【第306話】異空の闘い
動物とも植物とも判別のつかないその姿を簡潔に表すならば、巨大な海鞘といったところだろうか。
赤茶げて丸みを帯びた体のいたる所から突起が生え、中央部分には縦に割れた大きな口が見える。
明確な手足は見当たらず、体の下部はカタツムリのような腹足になっている。
「キモっ!」
率直な感想だった。
気持ち悪さは、魔神の心臓にも劣らないだろう。
だが怯んではいられない。
シリューとクリスは剣を抜き身構える。
たとえ相手が災厄級だとしても、これを倒さなければ元の空間には戻れないのだ。
リィィィン。
もう一度眠らせようというのか、ブラエタリベルトゥルバーが鈴の音を鳴らした。
「無駄だって言ったろ! アンチマテリエルキャノン!!」
シリューはすかさず3発の高硬度砲弾を撃ち出す。
しかし、音速の5倍で敵を貫いたかに見えた30mmの砲弾は、ブラエタリベルトゥルバーに何の傷も与える事なく、その体をすり抜けた。
「なっ、すり抜けた!? なら、爆轟!」
爆音と共に弾けた凄まじい炎が、ブラエタリベルトゥルバーを呑み込む。
が、その炎さえブラエタリベルトゥルバーには届いていない。
「魔法が使えないって……こういう事だったのか……」
マクガイバーの資料に書き記されていた、勇者の言葉の意味。
魔法でヤツを倒す事はできない、と言いたかったのだろう。
「クリスさんっ、俺が近接します!」
「わかった!」
敵が未だに攻撃を仕掛けてこないことが少々気になりつつも、シリューはブラエタリベルトゥルバーへと間合いを詰める。
「翔破刃!」
シリューを援護するため、クリスの放った三日月状の斬撃三つが空中で弧を描きブラエタリベルトゥルバーに迫る。
「何!?」
だがその三日月も、魔法と同じようにブラエタリベルトゥルバーをすり抜け、後方へと消えてゆく。
「ちっ、これなら!」
ブラエタリベルトゥルバーの直前で足を止めると同時に、シリューは全力で剣を振るが、それも空を斬るだけでまったく手ごたえがない。
「どうなってんだ!? これじゃまるで……」
「シリューくんっ、上!!」
一瞬動きを止めたシリューの背後で、クリスが叫ぶ。
攻撃が来る。
見上げると同時にユニヴェールリフレクションを展開。
シリューの目に映ったのは、伸びた突起から撃ち出された無数の太い棘。
高速で飛翔するその棘は、理力の盾をいとも簡単に貫通し破壊した。
「くっ」
咄嗟に後方へ飛び、白の装備へと換装。
「ガトリング!」
毎分6000発、7.62mmの弾丸を掃射し弾幕を張る。
「シリューくん!」
クリスのもとに戻ったシリューの身体には、撃ち漏らし白の装備を貫通した4本の棘が腕と脚に刺さっていた。
「大丈夫です、これくらい」
棘を引き抜き、すぐさま治癒魔法を掛ける。
血に染まった箇所に目を向けると、当然そこには棘の刺さった穴が開いていた。咄嗟の判断で白の装備に換装していなければ、棘はシリューの腕と脚をも貫通していただろう。
「これが、災厄級か……」
こちらの攻撃が通らないばかりか、相手の攻撃はこれまで戦った災害級を凌駕している。
魔神の心臓と同等。いや、攻撃ができないことを考慮すると、魔神の心臓よりも厄介な相手だ。
「どうなってるんだ……勇者は、こんな相手とどう戦った……」
シリューが数秒気を反らした間に、ブラエタリベルトゥルバーの大きな口が開き、赤い光の粒子がその中心へと収束を始める。
「シリューくん! 避けろ!!」
クリスの声に我に返ったシリューは、ブラエタリベルトゥルバーの開かれた口を目にした瞬間、クリスと共に迷わず横に大きく飛んだ。
その直後、寸前まで二人のいた場所を、岩を溶かすほどの超高温の光線が薙ぎ払う。
光魔法レイにも似ているが、威力はその数倍はあるだろう。
あれをまともに喰らっていたら、白の装備とはいえ無事では済まなかったはずだ。
棘の攻撃と同じく、ユニヴェールリフレクションでも防げたかどうか。
「油断するなっ、棘がくるぞ!」
