【第114話】ミリアムの受難part1
本日3連投、第一弾です。
ワイバーンの死体をガイアストレージに収納した後、シリューは混乱する神殿に入り、西棟2階の一番奥を目指した。
「なっ……」
向かった先の光景に思わず息をのむ。
入口は破壊され両開きのドアは2枚とも吹き飛んでいる。入口の前には血だまりができ、倒れた2人の神官をもう一人の神官が治療にあたっていた。
「君は……『断罪の白き翼』……」
しゃがみ込み、怪我人に治癒魔法を施していたデリルが、シリューに気付き振り返る。
「何があったんですか……」
シリューは倒れた2人と吹き飛ばされたドアとを、交互に見渡した。この状況をみれば見当はつく、手遅れだったという事だろう。
「襲われて、魔石を奪われた……金の仮面の男だ」
「なるほど、ドアを壊して入ったんですか……随分せっかちで乱暴な奴みたいだ」
ドアを破壊したのはミリアムだったが、デリルはあえて口にしなかった。
「ミリアムを探しているんですが……」
シリューはミリアムがこの場にいない事に、妙な胸騒ぎを覚えた。
「ああ、君は彼女の知り合いだったな……ミリアムは魔石を奪った金の仮面の男を追って行った」
そう言ってデリルは窓を指差した。
「また、無茶をっ……」
シリューはチェイサーモードを起動し、ミリアムを表す紫のラインが、部屋から窓の外に続いているのを確認した。
「すまない、私はその時目をやられて動けなかったんだ……」
シリューが銀の仮面越しにねめつけると、デリルは申し訳なさそうに頭を下げた。
勇神官である以上、有事の際に動ける方が動くのは当然の事で、デリルが悪い訳ではないし、ミリアムが無謀であるわけでもない。それぞれが最善の行動をとったまでで、危険は常に付きまとうのだ。
だからデリルが謝ったのは、そんな勇神官の義務に対してのものでは無いのだろう。
「いえ、別にあなたを責めている訳じゃ……ミリアムを追います、僕はこれで」
シリューは紫のラインを追い、窓から飛び出した。
「実に素晴らしい。理にかなった戦闘と卓越した身のこなし、訓練を十分積んだうえ、既に実戦経験もあるのでしょう、流石、天才と呼ばれるだけのことはありますね」
剣を正眼に構えた男の気質が変化し、息苦しいほどの圧迫感が辺りを包み込む。
「貴方に褒められても、ちっとも嬉しくありませんよ?」
ミリアムは精一杯強がってみせたが、背筋に冷たい汗がつたうのを抑えられなかった。
「では、ここからは少し本気でお相手しましょうか……」
男が踏み込み、僅か一歩でミリアムとの間合いを詰める。
「くっ」
今までより数段早い。
男が剣を左、地面と水平に構える。
ミリアムは鎚頭をくるりと下に向け、相手の剣を垂直に受ける。
「ほう、よく受けましたね」
男の声音にはまだまだ余裕が感じられた。
男の剣戟を躱し、逸らし、時に受け、ミリアムは巧に戦鎚を操る。だが、完全に躱しきれない剣の切っ先が皮膚を裂き、服を切る。
「そろそろ終わりにしましょう」
冷たく言い放った男の言葉は、ミリアムにとって悪夢の始まりを意味する、絶望への布石だった。
何度か目に振るった戦鎚が両手を離れ、あらぬ方向に飛んでいった。
いや、手を離れた訳ではない。
どうやったのか、相手の太刀筋はまったく見えなかった。
男はそれまで本気ではなかった。そして男が実力の片鱗を見せた瞬間、全てが終わっていたのだ。
ミリアムは自分の両手に目を向け息をのむ。
手首から先が、無くなっていた。
「ひぃっ」
切断された手首の先から、血が飛び散る。
「これはもう必要ありませんね」
金の仮面の男が炎の魔法で、戦鎚を握りしめたままの両手を燃やし尽くす。
「あっああ……」
ミリアムの胸の中で、心臓が激しく跳ねる。欠損部位が残っていなければ、もう元には戻せない。つまり一生両手の無い生活を余儀なくされるのだ。
「な、なぜ……」
殺そうと思えば簡単に殺せたはずだ、実力の差は、今の一瞬の攻防ではっきりと分かった。なのに何故あっさり殺さず、こんないたぶるようなまねをするのか。
ミリアムは、過酷な現実に脚の力が抜け地面に腰を落とし、半ば茫然となりながら治癒魔法で傷口を塞ぐ。
「君には、私のすばらしい研究の実験台になってもらいます。それこそ、もう一生手を使う必要などありませんよ。ああ、それから、逃げられないように、足も切断しておきましょうね」
男は、戦意を失ったミリアムの顔が、恐怖と絶望で歪むのを楽しむかのように、ゆっくりゆっくりと近づいてゆく。
「や……やああっ、やめてっ、こないでぇぇ……」
完全に心を折られたミリアムは、もはや抵抗する気力も無くただ地面をはって逃げ惑う。
「鬼ごっこは楽しいですか?」
男は、這いつくばるミリアムの横に追いつき、その横腹を軽く蹴り上げる。
「むぐぅっ」
仰向けに転がされたミリアムは、何とかその場から逃れようと足掻くが、手首から先の無い腕では上手く姿勢を保てず、その事が一層の焦りを生み、駄々をこねる子供のように脚をばたつかせるだけだった。
「もう、いいでしょう?」
「いや、いやっ、やめて、ゆるしてぇ……」
心の底まで凍てつくような男の声に、ミリアムは顔を歪ませ、受け入れ難い現実を遠ざけるかのように首を振った。
「さて、次はどんな鳴き声をあげますか?」
男がミリアムの恐怖を煽るように、ゆっくりと剣を振り上げる。
「いやあああああ」
ミリアムの悲痛な叫び声が森に響く。
「なかなか、いいですねぇ」
愉悦に浸る男の剣が振り下ろされるかに見えた瞬間。
遥か上空から降り注ぐ流星のように、音よりも速く魔法の鏃が飛来した。
「くっ、何だ!?」
男は空の蒼から次々と迫る鏃を、後ろに飛び去り辛うじて躱してゆく。勿論、それは男を直接狙ったものではなく、ミリアムから男を引き離す為に放たれたものだ。
「あ、ああ……」
土煙の舞う中を空から舞い降り、絶望と希望とを分かつ翼。
「お嬢さん、無理はしないようにと、言ったはずだけど?」
「ご、ごめ……」
瞳を潤ませ震えるミリアムに、白き翼は指をたて頷く。
「話は後で。まずはあの悪趣味な仮面の男を掃除しようか」
ミリアムを庇うように立ち塞がったシリューは、ゆっくりと双剣を抜き、逆手に構えた。
この後、part2更新です。
暫くお待ちください。




