表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

247/357

【第241話】間違わない

「シリュー……さん?」


 立ち止まったままぼんやりと空を見つめるシリューを振り返り、ミリアムは遠慮がちに声を掛ける。


 流れる雲を追うその目は何処か寂しげで、見つからない答えを探す迷子のように思えた。


 実際シリューには、ミリアムの声が聞こえていなかった。


 風の音や人の声のせいではない。


 呼びかけが耳に入らないくらい、意識を捕らわれていたからだ。



〝誰にも迷惑を掛けない……〟



 同じように病魔に侵され、同じように死期を悟った美亜とハーティア。


 その二人がまったく同じことを、まったく同じ表情で口にしたのは、単なる偶然なのだろうか。


「迷惑って……なんでっ……」


 二人はどうしてそう考えたのだろう。


 近しい人の命が消えようとしている時、悲しくはあっても迷惑なはずがないのに。


 それ以上に、迷惑を掛けていると思われる事が寂しく悲しい。


「俺は……そんなに情けなく見えたのかな……」


 病に侵された本人たちに、気遣われるほどに。


「シリューさん」


 囁くようにミリアムが呼んだ。


「ん、ああ、どうした?」


 今度はシリューも気が付き、ミリアムに顔を向ける。


「もしかして、ミアさんのこと、考えてたんですか?」


 ミリアムは意外に鋭い。ハーティアと美亜を重ねて考えていたことも、すっかりお見通しのようだ。


「えっと……まあ……」


 しばらく真剣な表情でじっとシリューを見つめていたミリアムは、ふっと口元を緩めて春の日差しのように暖かな微笑を浮かべた。


「ダメですよシリューさん、ハーティアの前でそんな顔しちゃ」


「え?」


「シリューさん、とっても苦しそうな顔、してます」


 ミリアムにそう指摘され、シリューはハッと大切なことに気付く。


「そうだな……うん。俺が蒼い顔してちゃダメだよな。辛いのは、ハーティアなんだから」


「はい」


 美亜の前で、自分はどんな顔をしていたのだろうか。


 美亜に心配を掛けるような、そんなことは無かっただろうか。


 もし、そんなことがあったとしても……。


「大丈夫。間違わないよ」


 シリューは目を閉じて、独り言のように呟いた。


「シリューさん、気付いてました?」


「え?」


 不意にミリアムがそんなことを尋ねる。


 口元に手を添え、上目遣いにいたずらっぽい笑みを浮かべて。


「ハーティアは……」


「ハーティアは?」


 ミリアムは狙ったように、ぴんっと人差し指を立て、


「ハーティアは、シリューさんのことが、好きですよ」


 どうしますっ? と言ってミリアムはくるんと踵を返し、神教会の門を潜った。


「え? いや、え? ハーティアが? 俺を?」


 王都に来て、一番の衝撃だった。


 そして、それをミリアムが笑顔で語ったことが、二番目の衝撃だった。


 いろいろな意味で。



◇◇◇◇◇



 シリューとミリアムが、神教会の門を潜った同じ頃。


 バルドゥール・ビショフの元に、騎士団により倒された災害級魔獣の人造魔石が届けられていた。


「やっぱりぃ、他の二つとまぁったく同じですねぇ」


 透明な保護ケースに収められた魔石を覗き込み、ヴィオラが頬に指を添え首を傾げた。


「確かに……外見には、違いがあるようには見えませんね……」


 ヴィオラの隣でローレンスは腕を組み、意見を求めるように正面のバルドゥールへ目を向ける。


「先の二つは、キッドたちが魔獣の体内から強引に引き剥がしたそうだが、これは……」


 騎士団と魔導士団の波状攻撃により、魔石の魔力を使い果たした災害級の魔獣は、最後には黒い体色が灰色に変化し、燃え滓のように朽ち果てていったらしい。


「そう言えばぁ、最初の魔石も勇者様と白き翼の人が、魔獣の体から抜き取ったんですよねぇ」


「そうだね。そこに何かしらの差があるのか、それとも無いのか……その点も十分考慮して調査に当たろう」


「キッド君が戻って来るのを待ちますか?」


「ああ、そう……ん?」


 あまりにも自然だったため、バルドゥールは一瞬聞き逃しそうになったが、改めてその言葉の意味気付きローレンスに目を向けた。


「彼がこの研究室に来たのは、研究補助員というより、魔石調査の安全性を確保すること。それが本来の目的……いえ任務といった方が適切かもしれませんね。違いますか?」


