【第333話】調査に集中
「で、どうやって調査を進める? 実際、探せるものは探し尽くしたと思うんだよなぁ……」
直人は万策尽きた、と言わんばかりに肩を竦めた。
有希たちも頷いているように、ただ闇雲に探し回っても時間を浪費するだけになるだろう。
「そうですね……」
魔力や移動の痕跡等、戦場に残されている目に見えるものもそうでないものも、シリューの探査と解析スキルなら効果的に見つける事ができる。
そちらはシリューが担当するとして、全員で事に当たる必要はない。
「日向さんたちは、イロウシュットと二回遭遇してるんですよね」
「まあ、そうだけど……」
「う~ん、でも……二回とも、逃げられちゃったよ?」
直人も有希も、苦虫を嚙み潰したような表情で俯く。
最前線で戦った二人は、二度も決着をつけられなかった事を悔やんでいるようだ。
「二回目は、僚くんに助けられたし……」
ほのかが「ごめんね」と謝る。
「役に立てるかどうか……」
恵梨香は、すまなそうに目を逸らす。
「あの、勘違いしないでください。別に、責めてるわけじゃないんです。俺は直接イロウシュットと戦ってないから、詳しい状況を知りたいんです」
例えば攻撃方法について。
どんな魔法や技を、どんなタイミングで仕掛けたのか。
その時、イロウシュットがどんな反応をしたのか。
イロウシュットが表れてから消えるまでの時間と移動距離。
それらをできるだけ主観を交えず、事実のみを時系列で整理する。
「戦闘については、細かい部分の情報があると助かります。現場の探索は俺の方でやりますから、そっちを日向さんたちに頼んでもいいですか?」
「わかった、お前が戻る前にはきっちり済ませとくよ……何か悪いな。またお前に負担かけるみたいでさ」
直人はそう言って苦笑いを浮かべた。
「そんな事ないですけどね」
それぞれに得意な分野があり、それぞれに役割がある。
シリューがまだ、シリュー・アスカと名乗る以前。
「こういうのが、俺の役割でしたよ」
シリューは涼し気に笑った。
「……ホント、変わってないな、お前」
もう何度目かの言葉だったが、シリューにはそれほど自覚はない。
変わっていないような気もするし、変わったような気もする。
多分、そのどちらでもあるのだろう。
「ああ、でもでも、カッコよくなったよね!」
「うん! そうそうっ」
有希とほのかが椅子を倒すような勢いで立ち上がり、嬉しそうにぴょんぴょんと飛び上がった。
「あ、あの……」
そういう大袈裟な行為は止めてほしい。
ふと目を向けたミリアムの表情が、口元は笑っているのに目は鋭く光っているのが怖い。
それに誰も気づいていないが、ぼんやりと背中に黒いオーラを纏っている。
シリューは諦めて直人に向き直った。
何も知らない直人は、シリューが何か応援を求めているように感じたのかもしれない。
「何か、手伝える事があれば、遠慮なく言ってくれ」
そう言って手を差し伸べた。
「……そうですね……」
ありがたい事に、これで話題と空気を変える事ができた。
シリューは口元に手を添え、しばらくの間考える。
これから調べようとするものに対して、セクレタリー・インターフェイス以外に意見を求めるとすれば。
「この付近の龍脈をしらべようと思うんで、その知識のある……」
「では、私が」
シリューがエマーシュへと目を向ける前に、パティーユが速やかに立ち上がった。
「え……」
まさかパティーユが自ら進んで願い出るとは思わず、シリューは一瞬返答に困る。
「迷惑、ですか」
パティーユはじっとシリューを見つめて、その答えを待った。
何とか話すきっかけの欲しかったシリューに、断る理由はない。
「わかった、じゃあパティ。一緒に行こう」
シリューたち『銀の羽』にパティーユを加えた五人は、町の南側出口へと向かうために指揮所をあとにした。
「シリューさん……」
指揮所を出て暫く無言で歩いた後、隣に並ぶミリアムが少し遠慮しながらシリューに声を掛ける。もう通常のミリアムに戻っているようだ。
「ん?」
「あの、良かったんですか? 私たちが一緒で……」
パティーユと二人だけの方が、話しやすいのではという事らしい。
ミリアムらしい気遣いだ。
「いや……」
ただ、その気遣いはありがたいものの、実際二人っきりだとお互い非常に気不味くなるのは目に見えている。
