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【第326話】駆ける思い

 緊迫した空気を破り、初めに口を開いたのは恵梨香だった。


「イロウシュットは……亜空間とこちらの空間を、自在に行き来している、という事ですか……」


 パティーユはその可能性を認め、重々しく頷く。


「あ、でも……あのイロウシュットはずっとあそこに居て、消えてないよね?」


 ほのかが口にした疑問は、直人や有希も思っていたことだ。


「ええですからこれは、あくまでも憶測になってしまうのですが……」


 イロウシュットは亜空間に身を置きながらこの空間に幻体を投影させ、何かのタイミングで現空間に出現しているのではないか。


 それがパティーユの考察だった。


「例えば、私たちを攻撃する時だけこちらに現れる、みたいなカンジでしょうか?」


 その可能性は低くはない。恵梨香の意見には一応の説得力があった。


「あ、でもさ。それじゃあ、あたしたちの攻撃が、当たったり当たらなかったりするのは何でかな? 自由に行き来できるなら、攻撃を受けてる間は隠れてればいいですよね?」


 有希の言う通り、亜空間に潜む能力があるのなら、こちらの攻撃を全て躱す事もできるはず。


 だがイロウシュットはそれをせず、幾らかの攻撃を受けている。


 何故あえて亜空間から出てくるのか。


 それとも、出てこざるを得ない何かがあるのか。


「……もしかすると、それには制限があるのかも……」


 パティーユは思いついたように顔を上げる。


「制限?」


「はい。イロウシュットが、本当に二つの空間を行き来しているとの仮定が正しいとしても、亜空間には僅かな時間しか存在できないのかもしれません」


 例えば数秒、もしくは1秒未満。


 だから意図的に直人たちの攻撃を躱そうとしても、亜空間への僅かな存在時間が過ぎ、強制的に現空間へ戻されたタイミングでの攻撃には対処できない。


「そうか! それなら俺たちの攻撃がすり抜けたり当たったりしたのにも、理由が立つ」


 直人の言葉に頷いたパティーユが、イロウシュットを指差す。


「ご覧ください。一定間隔で撃ち込まれる魔法弩弓(フレシェット)は、全弾がすり抜けています」


「つまり同時もダメ、間を置き過ぎてもダメってわけね!」


 有希はぐっと拳をにぎった。


 微妙にタイミングをずらし、連続で攻撃を仕掛ける。


 打開策とまではいかないまでも、とりあえずの対応策にはなるだろう。


「ただ、あくまでもその可能性がある、というだけですので、十分な注意が必要です」


 パティーユが、油断しないようにと注意を促す。


 イロウシュットの能力が本当に亜空間移動なのか、未だ確証があるわけではない上に、それ以外にも特殊な力を持っている可能性もある。


 アルフォロメイで深藍の執行者が倒したブラエタリベルトゥルバーが、亜空間へ引きずり込んだ人々に夢を見せ、彼らの感情を喰らっていたように。


 災厄級とは、人間の想像を大きく超えた存在なのだ。


「大丈夫です。戦う方法がわかれば、後は……」


 直人がキッっとイロウシュットを睨む。


 止まっていた黒い翼竜の放出が再開され、ゆっくりと進撃を始めている。


 直人は伝令兵を呼んでイロウシュットの特性を説明したうえで、矢継ぎ早に指示を出す。


「作戦変更だ! 魔法弩弓部隊は攻撃目標をイロウシュットから翼竜群に! これ以上は無駄撃ちになるからな。それから、中隊の一部を俺たちの支援にまわすよう隊長に伝えてくれ!」


「承知いたしました!」


 伝令兵の一人が、守備隊の本営に駆けて行く。


「俺と有希は、もう一度至近距離でヤツを叩く! 恵梨香、ほのか、姫。翼竜はいいから、今度は俺たち一緒にイロウシュットを攻撃してくれ! なるべく、ヤツの注意を引けるように!」


