【第169話】ロリエルフはやばい……
「ようきたのじゃ、わらわがこの冒険者ギルドの本部長を務めておる、エリアスじゃ」
ロリばばあの、のじゃ姫だった。
「私はCランクのハーティア・ノエミ・ポードレールです」
「勇神官、ミリアムです」
ハーティアは華麗なカーテシーで、ミリアムは胸の前で手を組むエターナエル神教会の正式な作法で挨拶をする。表情の硬さから、二人ともかなり緊張しているのがわかる。
「Eランクのシリュー・アスカです」
シリューも二人に倣い、両腕を脇に添え四十五度の日本式のお辞儀をした。
「ヒスイなの、です」
ヒスイはいつの間に覚えた可愛いカーテシー。
「まあ固い挨拶はここまでなのじゃ。さ、掛けるがいい」
ソファーを勧めるエリアスを、シリューは少し意外な表情で眺めた。
「ん? どうしたのじゃ?」
振り向いたエリアスと目が合う。
「いえ、ヒスイを見ても驚かないんだなぁと思って」
「なんじゃ、そんな事か。わらわも伊達に二千年生きておらん、人と契約したピクシーも初めてではないでの」
エリアスは左手を腰にあて、ちょこんと首を傾ける。
その仕草は、どう見ても小学生の低学年にしか見えない。
「わらわからも一ついいかの?」
右手の人差し指を立て、エリアスはシリューを見つめた。
「はい、何でしょう?」
「そなた、お嬢二人と違って全く緊張しておらんようじゃが……なぜじゃ?」
冒険者ギルドを統べる最高責任者にして創始者、つまりこの世界で最大戦力の指揮官。加えて二千年を生きるハイエルフの王女。彼女の醸し出す威圧感は、たとえ一国の王であっても受け流す事はできない。
「いえ……なぜ、って言われても……まあ、昔から、あんまり緊張しないタイプかも、としか……」
緊張しない、というより緊張を楽しむタイプというほうが近いだろう。
例えば、百メートルのスタートライン。
号令からピストルの音が聞こえるまでの、あの緊迫した時間。
シリューはその短い時間の静寂と、ぴんっと張り詰めた緊張感が何よりも楽しかった。
「ふむ、たいした胆力じゃ。さすが、勇者と並び立つ者と称されるだけはあるのじゃ」
エリアスはにこにこと笑ったが、シリューはいつの間にそんな評価になったのかと訝しんだ。
「のうシリュー。そなた、暫くは王都におるのじゃろう?」
ソファーの向かいに腰を下ろして、エリアスが尋ねた。座っているが、足が床に届いていない。
「はい、当分はゆっくりするつもりです」
「ゆっくり?」
「ええ、探しもの系のクエストでも受けながら、のんびり過ごします。戦闘とかは、いりません」
どこか面倒な話になりそうな雰囲気を察したシリューは、先手を打ってきっぱりとそして、『いりません』、を強調した。
「いや、まだ何も言っておらぬのじゃがの……」
「ええ、でも何か面倒な事を言い出しそうだったので」
「少し黙りなさいっ、馬鹿なのっ、シリュー・アスカっ」
物怖じしないにも程があるシリューの態度に、ハーティアはきっ、ときつく睨みつける。
シリューとハーティアの間に座ったミリアムは、冷や汗を流しながら、押し黙ったまま俯いている。
「まあ、良い。なかなか面白い子じゃの、ワイアットの言っておった通りじゃ」
「ワイアットさんで思い出しました。手紙を預かってました、本部に着いたら貴方に渡すようにと」
シリューは、ワイアットからの手紙をガイアストレージから出し、エリアスに手渡した。
「確かに、渡しましたよ?」
「うむ、ご苦労じゃったの、色々と、な」
ぱちん、とウインクしたエリアスの笑顔は、全ての事情を分かっている事を物語っていた。
「不思議なの、アリエル様と、同じ匂いがするの」
エリアスの座るソファーの背もたれにふわりと舞い降りたヒスイが、顎に指を添えてちょこんと首を傾げた。
「おや、ヒスイはアストワールのピクシーじゃったか。懐かしいのう、アリエルは元気にしておるか?」
「はい……なの……?」
「ははは、アリエルは話さなんだか? 同じ匂いがしても不思議ではないぞ、アリエルはわらわの妹じゃからの」
「そうなの、ですっ?」
エリアスはこくこくと頷きながら笑う。
「妹……」
以前聞いた話では、たしかアリエルはミリアムに並ぶ巨乳だったはず。
勝手に大人なエルフを想像していたが、巨乳幼女とか、話しただけで犯罪になりそうだ、とシリューは自分の持っていたイメージをかき消した。
「ああ、妹はわらわと違って、それはそれは美しい大人の姿じゃぞ」
シリューは心の中でほっと胸を撫で下ろした。
ただし、大人の姿だからといって、ヘタレのシリューには全く意味はないが。
「ところで……」
