【第327話】その場所へ
直人たちがイロウシュットへの攻撃を再開して間もなく、魔法弩弓による射撃が群れをなす翼竜へと切り替わった。
おそらく現代でいう時限信管を用いているのだろう、飛来するフレシェットの矢は着弾を待たずに空中で爆発し、十数体の翼竜を一瞬でバラバラの肉片に変える。
更に、再編された守備隊からは、魔導士を引き連れた三小隊がイロウシュットへの直接攻撃に加わるために合流し、残りの部隊はその掩護にまわるべく配置に就く。
その様子を確認した直人は、イロウシュットへの攻撃を暫くの間有希に任せ、到着した三つの小隊の元へ向かい指示を告げる。
「イロウシュットの能力は聞いてるな。それぞれタイミングをずらしながら攻撃してくれ! それから、火球と青い目からの光球に十分警戒するように!」
「はっ!」
騎士たちの敬礼に答礼し、直人は再び有希の隣に並んだ。
「わるい!」
「いえいえ。勇者を補助するのも、あたしらの役目だしね!」
二人は弧を描いて迫る火球を躱しながら、イロウシュットの上半身を狙い突撃する。
「流翔牙!」
加速した直人の突きが。
「煉爪突!」
灼熱した有希の棍が、イロウシュットの外殻をすり抜ける。
「流星雨!」
直後に放たれた恵梨香の輝く矢が、イロウシュットの腹に命中した。
だが硬い外殻に阻まれ、ほとんどダメージを与える事ができない。
「二人とも、離れて! 爆轟!!」
ほのかの魔法を皮切りに、各小隊から発動された魔法の攻撃が次々とイロウシュットを襲う。
爆炎に包まれたイロウシュットは僅かの間だが動きを止め、体中の外殻の隙間から赤い光を発した。
「止まった? 効いてる……のか?」
「魔法は、全部当たってた、よね?」
数秒で動きを取り戻したイロウシュットは、町への進撃を再開する。
町まではもう数十mの距離しかない。
「試してみよう! 魔法攻撃の直後に、ヤツの右腕の付け根を狙うぞ!!」
「うん!」
直人が、ほのかや他の魔導士たちに合図を送る。
一斉に放たれた魔法の炎が、氷が、風が、鋼が、イロウシュットに着弾し大量の粉塵と水蒸気が爆ぜる。
目論見通り、赤く光りながらイロウシュットの動きが止まった。
「今だ! 雷神龍翔!!」
「鳳凰隆爪!!」
雷光の龍と白熱の翼が、同時にイロウシュットの右腕の付け根を捉え、
ザシュッ!!
斬り落とした。
「「やった!」」
後退りながら、直人と有希はお互いに頷き合う。
イロウシュットとの戦いで、初めて得た手応えらしい手応え。
周りの部隊からも歓声が上がる。
理由はわからないが、魔法の一斉攻撃には効果があるようだ。
「いけるぞ! ほのか!!」
確信を持った直人は、ほのかたちを振り返り攻撃の続行を指示した。
「次はどうする? 左腕?」
「いいやっ、一気にカタをつける! ヤツの脳天をぶち抜くぞ!」
魔法による波状攻撃がイロウシュットを呑み込む。
「動きが止まった! 今だ!!」
直人と有希の繰り出す二つの光が、イロウシュット目掛けて降り注ぐ。
だが、その頭頂部を貫く直前。
イロウシュットの体全体から、衝撃波を伴う赤い光が爆ぜた。
「くっ!」
「きゃああ!」
光の爆発に吹き飛ばされながらも、直人は空中で態勢を崩した有希を支え、何とか地上への墜落を防いで着地した。
「くそ……今度は、何だ……」
これまでにないイロウシュットの反応。
これも何かの力なのか。
直人は、衝撃波による軽い眩暈に目頭を押さえ、それでも油断なく警戒を強める。
「見て!」
不意に有希が叫んだ。
先ほど斬り落とした鋏状の腕が、まるで意志を持ったかのように動き始め、元の場所、イロウシュットの肩口へと納まった。
「ちょ……信じらんないんだけど……」
それだけではない。
「おい、あの黒いヤツ……」
甲羅から放出される翼竜には赤い斑紋が入り交じって禍々しさが増し、体も明らかに一回り大きくなっている。
更に口から起爆性のある光線を吐き、本体の火球程ではないにせよ攻撃力も上がったようだ。
「強化……されてるのか……?」
直人の考察を尻目に、イロウシュットは両腕の鋏を開き次々と火球を撃ち出す。
「くそっ」
絶え間なく発射される火球は、無差別に町の至る所に着弾し爆発を起こす。
「旋風斬!」
「桜華炎舞!」
直人と有希が空中を駆ける。
「流星雨!」
恵梨香の矢が迎え撃つ。
「キャスケードウォール!」
「バリアー!」
パティーユとほのかの造った壁が遮る。
守備隊も加わるが、翼竜の攻撃もあり全ての火球を撃ち落とす事はできない。
町の至る所から爆炎が上がる。
市民の避難は完了しているものの、このままでは建物の被害は増える一方だ。
直人の視界の端に、何かが映った。
二階建ての屋根の上。小さな人影。
「あいつ」
