【第140話】ミリアム舞う!
「馬車を出して! あの岩山を目指すんだ!!」
シリューは500mほど先に見える、比較的大きな岩山を指さして御者に向けて叫び、駅馬車の屋根に飛び乗った。
「で、ですがっ」
駅馬車の御者が、震える声をあげたのも無理はない。
魔物は絶え間なく襲ってくる、この状況で『疾風の烈剣』の庇護から外れるのは、彼らにとって自殺行為に映るだろう。だが相手はC級のオルデラオクトナリアだ。ここに残ってもキャラバンを守れる余裕は、烈剣のメンバーにも無い。それに、烈剣が本当に守る相手はキャラバンではないのだ。
「急げっ、死にたいのか!!」
未だどうするか決めかねておろおろする御者を、シリューは怒鳴りつける。
聞こえていないのか、それとも聞こえていて無視しているのか、御者は屋根のシリューを見向きもしない。
見かねたミリアムが、ひらりと御者席に飛び乗り、落ち着いた声でたった一言囁いた。
「彼は、『深藍の執行者』、ですよ」
御者は驚いたように目を見開いて振り返り、そこに藍いコートの姿を確認すると、何度も大きく頷いて即座に馬車を発進させた。
先頭の駅馬車が動き出した事で、商人たちの乗る他の馬車も後に続く。
「ミリアム、なんて言ったんだ?」
「秘密です」
屋根に上がったミリアムは、半開きの目で一瞬シリューを見降ろし、そのまま背を向けてキャラバンの背後を監視する。
「ほら、来ますよ?」
「お前っ」
いつの間にかジト目モードに入っているミリアムに眉をひそめつつ、シリューは正面に向き直りセクレタリーインターフェイスを呼び出す。
【ストライク・アイ起動。ターゲットロックオン】
PPIスコープに映る十数体の魔物に、赤いマーカーが重なる。
「いくぞ! マルチブローホーミング!!」
四方に発射された魔法の鏃が、ミサイルのように魔物たちを捉え撃破する。
「おお……」
御者の男が、その光景に感嘆の声を漏らす。
「ミリアムっ、後ろを頼む!」
「ま・か・せ・て」
ミリアムは妙に色気のある仕草で法衣を脱ぎ、新調したミニドレス姿となる。
「え……?」
膝をついたシリューの頭に、ぱさりと脱いだ法衣を落としたミリアムが、腰に手をあて妖艶にほほ笑んだ。
「ちょっ、まっ」
風にまたたく短いスカートは、その役目をほとんど果たしていない。
「持ってて」
ミリアムが胸のスイッチを押すと、各部位の魔石が輝く。
「はああああああっ」
勢いよく馬車から飛び降り、魔物たちの中心に着地したミリアムは、その勢いのままグレイオルパーに蹴りを浴びせる。
風魔法を帯びたその蹴りは、こともなくグレイオルパーを切り裂き、更にもう一体のカブラタワームをも両断する。
瞬時に切り返し、振り上げた戦鎚で一体を粉砕し、左右から襲ってくる二体を駒のように回転して吹き飛ばす。
「はぁん、すごい……」
瞬く間に五体のF級を屠り、僅かに天を仰いだミリアムが、熱い吐息を零し薄く口を開く。
「……なんか、いろいろ凄い、てか、怖い……」
離れてゆく馬車の屋根から、その姿を凝視していたシリューの声が震える。
口元に指を添え振り向く、ミリアムの長いピンクの髪が風に踊る。伏し目がちの流し目で視線を送る瞳は潤み、妖しい輝きを放つ。
シリューは何故か、背中に冷たいものがつたうのを感じた。
「いや、何で飛び降りた? キャスケードウォールで背後を守れってつもりだったんだけど……いや、まあいいか」
ミリアムは踵を返し、すぐさまキャラバンを追った。
「下がれ、ゴドウィン!」
疾風の烈剣サブリーダーの女剣士グレタが、単独で前に出過ぎた剣士のゴドウィンに叫ぶ。
「ああ、すまない」
実際に対峙するのは初めてだが、オルデラオクトナリアは剣士にはかなり分が悪い。
5倍以上にも伸びる体の表面は、滑らかで弾力性があり刃物も矢も通しにくい。加えて、体中にある粘液腺か分泌される粘液は、あらゆる衝撃を分散する効果を持ち、その粘液によって薄い皮膜を作り、二重の防御層を形成しているといえる。
「ビリー、ヘザー、タイミングを合わせて。イーノックと私は爆轟、ジーンは氷結。いい? 3人交互に発動するのよ。狙いは体の中心部分」
