【第119話】ミリアムと白き翼
「いかにも、私はエイブラム・オスニエル・カルヴァートだが……君は?」
「冒険者のシリュー・アスカです。あの、ここに囚われている人達を助けに来ました」
シリューはそう答えながらも、自分の目を疑った。鎖で繋がれた人物は、【解析】の結果確かにカルヴァート本人だと表示された。
「どういう事だ……さっきは……」
森で会ったカルヴァートとまったく同じ顔。こちらが本人ならば、あちらは何者なのか。
「双子? 兄弟?」
解析をかける余裕が無かったのが悔やまれる。
「その顔……あの偽物に会ったか?」
「偽物!?」
その可能性は全く考慮していなかったが、それならいろいろと納得できる。偽物なら、街を破壊しようが、住人が何人犠牲になろうが、まったく気に掛ける必要もないだろう。
「どうやって化けたか……かね? これだよ、この首輪……」
そう言ってカルヴァートは顎をあげ、首にはめられた魔法具の首輪を見せた。以前ミリアムが付けられていた、封じの首輪によく似ている。
「ああ、詳しい話をする前に、この鎖を解いてくれるとありがたいんだがね」
「わかりました。すぐに」
鎖はやはり魔法により施錠されていたため、術式を解読し開錠した。
「な、今……何を?」
「説明は後で。それより、その偽物の話しを」
シリューは、やつれて窪んだ目を見開くカルヴァートに、自分の肩を貸し立ち上がらせた。
「ああ、そうだったな。奴は……」
カルヴァートの語ったところによると、その金の仮面の男が現れたのは4か月前、夜の闇に乗じていきなり屋敷に侵入してきたらしい。
「拘置所と同じ手口か……」
そして、なすすべもなく拘束され城の地下牢、つまりはここへ監禁された。魔道具の首輪をつけられたのもその時だった。
「驚いたよ、対になるもう一つの首輪をつけた男が仮面を外したら、私がもう一人いたのだからな」
対をなす魔道具の首輪。
【擬態の首輪:〈ミミック〉と〈モデル〉の2つが対になった擬態用の首輪。擬態する側が〈ミミック〉を、模倣される側に〈モデル〉を装着する事により、容姿、性格を完全に再現します。なお、どちらかが外すか壊れるかした場合、擬態は解除されます】
「見た目だけじゃなく、性格まで……」
なるほど4ヶ月の間、誰も気付かなかったはずだ。
「使用人は知ってるんですか?」
見張りや食事の世話をしていたのだ、使用人たちが知らないという事はないだろう。
「ああ、どうやらここにいた使用人たちを、全員入れ替えたようだな。別宅はわからんがね」
シリューはその首輪に延ばし掛けた手を止めた。今外してしまうと偽物の顔も本人の物に戻り、その顔を知らないシリューには判別がつかなくなる。
もちろん、仮面の男がすでに首輪を外していれば意味はないが。
「とにかく、ここを出ましょう」
「ああ、賛成だ」
シリューとカルヴァートはミリアムの待つ部屋へと向かった。
シリューに渡されたナイフで皮のベルトを切り、4人を解放したミリアムは、人数分の毛布を見つけて彼女たちに掛けてやった。
そのうちの1人に声を掛ける。肩甲骨にかかる、ライトゴールドで癖のある髪に鳶色の瞳、痩身で背は163cmのミリアムより少し高い。特徴から行方不明のジャネット聖神官に間違いない。
「ジャネットさんっ、ジャネットさんですよね? 大丈夫ですか?」
だがジャネットの目は焦点が合わず、聞こえているはずのミリアムの声にも応じる様子が無い。
「まさか……」
ミリアムは他の3人を順番に見渡す。全員が同じような状態だった。
「勝手な事をされては困るな」
背後から聞こえた声に、ミリアムは即座に立ち上がり振り向く。
盾と剣を持った男が一人と、両手にダガーを構えた黒髪と銀髪の女が2人。
「なるほど、ただの使用人ではないという事ですか……」
「その通り。死にたくなければ大人しく投降しろ」
冷たい殺意の込められた六つの目が、ミリアムへと向けられる。
「それはこっちの台詞です、今投降すれば慈悲が得られるかもしれません。ですが抵抗するなら……」
ミリアムはくるりと戦鎚を回し、ぐっと腰を落として半身に構えた。
「神の御名において、成敗します!」
3人がミリアムを取り囲むように、三方にわかれる。