 全員が頷く。


「さあ! 二回戦だ!!」


 まだまだ十分戦える。戦況はこちらに有利とはいかないまでも、けっして悲観するようなものでもない。


 直人と有希は、町に迫るイロウシュットに向かい地を蹴った。



◇◇◇◇◇



「これって……」


 ザグナの町の西側に残るイロウシュットの足跡。


 その一歩目の刻まれた地面に探査を掛けていたシリューは、PPIスコープに表示される光に一つの疑問を抱いた。


「何かわかったんですか?」


 考え込むシリューの顔を見つめて、ミリアムが僅かに口元を綻ばせる。


「いや……どうかな。まだ確証があるわけじゃないし……」


 実際、今の段階では単なる憶測の域を出るものではない。


 確証を得るためには、此処だけでなくベナルートでの探索が必要だ。


 その結果によってはイロウシュットの謎を解明できるかもしれないし、当然ながら見当違いの推理となる事もあり得る。


「でも、自信あるんですよね?」


「え? いやそれは……」


 そんなシリューの思案をよそに、ミリアムは何故だか確信したように微笑む。


「気付いてます? シリューさんがそんな顔した時って、いつだって正しい答えを見つけた時ですよ」


 まるでそれが常道とでも言いたげに、ミリアムは少し前のめりにピンっと指を立てて見せた。


「そうね。そして、すぐにでも行動を起こしたい時の表情よ」


 横からシリューの顔を覗き込んで、ハーティアがそう付け加える。


「一刻も早く勇者様に伝えたい、ってところかな?」


 クリスはズバリと、シリューの心情を言い当てた。


「まあ、そうなんだけど……」


「何か他に、気になる事でもあるんですか?」


 ミリアムにそう言われて、シリューは自分がやるべき事に改めて気付かされるのだった。いや、やりたい事と言うべきか。


 シリューが此処で得た情報など、彼らも既に掴んでいると考えるべきだ。


 そしてその情報が、どれ程の戦術的価値をもたらすのか。


 敵が災厄級だとしても、勇者である日向たちがそうそう遅れをとるとは思えない。


 彼等とて、常に有利な条件で戦ってきたわけではないはずで、シリューの助けを必要とする程弱くはないのだ。


 ただしブラエタリベルトゥルバーのように、或いはそれ以上の特殊能力を持つ巨大な魔物に、何の情報もなく事前準備もできないまま戦いになった場合どうなるだろう。


 犠牲を出さずに済むだろうか。


 それはシリューの驕った考えなのかもしれない。


 そうだとしても、このまま何もせずに見ている事はできない。


「なあ、最初にイロウシュットが現れてから、二回目まで何日空いてたっけ?」


「六日よ。報告書にはそう書いてあったわ」


 ハーティアが少しの間も置かずに答えた。


「それから今日で、五日、過ぎてますね」


 指を折りながら、ミリアムがシリューの欲しい答えを口にする。


「ああそうか、ならばそろそろ……」


 クリスもシリューと同じ考えに至ったようだ。


 もしもそこに何らかの法則があるのなら、イロウシュットはこの二、三日のうちに現れる可能性が高い。


 少しずつ心に湧き上がってくる焦燥感を、シリューは段々と抑えられなくなる。


「シリューさん」


 その焦りに気付いたのか、ミリアムがシリューの正面に立ち静かに見つめた。


「行ってください。皆さんが待ってますよ、きっと」


 優しく囁いた声には、シリューの心を震わせるだけの力がこめられていた。


「大切な人たちなのでしょう、シリュー」


 ハーティアはすっと東の空を見上げる。


 その先にあるのは、勇者たちの居るベナルート。


「君の力と経験は、きっと彼らの助けになる」


 クリスの瞳が、心のままに進めと語る。


「みんな……」


 シリューはミリアムたち三人の顔を一人ずつ順に見つめた。


「私たちは、後から追い付きますから」


 ミリアムが笑顔でこたえ、ハーティアとクリスが頷く。


「わかった、ありがとう……」


 シリューは三人から数歩離れ空を仰ぐ。


「じゃあ、後でな!」


 大地が爆ぜ、シリューは東の空に舞い上がった。



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