何より、昨日のように魔道具の影響を受けるような行動をパティーユがとれば、落ち着いて話をする事さえままならないのだ。
シリューは数m遅れて後ろを歩くパティーユを振り返る。
「……大丈夫、ありがとう」
ミリアムは「喧嘩しちゃ、ダメですよ?」と笑った。
「ああ……少し、話してみる」
シリューはミリアムたちから離れ、パティーユの隣に並ぶ。
気を利かせてか、ミリアムたちはこちらを振り向く事もない。
「あの、パティ……」
「……はい……」
重い空気が二人を包む。
お互い話すべき事はあるのに、喉の奥に詰まったまま出てこない。
「ああ、これじゃダメだな。パティ、色々話さなきゃいけないけど、今はイロウシュットの事に集中しよう。とりあえず、この件が終わるまでは、普通に。いいかな?」
「はい、構いません」
決着はイロウシュットの後で。
シリューとパティーユはお互いに顔を背け、目を合わせる事はなかった。
◇◇◇◇◇
ベナルートの南口から外におよそ100m。
イロウシュットが出現した場所にはザグナ同様、巨大な足跡が残されていた。
【形状、及びサイズ共に、ザグナの物と97%一致。同一の個体とみられます】
「先ずは、ヤツの通り道だな……」
シリューは最初の物と思われる足跡の場所に跪き、陥没した地面に右手を添える。
「探査開始」
通常、【探査】では地中深くまでの探索はできないが、こうして地面に直接手を置く事で、かなりの深度を探れるようになる。
地中レーダーの魔力版といったところか。
ただし、地中に送る魔力の方向を制御する事はできないので、手の平を移動させながら計測する必要がある。
足跡から数m移動した時、目的の物がPPIスコープに表示された。
「やっぱり、あったな」
【龍脈の存在を確認。ザグナの龍脈と繋がっているかは不明です】
「繋がってるさ、きっと」
根拠はただの直感ばかりではない。
一度龍脈に取り込まれた経験からか、何となくだが龍脈の存在を感じる事ができるようになった。
「あの、僚……先ほどから、何を……?」
蹲ったまま、前後に動いていたシリューが不意に立ち上がったところで、それまで黙って見ていたパティーユが痺れを切らしたように尋ねた。
「ああ、町の近くを通ってるはずの龍脈を探してたんだけど、思った通りあったよ」
「え? いえ、あの……一体、どうやって?」
地表近くを蛇行している場合を除いて、人間に地下の龍脈を探す事などできない。
迷信めいたものなら、幾つかあるにはあるが。
だがシリューが行っていたのは、そのどれにも当てはまらなかった。
「説明し辛いんだけど、ま、そういうスキルだと思って」
「は、はぁ……」
困惑するパティーユの耳元で、ミリアムが囁く。
「あまり、追及しない方がいいと思います。そういう人なので、シリューさん」
「シ、リュー……」
パティーユは複雑な表情を浮かべて、シリューとミリアムを交互に見つめた。
「パティ、ちょっと教えてほしいんだけど、この世界って、町や都市は龍脈の上に造るの?」
「いえ、必ずしもそうではありません。龍脈を見つけられる事は稀ですし、龍脈自体危険でもあります。
もちろん目的によっては、そうする場合もありますが……」
つまり、エルレインのように、龍穴から溢れるエネルギーを利用する場合という事だ。
「じゃあ、ザグナとベナルートのすぐ近くに、同じ流れの龍脈があるのは、偶然って事か……」
「そう、とも限りません。龍脈の傍は土地が肥沃であったり、気候が安定していたりと、人が暮らすのに適した環境となりますから、自然と人が集まり町が造られていった、とも言えます」
なるほど、その可能性は高い。
そして、その人々が集まる場所を餌場と狙うものもいる、というわけか。
「あの、もしかして僚は、龍脈がイロウシュットの出現に関係していると、考えているのですか?」
シリューはしっかりと頷く
「ザグナを襲ったイロウシュットは、龍脈の中を移動してベナルートに現れた」
先ず一つ目の疑念は確信に変わった。
「なぁんか勿体つけて「いや、まだ確証はない」とか言ってたのって、龍脈の事だったんですね」
ミリアムがやれやれと肩を竦める。ザグナでの会話を思い出したのだろう。
「や、勿体つけてなんかないけど……」
「あら、でもカッコ良かったわよ?」
「うん。そうだねっ」
ハーティアとクリスが、揶揄うように笑った。




