小さな村での出会い
タイトルが思いつかなかったので結構雑?ですが、許してください…。
…ここは、水の中だろうか。
耳が詰まるような感覚と、瑠璃色の景色。
下には底がなく、上には光も見当たらない。
本当に何も無い、水しかない空間だ。
何もやる気が起きない。息をする気力すらない。
そして何も、覚えていない。
名前も、どこの誰なのかも、今まで何をしていたのかも、なぜ、こんな所にいるのかも。
しかし、一つだけ確かに覚えていることがある。それは、真っ赤な空だった。夕焼けだろうか、空が泣けるくらいに真っ赤で、美しかった。そして、懐かしくもあった。
それなのにどこかで、「行け、早く行け」と言う若い男の声も聞こえる。苦しそうに、必死に、掠れ声で叫んでいる。もう一人の白髪の少年が、僕の手を引いて走り出す。
すると突然、その赤が真っ黒に染まった。
「ぐああああああああああ!」
恐ろしく大きな怪物の声が響いた。暗闇の中で、少年が僕をかばったのが見える。
僕はただ、その少年の後ろで震えているだけだった。
*
目の中に突然光が入ってきて、思わず目を細めた。
光に慣れてくると、白い天井が見えた。頭を右側に傾けてみると、床には毛皮の絨毯が敷いてあり、その奥には大きな暖炉。そこに火がついていた。その脇には揺り椅子があり、脇の小さな机には、取手のついた容器がひとつ置いてある。そこから湯気があがっているので、この建物の中には、誰かがいる。
僕はゆっくり起き上がった。
どうやら僕は、この部屋の端の寝台に寝かされていたらしい。
先ほどの出来事は…夢、だろうか。
まだ夢の名残があって、頭が少し痛かった。
記憶がないのだったということを思い出し、必死に自分の名前だけでも思い出そうとしたが、ダメだった。
僕が今思い出せる僕の数少ない情報は、二つだ。
一つは、夢でも見たあの赤い景色と若い男の声や、白髪の少年のこと。しかし、声の主も、白髪の少年のことも、一体彼らが何なのか検討がつかない。
しばらくして部屋の扉が開かれ、黒髪の若い女が入ってきた。
「あ、気がついたの?良かったあ!」
黒髪の女は扉を閉めて、こちらに歩いてきた。
「気分はどう?頭、痛くない?」
「あ…大丈夫、です」
「そっか。ならいいんだけどね、お腹空いてるでしょ?ちょっと待ってて」
そう言って彼女は、部屋から出ていった。
またしばらくすると、椀を持って戻ってきた。
「はい、暖かいスープ。飲んでみて」
彼女に差し出された椀を受け取り、ひとくち飲んでみた。
すると、まろやかで、懐かしい味が口の中に広がった。
(あ、クリームシチュー…)
「…口に、あうかな?」
「あ、はい。美味しい、です。ありがとうございます」
「お、そっか。なら良かった。あ、私はシャルル。このハダバ村で、医術師をしてるの。あなたの名前も教えてくれる?」
「あ…あの、えっと…」
「ああ、無理に言わなくてもいいのよ?」
「いや、そうじゃ、ないんです…」
「ん?じゃあ、なに?言ってごらんなさいな」
シャルルは僕を不安にさせまいとしてくれているのか、笑顔で優しくそう話しかけてくれた。僕は思い切って、記憶がないことを話した。
名前も、どこの誰なのかも、今まで何をしていたのかも覚えていないのだということ。そして夢の中で見た、赤い景色と若い男の声、そして、白髪の少年と何かから逃げていたことなど、事細かに話した。
シャルルは僕の話を、割り込むことなく黙って聞いてくれた。
「そっかあ…本当に何も覚えていない、か。…よし、じゃあ、私が考えてあげるよ、名前」
「……え?いいんですか?」
「もちろん。名前がなきゃ不便だしね、まだあなたは小さいんだし、遠慮しないで」
あ…そういえば僕は、何歳だったっけ?
