表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

166/357

【第160話】正しき選択

 齢を重ねた巨木の立ち並ぶ深く深く静かな森。


 生い茂る木々に遮られ、陽光の届かないはずの森の中は、それでも淡く輝く光に溢れ、そこに生きるものたちの道を照らし、温もりを与えていた。


 魔物も人も立ち入る事のできないその森の奥。鬱蒼とした木々の間を抜け、季節の織り成す色鮮やかな花たちが咲き乱れる道の先に、清らかな水を湛える大きな湖があった。


 ただし、目を引くのはその美しい湖畔の景色ではなく、湖の中央から高々と聳え立つ一本の樹。


 生命の誕生と同時に芽吹き、幾星霜の時代を生きたその幹周りは城一つにもおよび、枝葉の広がりは街をすっぽりと覆うほどの影を落とし、その高さは雲さえ突き抜け、樹頭を地上からうかがうことはできない。


 この世界に七本あると言われているうちの一本。


 世界樹。


 その世界樹を守るように、あるいは守られるように湖畔に建つ、無垢の白を基調にした小さな城。


 けっして豪奢ではないが、気品に満ちた調度品の置かれたその城の一室に、一人のエルフが佇んでいた。


 透き通るように輝く碧の髪と雪のような白い肌。


 千年を生きた彼女はハイエルフと呼ばれ、この森を統治する王の娘だった。


「どうか……どうか今は耐えてください……そして、いつかきっと……わたくしの元へ、還ってきてください……」


 窓辺に立つその女性は両手を胸の前で組み、世界樹に向けまるで祈るように神秘的な碧の瞳を閉じた。






 よろよろと立ち上がったシリューは、西日に紅く染まった雲を見上げる。


「……何だったんだろ……」


 痛みも引き落ち着いてみれば、さっき頭の中に聞こえた声も会話も、全て夢の中の出来事のように思えて現実味がない。


「一人じゃ、ない……か」


 それはシリューにとって、胸の隙間を埋める魔法の言葉に思えた。


「俺は、俺以外には、ならない」


 そう呟いたシリューの背後に、異質な気配が広がる。


「そうか、それが、君の選択なんだね?」


 シリューが振り向くと、そこには白いフードの男が立っていた。


「メビウス……」


「やあ、気分はどうだい?」


 陽気そうに尋ねたメビウスの言葉だが、たいして感情は込められていなかった。


「見てわからないか? 最悪だよ……」


 シリューは、誰が見てもわかりそうな事を聞いてくるメビウスに、皮肉を込めた一言で返した。


「ああ、そうだね。顔色も良くないようだ、大丈夫かい?」


 これもまた、気遣っているようには思えないほど抑揚がない。


「嘘っぽい台詞はやめろよ、あんたに心配してもらっても嬉しくない」


 シリューは、メビウスに対抗するように、わざとらしく肩を竦めてみせた。


「まあ、そう言わないでくれ。これでもしっかり感情を込めたつもりなんだ」


「ああどうも。で、今日は何の用?」


 おざなりに尋ねたシリューだったが、よく考えてみればメビウスとの接触に意味があった覚えがない。


「酷いなぁ、僕の行動にも立派な理由があるんだよ?」


 また心を読まれた事に、シリューは不快そうに顔を歪める。


 危害を加える事はないと言ったが、油断していい相手でもないのだ。


「君は、何故あの王女を助けたんだい?」


「え?」


「普通の人間は、一度殺されかけた、君の場合は実際殺されてるけど……そんな相手をけっして助けるなんてしない。憎みこそすれ、ね」


 シリューは頷く。たしかにそれはメビウスの見解が正しい。


「それなのに、君はその力で復讐するどころか、彼女の命を救った……。何故だい? 何故そんな心理になった?」


「いつものように、心を読めばいいだろ?」


 フードに隠れたメビウスの顔が、僅かに陰ったように見えた。


「もう試してみたよ、でも分からない。複雑に色が入り混じっているようで、どれが本当なのか全く読めない」


「そうか、それなら……残念だけど、まだあんたが知る時じゃないって事だよメビウス」


 シリューは涼し気に笑った。


「君は本当に面白いね。彼女の言った通り、今回は違った結果になるのかな……」


 シリューの見せた余裕は、メビウスの一言であっという間に崩れ去る。


「まて、彼女を知ってるのか!? 違った結果って、どういう事だっ!」


「彼女の事はよく知ってるよ、でも、僕がここで話す事を彼女は望んでいない。それこそ……君がまだ知る時じゃない、という事じゃないかな?」


 メビウスはからかうでもなく、ごく平然とした態度でそう言った。


「ああ、ね……そう言うと思ったよ」


 シリューは諦めたように肩を落とした。


「それじゃあ、いずれまた」


「待てよっ、あんたは何を知ってるっ。教えてくれメビウス! 俺はっ、俺は……魔神に、なるのか……」


