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【第323話】答え

 アルフォロメイとガイナンの国境は殆ど整備されていない丘陵地帯にあり、数キロに渡る荒れた岩場と起伏が互いの緩衝地帯となっている。


 王都を出発したその日の夕暮れ。


 シリューたちは道中一時間おきに休憩を取りながらも、既にその国境付近まで進んでいた。


「本当に早いわね」


「馬の駈歩(キャンター)……ううん、襲歩(ギャロップ)に近いかな。しかも、その速度をずっと維持できるなんて……」


 ハーティアもクリスも、経験した事もない自動車の速さに舌を巻いている。


「乗り心地も、抜群に良いです!」


 現代の自動車とは比べものにならないが、リジットアクスルとリーフスプリングを組み合わせたサスペンションは、この世界の乗り物とは一線を画す安定性をもたらしていて、その乗り心地にミリアムはご満悦のようだ。


 常人なら問題になる魔力の供給も、空気中のエーテルを直接魔力に変換できるシリューには何ら支障はなく、ここまで予備の魔石を使う事もなかった。


 この時間になると国境を越えようという者たちもいなくなるようで、街道を行き来する馬車も見当たらない。


 最後の町を過ぎて一時間ほど進んだ所で街道を逸れ、シリューは小川の畔で自動車を停める。


 今夜は宿に泊まるつもりのシリューだったが、「少しでも先に進んだ方がいい」とミリアムたちに提案され野営することにした。


 いつもの野営と違うのは、今夜だけシリューが一人で夜通し見張りをすると申し出た時、ミリアムたち三人が誰も反対しなかった事だ。


 皆が寝静まった真夜中。


 シリューは焚火の灯りを逃れるように、少し離れた場所に座り心地の良さそうな岩を見つけて腰を下ろし、焚火に浮かぶテントに気を配りつつ、夜空に瞬く星を見上げていた。


「いよいよ、か……」


 パティや直人たちと顔を合わせて、いったい何と言おうか。


 彼らがどんな反応をして、それにどう対応すればいいのか。


 一人星空を眺めながら考えてみようとしても、明日の事など全くといっていいほど浮かんではこず、過去の出来事たちが星明りの中をゆっくりと流れる雲のように通り過ぎてゆく。


