その腕買うわ
ホラー作品です。苦手な方はご注意ください。
ここね、腕の立つパティシエがいるという噂のお店は。
こんなに素敵なスイーツ、小さな店に埋もれさせておくのはもったいないわ。
うん、この私が愛でてあげる。光栄に思いなさい。
「いらっしゃいませ」
店内の雰囲気も悪くないわ。
「あなたが腕の立つパティシエと聞いてやってきたの」
「あ、あなたがあの、世界に名だたるスイーツメーカーの……」
私の名刺を食い入るように見ているわ。
私のような若い女が、巨大企業のトップだなんて思いもしなかったようね。
「早速だけど、腕を見せてもらうわね」
「腕試しですね。いいでしょう。海外で何年も腕を磨いてきましたからね」
「あら、結構な自信じゃない。こう見えて、私も腕に覚えがあるのよ。生半可な腕じゃ期待外れだわ」
「ははっ、それは手厳しい。そこまで言われちゃうと、腕が鳴りますね」
厨房がこの奥なのね。私もその後についていく。
「さあ、僕が腕によりをかけて作ったスイーツです。ご賞味ください」
彼の作ったスイーツを手にする。
大胆な構図に繊細な造形が相まって不思議な魅力がある姿に、天井のライトの光が反射している。
口に含むとほろほろと柔らかく溶けて、ふんわりと舌の上を甘味が広がっていく。
鼻に抜ける香りがまた、爽やかな風味を感じさせる。
「うん、確かな腕ね。いいでしょう、あなたの腕を買うわ」
「ありがとうございます! これで、世界に向けて腕を振るえます!」
「ふふっ、大袈裟ね。でも、世界に向けてっていうその意気込みは悪くないわ」
「はいっ、ご期待に沿えるよう、頑張ります!」
そうね。ふふっ。あなたの世界はこの私。
私以外にこのスイーツを口にすることは許されない。
薄暗い部屋。私のお気に入りの場所。
「さあ、今日もその腕を見せてちょうだい!」
カーテンの向こうには彼がいる。
そのカーテンをゆっくりと、もったいぶって開けると、独特の香りが鼻を刺激する。
「ふふっ、今日もいい腕ね。惚れ惚れするわ」
私の恍惚とした視線を受けても、彼は一切反応しない。
青白いほのかな明かりに照らされた水槽から、右腕だけになった彼を取り出す。
ホルマリンの刺激臭が辺りに充満する。
「さあ、今日もこれからあなたの腕を磨いてあげるわ。
まったく、水も滴るいい腕とはこのことね……」