 徐々に存在が希薄になってゆくメビウスが、シリューの声に応えるようにふと顔をあげた。


「それは、前に一度話したはずだ、選ぶのは君自身だと……」


 少し間をおいてメビウスは続ける。


「僕が君たちを直接導く事は禁止されている……だけど、そうだね。君は正しい選択をした……僕は、そう思うよ」


「え?」


 直後、メビウスの存在は完全に消失した。


「いつもいつも、いきなり現れやがって……」


 だが、メビウスの最後の言葉には、ほんの僅かに感情が込められていたように思えた。


「正しい選択……か」


 メビウスはそう言ったが、それがシリューにとって正しい選択だったのか、それとも世界にとって正しい選択だったのか、そして、魔神になるのを回避する選択だったのか。


「パティ……くっ」


 ずきり、と胸に痛みが走り、シリューは耐えられず片膝をつく。


 或いは、答えを先延ばしにしただけなのかもしれない。若しくは、単にメビウスにとって都合の良い選択だったともいえる。


 メビウスの目的が分からない以上、その言葉も信用できるものではない。


「俺は……」


 いつか、この痛みを伴うことなく、パティーユと向き合える時がくるのか。


「貴方を救う者たちがいます……か」


 頭の中に響いた彼女の声は、確信と自信に満ち溢れていた。そして、それはおそらく……。


 だが、意識がぼやけて、いつものように上手く考えが纏まらない。


「……まあいいか、とにかく街に帰ろう」


 ふらつきながら立ち上がったシリューは、薄闇に染まった東の地平線に目を向ける。


 微かに街の明かりが見えるが、気分的なものだろうか、今は随分遠いように思える。


「うわっ」


 【翔駆】を使おうとしたが、足場が現れず、シリューはそのまま地面に突っ伏してしまった。


「な、なんだ?」


 起き上がろうと両手をついて支える身体が、鉛のように重くそのままの姿勢で動けなくなる。


「あ、れ?」


 全身を襲う、泥沼のような倦怠感。


「動け、ない……うそだ、ろ……」


 シリューは土の上にうつ伏せに力尽き、意識は深い闇へと落ちていった。






 どこまでも続く真っ白な世界。人であれば、いや人よりも長い寿命を持つエルフでさえも、一時間も耐えられないであろうその時空にそれらは存在した。


「今の言葉は、規約違反ではないか?」


 メビウスが振り向くと、そこには同じ白のフードを着た少女が立っていた。


 光を振りまく銀の長い髪に、温もりをもたない銀の瞳。


「違反常習の君に言われるとはね……」


 メビウスはそっとフードを外した。


 短めに整った髪と僅かに幼さの残る瞳は十代の少年のようで、向き合う少女とまったく同じ銀の色に輝いている。


「久しぶりだね、前に会ったのはベテルギウスが超新星爆発を起こした時? それとも、がか座ベータ星(ベータ・ピクトリス星)が生まれた時だったかな?」


 少女は目を閉じて首を振った。


「まるで人のような言い方だな。それに、随分とあの人間に入れ込んでいるようだが」


「まあ、そうだね。興味はあるよ、非常にね」


 話してはいるが、お互いに口は動いていない。


「ほう、上手くいきそうか?」


「どうかな、上手くいって欲しいとは思ってるよ」


 少女の瞳が僅かに光る。


「君は……相変わらずだな」


「そうかい? いや、そうか。未だ残っているのかな、そんな感傷が」


 メビウスは表情を変えずに首を捻る。


「まあ、それもよかろう。では私はゆく、経過報告を忘れるなメビウス」


 少女がフードを被り背を向けた。


「ああ、じゃあまたね、()()()()


 少女のメビウスが消えてゆくのを、少年のメビウスは片手を挙げて見送った。


 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
下記のサイト様のランキングに参加しています。
よろしければクリックをお願いします。

小説家になろう 勝手にランキング
こちらもよろしくお願いします。
【異世界に転生した俺が、姫勇者様の料理番から最強の英雄になるまで】
― 新着の感想 ―
[一言] 面白くて最新話まで一気に読んでしまいました。 パティとの再会にジリジリしてしまいましたよ。本当の意味での再会ができるの楽しみに待ってます。 なんか大きい伏線はられてるようで…楽しみに待ってま…
[気になる点] 新たに登場、世界樹のエルフさん。安定の全裸だけど、これは伏線としてはかなり期待値が高い……。 [一言] さて、久しぶりに登場のメビウスさん。シリューにちょっと御立腹? そりゃそうでし…
[良い点] 昭和の香りがするヒーロー像 [一言] 光と闇の狭間で苦しむ姿はデビ〇マンのようであり、悪人の処断は法に任せるあたりは快傑ズ〇ットのよう。 もしかして作者様は同年代かなぁ。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