 そして、何度も何度も繰り返し思い浮かぶ、美しい顔を涙でぐちゃぐちゃに歪ませた龍穴の間でのパティーユの姿。


 シリューを龍穴に落とす直前、パティーユは笑った。


 痛いほど哀しい瞳で。


 あの時最後に、彼女は何と言ったのか。


「パティ……」


 全ての答えは、パティの中にある。


 ずきりと痛む胸を押さえ、シリューは大きな溜息を零した。


「シリューさん」


 不意に聞こえた声に振り返る。


「ミリアム?」


 考える事に集中していたせいか、声を掛けられるまで近づいてくるミリアムに気付かなかった。


 今の溜息を聞かれてしまっただろうか。


 少し焦りながらシリューが見つめると、ミリアムは何事も無かったように嫋やかな笑みを浮かべた。


「隣、いいですか?」


「あ、ああ」


 シリューが少し左にずれると、ミリアムはシリューの右側に腰を下ろしぴったりと躰を寄せる。


「……まだ、迷ってますか?」


 やはり、聞かれていたようだ。


「……よく、わからない……決着をつけるとか言っといて……何すればいいのか、全然……」


「自分がどうしたいのか、わからない、と?」


「うん……」


 シリューは自嘲気味の笑みを浮かべて頷く


「ねえ、シリューさん」


 何を思ったのか不意にミリアムは立ち上がり、シリューの両脚の間に立膝をついてぐいっと顔を寄せた。


 ほとんど抱き合う距離にシリューは一瞬どきりとするが、ミリアムにはまったく動じる様子がない。


 それから少しの間をおいて。


「どうしたいのかわからないなら、これだけは嫌だって思う事を三つ、口にしてみましょう。できますか?」


 思いがけない言葉を口にした。


 戸惑うシリューの答えを、ミリアムは静かに待つ。


「……そうだな……闘うのは嫌だ。逃げるのも嫌だ。それから……死ぬのも……」


 浅い呼吸と一緒に零れ落ちたのは、紛れもない真実の言葉。


「闘わない、逃げない、そして死なない。それで、十分じゃないですか?」


 微かに揺れる焚火の灯りが、真っすぐ見つめるミリアムの瞳の中でゆらゆらと踊る。


 その瞳に引き込まれそうになりながら、シリューは胸に引っ掛かっていた何かがすとんと落ちるのを感じた。


「そうか、うん……そうかも」


「それから一つだけ。絶対に忘れないでください……」


 ミリアムはぴんっと右手の人差し指を立てる。


「私は、いつだってシリューさんの味方です」


「うん、ありがとう、ミリアム」


 白み始めた空が黒一色の景色に色をもたらし、運命の一日が始まる。



◇◇◇◇◇



「なぁんにも見つかんないね……」


 広大な麦畑を、波のように光が流れてゆく。


 その光景を眺めて、有希は少し疲れた顔で溜息を零した。


 災害級イロウシュットが消えて既に五日。


 ベナルートの近郊から範囲を広げて捜索に当たったものの、イロウシュットに結び付くような手掛かりは未だ見つけられずにいた。


「転移魔法を使ったような、魔力の変動も残ってないんだよねぇ」


 ほのかは首を傾げる。


 あれだけの巨体を一瞬で転移させるためには、空間が歪むほどの魔力が必要となるはず。


 もしくは、強力な魔法陣を利用するか。


「魔法陣を使った形跡も、今のところ、見つかっていません……」


 その可能性が最も高いと考えていたパティーユが、力なく肩を落とす。


 ただそれは、悪い事ばかりではないと言えなくもない。


 少なくとも、魔族による干渉の可能性は排除できるだろう。


「地下を移動したような跡も……見当たりませんでしたね」


 ここ数日、目を皿のようにして地面の変化を探していた恵梨香は、すっかりドライアイになってしまった目をこする。


「とにかく、もう昼だし、一度指揮所に戻ろう。腹減ったし……」


 何気なく向けた視線の先、街道沿いに植えられた低木の陰に、直人は小さな人影を見つけた。


「あいつ……」


 直人が顔を向けると、慌てて低木に身を隠す。


「ああ、また来てるね。例の男の子」


「あれ、見つかってないつもりなのかなぁ」


 災厄級『イロウシュット』の襲撃によって母親を亡くし、その怒りと悲しみをまっすぐ直人にぶつけてきた少年。


 名前は確かトルテといったか。


「まるで、日向様を監視しているようですが……」


 直人たちがトルテに気付いたのは二日前。


 それからはずっと直人をつけまわし、複雑な感情を宿した視線を飛ばしつづけていた。


「わたしが、注意してきましょうか?」


 イロウシュットは、いつまた現れるのかわからない。


 再び戦闘になれば、確実にあの少年を巻き込んでしまうだろう事を危惧して、恵梨香は多少語気を強める。


「でも、あたしたちが近づくと逃げてくし。あの子のお父さんに話して、連れてってもらった方がよくない?」


 有希は呆れた様子で肩を竦めた。


 何度か注意しようとしたことはあったのだが、こちらに気付かれたのがわかるとすぐに姿を消し、そしていつの間にかまた近くに潜んでいるのだ。


「いいよ、そんな事すんのもめんどいし。それより指揮所に戻って昼飯にしようぜ」


 わざわざ相手にする必要もない、と直人はあえてトルテを無視するように歩き出す。


「なんだよ、そっちは街じゃんか……」


 遠くから様子を窺っていたトルテは、直人たちが動き出したのを見て物陰から抜け出し、こっそりと後を追い始めた。


「まじめに探してんのかよ……」


 直人たちが街中に入り角を曲がったところで、トルテはそれが昼食のためだと気付き悪態をつく。


 もちろん、自分がみつかっているとは思ってもいない。


 ところが。


「真面目にやってるさ、俺も、皆もな」


 背中から聞こえた声に慌てて振り向くと、そこにはついさっき角を曲がったはずの勇者が、鋭い眼光で見下ろしていた。





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