ハーティアが弓使いのビリーとヘザー、魔法使いのイーノックとジーン各々に向け、矢継ぎ早に指示を出す。
オルデラオクトナリアの急所は頭だが、後ろの吸盤で地面に吸いつき、体の半分を持ち上げて鞭のように振り回すため、弓でも魔法でも狙うのが難しい。
攻略のカギは支点となる体の中心部分。
地面から浮き上がる丁度その場所の粘液を、爆轟の爆風で吹き飛ばすか氷結で凍らせ、露出した皮膚に剣や矢で攻撃する。ただ、一度吹き飛ばした粘液は即座に分泌され皮膜が再生されるため、何度も同じ攻撃を繰り返す。そうして体を二つに切断し、動きの鈍くなった頭にとどめを刺す。
魔法使いの魔力が尽きる前に切断する事ができるか、それがオルデラオクトナリアとの戦闘の要だが、実際には3人の魔力量ではギリギリの線だろう。
「波状する無数の火種よ、霧中へと誘い早暁に瞬く風となり猛威を振るえ、デトネーション!!」
ハーティアの放った爆轟の魔法が、狙い違わずオルデラオクトナリアの中心部分で炸裂する。
「今よ!」
「翔破!」
「双牙っ」
ビリーとヘザーの矢が露出した皮膚を穿つ。
「翔破刃!!」
グレタとゴドウィンは同時に剣技を放ち、三日月状の斬撃が4つ、オルデラオクトナリアを切りつける。
だが、どれも皮膚の表面を傷つけたにすぎない。
粘液が分泌され透明の皮膜が再生される。
「くそっ」
誰かが叫んだ。
「まだよ、ジーン!」
「ええ。荒れ狂う氷の龍よ、我が行く手阻む者をその牢獄に捉え、数多の汚濁を破滅へと導く咆哮をあげよ、インビエルノ・クェアーダ!」
氷結の上位魔法が、再生したオルデラオクトナリアの皮膜を凍らせる。
間髪を入れず、グレタとゴドウィンが再び剣技を浴びせ、ビリーとヘザーが弓を射る。
勿論、一か所に留まれば体当たりの的か、酸の餌食になるため、攻撃を加えながら常に移動する。
「なんとか、いけそうね……」
ハーティアは僅かに息を弾ませながら、この戦況を充分好ましいものだと考えていた。
「へぇ、なかなかやるねぇ」
オルデラオクトナリアの背後で、女の赤い瞳が怪しく光った。
「はは、十分押してるじゃないか」
エクストルは、オルデラオクトナリアと戦う仲間たちを、ノワールの鋼糸を掻い潜り、ちらりと視線だけを向けて観察していた。
「ほう、まだそんな余裕があるか」
ノワールは4本の鋼糸をエクストルに集中させる。
その一瞬の隙を、ドレイクは逃さなかった。
「土龍閃!」
大地を切り裂く衝撃波が、土煙をあげノワールに迫る。
刹那、いかにも無防備に見えたノワールが、ドレイクの視界から消え、無人の空間を衝撃波が空しく過ぎる。
「なに!?」
「ドレイクっ、右だ!」
槍を突き出した体勢でがら空きになったドレイクの右脇腹に、一瞬で間合いを詰めたノワールが、覇力を込めた蹴りを打ち込む。
「ぐっ」
ドレイクはインパクトの瞬間に身体強化を掛けたが、耐えきれず数mも吹き飛ばされる。
「烈咲斬!!」
倒れたドレイクに追い打ちを掛けようと糸を繰るノワールに、エクストルの放った咲き乱れる風の刃が迫る。
ノワールはバックステップで間合いをとり、糸をドーム状に展開して風の刃を悉く切り裂く。
「大丈夫かっドレイク!」
「ああ、すまん、油断した」
立ち上がったドレイクが、頭を下げ槍を構えなおす。
「気を抜けば死ぬぞ?」
両腕をだらりと下げ、ノワールが表情を変えずに言った。
「忠告ありがとう。殺し屋にしては随分と親切じゃないか?」
エクストルは油断なくノワールを監視しながら、肩を竦めおどけて見せた。
ドレイクが息を整える時間を稼ぐためだ。
「勘違いするな、俺は殺し屋ではない。暗殺ギルドも、お前たちが勝手にそう呼んでいるだけだ」
「へえ、じゃあお前は一体何者なんだ」
エクストルは、目に力を籠めノワールを睨みつける。
「俺は俺……それ以外の何物でもない。息も戻っただろう、続きを始めようか」
ノワールが両腕を振り上げ、鋼糸が光に煌めく。
「ああ、第二ラウンドだ」
エクストルは片方の口角をあげて笑った。




