【第294話】対策会議
冒険者ギルド本部には、大小五つの会議室がある。
その内の一つ、少人数用の部屋で行われる会議には、冒険者ギルドから本部長のエリアスと補佐官のナターシャが、魔調研からは長官のタンストールに、調査隊のリーダーであるマクガイバー。それから王室を代表して、ジョシュア・〝ドク″・スカーロックがそれぞれ参加していた。
「この錚々たる顔ぶれの中に、俺が呼ばれた理由が気になるんですが、やはり、魔神関係ですか?」
コの字に配置された長机の、片端に腰掛けたドクが挙手する。
魔神の心臓との闘いの後正式に結成された、王家魔神対策室の室長に就任したドクにすれば、それは当然の質問だった。
「あら、そういう事なのかしら?」
ドクの隣でタンストールは、向かい側に座るエリアスとナターシャの表情を窺い、それから正面のマクガイバーに目を向ける。
「そうなのか? マクガイバー」
調査の報告としか聞かされていなかったエリアスも、ドクが同席している事については、タンストールと同じ疑問を抱いていた。
「いえ、そうではありません。ですが、これは王家にも伝える必要があると、判断いたしました」
王家に伝える必要があるという事は、少なくとも災害級以上の魔物が絡んでいると考えられる。
「うむ、聞こうか」
エリアスは神妙な顔つきで、マクガイバーに先を促す。
「では、早速ですが、本題に入らせていただきます。調査の結果、今回の消失事件の原因は、災厄級『ブラエタリベルトゥルバー』である可能性が高いという結論に至りました」
「災厄級!?」
全員の表情が、一瞬で凍り付いたのも当然だろう。
災厄級を相手にするとなれば、国家規模の軍隊が必要となるのだ。
「間違いないのかしら?」
タンストールの声音には、僅かに期待が込められていたが、それはこの場にいる全員の心情を現していたともいえる。
だが、だからといって、調査結果が覆るわけではない。
「260年前と、120年前にも今回と同じ事例がそれぞれ別の国で発生しています。実は、私の師であるデリーシア先生がどちらも調査にあたり、30年前、お亡くなりになるまで、研究を続けていました。」
今年で200歳になるエルフのマクガイバーは120年前、デリーシアの助手の一人としてその事件の調査に参加した。
「一度目の時は、大した情報は得られなかったようですが、120年前、勇者がその魔物を倒したお陰で、色々と解った事もあります」
ブラエタリベルトゥルバーは、その身体から特殊な魔素を生成し、目に見えない別の空間を作りそこに潜む。
勇者の残した貴重な情報だ。
「別の空間じゃと?」
「はい。勇者は『亜空間』と呼んでいました。マジックボックスのようなもの、と考えてください」
「人を引きずり込むマジックボックスか……質が悪いな……」
ドクが頬杖をついて呟く。
「それで、今回の件との繋がりはあるのかしら?」
「はい、ある程度見越してはいたのですが、現場周囲一帯にデリーシア先生の発見した『ブラエタリ魔素』と、同質のものが多量に検出されましたので、まず間違いはないかと」
そこに疑問を呈したのは、エリアスだった。
「ブラエタリベルトゥルバーとは、初めて聞く名じゃが、災厄級とする根拠は何かの?」
ただ質が悪い、だけでは根拠に乏しい。一般に知られていない魔物であれば尚更だ。
「ええもちろん、それも説明いたします」
260年前、デリーシアは調査にあたって、過去の文献を調べる事から始めた。
それにより分かったのは、大量に人が消失する事件は繰り返し発生しているという事。
時には、街一つが一夜にして消えたとされる事例も残されていて、過去の人々はただひたすら、その災厄が通り過ぎるのを待つだけだった。
現に、260年前の事件では200人以上が消え、その地域一帯を立入り禁止にするほかなかったのだ。
「つまり、放っておけば、この王都さえ消えてしまうかもしれん、という事か。まさに、災厄じゃな……」
マクガイバーはゆっくりと頷く。