12くらいだろうか?
うん、12歳だ。
シャルルを見ると、真剣になって僕の名前を考えている。
「…よし!決めた!」
シャルルは顔を上げて、そう言った。
「あなたの名前は、メルクリウス。『白い獣』って意味なの」
「獣?」
「だって、あなたの頭に獣の耳がついてるんだもの。あと、尻尾もね。あなたは獣人種族だから、ピッタリかなって思ったの」
言われてみれば、そうだ。僕は半獣人と呼ばれる種族…なのだ。
とにかく人間ではない。歯にも、鋭い牙が生えている。
「…メル、クリウス…」
「どう?気に入ってくれたかな?」
「はい、ありがとうございます!」
うんうん、と笑顔でうなずくシャルルを見て、僕は彼女に頭を下げた。
「本当に、何から何までありがとうございます。介抱していただいたうえに、食事と名前までいただいて、なんとお礼を言ったら、いいのか……」
しゃべっているうちに、涙が溢れてきて、声も掠れてしまった。
僕はうつむいたまま、涙を止めようとしたが、やはり止まらなかった。
なぜこんなに切なくなるのか、嬉しくなるのか、わからない。
ただ今は、泣いていたかった。
「え!?ちょっと!泣かないでよ!子供がそんなこと気にしなくていいのに」
「…でも、助けていただいたのは事実です。本当に、ありがとうございます…」
本当は、不安でたまらなかっただけだった。
知らない場所に記憶までなくして、たった一人で孤立しているのが、怖くてたまらなかっただけだ。それなのにシャルルは、どこの誰とも知らない僕に、名前をくれたのだ。それにこの人は、信頼できる人だとわかった。
僕が覚えていたことのもう一つの記憶、それは、特殊能力。相手の嘘がわかるものだからだ。
相手が嘘をつくと、なんとなく不快で、嫌な感じがするのである。でも、彼女は少しも嘘を言わない。だから、信頼しても大丈夫な気がした。
そしてもう一つ、特殊能力があった。それは、物体の向こう側を見透かす能力である。と言っても、これは使う度に結構疲れるので、滅多には使いたくなかった。
「いいのよ。私だって、人間として当然のことをしたまでだから。ね?メル、あなたが望むなら、ここにいてもいいよ。これからあなたがどうするのかとか、決めるのは自分自身だから」
「はい…ありがとう、ございます」
それから数日、僕の体は回復に向かっていった。
ここ、ハダバ村は、メーストロ王国の中央あたりに分布する高原にある小さな村である。
近くを、大きなクロノス川が通っており、そこから流れてくる地下水のおかげで水には困っていないらしい。農業も盛んに行われており、近くの町などに作物を売ったりすることでお金を手に入れているそうだ。
体が回復するにつれて、僕はシャルルの手伝いをするようになった。
この村では医術師が少なく、農業などの作業で怪我をする人も多い。だから、医術師とは、村ではとても重要で大切な存在であるのだ。
主に僕は、軽い怪我をした子供の手当に当たっていた。
医術の心得はあるし、人の体についてもしっかり理解していたので、傷の手当が完璧だ、とシャルルに褒められた。
この数日は、とても楽しかった。
村の人もシャルルも、みんな優しい人ばかりで、心の底から安らげる場所だった。
けれど、いずれは旅立つつもりだった。
自分が何者なのかを探るため、旅に出ようとしていたからだ。
シャルルにそれを話した時は、微笑んでうなずいてくれた。
「人のやりたいことを他人が拒否する権利はないわ。自分で決めたことだから。寂しくなるけれど、あなたはあなたの、やるべきことがある。だから、私も応援してるからね!」
そう言って、シャルルは笑ってくれた。
本当に、感謝しきれないほどに感謝している。
僕は、この恩は、いつか必ず返そう、と心に固く誓った。
暇な時に書いてるので更新は結構早いと、思います。