エリアスはシリューの顔を覗き込み、記憶を辿るように視線を天井に向けた。
「そなた、昔どこかで会うたかの?」
「いえ……」
シリューはこの世界に転移してまだ十ヶ月に満たない。そのうち六ヶ月は龍脈を彷徨っていたのだ。会った人も極々限られる。
〝まあ、見た目ロリだけど二千年もいきてるんだ、呆けてきて当然か。うん、実際はもう干からびた鰯みたいなもんだからな……〟
「わらわはまだ呆けとらんぞ」
「え?」
〝え、何、心読めんの? やばっ、ヤバいババアっ、ヤババババアだっ〟
「黙りなさいシリュー・アスカっ……。さっきから全部、声に出ているわっ、ホントに馬鹿なの!?」
「あ……」
「しかもシリューさん、何気に『バ』が一個増えてます」
「ミリアムさんもお願いだから黙って、今問題なのはそこじゃないわ……」
「そうだぞミリアム、『バ』の数は問題じゃない、勢いで言ってだけだ」
まるで他人事のようなシリューの口ぶりに、ハーティアの中で何かがぷちん、っと音を立てて切れた。
「黙れシリュー・アスカ、ぶっ殺すわよ」
ハーティアは身を乗り出し、ミリアム越しにシリューを睨みつける。
「……シリューさん、エルフには容赦なく毒を吐くんですね……」
ミリアムも諦めたように腕を組み、俯いて目を閉じる。
二人ともどんなとばっちりがくるのか、せめて少しでも罰が軽くなるよう祈るのだった。
ところが……。
「は、あははははははっ……」
怒るどころか、エリアスは大笑いをし始めた。
ミリアムとハーティアは訳が分からず、目を丸くし呆然とエリアスを見つめた。
「シリュー、そなた……本当に、面白い子じゃのう。気に入ったのじゃ、あっはははは」
エリアスはいかにも楽しそうに足をぷらぷらさせて、お腹を抱えて笑い続けた。
「あの、エリアス様……お怒りでは……?」
状況が飲み込めないハーティアは、どこか不安げにおずおずと尋ねる。
「怒る? わらわがか? ははは、ないないっ。わらわはその辺の融通の利かぬ年寄りではないぞ。二千年も生きておるとの、大抵の事は笑えるようになるのじゃ」
「許して……いただけるのですか……?」
伏し目がちに俯くミリアムが、エリアスと自分の膝に置いた手に忙しなく視線を移す。
「許すも許さんも、わらわは別に怒っていないのじゃ」
その言葉とエリアスの笑顔を見て、漸くミリアムたちは大きく息をついた。
「そなたたち、いろいろと大変じゃのう……」
にやりと笑ってシリューに目をやるエリアスに、ミリアムとハーティアも大きく頷いて、半開きのじとっとした視線をシリューに送る。
「えっと、はい、何か、すみません……」
「よいよい、気にするでない。それよりも、そろそろ本題にはいってもいいかの?」
もちろん、シリューたちに異論はない。ただ談笑する為にここへ呼ばれた訳ではない事ぐらい、シリューも心得ている。
「ええ、俺もわざわざ呼ばれた理由を知りたいですから」
シリューは涼し気な笑みを浮かべ、エリアスを見つめた。
「うむ、実はの、そなたの情報を元に、こちらでもいろいろと探っておるのじゃ。むろん、新しい情報が入ればいの一番にそなたに伝える。じゃからなシリュー、そなたも何か掴んだらわらわに直接伝えてほしい」
「……それは、金の仮面の男の事ですか?」
エリアスは無言でこくんと頷く。
「そなた、そやつがこの王都におると、睨んでおるのじゃろう?」
「ええ、まあ、根拠はありませんけど」
シリューは考えを見透かされた気がして、思わず肩を竦めた。
「魔族への対処は、冒険者ギルドでも最優先事項なのじゃ。必要ならそなたのランクも上げてやれるが……」
「いえ、今のところ必要ありません。でも金の仮面の男については、俺もそれなりに調べてみます」
「うむ、では、話はここまでじゃ。呼び立ててすまなんだの、ゆっくりと旅の垢を落としてくれ」
シリューたちは立ち上がり、深くお辞儀をしてドアへ向かった。
「よろしく頼むぞ、『深藍の執行者』……いや『断罪の白き翼』と呼ぶべきかな?」
シリューは言葉では答えず、軽く頭を下げて部屋を後にした。
「それも知ってたのか……」
シリューの呟きは、他の誰にも聞こえなかった。
「はて……?」
部屋に残ったエリアスは、シリューたちの出ていったドアを見つめ首を傾げた。
「……本当に何処かで会わなんだかのう……やれやれ、碌に思い出せんとは、わらわも呆けてきたのかもしれんのじゃ」
一日遅れですが、なんとか更新できました。
ロリババア(エルフ)です。
スローテンポな展開ですが、それでもいい! ちょっと面白い!
と思っていただけたなら、ブクマ、評価よろしくお願いします!
感想も大歓迎です!




