12-8
北陸での仕事を終えて日常に戻る。その後の日常は特に何も起きなかった。
キャロルが急に本国に帰ったことに多少驚くことはあったけれど連絡は取り合っているようなのでそれほど騒ぎにはならなかった。
今時の学生は携帯電話やスマートフォンを持っているので知人が海外に行っても簡単に連絡が取れる。国によって時差もあるので気軽にというわけにはいかないだろうが手紙しかない様な前時代よりはかなり手軽に連絡が取れる。
そのキャロルは本国で色々と大変らしい。
社長令嬢というのは伊達ではなく付き合いに引っ張りだこになっているそう。何でもその人手に呼ばれたんだとか。
忙しいので電話は出来ないがメールは送られてくるらしい。メールには豪勢な会場に豪勢なドレスを着たキャロルが映った画像が添付されていたらしい。
勿論これらの情報は直接聞いたのではなく竜泉寺たちが会話しているのを聞いただけ。
盗み聞きしていたのではなくあれらが勝手に巻き込んでくるので自然と情報が入って来ただけだ。
綾香大明神の方からもこれといった情報は回ってこなかった。
世間で流れている噂にはこれといった変化はなく何かが起きるとは思えないとのこと。伊勢谷は綾香のところには現れなかったらしい。
そして、なんだかんだで日が進みキャロルも来週から戻ってくることが分かった金曜日。
本日も何事もなく学校を終えて帰宅すると来訪者があった。
「どうも、こんにちは。お久しぶりだね、斎藤くん」
「なんだ、ザマス眼鏡か」
自宅の前で待っていたのはザマス眼鏡をかけたスーツの男性。高野山で俺を踏みつぶそうとしたザマス眼鏡だ。
今日も目の下には酷い隈を作っている。ワーカホリックなのだろう。
「ザマス眼鏡とは酷い言い様だね。ボクにも歴とした名前があるんだけど」
俺の呟きを耳ざとく拾ったザマス眼鏡は不機嫌そうな素振りをする。
だが生憎俺はザマス眼鏡の本名を知らないし興味がない。ここで名前を知らないと言うと面倒な自己紹介が始まってしまいそうなので口にせずさっさと本題に入る。
少し真面目さを出して問いかける。
「それで、何か用ですか。何も様がなければ帰ってください。用があるなら無駄なことせずさっさと済ませてください」
「おやおや、これは怖い。外道として覚醒し始めたバケモノは気が早くて困るね」
ザマス眼鏡は脅しに屈せず冷やかしてくる。挑発に、というより軽口に付き合う気は無いので反応しない。事実バケモノだし。
無反応を決めてじっと睨んでいるとザマス眼鏡も諦めたようで普通に話始めた。
「今日はボクらのトップから斎藤くんへのお願いを伝えに来たんだよ」
「お願いですか。まあ、聞くだけ聞きますよ。どうぞ続けてください」
「えっと、部屋にあげてくれたりしないのかな」
「どうぞ続けてください」
ザマス眼鏡は家に上がりたそうだったが断固として拒否した。
下手に家に入れると帰ってもらう時が面倒になる。帰れというのに居座られたら面倒この上ない。けれど このまま外で会話をすれば自由に終わらせることが出来る。
寒さなどは妖気を使えば何でもないのでこの時期でも問題はない。
もっとも、何が悲しくてオッサンを自宅に招き入れなければならないというのか。ということも多分にある。
それにザマス眼鏡も本当に家に入りたいわけでもないだろ。その気なら初めから室内に侵入して待っているはずだ。
ザマス眼鏡は当然家に入ることに固執することなく会話を続けた。
「まずはトップからの伝言だけれど『今後起きることに介入するな』だってさ。キミも色々と嗅ぎまわっているから知っているだろうけれどそれを邪魔しないでほしいかな」
「さて、何のことでしょうね。自分はあなた方が何をしようとしているかさっぱりなんですが。何かするんですか? それを邪魔されると困るんですか?」
「へー、そういう態度をとるんだね。まあそれでも構わないけどね」
ザマス眼鏡の口振りからすると予測通り今後面倒なことが予定されているらしい。予測通りとはいえ事実を突きつけられるとどっと疲れが出る。
加えて秘密組織のトップから警告を受けるなんて本当に面倒でしかない。
それもある程度思惑通りだが色々と事情を知っていると認識されているようだ。この面倒の大部分は伊勢谷の所為な気もするのだが気にしたら負けだろう。
「それであなた方は何を画策しているんですか。そもそも自分はあなた方が何を目的とした組織なのか知らないんですが」
「ボクらの目的? そんなもの神を殺すことに決まっているじゃないか」
軽口ついでにこぼした言葉にザマス眼鏡は急に真面目に返してくる。
そこには悪ふざけも茶化しも虚栄もない。
本当に神を殺すことが目的なのだろう。
実に面倒だ。
ここで神を殺すために何故竜泉寺を構うのかなど考えない。そもそも神は何なのかとかも考えない。どうして神を殺すのかも考えない。
何故なら面倒だから。
面倒は御免なので口を瞑る。それなのに何故かザマス眼鏡は真面目に会話を続ける。
