰り返しながら延びてゆく。
幅は100m程だろうか。
実際の龍脈は表示ほど大きくはないはずだが、ここまで位置を絞れればそれでいい。
「……探知……引き寄せる……壊滅……移動、か……」
現在わかっている事を、頭の中で整理してみる。
「やってみる価値は、ありそうだな」
シリューはこの地点をPPIスコープに記録した後、パティーユたちの待つベナルートへと向かった。
◇◇◇◇◇
「僚は、何処に行ったのでしょう……」
東の空へと消えてゆくシリューを見つめ、パティーユは独り言のように呟いた。
「おそらく何か気になる事があって、確かめに行ったのだと思いますが……」
シリューの行動は、いつになっても読み切れない。ハーティアは申し訳なさそうに肩を竦める。
「そうだね、シリューくんが無駄な事をするとも思えないし」
クリスは、ハーティアの言葉を後押しするように頷く。もちろん、クリスが本気でそう思っているのは確かだ。
「でも……確信が持てるまでは、話してくれません。たぶん……」
それが癖なのか性格なのか、シリューは全てが終わった後で理由を説明する事が多い。
そしてその説明のほとんどが、ミリアムには理解し難いものだった。
「今でも、そうなのですね……」
三人がどことなく諦め顔で話すのを聞いて、パティーユは懐かしそうに目を細める。
「それじゃあシリューさん、エルレインにいた頃から……?」
「はい」
しっかりと頷いたパティーユが、少し笑ったように見えた。
「何も話してくれないまま、明確な指示を出します。もちろん一度もその指示が間違っていた事はありませんが……私も含めて、皆さま大変気を揉んでおいででしたよ」
今度ははっきりと、パティーユの顔に微笑みが浮かぶ。
「同じですね」
いつの事を思い出したのか、ミリアムはくすっと笑って続けた。
「そして、いつも一人で頑張って、一人だけボロボロになって……みんな心臓が破裂しそうなくらい心配してるのに、本人は涼し気に笑ってるんですから」
「私は、それほど心配していないけれど」
ハーティアは心外とばかりに顔を背けたものの、その素振りは大げさでわざとらしく、どう見ても照れ隠しである事は明らかだ。
「先に話してくれたら上手くサポートもできるし、毎回驚いたりしなくて済むのに」
シリューの性格を考えれば、クリスの願いは虚しいものになるだろう。
「本当に、そんなところも変わっていないのですね」
それまで努めて冷静を保ち感情を見せなかったパティーユが、ふっと息を抜くように少しだけその声に喜びを滲ませた。
「安心、しましたか?」
ミリアムがそっと尋ねる。
もちろん、ミリアムにそんなつもりはなかったのだが、パティーユはその問いかけに一瞬顔を強張らせる。
「あの、それは、どういう……」
これは失言、明らかに警戒させてしまった。
「い、いえっ、別に、変な意味じゃなくて、その、何て言うか……そ、そうっ、久しぶりに会った、気になっている人が、変な風に代わってたら、ヤじゃないですか!? 好きな人には、変わらないでいて欲しいって……わわ、何言ってるんでしょう、ごめんなさいっ。あ、いえ、申し訳ありませんっ」
無理やりにその場を収めようとしたミリアムだったが、自分自身の言葉に翻弄され真っ赤に染まった頬を両手で覆う。
それでも、警戒を解く効果はあったようで、パティーユは「ふふっ」と小さく声に出して笑った。
「そうですね。私も、そう思います」
同じ気持ちであると、付け加える事も忘れずに。
「あの……」
ミリアムには一つ確かめたい事があった。聞くなら今だ。
「以前マナッサで、『何処かで会った事はないか』と言われたのを、覚えておいでですか?」
「ええ、もちろん覚えています。初めてお会いしたはずなのに、何故か懐かしい、不思議な温もりを感じました」
あの時、ミリアムとハーティアも全く同じ感覚を覚えた。
そしてそれは、クリスティーナとも共有する繋がりの証。
「今も、その感覚はありますか?」
「え……」
パティーユは自分の胸に手を当てて、深く集中する。
「……そうですね……以前とは少し違う、強い何かを感じます」
それが何か、言葉で表すのは難しい。
「あの……」
尋ねようとして、パティーユは止めた。
今はまだ聞く時ではない。
何故かそう思ったのだ。




