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【第313話】未確認

 シリューが玄関の鍵を外しドアを開けたところで、ぽつぽつと雨粒が落ち始めた。


「きゃ、降ってきた」


「やだ、濡れちゃうっ」


「急いで急いでっ」


 大した雨ではないのにもかかわらず、ミリアムたち三人はきゃあきゃあと騒ぎながら玄関の屋根の下へと駆け込んでくる。


「そんなに慌てるほどじゃないけどなぁ、ほら」


 シリューはポケットからハンカチを取り出すと、三人の髪についた雫をさっと撫でるように拭った。


「あ……っ」


「や……」


「んっ……」


 クリスもハーティアもミリアムも、シリューの思いがけない行為に目を大きく見開いて甘い声を漏らしたが、シリューはそんな様子にまったく気付くこともなく、何事もなかったかのように三人を中へ通しドアを閉めた。


「晩飯にはまだ早いし、紅茶でも淹れるよ」


 そのままリビングを通り抜けて、キッチンへと向かう。


 ミリアムには到底及ばないにしても、最近は紅茶の美味しい淹れ方のコツも掴めてきた。


 早速お湯を沸かそうと竈に火を起こしたところで、ハーティアが「手伝うわ」とキッチンに入ってくる。


「休んでて良かったのに」


「気にしないで。丁度、兄さまから頂いた焼き菓子があるの」


 ハーティアは棚から取り出した袋を掲げ、にっこりと微笑んだ。


「ほら、前に寄ったスイーツのお店、覚えている? あそこの新作らしいわ」


「へぇ、それは楽しみだ」


 お湯が沸くのを待つ間、小皿にお菓子を取り分けるハーティアの横で、シリューはティーポットとカップを準備する。


「見て、かわいいでしょう?」


 ハーティアがちょんと指さした、黄金色のフィナンシエに目をやる。


「うん。ホント、そうだな」


 そう答えてはみたものの、シリューにはお菓子の何処がかわいいのか、その感覚がよくわからない。


「あっ」


 気を取られてしまったシリューの手が、並べていたティーカップに当たり流し台から転げ落ちる。


 だが、床に落ちてしまう直前、カップは空中で静止し、そのままゆっくりと浮かび上がりハーティアの手に収まった。


「気を付けてシリュー。このカップ、ミリアムのお気に入りなのよ」


「え? ちょ、どういう事?」


 シリューは目を見開いてカップを見つめる。


「だから、ミリアムのお気に入り……」


「いや、そうじゃなくてっ。今、そのカップ浮かんだよな!?」


 シリューが指差したティーカップを、ハーティアは目の前に掲げた。


「ああ、これ? 言ってなかったかしら、私は理力が使えるの」


「理力……」


 理力は思考の力を具現化することで不可視の盾を出現させたり、物体に直接的な影響を及したりするアビリティの一つで、今ハーティアがやって見せたように、手を触れず物を動かす事もできる。


「驚くほどでもないわ。貴方も理力は使えるでしょう?」


 確かにシリューは理力によって、『翔駆』や『理力の(ユニヴェール)(リフレクション)』を展開できるのだが、その二つは基本同じ物であり、比較的単純な思考しか必要としないし、物を動かすところを見たのは初めてで試してみた事もない。


