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【第102話】変異

 その後、半日をかけてレグノスの街を歩き、数邸の屋敷を調べて回った。エルレイン王都よりも規模は小さいとはいえ、それでも東西南北それぞれの城壁の一辺が2Km程度あり、人口もおよそ20000人を数える。


 交易の中継点として栄えるこの街には貴族や裕福な豪商も多く、その邸宅も100邸を超える。


 ただし、シリューが狙いを付けたのは、その中でも広い庭を持つ屋敷で、ほぼ30邸に絞り込んでいた。


「城壁の中だけでいいんですか?」


 シリューが上空から観察して作った地図を見ながら、ミリアムが首を捻る。


「まあ、とりあえずは、な」


 レグノスの街周辺、半日以内の距離には、幾つか小さな村が点在しているが、どれも誘拐した人を監禁出来る規模の建物は無い。


「あの、お城みたいなの、めっちゃ怪しくないですかっ?」


 ミリアムは街の北側の先、城壁の上から天守部分をのぞかせている城を指さした。


 小高い丘にあるその古い城は、レグノスに城壁が築かれる以前に建てられたもので、領主カルヴァート家の居城だった。もっとも、今は数人の使用人が維持管理しているだけで、カルヴァート伯爵自身は、レグノスの街にある別宅で生活も執務もこなしている。


 城を使わない理由は、戦時以外は不便だから、らしい。


「お前、どうしてもカルヴァートさんを犯人にしたいみたいだな……?」


「い、いえっ、そんなわけじゃ……で、でも、可能性はゼロじゃ……」


 ミリアムは前回のとんでも推理(・・・・・・)をいまだに引きずっていた。と、言うより、ただの思いつきだったが。


「じゃあ、カルヴァートさんがそんな事をするメリットは? 例の白いヤツがいなかったら、この街は確実に壊滅してたんだぞ?」


 自分の治める街が壊滅したとなれば、当然カルヴァート伯爵自身も何らかの処罰を受けるのは必至で、褫爵(ちしゃく)か良くて降爵(こうしゃく)、どんな目的があるにせよメリットがあるとは思えない。