やはり来ていたか。と、直人は思った。
罪悪感はない。
そうするだろうと分かっていて、直人はあえてスリングショットを少年に渡したのだ。
もちろん、責任から逃れるつもりもない。
そうするうちに、火球の一発がその建物のすぐ傍で爆発した。
一階部分が無残に破壊され、二階の屋根が爆風で吹き飛ぶ。
「うわあああ!」
その上のトルテを巻き込みながら。
直人はほぼ条件反射でその場に翔け、落下するトルテを空中で受け止めた。
しかし着地の瞬間、飛来した火球を躱しきれず、トルテを庇って背中に被弾してしまう。
「わっ!」
焼け付くような熱風と耳を劈く轟音に、トルテは直人の腕の中で身を縮める。
その中にあってもなお、直人は顔色一つ変えずにトルテを見つめた。
「大丈夫か? 坊主」
「え……」
鎧のお陰でダメージが軽減されたとはいえ、背中の激痛は足元がふらつく程には辛い。
だが、そんな苦しむ姿を、今ここでこの少年に見せるわけにはいかなかった。
これは、勇者としての意地。そして、この少年に武器を渡した責任。
「……あんたこそ……平気なのかよ……」
上手く誤魔化しているつもりだが、そうでもなかったのだろうか。
「この程度、大したモンじゃないさ」
直人はできるだけ平然と笑ってみせた。
「なんで……なんで、助けてくれたんだよ……」
「さあな、勝手に身体が動いてた」
トルテは暫く俯いた後で、意を決したように顔を上げる。
「あんた、違う国から来たんだろ。なんで、あんたが戦うんだよ。関係ないだろ? この国も、おれも……なのに何で……勇者だからか?」
その問いに首を振る直人。
「俺はな、臆病なんだよ。人が目の前で殺されるのも、傷付いて泣くのを見るのも耐えられないんだ。だからな、お前の事も助けるし、きっと笑顔にしてみせる」
「あ……?」
トルテは少し戸惑った様子で直人を見つめた。
「日向様、傷の手当を」
一部始終を見ていたであろうパティーユが、直人たちに駆け寄る。
「俺は大丈夫。それよりこの子を」
直人はそれだけを告げて、再びイロウシュットへと向かってゆく。
「なんだよ、あいつ……わけわかんねーじゃん。勇者なんか、ばかみたい……」
パティーユは、少し悔しそうにそう呟いたトルテを見てくすりと笑った。
「勇者とは、称号でも地位でもありません。強き力と、正しき思いを持ち、不条理に立ち向かう者こそが、勇者なのです」
「強い力と、正しい思い……」
力強く頷いたパティーユは、伝令兵の一人にトルテを任せて直人たちの元へ戻った。
「烈咲斬!!」
咲き乱れる風の刃が、聖剣テンポイントの剣閃によって十倍増え、数を増した火球と翼竜を斬り裂いてゆく。
それでも手数が足りない。
味方は瞬く間に数を減らし、残る兵は僅か。
「ほのか! もう一度魔法だ!!」
直人の号令を受け、ほのかと残った魔導士たちの魔法が炸裂。
「今度こそ終わりにしてやる! ライトニング・バーストオオオ!!」
直人の身体が地上に降りたもう一つの太陽のように輝き、振り抜く剣からは眩い光の帯が伸びる。
一閃、返す剣でもう一閃。
剣の光がイロウシュットを斬り裂く。
勇者のみが使える光の剣。全魔力と魔力量をつぎ込み、まるでパルサーのように敵を焼き尽くす奥義。
「はあっ、はあっ、やったか……」
手応えはあった。
だが。
「直人おお!!」
有希が顔を歪ませて叫び、こちらへ向かってくる。
それが異様なほどスローモーションに見えた。
「何だ……」
息も絶え絶えに顔を上げ、倒したはずのイロウシュットを見る。
倒したはず。
倒したはずだった。
それなのに、ヤツはそこにいた。
五体満足のまま、攻撃前と何ら変わらずに。
「嘘、だろ……」
いや、一つだけ変わっていた。
イロウシュットは二体に増えていたのだ。
「直人っ、避けてえええ!!」
イロウシュットの青いレンズが光る。
次に何が起こるのか、直人にも理解できた。
避けられない。
もうそんな力は残っていない。
「俺は……」
何処かで間違った。
「悪い……」
それは、誰へ向けた謝罪だったのか。
「直人おおおお!!」
「日向様っ!」
「日向さん!!」
「直人くんっっ!!」
イロウシュットから放たれた死の光が、直人を呑み込む。
永くて長い一瞬。
誰もが、直人でさえ自身の死を確信したその刹那。
稲妻のように閃く光の環が、死の光と重なった。
衝撃波を伴う轟音が響き、爆炎は空を覆う。
そして。
「間に合って良かった」
爆音と入れ替わるように響く穏やかな声。
顔をあげた直人の目に映る、逆光の中に立つ一つの影。
「あ、あんた……」
影の黒髪が揺れ、空よりも深い藍の上衣の裾が風を孕んで翻る。
「……深藍の、執行者」
彼は戻ってきた。
懐かしいその場所へ。