「なあ、それって、荷物を移動させたり、魔物の動きを止めたりできる?」


「重さによるわ。普通は自分で持てるくらいの重さが限界だけれど、貴方ならそうね、荷物満載の馬車とか、ブルートベアでもいけるかもね」


 例えばそれを、戦術の中に組み込めないだろうか。


 そう考えたシリューの意見に、ハーティアは難色を示す。


「かなり難しいわね。理力を使うには理論的な思考が必要だけれど、それを戦闘中に行う余裕も時間もないでしょう? 落ちるカップを止めるのとは訳が違うわ」


 それに、とハーティアは続けた。


「貴方の戦い方に、それが必要かしら? 『理力の盾』や『翔駆』以外に?」


「そっか、言われてみれば……」


 複雑な思考で相手を止めるより、スピードで上回ればいい。


「あんまり、必要ないかも」


 それでも、皿やカップを割らなくなるのは良い事だ。


 暇なときにでも練習してみよう。


 そう考えて、シリューは口元を緩めた。



◇◇◇◇◇



「日向さん! ちょっとこっちへ!」


 ザグナの町の西側を調べていた恵梨香に呼ばれて、直人とパティーユは大きく手招きをする彼女の元へと駆け寄った。


 普段は物静かな恵梨香が、珍しく大声を上げた事に違和感を覚えた有希とほのかも、直人たちとほぼ同時にやってくる。


「どうした?」


 直人が尋ねると、恵梨香は目の前の地面を指差した。


「これ……」


「足跡?」


 有希とほのかが目を大きく見開き、驚愕の表情を浮かべる。


 それもそのはずで、地面に残った足跡は3m超える大きさだったのだ。


「まるで恐竜の足跡、みたいだな……」


 信じられないほどのサイズに、直人は溜息を零す。


「この大きさならば……体長が20mを超えるというのも、けっして誇張ではないようですね……」


 魔物に襲われた者の目に映る魔物が、その恐怖ゆえに実際よりも大きく見えるのは、それほど珍しい事ではない。


 今回もそのケースだろうと、直人は考えていた。


 いや、期待していたと言った方が正しいのか。


 今まで、いかに災害級であっても、10mを超えるような化物と戦った経験はない。


 直人の心の中に、沸々と恐怖心が湧き上がってくる。


「ねえ、直人……」


 それは有希も同じなのだろう。


 彼女は縋るような眼差しを直人に向け、怯えを露わに呟く。


「こんなの……」


「一体……どうやって」


 ほのかも恵梨香も、パティーユでさえ不安を隠そうとしない。


「大丈夫だ」


 直人は笑った。


 ここで自分が、弱気な顔をするわけにはいかない。


〝こんな時、アイツならどんな顔をするかな?″


 たぶん、涼し気に笑ってみせるだろう。


「相手がでかいで事は、それだけ的もでかいって事だろ? それって、魔法も攻撃も当て放題じゃね? 出し惜しみしねーで、初めっから最大火力をぶち込んでやろうぜ」


 作戦と呼べるようなものではない。


 だが、今必要なのは小難しい理屈でもない。


「へぇ、いいじゃん。コールドゲームってわけ?」


「まあ、最初から、というのは問題ですけど、最大火力をぶち込むって、良さげですね」


「うんうん。そういうの大好き」


 有希たちの顔から影が消える。


 そうやって一瞬のうちに重苦しい空気を塗り替えた直人の横顔を、パティーユは敬畏の眼差しで見つめた。


 戦いや経験を重ねる事で、異世界の少年は心も力も大きく成長している。


「大丈夫。勝てるさ、俺たちなら」


 直人はもう一度念を押すように笑った。


「何か直人が言うとさ、ホントに大丈夫って気になるよね。マジ勇者、ってカンジ?」


 有希が、拳をぎゅっと握りしめる。


「元野球部のキャプテンは、伊達じゃないですね」


 恵梨香は目を細め、ぴんっと指を立てた。


「頼りになる、なる。さすが、直人くん」


 腕を組んだほのかが、うんうんと頷く。


 三人に、きらきらとした瞳で見つめられた直人は、その視線から逃れるように顔を背けた。


「あれ? 照れちゃった? ねえねえ何か言って、みんな期待してるよ? おねがぁい、勇者さま~」


 そんな直人の背中を、有希は悪戯っぽい笑みを浮かべ無遠慮にばしばしと叩く。


「うっざ……」


 直人がぽつりと一言。


「ちょ、今()()って言った!? せっかく褒めたげたのにっ、酷くない?」


「皆、行くぞ」


 有希には目もくれず、直人は踵を返して獣車へ向かう。


「無視!?」


 目の前で繰り広げられる緊張感とは程遠いやり取りに、パティーユは思わずくすりと笑ってしまった。


 だが、これが直人たちの強さなのだろう。


 彼らと共に歩んできた事は、けっして間違いではない。


 それはこれからも変わらない。


 パティーユは4人の後に続き、獣車へ乗り込んだ。


「これから向かうベナルートの町には、魔物の襲撃に備えて騎士団と冒険者たちが駐留しているそうです」


 直人たちは彼らと合流し、魔物の探索と討伐に当る。


 ザグナからベナルートまでは馬車で2時間弱だが、カスモリプスの獣車なら1時間は掛からないだろう。


 それから30分ほど行程を過ぎただろうか、案内の騎士が慌ただしく獣車に馬を寄せてきた。


「どうしました!?」


 直人が車窓を開けて尋ねる。


「ベナルートからの伝令です!」


 案内の騎士の向こう側に、もう一人騎乗の人物が並んでいた。


 伝令の彼は騎士ではなく、冒険者のようだ。


「ベナルートが巨大な魔物に襲われてます! 騎士団と冒険者で応戦してますが、持ちこたえられるかどうかっ……」


「わかった! 俺が先行する。馬を貸してくれ!」


 案内の騎士から馬を借り、直人は伝令の冒険者を従えベナルートへの街道を走った。



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[一言] 更新有難う御座います。 直人「野球部だけにホームラン(葬らん)!」 ・ ・ ・ 直人「……空気がコール(凍る)ドゲームだ!?」
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