ブラエタリベルトゥルバーが、体中の突起を伸ばす。
「烈咲斬!」
「マルチブローホーミング!!」
弦のように伸びた突起目掛け、クリスの剣技とシリューの魔法が炸裂。
咲き乱れる風の刃に魔力の鏃は突起に命中するものの、やはり空を斬るだけに終わる。
間を置かず、数十本の突起から発射された棘は広範囲に及び、躱す余裕がない。
「シリューくん、訓練を思い出せ! 冷静に見極めろ!!」
「はい!」
軌道、速度。棘は回転していない。そして剣速と間合い。
意識を、飛んでくる棘と空間に集中させる。
狙うのは棘の中央側面。
「はああああ!!」
次々と襲い来る棘を、左右の剣で薙ぎ払う。
自分に向かってくるものだけを狙い、一本、時には数本を一振りで。
全ての棘を正確に叩き落す。
更に。
「ガトリング!」
並列思考により弾幕を展開。
「いくら災厄級でもっ、無限には撃ち続けられないだろ!」
災厄級とはいえ相手は魔物だ。
撃ってくる棘は、その体内で魔力により生成されているはず。
撃ち続ければ、魔力もストックも尽きるのは必至だ。
やがてシリューの推測通り、棘の攻撃が止み突起が元の位置に縮む。
これで暫くの間、棘の攻撃はないはず。
先ほどの光線を撃ってこないということは、あの攻撃にも魔力をチャージする時間が必要なのだろう。
「今度は俺たちのターンだ!」
とは言うものの、こちらの攻撃はブラエタリベルトゥルバーに通らない。
闇雲に攻撃を繰り返しても消耗してゆくだけで、やがては体力が尽きてしまうだけだ。
「セクレタリー・インターフェイス、スキャン実行だ」
【走査を実行します】
シリュの視界に緑に光るラインが表示され、ブラエタリベルトゥルバーの頭頂部から腹足下までを、地面と平行に移動する。
だが奇妙なことに、スキャンしたはずの対象には何の反応もなかった。
まるで何も無い空間を見ているだけのように。
「なんだ、これ……?」
【解析を実行します。対照の攻撃パターンのデータを参照。空間に無数の揺らぎを確認】
【ザリスキ位相、不変数のリーマン面、無限次元ベクトルの発生を検知しました】
「セクレタリー・インターフェイス。どういう事だ?」
何となく以前シリューが適当に誤魔化した覚えのある言葉が、いくつか出てきたようだが、意味がまったくわからない。
【現在視界に映っているものは、現空間に投影されたブラエタリベルトゥルバーの幻体です】
「幻体? 現空間? じゃあ、本体は別の所にいるっていうことなのか?」
【不正解です。ブラエタリベルトゥルバーはこの場所に存在しています。ただし、本体は現空間とは異なる位相の空間、いわば空間の裏側に存在しています】
「別の位相……裏側……つまり、亜空間の中の亜空間にいるってことか」
【正解です。攻撃はその異なる位相から、直接現空間へ出現させています】
「くそっ、面倒だな」
つまり、攻撃時にも本体は空間の裏に隠れたままだということだ。
これでは、こちらからの攻撃手段がない。
「シリューくんっ、またくるぞ!」
ブラエタリベルトゥルバーは再び体中の突起を伸ばし、シリューたちに向けて雨のように無数の棘を射出した。
「ユニヴェールリフレクション! ガトリング! マルチブローホーミング!」
展開した理力の盾は即座に破壊されるものの、少しは棘の威力と速度を低下させる。
掃射と魔力の鏃が撃ち漏らした棘を、剣で薙ぎ打ち払う。
破壊された先から、理力の盾を何度も張り直す。
「考えろ! どうやって違う空間にいるヤツを倒せばいいっ」
このままでは、ジリ貧だ。
亜空間の中の亜空間。異なる位相空間。空間の裏側。
「空間の……裏側?」
見えている表の空間と、見えていない裏の空間。
表の幻体と裏の本体。
同時に倒す方法……。
「ああくそっ。裏も表も、同時に斬ればいいんだろ!」
シリュがそう考えた時。
【ギフト『生々流転』発動。白の装備とのリンク確立。能力パラメータを覇力に特化します】
セクレタリー・インターフェイスがそう告げた。




