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【第277話】求められる者

 龍牙戦将。


 ポードレール家の持つ鳳翼闘将と同じく、その起源は勇者と共に戦い武勲を上げた英雄に与えられた称号である。


 鳳翼闘将がポードレール家の世襲制であるのに対し、龍牙戦将は一代限りの称号となっているものの、与えられる権限と権力に変わりはない。


「権限の行使には責任が伴うわ。使う場合は、十分気を付けなさい」


「いや、使わないし」


 そんな大それたことをする気もないし、使うような状況になるなど考えたくもない。


「国王陛下はお前を、勇者ヒュウガと並ぶ英雄と認めたんだ」


「いや、誤解だし」


 そもそも、ウィリアム王からの言及は一切なかった。


「あなたと共に戦えたことを、誇りに思うわ」


「いや……思い違いだし……」


 ただ依頼を受けて、依頼のために戦っただけだ。


「シリューさんは、これからもっともっと、大きくなる人ですっ」


「いや……せいぜい伸びて2、3センチ……」


 そろそろ否定のしかたも怪しくなってきた。


「ご主人様は、素晴らしいの、です!」


「いやごめん。ホント、もうヤメテ……」


 おもわず謝ってしまった。


 注目されたいとか、評価されたいという欲はシリューにも普通にある。いや、あったというべきか。


 それはこの世界に召喚される前、明日見僚として元の世界で生きていた頃。


 陸上の短距離選手だった僚は、大会の度にあと一歩で決勝を逃すという、悔しい思いを重ねてきた。


 いつか決勝の常連になりたい。常に優勝を争い、誰からも名前を覚えられるような選手になりたい。


 人の何倍もハードな練習を続けていたのは、才能がないというハンデも努力で覆せると証明したかったから。


 そして、自分自身の力だけで栄光を掴みたかったから。


 物語に描かれる英雄のような存在に、誰かに与えられた能力を使ってなりたい訳ではないのだ。


「これから、あんたを詠う詩人はきっと増えるだろうし、民衆はあんたの英雄譚を求める。そして、誰よりもそれを正しく表現できるのは、あんたと一緒に戦ったこの俺、さ」


 ドクは大げさな手振り身振りでそう言った後、誇らしげな顔で自分の胸に右手を添えた。


 シリューの思いがどうであれ、この世界の人々の願いが変わることはないのだろう。


 民衆は常に新しい英雄を求める。


 シリューは、いつだったかドクが言った言葉を思い出した。


「あんた、かなり話を盛っただろ……」


 自称詩人のドクのことだ、父であるウィリアム王に話すにしても、かなり脚色したに違いない。


「いやいや、俺は事実をありのままに話しただけだよ。まあ、私的な見解を加えたのは認めるけど」


「それを、()()っていうんだよ、まったく」


 人の気も知らず微笑むドクは、悪びれた様子もなく肩を竦めた。


「シリュー、これはとても光栄なこと。どれだけ強く望んだとしても、誰もが掴める訳ではない。貴方は選ばれたのよ、シリュー。その事実を、受け入れなさい」


「シリューさん、もう逃げる道はないんです。そろそろ自覚してください」


 強く訴えるハーティアとミリアムの眼差しには一点の曇りもなく、射抜くような厳しさと、慈しむような優しさが溢れていた。


「逃げられない、か……」


 ミリアムの言葉が胸に刺さる。


 これまでどれほど逃げてきたのだろう。


 シリューはテーブルに置いたルースケースから、『龍牙戦将』の徽章を手に取った。


 掌に納まるサイズながら、見た目から想像するよりもかなり重い。


 龍牙戦将という、称号の重さがそう感じさせているのか。


「受け入れる……」


 駄々をこねる子供のように、受け入れることをひたすら拒否していた。


 逃げて拒否して。その先に何があるのか。


 そうして手に入るものが、どんな価値を持つのか。


 それは、明日見僚の生き方とは大きく違う。


 違うはずだ。


「そうだな……何か、わかってきた」


 シリューは徽章を見つめ、そっと握った。


「では、お祝いのパーティーを開きましょう」


「お、いいね。本来なら城で盛大に行うものだけど……」


 笑顔で提案したエマと即答でその提案に乗ったドクが、シリューの顔を窺う。