「ボクらの目的には竜泉寺零王の覚醒が必要になる。これからの事はその為の試練、あるいは通過儀礼だ。その為には多少のリスク、多少の犠牲は仕方がないことなのだよ。それがだれであってもね。だからこそ成功率を下げるようなことは避けたいんだ。ボクらも道楽でやっているわけではないんだ」
やはりというか何と言うかだ。
要するに、竜泉寺零王はどうしようもなく主人公だという事なのだろう。
けれどそんなものに俺が気に掛けることはない。大勢がどうであろうとそんなものは俺に関係ない。世界の趨勢は大事かもしれないがそんなモノの為に自分の意志に反して何かをしてやるつもりは無い。
誰かの思惑に踊ってやるつもりもない。
勿論、無駄に邪魔をするつもりもないけれど。
「分かりました。あなた方が何をしようとしているのか知りませんが勝手にしていてください」
「それは了承と受け取っていいのかな」
「条件付きで、ですかね。自分に関係のないところで、俺に面倒が降りかからないところでなら自由にしてください。それは自分が口出すことではないですからね。ですがあれらだけじゃなくて自分を巻き込んで何かをするなら、自分は周囲の都合なんて気にせず行動しますんで」
玉虫色の返答にザマス眼鏡は考え込む。
そのしぐさはどこか様になっているのだがどこか真剣過ぎで逆に不格好に見える。単純に面倒な気配がするだけな気がするのだが。兎も角胡散臭い。
ザマス眼鏡は今考えたようなそぶりを続けて案を提示する。
「キミを巻き込まなければ手出ししないでくれるんだね。キミたち、ではなくキミ、をね。竜泉寺零王やその周りの女性がどの様な目にあってもキミがいないところなら問題ないという解釈でいいんだよね」
「大体はその理解で構いませんよ。あれらも基本的にこちら側を巻き込もうとしないでしょうからあれらで遊ぶなら構いませんよ。そこに自分から参加する気なんてありませんし」
「そうかい。なら出来るだけ周囲を巻き込まない方向で動くとしよう。こちらも不必要にことを大きくしたくないからね。勿論犠牲も少なくしたい。キミたちが学校に行っている間は事を起こさないようにして人の少ない場所で行えば問題はないかな」
「細かいことは知りませんよ。どこだろうと自分が含まれていなければ問題ないですよ」
真面目なザマス眼鏡にあくまで適当に答える。
残念だがザマス眼鏡の言葉なんて信用しない。これらがどんな言葉を取り繕ってもそこに強制力はない。口約束をしっかり守るのはお話の中の事で現実は簡単に嘘をつく。言質を取っても意味はない。
ならばこの会話に意味はない。ないのだがこれらには意味があるのだろう。
無駄話の為だけに行動するほど暇でもないだろうし。
兎も角、これらが面倒なのはこちらに情報を流すことで物語に引き込もうとしている場合。そして物語に巻き込んで主人公様の尻拭いをさせるつもりなら本当に厄介だ。
普通の人間なら知り合いが面倒に巻き込まれて、それも命に関わる様な何かであればそれをどうにかしようと思うモノだ。何もするなと言われればそれに対して抵抗したくもなる。
それを期待されているのかもしれない。
まあ、俺には関係のない話だが。
何もするなというならしない。
そもそもする気は無い。言われなくても介入する気は無い。
それ以上ザマス眼鏡との会話は無かった。正しくは話を切り上げた。ザマス眼鏡は何か言いたそうだったが面倒なので追い払った。オッサンの構ってチャンなど論外だ。
それにしても実のない会話だ。無駄でしかない。
精々、こうして態々忠告しに来るということは俺のせせこましい努力は無駄ではなかったということなのだろう、と思えること。
取るに足らない有象無象ではなく邪魔な羽虫程度には気にしてもらえているということなのだろう。それでもまだ羽虫だが。
ザマス眼鏡を追い払い、夕飯の支度をしながら今後の事を考える。
そのうちに竜泉寺の試練があるらしい。それもキャロルを使った面倒そうな何かが。
この情報を俺はどうするべきか。
竜泉寺にリークするという手もある。そうすれば面倒な何かが起きることは無く大きく面倒を減らすことが出来そうだ。
問題はリークしただけでは終わらないという事。
下手をすれば試練を企画した人物を討つために竜泉寺の手足になってしまう可能性がある。可能性というか絶対巻き込まれる。
それで本当に諸悪の根源が討てるなら多少の面倒も目を瞑るのだがそれで終わるはずがない。どうせ都合のいい敵を作り上げられてそれを討って終わりとなるだけだ。何も変わらない。
となると俺の取れる行動は黙秘一択。対岸の火事を決め込むだけ。
ただ、主人公様の起こす火事は業火となるので簡単に飛び火してくる。その火の粉が大火にならない様に事前準備が必要となってくるだろう。
何とも面倒な流れだ。
ま、何も知らない間に巻き込まれて右往左往するしかなくなるよりはマシだろう。
そう思う事にして今回の面倒は諦めることにした。