【第123話】エピローグ~ミリアムの決意~
ジャネット聖神官の救出から明けて次の日の朝。
シリューは事件の報告のため、ワイアットのもとを訪ねていた。
「今回は本当によくやってくれた、お疲れさん。それから、俺個人として礼を言わせてくれ。お前さんがいなかったら、この街は今頃廃墟だったよ、本当にありがとう」
珍しく葉巻に手をつけていないワイアットが、椅子から立ち上がり深々と頭を下げる。
「いえ、行きがかり上ですから、改めてお礼を言われるほどじゃあ……って、今何て言いました?」
「お前さんがいなかったら街は廃墟だって……ランドルフの件といい、ワイバーンの件といい、な?」
ワイアットは片目を瞑り、訳知り顔でにやりと笑った。
「き、気付いてたんですかっ……」
思いもしなかったワイアットの言葉に、シリューは焦ってついつい口を滑らしてしまう。
「まあ、何となくな、でも、今確信したよ」
「あ、あああ……」
ワイアットの方が一枚も二枚も上手、つまりは鎌をかけられたという事だ。
シリューは自分の未熟さに頭を抱えた。結局その未熟さのせいで、まんまと犯人に逃げられたのだ。
「その件については、お前さんが気に病む必要はないさ。相手が魔族となれば、冒険者1人で対処できる案件じゃない。話は聞いてたんだ俺のミスだよ、すまなかったな」
「いいえ、それよりこれからどうしますか? 俺は俺で調査を続けようと思いますけど」
もう一度頭を下げようとしたワイアットを制し、シリューは今後の方針について尋ねた。
「ああそうだな、まずギルド本部に報告する、それから……」
ギルド本部から三大王家とエターナエル神教団、そして当然勇者へも最優先で情報が伝えられる。魔族の動向については、速やかな情報の共有が規定されていて、その対応の重責を担うのがエルレインの勇者たち、というわけだ。
「まあ、勇者に出張ってもらう事になるかどうかは分らんが……。話によると、勇者ナオトは魔族の壊滅に熱心だそうだからな」
「……日向さんが……」
シリューは顔を伏せ、無意識のうちに声にならない声を漏らした。
もし直斗たちがこの街へやって来るとしたら、もしここで再会してしまったら、もし受け入れてもらえなかったら。そしてもし、パティと……。
シリューの頭の中で、希望と絶望が目まぐるしく交錯する。
「……に……なる」
ワイアットの言葉も、ほとんど耳に入っていなかった。
「え? 何です?」
「なんだ聞いてなかったのか?その時にはお前さんにも協力してもらうって言ったんだが……」
ぼおっとしてるなんてお前さんにしちゃ珍しいな、とワイアットは続けた。
「協力……ですか……」
シリューが一瞬眉をひそめ、その表情に影が差したのを、ワイアットは見逃さなかった。
「どうした?随分と嫌そうだな」
「いえっ別に、ただ大事になるのは面倒だなって」
適当に誤魔化そうとしたシリューだったが、もう何度も大事に関わっている。何を今更、とワイアットが思うのも致し方のない事だろう。
「まあ、別に強制はしないさ。対魔族についてはギルドでも極秘扱いだし、今回の件も非常招集にはあたらない」
戦争を除き、魔物の大量発生や災害級の出現等、民間人に多大な被害が予想される場合、各支部の支部長権限により、登録された冒険者を強制的に徴用する事ができる。冒険者がこれを拒否した場合、多額の違反金を支払うか最悪登録を抹消される。
もちろんそれに見合う恩恵もあり、例えば無税で街の出入りができるだけでなく、国境さえ自由に越える事ができる。
ただしそれが適用されるのは、プロフェショナルクラスと呼ばれるDランク以上の冒険者たちで、Eランクのシリューには今のところ縁はない。
因みに、このレグノスに入る際は、ナディアの護衛として報告してあった為税金は払っていない。
「そう言えば……」
ワイアットは、ここでようやくいつものようにヒュミドールから葉巻を取り出し、パンチカッターでヘッドに丸い穴をくり抜く。
「ミリアム嬢もいろいろと大変だったみたいだが、大丈夫か?」
長いマッチで葉巻に火をつけるワイアットの目は、まるで娘を見守る父親のように細められていた。
「大丈夫ですよ、ありがとうございます」
「ん?」
シリューの口からごく自然に感謝の言葉が出たことに、ワイアットは目を見張る。
「なんです?」
「いや、そうか……それならいいんだ。あの嬢ちゃん、ちょっと危なっかしいからな……」
うんうん、と生暖かい眼差しを向けるワイアットに、シリューは一抹の胡散臭さを覚えたが、ミリアムが危なっかしいという意見には、全面的な同意しかない。
それについては、少し考えもあった。
「あの……もう分かってるんなら、お願いがあるんですけど」
「なんだ?」