「そんなに派手なのはちょっと……」


 受け入れるといっても、正装での祝賀会などは遠慮したい。


「クランハウスで、ここにいる皆でやりますか? 私、お料理用意しますよ♪」


「それもいいけれど、レストランを貸切って、何人かは関係者を呼ぶべきじゃないかしら? もちろん、シリューが嫌でなければ」


 どう? と尋ねたハーティアに、シリューは軽く頷いた。


 少し照れるが、ここにいる皆が企画して祝ってくれるというのは、素直に嬉しい。


「もう昼休みが終わるぞ。続きは、午後の授業の後で話し合おう」


 態度こそいつもと変わらないディックも、僅かに口元を緩めている。


「じゃあ、教室に戻りますか」


 ドクの一声で皆席を立ち、食事後のトレイを返却してカフェテリアを出た。


 教室に戻る廊下の途中で、シリューはドクへの相談事を思い出し、歩きながら声を掛ける。


「ドク、ちょっといいか?」


「ん?」


「あんたは、かなり剣が使えるんだろ?」


 ドクは魔導士でありながら、学院内では並ぶ者がいないほどの剣士でもあるらしい。


 実際、戦いの場においても、シリューより数段上と思える剣を披露していた。


「どうかな。学院では1、2かもしれないけど、ここには魔導士しかいないからね。それに俺は基礎を学んだくらいで、後は自己流なんだ。騎士と比べれば、十人並みだよ」


「それでも、俺よりは上だ」


 ドクが学んだ基礎でさえ、シリューは一月も教わっていない。


「そういえば、あんたあんまり剣は使ってなかったなぁ……」


 ドクの目撃したシリューの戦いは、桁外れの機動力を生かした格闘戦。


 けっして剣を主軸の戦い方ではない。


「あんまり得意じゃないんだ。で、あんたに教えてもらいたい」


「ん~、役に立つかわからないけど、午後からは丁度武術訓練だ。基礎を見るくらいなら何とか」


 シリューに剣が必要なのか疑問に思いながらも、ドクは力になれればと快く引き受けた。



◇◇◇◇◇



 魔道学院の授業には魔法や魔道具等、魔力に関わるものの他にも、科学や武術も組み込まれている。


 ただ、基本的に魔導士が武器を用いて戦うことはない。


 武術といっても本格的な戦闘訓練ではなく、差し迫った危機を回避するための護身術を学ぶ程度のものである。


「悪い。大丈夫か、ドク」


 シリューは腹を抑えて蹲るドクに手を差し伸べた。


「そう思うなら、少しは手加減してほしかったな……」


 シリューの手を取りよろよろと起き上がったドクは、苦しそうに顔を歪ませる。


 午後の武術訓練。


 シリューとドクはハンデなしの模擬戦に臨んだ。


 結果は見ての通り。


 一端の剣士でもあるドクは何度か辛うじてその攻撃を防いだものの、シリューの足を使った戦術に翻弄され、遂には痛烈な一撃を喰らってしまった。


「いや、力はそんなに入れてないんだけど……」


 実際、ミリアムとの模擬戦とは違い、動く範囲に制限は掛けななったものの、力自体はかなり抑えていた。


「防具と身体強化を使ってもこれか……ゲホッ。本気だったらバラバラにされてるな」


「ホント、悪かったよ。ヒール!」


 淡い光がドクを包み、打撲による傷を癒してゆく。


「いや、訓練だから、こんなこともあるさ。気にしないでくれ。ああ、ありがとう」


 ドクは驚きはしなかったが、周りで二人の様子を見ていた生徒たちの中には、シリューが治癒魔法を使ったことに感嘆の声を上げる者もいた。


「なあシリュー。あんたは剣を教えてくれって言ったけど、俺なんかのレベルじゃどうにもならないよ。誰か、もっと実力のある剣士に師事して、本格的に学んだ方がいい」


「やっぱりそうか……でも、簡単に弟子入りさせてくれて、すぐに剣を教えてくれる人なんているかなぁ?」


 シリューだけのイメージかもしれないが、剣道は礼儀作法を覚えることから始まると聞いたことがある。


 時代物の小説では、精神論から下働きをこなして、やっと木刀を振るところへ進む。


 この世界でも似たようなものなら、シリューにそんな時間はない。


「いるだろう、一人」


「え?」


「赤い髪の、美人剣士さんが」


 ドクは意味ありげな顔で、にやりと笑った。


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