そう動く事を想定していたミリアムは、迷わず盾を装備した男へと突き進み、戦鎚を右から叩きつける。
激しい金属音が響き、男が左手の盾で戦鎚を受ける。
「ぐっ」
予想外の衝撃に男が蹈鞴を踏む。
2人の女たちは、ミリアムの意外な動きに一瞬戸惑うものの、すぐさま男の支援にまわろうと間合いを詰めて来る。
「はあああああ!!!」
女たちの動きを横目で確認したミリアムは、左脚を踏み込み、男の盾を狙って振り抜く。
人造魔人の腕さえも弾き返すその力は、いともたやすく男の盾を砕き、ミリアムはそのまま独楽のように回転し、更に力を乗せた一撃で男を弾き飛ばす。
「ぐばぁっっ」
「な!?」
右から迫っていた黒髪の女が、飛ばされた男を避ける為足を止める。
ミリアムはそれを見もせず、左の銀髪の女へと駆ける。ミリアムのパワーを警戒した銀髪の女は、まともに受ける事をせず大きく左に跳んだ。
「その力……お前、人間か……?」
「失礼ですねっ!!」
ミリアムは一気に間合いを詰め、戦鎚を振り下ろす。銀髪の女は右へ躱す。スピードは盾の男より随分早い。
「だが、当たらなければどうという事もない!」
銀髪の女が、一瞬の隙をつき右手のダガーを振るう。
喉を狙ったその一撃を躱し、ミリアムは女の頭を狙い回し蹴りを放つ。
女は身を屈めそれを避け、左のダガーでミリアムの心臓を狙う。
「もらった!」
だが、その刃は碧いメタルプレートに阻まれ、ミリアムの肌には届かない。
「ちっ」
「助かりました、シリューさん」
ミリアムは、コートを着せてくれたシリューに心の中で感謝しつつ、戦鎚を左下から掬い上げる。
銀髪の女が後ろに跳んでそれを躱し、追いすがるミリアム目掛け、身を伏せるような体勢から、右のダガーを投擲する。
ミリアムは踏み込んだ足を捻り、咄嗟に右側へ身体を捩ってダガーを躱す。
「背中ががら空きだ」
若干体勢を崩したミリアムの背後から、黒髪の女が迫る。
「そうでしょうか?」
ミリアムの背中を狙い、黒髪の女が振り下ろしたダガーはしかし、一振りの剣によってがっしりと受け止められた。
「残念、君たちの目は節穴だ」
「白き翼!? いつの間にっ」
2人の女は驚愕の表情で大きく間合いを取る。
「知らないんですか? 白き翼は必ずピンチに現れるんですよ?」
ミリアムは銀髪の女をねめつけ、微笑んだ。
「そう、特に女性のピンチには、ね」
ミリアムはその言葉に、ちょっとだけ顔をしかめる。
「じゃあ、一気にカタをつけようか。ミリアム、手加減忘れないように」
「え? は、はあ……」
ミリアムは訝し気にシリューを見た。
「なめるなあああ!!」
女2人が、ダガーを握りしめ、ほぼ同時に襲ってくる。
勝負は一瞬。
シリューは黒髪の女のダガーを左の剣で受け、女の鳩尾に右の正拳を叩きこむ。
ミリアムは銀髪の女の懐に入り、戦鎚の柄で顎を砕く。
「がはっ」
「ぎゃっ」
短く呻き、2人の女は崩れ落ちた。
「いつも、じゅんって来ちゃうタイミングです」
ミリアムが大きく息を吐き、シリューに向き直って笑った。
「よく分からないけど、ありがとう」
シリューは双剣を鞘に納める。
「でも、なんで性格変わっちゃうんですか?」
ミリアムは頬に指を添え、ちょこんっと首を傾げる。
「……まあ、この装備のせいで……」
信じて貰えるかは微妙だが、シリューはとりあえず正直に答えた。
「気障になるのも?」
「はあ……」
「たらしは……元からかぁ」
「え?」
ミリアムは納得顔でうんうんと頷く。
「えっちになるのも?」
「いや、なってないよね!?」
「冗談です、それも元からですもんね♪」
くすくすと笑うミリアムに、シリューは反論できなかった。いろいろと否定し難い事実が満載だ。
「取り込み中に悪いんだが、状況を説明してもらえるかね?」
聞き覚えのある声のトーンに、振り向いたミリアムの顔が一瞬で蒼ざめる。
「ああ……」
ミリアムはシリューに縋りつき、がたがたと震える。
「落ち着いてミリアム、大丈夫、この人は違うんだ」
震えながらいやいやと首を振るミリアムの背中を、シリューは子供をあやすように優しく叩いた。
「いったい、何があったんだね?」
カルヴァートは、自分の姿をみて怯えるミリアムに、困惑の表情を浮かべた。