「ふみゅ、そ、それは……」


「ま、後で調査だけはしてみるよ。確かに、お前の言う通り可能性はゼロじゃ

ないからな」


 首を竦めて口ごもるミリアムに、シリューは多少慰めの表情を滲ませて笑った。


「そ、そうですよねっ、ゼロじゃないですよねっ」


「ああ、俺や神殿が怪しいってくらいには、な」


 馬鹿馬鹿しい話で、疑いだしたら切りが無い。自分で言った言葉にシリューは鼻を鳴らした。


「どうやらここも、怪しいところは無いな……」


 屋敷に面した道路を、ミリアムを建物側に並んで歩き、適当に会話をしながら、シリューはアクティブモードと走査(スキャン)モードで探査を掛けていた。


 探すのは、既に登録してある人造魔石と同じ反応を持つ物、或いは魔力障壁や認識阻害など、魔力検知を妨害する設備。そしてもっとも分かり易い、人の数だ。


「人……ですか? こんなに大きなお屋敷なんですから、人はいっぱいいるはずですよねぇ……?」


「ああ、確かに。でもこの時間、使用人なら屋敷内を動き回ってるだろうし、南向きの部屋にいるなら、屋敷の主人かその家族だと思う」


 仮に、誘拐された人たちが監禁されているとすれば、奥まった部屋か、一番怪しいのは地下室だろう。


「なるほどぉ、言われてみれば、そうですねぇ……」


 顎に指をあてて、こくこくと頷くミリアムだったが、本当に分かっているのかどうか微妙な表情を浮かべている。


「とりあえず、今日はここまでにしとこうか」


 5邸目を終えたところで、シリューはそう告げた。


 日は西に傾き、そろそろ家路に急ぐ人々や馬車が通りに溢れてくる頃だ。


「そうですね、あんまり人に見られても、不味いですね」


 結局、何の成果も得られなかったが、初日から見つかるなど都合の良い展開は期待していなかった為、さして落胆もない。


 時間は掛かっても、一つ一つ潰していけばいつかは本命に中るだろう。残り25邸、2日もあれば十分回りきれる数だ。


「じゃあ、また明日。朝迎えにくるから」


「はい、お疲れ様でした。明日もがんばりましょうね!」


 神殿まで送りとどけた後、笑顔で別れ際の挨拶をするミリアムの声が、心なしか弾んでいるように思えて、シリューはふっと口元を緩める。


「ああ、ゆっくり休めよ」


「はいっ、ありがとうございますっ。あの、シリューさん……」


 遠慮がちに伸ばそうとした手を止めて、ミリアムは俯いた。


「ん?」


「あ、いえ……何でもありません」


 もじもじと顔を上げようとしないその仕草に、シリューは少し思うところがあり、ミリアムが延ばしかけた手をとりそっと引き寄せる。


「あっ」


 ぴくん、と肩を震わせるミリアムの頭を、シリューはぽんぽんっ、と撫でた。


「じゃあ、明日も頑張ろう」


 シリューの向けた涼し気な笑みに引き込まれながらも、ミリアムは一つ大きな溜息を零し、それでも上目遣いにシリューを見つめて笑った。


「……って、シリューさんですもんね、……うん、合格ですっ」


 じゃあ、と手を振りミリアムは神殿へと駆けて行く。


「……合格……?」


 手を振り返しながら、シリューは首を傾げる。


 シリューには、ミリアムが何の事を言ったのか全く分かっていなかったのだ。


 ミリアムと別れ宿に帰る途中、シリューはふと思いついて中央広場へと足を向けた。


 少し気になっていたのは、昼間暴走した馬車の馬たちが、怯える原因となった瘴気や魔素が、今も残っている恐れがあるのではという事だった。


 仮にそうであれば、多少目立つとしてもセイクリッド・リュミエールで浄化させるつもりでいた。


 ちょうど中央広場の噴水が目に入った時。


 衝撃が地面を揺らし岩を砕くような破壊音が響いた。


「な、今度はなんだ!?」


 騒ぎは今日昼間に続き2回目だったが、今回は馬車がぶつかるような、生易しいものではなさそうだ。


「魔物だー! 魔物が出たー!!」


「いやあっ、助けてぇ!!」


 叫び声は広場を通り越した先、爆発音がした方向から聞こえてくる。


「魔物!? 結界が張ってあるんじゃないのか」


 シリューは咄嗟に建物の間の細い路地に入る。どうせ目立つなら、顔を隠せる方がまだましだ。


「換装!」


 薄暗い裏路地に、眩い閃光が走った。






 街の中央をぬけ広場へと続く通りには、仕事帰りの人々や軽い食事と酒を提供する屋台が並び、一日で最も賑わう時間を迎えていた。


 家路を急ぐ者、夕餉の買い出しに向かう者、皆が思い思いに行き交う石畳の道を、長く伸びた建物の影が覆う。


「ん?」


 1人の労働者風の男が、微かに聞こえた物音に気付き歩みを止めた。


「どうした?」


 並んで歩いていた背の高い男が振り向いて尋ねる。


「何か……聞こえなかったか?」


「いや、何も……」


 聞こえなかった、と答えようとした時、今度は誰の耳にもはっきりと、地面を揺らす鈍い音が聞こえた。


 地の底から響くその音は、1回、2回と徐々に震動と音量を増してゆく。


 道行く人々が足を止め、その不気味な地鳴りの原因を探ろうと、不安な表情で辺りを見渡した時だった。


 岩を砕くような激しい爆発音が響き、通りの中央付近の石畳が衝撃を伴い一気に爆ぜた。


 何人かがその爆発に巻き込まれ、木の葉のように舞い上がる。


「ま、魔物だー!!」


 土煙が風に流され、そこから姿を現したのは、体長3mほどの真っ黒で禍々しい瘴気を放つ魔物だった。


 鋭い爪の生えた四本の脚で立つソレは、猫科の猛獣を思わせる姿と、頭に歪に曲がった角を持ち、鞭のように長い尾が二本、意志を持つかのようにゆらゆらと蠢いていた。


 ただ、その両眼には既に光は無く、躰から漂う腐臭により、生あるものでない事は明らかだった。地下の下水道で飢え死にした猫。小さな魔石の欠片が、死体であった猫を魔獣に変えたのだ。


 その魔獣に、生きていた頃の記憶は残っていない。

 自分を死に追いやった飢えに対する激しい嫌悪と、空腹を満たす渇望のみが全てだった。


 壊れた屋台を見つけた魔獣は、散らばった肉に貪りついたが、串焼き用の肉では全く足しにならなかった。


 もっと大きな肉……。


 顔を上げた魔獣が次に見つけたのは、そこら中を動き回る大きな肉の塊。人間だった。


 最初の獲物に選ばれたのは、吹き飛んだ石畳に脚をやられ、両手をついてへたり込む若い女性。


 彼女は自分に向けられた魔獣の視線と意図に気付き、恐怖で顔を引き攣らせ悲鳴を上げた。


「いやあああ! 助けてぇ!」


 だが、その場に居合わせたのは、戦いや魔物狩りを生業とする冒険者ではなく、ごく普通の労働者や商人であった。助けたいと思っても動ける者はなく、また助けに行ったとしても、ただ餌が一つ増えるだけだと、皆が自覚していた。


 誰もが、自分の非力さを責めながら、唇を噛みしめた。


 彼女は運が悪かったのだ。


「助けて! 助けてぇぇぇっ!! 誰かあああ!!!」


 目を閉じる事も出来ず、ただ身を竦めた彼女の瞳に映るもの。


 牙をむき襲い来る黒い影。そしてまぬがれぬ死。


 刹那。


 その絶望の影を、風をも置き去りに飛翔する、白い影が吹き飛ばした。


「お呼びですか、お嬢さん?」


 目の前に降り立った、銀の仮面の白い影は振り向く。


「あ、ああ……」


 身じろぎもせず見つめ返す女性の瞳から涙が溢れる。それは不安からではない。もう絶対に大丈夫だと、安心したからだ。


「断罪の…… 白き翼(ブランシェール)、様……」


 女性が手を組み、羨望の眼差しで呟く。


「ああ、やっぱりそうなるね……」


 ある意味予想していた反応だったが、とりあえず気にしている場合ではない。


 シリューは吹き飛ばした魔獣に目を向けた。

 


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