ワイアットは促すように左手でひょいと葉巻を掲げる。
「ワイバーン、ですけど……買取ってもらえますか?」
「そうくると思ったよ。じゃあ、下に行こうか」
同じ頃。
朝の礼拝を終えたミリアムは、同僚たちと中庭の掃除に勤めていた。
「ん~いい天気」
青い空が、いつにも増して深く高く見える。そよぐ風が心地よく頬を撫で髪を揺らす。世界の全てが色鮮やかに映える。心が、躰が、期待と希望に満ち溢れ弾むように軽い。今までに味わったことのない充実感。
ミリアムは空気をいっぱい吸って、大きく伸びをした。
「ミリアム? 何かいい事あった?」
傍にいた同期の女性勇神官が笑って尋ねた。
「えっ、いい、こと……」
「うん。だってミリアム、朝から幸せそうににまにま笑ってるじゃない? 目も何か蕩けてるし。ねえねえ、やっぱり噂の〈深藍の執行者〉?」
「ちょっ、メリッサっっ」
ミリアムは顔を真っ赤にして、両手をぱたぱたと振った。朝から、いや夕べから何度もあの時のことが脳裏に蘇り、そのたびに胸がきゅんきゅんと高鳴ってしまう。
初めて、シリューからしてくれた甘いキス……。
「私……そんなに笑ってました……?」
余韻を確かめるように唇にそっと指をあて、ミリアムは目を伏せた。
「そ、わっかりやすいくらいねっ。で、どうなの? 最後までいっちゃった? 大人な関係になった?」
「な、なってませんっ!」
確かに、確かに、裸で抱き合った。でもあれは違うし、しかも未遂で終わった。
「え? 違うの?」
メリッサはこの手の話が大好物だった。
四代目勇者の組織したエターナエル神教は、この世界最大の宗教であり多くの信者を抱えてはいるが、その目的は大災厄に対処するための勇者のサポートにある。そのため神官には規律と自己犠牲こそ求められるが、恋愛も規制されることはなく、自由に結婚もできる。
年頃の神官ともなれば、街の若者たちと変わりはなかった。
「なーんか腰のあたりが充実してるように見えたから、てっきりそうかと思ったんだけど……」
「……キス……してくれた……」
そして、ミリアムは素直だった。
メリッサはミリアムの肩をぽんっと叩き、サムズアップでウインクする。
「ミリアム、神殿長がお呼びですよ」
「あ、はい、今行きます」
中庭を望む渡り廊下から上司の呼ぶ声が聞こえ、ミリアムは箒をメリッサに預けて駆け出した。
「さあどうぞ。こちらに掛けなさい」
ドアをノックし執務室に入ると、神殿長のジャンパオロがソファーの向かいへと手招きした。
「はい、失礼します」
ジャンパオロは、ミリアムがソファーに座るのを待って穏やかな声で話始める。
「報告書は読みました、ジャネット聖神官の件、よくやってくれましたね」
「いえ、私は何も……報告書に書いた通り、全てその冒険者のお陰です」
実際に、自分は何もしていない、シリューに助けられついていっただけだ。
「……正直驚きました、リジェネレーションを使ったというのは本当ですか?」
再生魔法の件については、もちろんシリューの許可を得て報告書に綴ったのだが、それは、正直に話す事で魔族と対抗しているシリューに、神教会の庇護が受けられるようにと願っての事だった。
「はい……」
ミリアムは頷いて左右の掌を掲げた。
「大丈夫だったのですか? 彼は……」
その直後の事は、恥ずかしくて報告書には書けなかった。
「は、はいっ、だ、大丈夫だった、ですっ」
あの時の事が頭に浮かび、ミリアムは動揺を隠せず頬を染めたが、その様子を見て何かを察したのか、ジャンパオロがそれ以上問いただすことはなかった。
「シリュー・アスカ殿と、いいましたか……何者なんでしょうね……」
ぽつりと呟いたジャンパオロに、ミリアムは意を決して真っすぐに顔を向けた。
「神殿長様、シリューさんはおそらく……いえ、きっと、聖女様が探せと仰っていた、その人です」
そう言ったミリアムの瞳は確信に満ちていた。
「その彼だという根拠は?」
「勘です!」
ミリアムは胸を張って断言した。
「……なるほど勘、ですか……」
ジャンパオロは穏やかに笑ってミリアムを見つめた。
「どうやら貴方は、答えに出会えたようですね……それで、どんな人ですか、シリュー・アスカ殿は」
ミリアムはふっとシリューの姿を思い浮かべる。
「いじわるで、ぶっきらぼうで、人の気持ちなんか全然分かってないけど……とっても優しくて、泣いてる人を絶対に見捨てたりしない人……」
胸の前で手を包み、嬉しそうにミリアムは笑った。
「あの人は、私のために何の躊躇いもなく命をかけてくれました……。だから私も……あの人のために、命をかけたいと思います」
ミリアムの瞳には、強い決意の光と、それ以上の優しい光が滲んでいた。
第五章完結です。
次章では、新ヒロイン加入します。