 穏やかな笑みを浮かべたローレンスは、自分の意見に確信を持っているようだ。


「ええ~、そうだったんですですかぁ? 全然気づきませんでしたぁ」


 ヴィオラが驚きの表情で、バルドゥールとローレンスを交互に見比べる。


 バルドゥールはふうっと息を吐き、手のひらを見せ肩を竦めた。


「いや、さすがに鋭いな……まあ、もう誤魔化しても仕方がない。君の言う通りだよローレンス」


 キッドの本名と正体については基本秘密厳守だが、誰かに気付かれた場合、無理に隠し通す必要はない。


 バルドゥールはタンストールから、そう指示を受けていた。


「キッドくんってぇ、何者なんですかぁ?」


「さあ。それは私にも分からんよ」


 そして、真の目的であるオルタンシアの捜索に関しては、バルドゥールにも明かされてはいなかった。


「では、キッド君が帰るまで、これは保管庫に入れておきます。ヴィオラ、手伝ってもらえますか」


「はぁい、扉あけますねぇ~」


 ローレンスは魔石の収められているケースを抱え、それを先導するようにヴィオラが保管庫のドアを開けた。



◇◇◇◇◇



「治療院はこの奥の建物です。ほら、あれ」


 神教会の敷地に入り中庭を横切る通路を歩きながら、ミリアムは見えてきた建物を指さした。


 基本的にはレグノスのものと同じ様式の建物だが、規模としてはこちらの方がかなりに大きく立派だ。


 入口のドアを入った一階のフロアは、シリューたちが住むクランハウスの敷地くらいはありそうなほど広く、入口に向かい合うように受付のカウンターが並んでいた。


 時間も夕方に近いからだろうか、受付に並ぶ人は数人程度で、待合室を兼ねたフロア内にも人影は少ないが、一応ヒスイには姿消しを使ってもらっていた。


「とりあえず、受付で聞いてみますね。ここで待っててください」


 治癒術師でもあるミリアムはさすがに慣れたもので、すたすたと歩いていき受付の女性に声を掛ける。


 個人情報の保護など存在しないこの世界なら、ハーティアの状態や病室も教えてくれるだろう。


 冒険者ギルドも宿もそうだが、基本この世界は個人情報はダダ漏れだ。


 だからといって、特に日常生活に影響があるわけでもない。


〝ま、機密事項さえ守ってくれればいいんだけど〟


 そんなことを考えながらふと目を向けた廊下の奥に、こちらに向かって歩いてくる人影を見つけた。


「あいつ……」


 シリューは受付嬢と話すミリアムの肩を叩き、早足に廊下の奥へと進んだ。


「え、シリューさん? あっ……」


 ミリアムもすぐに状況を把握したようで、シリューの背中を追って駆け出す。「廊下は走らないでくださーいっ」


 後ろから聞こえた受付嬢の声に、ミリアムは「はーい、すみませんっ」と頭を下げつつシリューの隣に並ぶ。


「あ……」


 シリューたちが近づくと、その猫耳の少女は少しバツが悪そうに俯いた。


「もう動いて大丈夫なんですかっ? ハーティア」


「え、ええ。平気よ……」


 とはいうものの、顔色も良くはないし、とても平気そうには見えない。


「なあ、無理しなくていいん……」


「無理ではないわっ!」


 シリューの言葉を遮ったハーティアの声は、彼女にしては珍しいほど感情が篭っていた。


 シリューもミリアムも、思わず押し黙ってしまう。


「あ、ご、ごめんなさい。わざわざ来てくれたのに……でも、もう大丈夫だから。出来れば、これからも手伝わせて欲しいのだけれど……」


 胸の前で手を組み、ハーティアは改まった表情でシリューを見つめた。


「そっか、大丈夫っていうんなら、良かった。これからもっと面倒なことになるだろうし、お前がいてくれと助かるよ」


「え?」


「人手不足だからな、うちのクランは」


 シリューは涼し気な笑みを浮かべる。


「私、安くはないわよ?」


「払うのはロリエルフだ」


 悪びれもせずに肩を竦めたシリューに、ハーティアはくすっと笑った。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
下記のサイト様のランキングに参加しています。
よろしければクリックをお願いします。

小説家になろう 勝手にランキング
こちらもよろしくお願いします。
【異世界に転生した俺が、姫勇者様の料理番から最強の英雄になるまで】
― 新着の感想 ―
[一言] 更新有り難う御座います。 知らぬところで(?)借金を背負うロリエルフ。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