「それに加えて、魔素を見つけたとしても、接触する方法がありません。いえ、奴に捕えられれば別ですが……120年前、勇者がブラエタリベルトゥルバーを倒した時、捕らえられていた者のほとんどミイラ化し、生き残った数名は全て自我が崩壊していました」
勇者はその能力で、ブラエタリベルトゥルバーの作る亜空間へと突入し戦った。
勇者が勝利すると亜空間が消え、飲み込まれた人々をはじめ、植物とも動物とも言えない、巨大な赤い肉塊が姿を現したのだが、それまでに数日を要した。
憔悴しきった勇者は、多くを語りたがらなかったため、中でどんな戦いが繰り広げられたのかは分からないが、彼はただ、剣も効かず魔法も使えなかったとだけ言い残し、去って行ったという。
「自我が崩壊……精神的な攻撃かしら? それとも中毒性のある薬物のような物?」
「見えない上に、中に入れば精神に異変を起こす。更に剣も効かず魔法も使えないとなると、さて、どうやって戦えば良いのか、見当もつかんのう……」
260年前のように、山岳地帯を封鎖して、ブラエタリベルトゥルバーが去るのを待つか、それとも120年前のように、戦って倒す事ができるのか。
「いや、まて……260年前に、120年前じゃと?」
エリアスは、その二つの共通点にようやく気付いた。
「どちらも……大災厄の年、ですね……」
タンストールが答える。
「まさか、大災厄の前兆、という事でしょうか」
ドクは、滅多に見せる事のない真剣な表情を浮かべた。
机に広げた資料を閉じ、マクガイバーがゆっくりと首を振る。
「それには、二つの可能性が考えられます。一つは皆様の推察通り、大災厄の前兆。もう一つは、勇者召喚の影響です。どちらも、世界の環境に大きな変化をもたらします」
「つまり、どちらであるにせよ、異質で強大なエネルギーに引き寄せられた、という事かしら?」
個人的な見解ですが、と断りを入れて、マクガイバーは頷いた。
「この際です、勇者ヒュウガに、お願いしてみてはいかがでしょうか」
マクガイバーの提案は、最善のものだと誰もが思った。
ドク一人を除いて。
「それはまだ、時期尚早では?」
ぽつりとつぶやいたドクに、全員の視線が集まる。
「誰か忘れてはいませんか? 希望の勇者は、エルレインだけに存在するわけではありません」
ドクは両手を広げ、たっぷりの演出と間を使い、宣言した。
◇◇◇◇◇
冒険者ギルドでの会議など知る由もないシリューは、粗はあるものの受けや逸らしをほぼ修得し、今日からは覇力の使い方について、クリスの指南を仰いでいた。
「あの、クリスさん? これは……」
シリューはクリスから渡された、30cmほどの糸を見つめて思わず尋ねた。
「糸だね」
「いえ、あの……糸は、わかります……」
わからないのは、なぜ糸を渡されたのかだ。
「ああ、ごめんごめん。別に揶揄っている訳じゃないんだ。色々とやり方はあるんだろうけど、これは、私が最初に教わった方法でね。覇力の使い方の基本、っていうところかな」
「覇力の、基本?」
糸と覇力の関係性がよくわからない。
「そうだね、私がやってみるから、よく見ていて」
にっこり笑ったクリスの表情が、一瞬で真剣なものに変わり、シリューに渡した物と同じ糸を軽く振った。
するとどうだろう。彼女の摘まんだ糸は、細長い針のように真っすぐ伸び、上に向けても横に向けてもしな垂れる様子がない。
「どうかな?」
向けられたその糸を触ってみる。
「まるで……金属で出来てるみたいですね……」
テレビだったか、WEBの動画だったかは忘れてしまったが、紙で割りばしを切るところを見た事があった。
あれは確か、紙に気を込めているという話しだったか。
何人かの友人たちは、面白がって真似しようとしたものの、誰も成功しなかったのを覚えている。
端からそんなものを信じていなかったシリューは、「私もできそう!」と、得意顔で紙を振る美亜を、半分呆れながら見ていただけだった。
だが今現実に、目の前の糸は針のように固くなっている。
「さっきも言ったけど、これは覇気の使い方の基本でね。先ずは、これをできるようになってもらおうかな」
驚いて目を見張るシリューをよそに、クリスは簡単な事だと笑ってみせるのだった。




